僕の中では、カメラを持ち出す時に「コンビ」がある。

Nikon Df + 50/1.8G , Nikon F6 + 50/1.4D

絶対というわけじゃないんだけど、なんとなくコンビが存在するんだよね。例えばこの写真のように「Nikon DfとNikon F6」。前にも書いたけど、デジタルだけどフィルムライクに撮れるDfに対して、フィルムなんだけどデジタルライクに撮れるF6。僕の中では真逆のコンセプトを持つこの2つのカメラがフィルムとデジタルをシームレスに行き来する決定的なコンビとなった。

次にあげるコンビが「Leica M3とNikon F2」。共に完全機械式シャッター機だけど、レンジファインダーと一眼レフという、これまた正反対のようでそうではなくお互いを補い合うようなコンビ。今はF2を修理に出しているから同時に持ち出すことはないけど、F2を使うとM3が使いたくなって、M3を使うとF2が使いたくなる、そんな絶妙の相互関係がこの2つのカメラにはある。

その次はコンパクトカメラのコンビ「RICOH GRとKonica C35」。見た目のコンパクトさも、ほぼオートで撮れるいかにもスナップ向きの操作性も、あと単焦点レンズである点もそうかな。デジタルとフィルムだけど、僕の中ではやっぱりコンビで、荷物に余裕のある時は平日の鞄の中にはこの2つのカメラが入っていて、シチュエーションに合わせて使い分けたりしている。

あとは意外と外せないコンビ「Nikon FEシルバーとNikon FEブラック」。これはさすがに2台を同時に持ち出すことはないけど、元々はシルバーに50mm、ブラックに35mmをつけて、同じボディで2つの焦点距離を持ち替えて楽しみたいと思ったんだよね。その後カメラもレンズも増えたから、この50mm&35mmの使い分けはしなくなったけど、FEは僕が初めて手にしたフィルムカメラだから思い入れがあるのと、2つともラフにガシガシ使い倒せるというところが、無くてはならないカメラとなっている。

さて、残りはNikon D300なんだけど、このカメラだけは今のところコンビが無い。ひとつだけコンビ無しというのも淋しそうだから、ここはやっぱりNikon D700を揃えてあげるべきなのか笑。Nikonが最も凄みがあって輝いていた時代のAPS-Cフラッグシップ機と、その兄貴分的なフルサイズ中級機。いや、カメラはもう増やさないと決めたんだ。D300には望遠撮影を担ってもらっているちょっと特別な使い方のカメラだから、同じくちょっと変わった使い方のカメラとして防水カメラをコンビにしてあげようかな、などと考える今日この頃である。

窓の外から雨の音。今朝は雨用カメラの出番かな。

Nikon FE, Ai 50/1.8

実は壊れていたNikon FEのブラックボディが直ったんだよね。まあ、直ったというより僕が力づくで直ったようにした、というところなんだけど。

以前、Natura 1600で夕景を撮った時にISO感度を普段の100から800とか1600まで上げたら、以降ダイヤルが100まで戻らなくなってたんだよね。何か内部で引っかかっている感じで。裏蓋を開けて内側からどうかできるかなと思ったけど無理で、となるとカメラの内部だから僕にはどうしようもない。修理に出すかといっても元々数千円でカメラ屋の片隅から救出して持ち帰ったカメラだから修理費をかけてまではもったいないなと、もう一台のFEシルバーの修理パーツ用にくらいの気持ちで壊れたまま取っておいたんだよね。

で、数日前にたまたま引っ張り出して、なんとなく力づくで感度ダイヤルを回してみた。どうせ壊れてるんだからと物凄く力づくで笑。そしたら、わずかずつだけどダイヤルが回転し始めて感度100の目盛りまで動いたんだよね。笑ってしまった☺︎。というわけで修理の腕も何もないのだけど、見た目上はいちおう直った。Nikon FEは二台あるから、このブラックボディは元々ガシガシ使う”壊れても平気用”なんで、だったら雨の日に使ってみようかなと。

