ひっそりと秋に向かってる。後悔しない夏を。

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ちょっとハッとしたなぁ。こんな夏真っ盛りなんだけど、道端に目をやると秋色の挿し色が。思わずシャッターを切った。僕は夏のど真ん中生まれだから、夏はどこか思い入れのある季節で好きなんだけど、写真は秋からが色豊かでいいのかな。前の冬からカメラ始めたんで、僕はまだ秋のファインダー越しの世界を知らない。なにやら楽しみになってきた。

休みの日の朝に早起きなのは子どもの頃から変わらない。

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こどもは正直。いや、こどもゴコロは正直か。平日はいつも朝、歯をくいしばるようにチカラを振り絞って無理やり起きるのに、休日の朝は目覚まし時計なしでピタッと早朝に目が覚める。やりたいことがあるとワクワクして起きちゃうんだよなあ、にんげん。平日は一眼レフと過ごす時間はほぼないから、金曜日の夕方くらいから「いよいよ週末。ファインダーがのぞける」とソワソワし始めて、土曜日の朝は実に軽やかに起床します笑。

今朝は24-120/f4をつけて愛犬と散歩へ。この写真はさっきiPhoneで撮ってInstagramにポストしたものをVSCOcamでフィルム調にしました。今日は感覚的にモノクロで撮りたい気分だけど、まだいま散歩の途中。瞬間瞬間の気分に素直にシャッターを切りたいなと思ってる。じぶんを解放できる何よりも自由な時間です。

大人になると夏を懐かしく思うのは何故だろう。

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僕だけだろうか。夏になると無性に昔を思い出すというか、よく懐かしい気分がこみ上げてくる。青春というけど「青夏」じゃないかと思うくらい、青い空や青い海、夏の空気は、ずいぶん昔のじぶんをふっと思い出させる。なぜだろう。別に夏だけ特別に濃い経験をしたわけじゃない気がするんだけど、ほかの季節には感じない懐かしさが夏にはある。蚊取り線香の匂い、アスファルトが冷えていく匂い、からだにまとわりつく風、湿気があるのに渇いたのど。なにか五感すべてでタイムスリップするような感覚。そう、外にいる時にそんな感覚によくなる。撮り手の感情が滲み出るからか、写真もやっぱりどこかノスタルジックなものを撮っていたりする。で、それはとても心地いい時間だったりする。あー、ずっと夏だったらいいのに、とか思うんだけど、これがまた夏って一瞬で過ぎてくんだよね。みなさんにとって夏はどんな季節だろうか。

というわけで、今年ももうすぐ僕が生まれた8月真ん中がやってくる。

自然のデザインにはかなわない。

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風景って目の前に広角にひろがってるものがありのままの風景なんだけど、僕は写真の中に切りとってみたほうがより風景らしいなと思っていて。うまく言えないんだけど、ふだんはあたりまえすぎて目の前の視界をあえて「風景」なんて意識しないんだけど、写真にした時にはじめて「こんな風景」と認識するというかね。そうすると風景がいろんなパーツでデザイン構成されてることに気づく。この葉も道端にひっそりある時はなんてことない葉なんだけど、写真にして切りとるとその造形の見事さにハッとする、みたいなね。僕はこの葉を何気なく俯瞰から撮った時、モニターに映し出されたデザイン性に驚いたのを覚えてる。自然が作り出す造形美にはほんとかなわない。だから今マクロレンズにハマってます。

というデザインの話は置いといても、涼しげな写真でもあるなと思ったから、夜になっても茹だるようなこの時間にポストしました。

少しずつだけどブログに記憶を積み重ねられたかな。

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思いたって立ち上げてみたブログも、少しずつだけど「記憶カメラ」らしく、記憶を積み重ねつつあります。ブログを始めてみて気がついたのは、TwitterやInstagramのようにリアルタイムな写真にこだわらずに、過去の写真も含めてゆっくりポストできるというか、写真だけじゃなくて思いを言葉にのせて送り出すことができるんだな、と思った。特にカメラの技術的なことを書いているわけじゃないし、写真もギャラリーのようにたくさんあるわけでもないブログではあるけど、写真が人生に少しだけ影響を与え始めていっている一人のにんげんの様子を、なんとなく見守ってりしてくれれば嬉しいなあ。急がずじっくりゆっくりポスト続けていきます。

