カメラ選びは直感で、スペックは後から調べるなあ。


Olympus OM-1N, Rolleiflex Standard

日頃から「あのカメラ欲しい」という心の準備みたいなものはあまりなくて、僕の場合は大抵、カメラ屋のショーケースで“そのカメラ”を目にして恋に落ちる。いや、もうほんと、落ちるんだ、感覚的には。

で、ようやく我に返り、iPhoneを取り出して軽くスペックを検索し始める。いや、この時点で検索するのはまだいいほうか。大体は、ショーケースから出してもらってまず触ることのほうが多いかな。でも、僕はショーケースから出してもらったらほぼ購入する。よほどファインダーの中がやれていたり、見えていなかった大きなアタリなんかを見つけない限り、購入してしまう。じぶんでも思うのは、やはりショーケースをガラス越しに見つめてる時点で恋に落ちてるから、ショーケースから出して触るというのは最終確認プロセスなんだよね。

Konica FS, Hexanon 52/1.8
Olympus OM-1N, Zuiko 50/1.4

でも幸いというか、直感で選んできて今までハズレはない。それは使ってみてなんか想像したものと違うというハズレもないし、故障していたというハズレもないんだ。ひとまず信用している何軒かのお店で購入していることも大きいとは思う。それでも、直感というのは大事だなあと最近つくづく思うのである。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5
Voigtlander Bessa-L, Snapshot-Skopar 25/4

直感って、よく言うけど勘というよりは日頃の何かの蓄積で降ってくるもので、じぶんの中で無意識に自動演算された答えみたいなところがあるんだよね。だから、例えたまたま見かけてカメラへ恋に落ちる感じにしても、日頃から考えてることを総合的に満たす結晶のようなモノに出会った、ということだと思うんだ。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5
RICOH 500 Deluxe, Rikenon 45/2.4

まあ直感で恋に落ちるたびにカメラを購入してたら破産するけど、幸い僕が最近恋に落ちるカメラは決して高価なモノではないから、少し何か他のモノへの投資を削っては、「そのカメラを確かめたい恋」を多数楽しんでいる笑。

そんなだから、スペックはほんと二の次。それでも直感はほんと侮れないから、ちょうどうまく隙間だったカメラが埋まってく感じなんだ。あと、故障したモノでなければ、基本、カメラはどこのメーカーのどんなモノでもある一定のクオリティは超えているというのが掴めてきたのもある。つまり、動くカメラなら世の中、ヨリドリミドリなのである。いろんなカメラを使ってきた身として思うことだから、そうハズレてはいないと思うけど、どうだろう。


平成最後の夏、1934年製のKodak Retina typ117と試し撮り。


Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

数日前に手に入れたKodak Retina typ117。写りのことは正直あまり考えず、そのいかにもクラシックなルックスに一目惚れして手に入れたのだけど、僕の場合はカメラはコレクションではなくて撮るための実用機だから、どうか写るますように!と願いながら試し撮りへ出てみた。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5

フィルムカメラにはけっこう慣れっこなつもりだけど、このRetina typ117はそう簡単には撮らせてくれない笑。Retinaシリーズの初号機、1934年に登場したこのカメラは、現代のカメラと比べるとあやゆる面でひと手間多い。街中で速写しようと思っても、そう易々とはシャッターを切れない。なにか「まあまあ、そう焦らずゆっくり撮ろうよ、写真はさ」とか言われてるような気さえする。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

写りはこうして見るとレンズのクモリなのかな、ソフトフォーカスがかかったような描写が多かった。逆光気味に撮った影響もあると思うんだけど、ノンコーティング時代のレンズだからきちんと撮ろうと思えば順光で撮るほうがいい。順光で撮った写真を見るとそれほどソフトフォーカスがかかったようには見えないから、やはり光の影響なのかな。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

それにしても平成最後の夏、西暦2018年という未来みたいなハイテク時代に、1934年製の機械式カメラでこうして写真が撮れるのは、なんともたまらない感情に包まれる。80年以上前って、そんな昔の機械でこの時代にまだ実用品として動いているモノってほかに何かあるだろうか。この時代のクラシックカメラが今も僕らの手の中で活躍してる様子は、当時の開発者たちからしたら想像もしていない奇跡だろうね。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

Retina typ117はKodakブランドだけど、このカメラはドイツコダックでつくられたものだとカメラ屋でもらった資料で読んだ。なるほど、それに値する造り込みの素晴らしい道具だなと思う。けれど、当時から高価だったライカやカールツァイスの製品たちに比べたら破格の安さで登場し、当時はけっこうなヒット作だったらしい。大衆機的なポジションでこの造り込みの素晴らしさって、ドイツの機械工作技術はどんだけ凄かったんだと思う。そして、それほどまでに手の込んだつくりだったゆえに、現代でも実用機として使える丈夫さを備えているんだろうね。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

あ、そうそう、写真の出来については少し補足がいるけど、僕は露出計を使わずすべて体感露出なんで、露出計を使えばもっといい写真が撮れるかもしれないので、もしRetina typ117を手にする機会があったら、別途露出計でしっかり絞りとシャッタースピードを合わせて撮ったほうがいいかもしれないね。僕は露出計を取りだす手間が面倒で、すっかり体感露出で撮る体質になってしまったので、写真の質はあやしいです笑。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

Retina typ117の撮り心地は、そうだなあ、僕は「時間を止めるカメラ」みたいな気がする。それなりにシャッターを切るのに手間を要するからね。フィルムチャージをしたらそのままではシャッターは切れなくて、ロックダイヤルを少し回してあげる必要があったり、フィルム枚数カウンターが手動合わせだったり。あと絞り、シャッタースピードもレンズ側にあるんで少々カメラを傾けて調節したり。あと目測機なんでピントは己の勘に頼って撮る。でもね、この一連の動作が、この猛烈なスピード社会の街角で、一瞬、時間を止めてくれるんだ。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

この感覚はLeica M3にもバルナックIIIaにもない感覚。速写とは異なるスナップ感覚を味わいたいと思うなら、このRetina typ117で撮るのはアリだと思う。僕にとっては同じ時代のやはり初号機であるRolleiflex Standardと同じ感覚かな。それでもRolleiflex Standardより圧倒的にコンパクトだから、スナップに持ち出しやすいことを考えたら、決して扱いづらいカメラではない。

Kodak Retina typ117, Xenar 50/3.5, Fujifilm 業務用100

実は僕がこのカメラを手に入れる時にイメージしたのは、ジーンズの後ろポケットに入れて街中にフランクに持ち出し、何気にサッと取り出して速写する姿。レンズは蛇腹機構なんで収納すると蓋がかぶさってよりコンパクトになる。

真ん中がレンズを格納したKodak Retina typ117

フォールディングカメラをサッと取り出してスナップする光景を思うと、ワクワクするんだよね。男の永遠の憧れのようなね笑。さて、気がついたらカメラがいろいろ増えてきてきて、このRetina typ117をどれだけ外へ連れ出せるかという問題はあるんだけど、試し撮りしてみたら好きになったなあ、Retina typ117。フィルムがこの世にあるかぎりは、このカメラはきっと100年でも、200年でも撮れ続ける気がする。そんな道具と人生を共にするってちょっと素敵じゃないか。ロマンだよ、このカメラにぎっしり詰まってるのは。