雨の日はみんなカメラどうしてるのかな。僕はやっぱり雨の日はカメラを持ち出すのは不安で、ライカや一眼レフはまず持ち出すことはない。雨上がりの湿気のある日くらいなら持ち出すこともあるけど、雨の日は大抵GRを持ち出す程度。あ、GRはクロップ47mmで10cm程度まで寄れるからけっこう葉の水滴とか撮るのにも向いてるんだよね。外も暗いからデジタルのほうが向いてるわけなんだけど、でもフィルムでも雨の日を撮りたいなとどこか思ってた。というわけで、この直った?FEブラックを雨用フィルム機として持ち出そうかなと。

レンズはこれもいちばんラフに使い倒しているAi 50/1.8、フィルム感度はさすがに100では光量が足りない気がするけどできればいつもの業務用100で。外で露出計を眺めてみて、念のため400もバッグに忍ばせて。何事も初めてのコトというのは不安半分、期待半分でワクワクするものだ。雨がこのまま止まなかったら、そういう布陣で散歩カメラにしようかなと考える、雨の日曜日の5:28am。

カメラのための散歩じゃなくて、散歩のためのカメラ。

Nikon F6, 50/1.4D

もちろん、カメラのための散歩もするんだけど、僕の散歩のベースはこの愛犬との散歩。もうほんとやんちゃだから、散歩中もジッとしていない笑。以前飼っていたミニチュア・シュナウザーは割と動きがおとなしかったけど、トイプードルは元気いっぱいなんだ。で、この子と散歩して発散させてあげることが散歩の主だから、カメラはあくまでそっと寄り添う脇役。でも、そのくらいのほうが力を抜いてカメラを楽しめるからちょうどいいんじゃないかとも思ってる。

おかげでAFで撮るようにもなったしね。左手でリードを持ち、右手でカメラを構える。どうだろう、僕の撮るNikon DfとF6の写真の半分くらいは愛犬と一緒にAFで撮ったものじゃないかな。レンズも軽量がいちばん。50/1.8Gと50/1.4Dが定番になってきた。そうそう、50mmはやっぱりいいよね。家の近所を散歩カメラするのには、そんな絶景は広がっていないから、広すぎない、でも狭くもない50mmはちょうどいいし、僕の日常の目線をそのまま切りとれる感覚もある。最近はRunをウォーキングに切り替えて歩くことも多いから、そんな時もウォーキング主体でカメラを肩にぶら下げて歩く。やっぱり50mmで。Nikon FEにAi 50/1.8をつけて歩くことが多いかな。これも楽しいよ、とにかく軽量で軽快だから。というわけで、今日は散歩の話。近ごろ写真に機材情報を入れ始めた話はまたの機会に。

まずはとことん単焦点。

AF使いもできるカメラが増えたんでちょっとズームレンズも気にしてアレコレみてるんだけど、なんだかズーム検討自体が目的になってしまってるような気がして、二つほど候補にあげていたズームレンズ購入を見送った。それよりも今は、手持ちの単焦点レンズをとことん試す時期かなって。

MF、AF、いつのまにか数本のレンズが揃ったんだけど、まだまだひとつひとつをじっくり使い込んだとは言い難い。絞り開放付近でもっと撮りまくって、そのカメラならではの癖というか無二のおもしろさを引き出すのが先決かなって。そういえば赤城さんも“ズームレンズは捨てなさい”と言ってたし笑。

まあそれは言い過ぎにしても、単焦点レンズは実際おもしろくて、シンプルなだけに撮ることにも集中できる印象がある。もちろん、明るい単焦点レンズならではのボケや収差の楽しさもあるしね。単焦点レンズの写りこそ、スマホカメラなんかでは撮れない世界の、いかにもカメラらしい楽しみ方の筆頭だと思う。焦点距離を変えて10枚撮るなら、単焦点で10枚撮るほうが濃密な気がするしね。

なんでもそうだけど、縛りとか制約があるほうが、出てくるアイデアは濃く太くなったりする。カメラやレンズもそうかなと思っていて、とにかく万能というモノよりも、限られた条件の中で突破していく感覚がおもしろい。ズームは43-86とDX用の18-200があるから、気分転換するのには十分な気がするし、当面は単焦点にハマってみようと思う。いや、このおもしろさはずっとかもしれないけどね。