あ、写真は夜の迷えるGRの写真。ジーコジーコ言ってピントが合わないところをむりやりシャッター押すときれいな玉ができます笑。それはそれでGJ、GR。

辺りの暑苦しさをまったく感じさせない、ただひとり涼しげなひと。

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夏のうだるような暑い日でも「涼しげなひと」っているよね。僕は暑がりなんで、そういう人(特に女性)を見るとただただすげーって思うんだけど。この花はそんな感じ。熱波のような太陽のもと、みんなどこか暑苦しい様子に見えるのに、この人だけはただひとり、涼しげな横顔で凛としていたというかね。たしかNIKKOR 70-300で少し離れたところから人の自然体な横顔を撮るようにおさめました。涼しげな佇まいって、寒色なだけじゃないよな、と気づきの一枚でもあった。この夏のある日。

この夏のある日。

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これはNIKKOR 24-120//F4で寄ってみたものかな。あ、そうそう、一眼レフを持つまでは蝉や鳥を追いかけようと思ったことはなかったかも。iPhoneで撮ってる頃は空はたくさん撮ってたけど、動くものを「つかまえたい」と思い始めたのはファインダーをのぞかようになってからだな。蝉のフォルムってかっこいいな、と最近思ってる。

撮りためた写真を少しずつアップしていこう。

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とは言ってもまだ半年分くらいなんだけどね。でもどうだろう、今年一月に最初の一眼レフを手に入れてからだと数万枚は撮ってるだろうなあ。ぜんぶなんてことないスライスオブライフなんだけどね。撮影のために遠出をして、みたいなことはまだまだ全然だから、これからだなあ、まだ僕は。

というわけで、少しずつスライスオブライフ、ポストしていきます。

これは先日我が家にやってきた新しいKAWAIをNIKKOR Micro 60mm/F2.8で何気なく撮ったもの。このレンズのボケはほんと好きです。(つづく)

僕のカメラ愛はプロダクト愛でもある。

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SLIKの三脚といっしょに初めてレリーズを購入したんだけど、僕だけかなあ、このレリーズひとつとってもいちいちカッコいいんだよな。男だからかなあ。カメラ用品っていちいちどれも道具感がたまらなくカッコいいと思う。僕がカメラにハマっているのは、写真ももちろん好きなんだけど、このプロダクトのクールさが大きく影響していると言っていい。あ、いま書きながら思ったけど、カメラをぶら下げているカメラ女子のことが、あ、いいな、と思うのは、ボーイッシュに見える雰囲気に惹かれるのかもな。レリーズのフォルムを眺めているだけで数分間幸せになれるこの感覚は、一見小さなことに思えるけど、とても偉大なことでもある、そう思えてならない今日この頃の僕である。

世の中、まだまだ知らないソサイエティだらけだ。

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その世界にハマると今まで見えていなかった人とか社会の姿が途端に鮮明に見えてきたりする。最初にそれを感じたのは子どもが生まれた時。赤ちゃん本舗なんか行ったことなかったし、妊婦さんや乳母車の存在とかほんとそれまで見えていなかった。それが自分がそういう境遇になると、途端に視界の中にそういう人たちや社会の存在が一気に出現してくるんだよね。

今の僕にはカメラ。一眼レフを始めてから、街中や行楽地でもとにかくカメラを持っている人が気になり始めたし、メーカー何かな?機種は?レンズは?ストラップは何?三脚は?バッグはどこの?とか、やたらカメラな人々が目につくようになった。これはけっこう凄い世界の有り様だと思うんだよね。つまり、自分が興味があること以外はほとんど世界は見えていない。ハマればその世界があることに初めて気がつく。僕はTwitterなんかは2009年からやってるけど、こうして写真やってる人のことがたまらなく気になり始めた(存在が視界に見え始めた)のは、このほんの半年からなんですね。これはモノ・コトの見え方の本質というか、けっこう衝撃的な事実だった。

カメラのある世界がこれからどれだけ自分の中で広がっていくのか楽しみだし、カメラ以外のことだってまだまだ知らない世界が僕には宇宙のようにたくさんあるから、ひとつでも多くのことに初トライして、未だ見ぬ新しいソサイエティ、新しい世界と遭遇したいと思う。ワクワクだよね、世界は。