 

RICOH GRの最高性能は、街角でのさりげなさ。

カメラを持ち始めた頃と比べたら、それでもずいぶんと街中でカメラを取り出して構えられるようにはなったけど、それでもなかなか難しいよね、街角スナップって。その難しさは、撮影テクニックというよりカメラを構える難しさ。だから僕はGR。ほぼノーファインダーでサッと撮る。仮にまわりの人が撮影してることに気づいても何事もなかったかのように見過ごしてくれるいい意味での存在感を消す感じ。何でも目立てばいいってもんじゃない。大人はね、さりげなくだよ、GR。

カメラの使い分けイメージが少し固まってきた。現時点だけどね。

詳細は割愛して、ポジショニングだけ言うとだけどね。メインカメラはNikon F6とNikon Df。この二台でフィルムとデジタルをシームレスに行き来する感覚を楽しみたい。そしてサブカメラはRICOH GR。これはもう僕の中では不動のポジション、カメラは出しゃばらないけど、写真はしっかり出しゃばってくれる。あとスペシャルカメラとしては何と言っても機械式のLeica M3とNikon F2の二台。帰ってくる場所みたいな存在かな。それと、癒しカメラとしてNikon FE。初めてのフィルムカメラで思い入れがあるのと、とにかく軽量コンパクトで絞り優先で撮れる感じは何物にも変え難い。それから、写ルンです的休憩カメラとしてKonica C35。撮影枚数だけでいえばC35がいちばん多いんじゃないかな。ほぽシャッター押すだけであの写りはまさに休憩してるリラックス感がある。最後は望遠カメラとしてのNikon D300。APS-Cフラッグシップ機だったその撮影フィーリングはダテじゃないし、何より換算1.5倍の望遠感覚はやっぱりAPS-Cならではだからね。

これでぜんぶかな。なんか急激にカメラ増えましたねとか言われるけど、僕の中では辻褄が合ってるというか、すごく納得感のあるラインナップ。最後にNikon F6にたどり着いて、じぶんでもイメージがすーっと固まった。さて、あとは撮るだけ。宝の持ち腐れにならないようにね。ファインダーの向こう側の光景をひとつでも多く記憶するんだ、このカメラたちと。

“カメラ”と名の付いたブログらしくなってきた。

‘カメラ’と付こうが付くまいがカメラやレンズのことを詳しく掘り下げたブログは他の人がたくさん書いているので、この見出しはあくまで僕のブログの変化という意味なんだけどね。

振り返ってみると、僕のブログはいわゆる雑記ブログで、カメラのことももちろん書いているけど、カメラに直接は関係ない日記みたいなものも多かった。それがフィルムを始めて以来、やっぱりカメラ関係の記事が増えたなとじぶんでも思うんです。それはやっぱりカメラが増えたことも大きくて、所有するカメラへの愛着とそれを他の人にも伝えたい気持ちがあって、自然と所有するカメラのよさや、そのカメラが手元にある時の心持ちみたいなものを懲りずに日々書き足している。まあ、僕と同じようなカメラ遍歴を歩んでいる人はそうそういないだろうから、気になるカメラの記事だけつまんで読んでもらえたらそれでいいやと思っている。

ブログの“カテゴリー”を見てもらえると分かると思うけど、Nikon Df, Nikon F2, Nikon FE, Nikon D300の使用感をのぞきたい方は「NikonとNikkor」を。その他に「Konica C35」「RICOH GRと」、あと「Leica M3」がカテゴリーとしてある。それと、もっと広義な意味では「写真とは」という項目もある。でも、断っておくと、それらの記事には機能の詳細説明はありません。それは僕自身が語れるほどカメラに詳しくないのと、そもそもカメラの機能のことは深く触れようとは思っていないので。それよりは、そのカメラがあるとどんな感情が沸き起こったり、どんな日々のささやかな感動みたいなものがあるのか、そんなことを僕なりに綴っていたりするので、そういう意味ではカメラビギナーの人か、こらからそのカメラを手に入れようとしている人には多少なりとも参考にしてもらえるかもしれない。

Twitterのリンクから訪問してくれる人もいるけど、検索から来てくれる人のほうが多くなってきて、多少なりとも書くことに責任みたいなものを感じる今日この頃。そういう意味でもカメラ関連のブログらしくなってきたなあなんて思うのです。もうすぐ1,500話。この先、このブログはどんな方向に進んでいくのかは僕ですら見当がつかないけど、まあそれも含めてミステリーツアーのようで楽しいのです。あ、写真はNikon Df×AF-S 50/1.8Gで撮ったもの。秋が来たね、いよいよ。

休みの最後はライカと決めている。

今週末は三連休だから、明日もう一日休みがある。はやく世の中が週休3日制になればなとつくづく思う。やっぱり土日二日間と三連休では全然リフレッシュ感が違うし、物理的にできるコトも増やせる。例えば出動するカメラの話。

僕はこの二日間で4台のカメラを持ち出した。使った順に、Nikon F6、Nikon Df、RICOH GR、Nikon FEかな。F6とDfは二日間とも出動しているから、いいペースだ。GRとKonica C35は基本平日用、Nikon D300は望遠の時用ということでいえば、週末用カメラは残りNikon F2、そしてLeica M3だ。ちなみにD300は先週息子の運動会で丸一日堪能したし、F2はそれこそ現像があがってきたばかり。つまり、僕の三連休の残り一日は、確実にM3を連れ出してやろうということになる。週休3日制となると、ここまでカメラを連れ出す範囲が広がるから、それはやっぱり素晴らしい。

と、ここまでは三連休の話だけど、そもそも僕の場合は、休みの最後の日はLeica M3を連れ出すことが多い。それは、所有するカメラの多くがNikonの一眼レフで、休みともなるといかにも撮った!という感触のある一眼レフをまず触りたくなる。で、そうこう一眼レフばかり触っていると、やってくるんだなあ、ライカに触れたいという反動みたいな衝動が。で、休みも最後のほうになるとほぼ毎回M3を連れ出して”仕上げ”みたいなことになる。

いま僕のM3の中にはコダックのEktar100が入っている。たしかまだ数枚しか撮っていない。後生大事にというわけではないんだけど初めてのEktarだから、やたらめったらはシャッターを切らずに、家族の写真とか大事な一枚をゆっくり撮っている状態。だから、明日もきっと数枚しか撮らないと思うけど、それでも外の空気の中に連れ出すとカメラを適度に日光にあてて乾燥させられるし、各部の機械の動きをほぐすことにもなる。なにより、連れ出してあのファインダーの中をのぞくことに意味がある。慌ただしい愛犬との散歩カメラで距離計だのみで撮るか、それとも家族または一人で出かけ直してゆっくり撮るか、それは明朝の気分で決めたいと思うけど、とにかくM3を休みの最終日にわずかでも連れ出すことだけは前夜のこの時間に決まっている。ライカというカメラは、飾り奉るカメラじゃなくて、ラフに連れ出してやってこそ生きる、ある意味アバウト(ファインダーの中のフレーム枠の曖昧さも、距離計を細かくはこだわらないところも)なスナップ用カメラ、少なくとも僕はそう思ってるから、まさしくラフに連れ出してナンボ。フルメカニカルシャッターのレンジファインダーは、僕にカメラはラフでいいんだよと毎回教えてくれる。さて、そろそろ眠るとするか。明日のライカの出番などをうとうと考えながら。

Nikon F6は、僕の想像を大きく超えて素晴らしかった。

先週の初めにNikon F6を手にして、昨日初めて屋外へ連れ出して試し撮りをしてみた。といっても現像はまだだから、このブログ記事は、まずは使用感ということで。

で、F6だけど、これだけは最初に言っておこうと。このカメラは魔物です。それくらい他のフィルムカメラとは違うし、デジイチとももちろん違う。このカメラにしか手にできない到達点へ達したカメラです。だから、このカメラを手にしたら、もう魔法がかかったように虜になります。それでもいい、フィルム代や現像代という決して安くはない餌をしっかりコイツに与え続けてあげられる人は、手にしたほうがいい。絶対手にするべき。そんな孤高のカメラです。

昨日はまず朝の愛犬との散歩に、F6を首からぶら下げて出かける。うちの愛犬はとにかくやんちゃなんで、彼を連れての撮影はまずマニュアル撮影はムリ。だから、いつもはNikon DfにAF-S 50/1.8Gをつけて、片手で散歩カメラしているんだけど、F6はフィルムカメラながらAF、AEで撮れる現代的カメラで、2004年の発売以降、今も現行機種として販売されているフィルムニコンのフラッグシップ機、もちろんDf同様に片手で散歩カメラできる。フラッグシップ機を愛犬の散歩に持ち出すのもどうかと思うかもしれないけど、このF6は前機種のガチガチのプロ機F5と比べてフレンドリーにチューニングされた機種でもあり、見た目もモータードライブを切り離したコンパクトで普通のカメラ然している。つまり、僕のようなアマチュアでも使いやすいことを意味する。見た目はどうかしたら普通に見えるけど、中身はNikon渾身の技術が詰まったフラッグシップ機、まさに羊の皮を被った狼というやつなのである。

僕はこのSS 1/8000秒で正確無比と言われる内蔵露出計、AF性能を活用しようと、レンズはAi AF 50/1.4Dを常用レンズにした。いわゆるDレンズというやつで、絞り環もついているからMFとしてNikon F2やFEにも使える、僕の中ではベストチョイスだ。そうしてF6と50/1.4Dとで初めてファインダーをのぞいてみる。明るい、とにかく明るい素晴らしい眺めだ。早朝の散歩道の明るさでも驚くほど被写体を綿密につかまえることができる。ピントもサッと決まる。まるで、現行のデジイチのようなまったくストレスのない軽快さだ。そして、おもむろにシャッターを切る。ん?これは…なんて美しいシャッター音を奏でるんだと、僕は軽い衝撃を受ける。いや、軽くないな、かつて味わったことのない衝撃と言っていい。それくらい、F6のシャッター音は別格だ。文字では表現できないほど官能的でソソる音なんだ。誤解を恐れずにいえば、この音だけで所有する価値がある。上品なんだけど力強さも持ち合わせたような衝撃が手と脳にも伝わる。このカメラはとんでもないクオリティだと感じたのは、この最初のシャッター音を聞いた時だった。

もちろんフィルム送りは自動だ。ついでに言うなら、F6はフィルム装填もフィルムを入れて蓋を被せるだけで自動で1枚目までフィルム送りしてくれる。これは、ふだんすべてアナログ手仕事でフィルム装填している僕には密かな驚きだった。そして、フィルムを撮り終えるとこれまた自動でフィルム巻き上げまで行ってくれる。それもかなりの高速で瞬時だ。これがプロのフィルム交換のスピードなのかと驚嘆する。フィルムを詰めると自動的にISO感度を識別してセットされるのも、僕にはずいぶんとハイテクに見えた。その他、AF機能とか現代のデジタルカメラにある基本的な機能はほぼすべて普通に搭載されている。そういうことを考えると、僕のようなビギナーこそこのF6は最高に使いやすいフィルムカメラなのかもしれない。

あとTwitterの中のF6ユーザーの人が言っていたけど、F6のフォルムやボタンなどの配置はすべて人間工学に基づいて設計されているから、とにかくよく手に馴染み、ひとつひとつの操作感がエモーショナルで、からだの一部のようにしっくりくる。からだに吸い付くような使い良さといえばいいだろうか。シャッター音だけじゃなく、フィルムの巻き上げ音や裏蓋の開け閉め音まですべての音が心地いいようにチューニングされている。そんなところに最高の技術とコストを投入するF6とは、やはりちょっと別物なのだ。

このブログの写真にあるように、背面にはデジイチのような大きなモニターではなく、小ぶりな液晶表示がある。軍艦部にも液晶を持ち、メニュー設定や露出確認も実にスマートにできる。いやもうほんと、苦言を呈するところがひとつもない。そんなことよりも、このカメラが伝えてくるフィルムニコン最期のフラッグシップ機としての誇りと威厳こそが、このカメラの存在意義と最高性能を物語っている。僕はそう思った。激しく。

他の所有カメラでは、僕はふだん付属の機種番号が入ったストラップは使っていないんだけど、このF6にはあえて「F6」という文字の刻まれたストラップを使うことにした。なんというか、そういうNikonの誇りに対する敬意というか、周囲の人にもF6を使っていることがあえて分かることが大事だと思ったんだ。決して贅沢な作りのストラップではない付属品ではあるけど、そういうことも含めてF6の魔力に引き寄せられる、そんな感覚なんだ。

まだまだとても書き足りないけど、まだ現像にも出していないから、この続きはまたおいおいこのブログで。僕はこのF6をキタムラのショーケースで見かけて中古で手に入れた。レンズも合わせると決して安くはなかったけど、それでも新品で30万円するフィルムニコン最後のフラッグシップ機が三分の一程度の価格で手に入るのは、恵まれているとしか言いようがない。昨夜、富士フイルムからX-TLAの販売終了のニュースが流れてきて、あいかわらずフィルムの未来は不安ではあるけど、だからこそ僕らはしぶとくフィルムを使い続けるしかないし、残されたフィルム時間を濃く太く生きたいと思うんだ。それには、このF6がもってこいだ。これ以上のフィルム機はない。それほど史上最高のカメラなんだ。

僕はカメラのことは詳しくないけど、それでも楽しめるのがカメラなんだ。

僕はカメラ自体は3年半ほど前から始めたんだけど、その頃はNikonのデジイチをあまり理屈も分からず使っていたのかなと。露出のこととかちゃんと考えるようになって撮り始めたとなると、この3月にフィルムカメラを手にしてからだから、じぶんではほんと今もカメラビギナー真っ只中だと思ってる。

それでも、そんな僕でも楽しめるのがカメラなんだよね。ボディのことやレンズのことはもちろん、現像のこと、フィルムのこと、シャッタースピードのこと、アクセサリーのこと、もう日々新鮮な疑問ばかりだけど、大抵誰かがネット上にアドバイスを載せてくれているし、Kindleなんかで探すとカメラ関係の書籍も山のようにあって、そんなことをひとつひとつ見つけて試していくことも実に楽しい。そうこうすると、芋づる式に次なる気になるレンズやボディが出てきたりしてね、ほんと走りながら楽しめるのがカメラや写真の世界なんだよね。

いまの僕の関心は、デジタルのNikon DfとフィルムのNikon F6の関係。Dfのほうはデジタルなんだけどフィルムライクにカメラを操ることを楽しめる。一方、F6のほうはフィルムなんだけど現代のデジイチのようにデジタルとのハイブリッドのような感覚でフィルムを楽しめる。これが、僕の中では違うようでいて似ているというか、この二台を行き来する感覚にとても興味を覚えるんだよね。その楽しみ方は、Nikon F2やNikon D300など、所有する他のカメラなんかとは少し違う感覚がある。とはいえ、すべてのカメラは僕の中で繋がってはいるんだけどね。

いま僕が所有するのは、RICOH GR、Konica C35、Nikon FE、Nikon F2、Nikon D300、Nikon Df、Nikon F6、Leica M3の計8台。他の人からみると脈略のないラインナップに見えるかもしれないけど、僕の中ではストーリーとしてはすべて繋がっていて、ひとつひとつに所有するに至った理由というか布石がある。おもしろいよね、カメラやレンズとの出会いってね。でも、これは僕のストーリーだから、まったく同じ種類のカメラを同じ台数持ってる人はいないと思う。そこもまたおもしろい。せっかく縁あって出会ったカメラたちだから、できればその良さとか使い心地を他の人にも伝えられたらなって思う。このブログ「記憶カメラ」は、そういうささやかな情報発信スペースでもあります。