一眼レフは“良き時代”が詰まったカメラ。

Olympus OM-1N, Zuiko 50/1.4, Fujifilm 業務用100

いま、僕の手元に再び一眼レフが増えている。フィルム時代のカメラたちだ。もともとはニコンの一眼レフばかりを持っていたんだけどね。Nikon FE、F2、F6、そこに最近、他メーカーのカメラたちが加わった。Asahi Pentax SP、Olympus OM-1N、そして昨日手に入れたKonica FSだ。何故にそんな一眼レフが増えているのか。じぶんなりに思うのは、ミラーレスの時代がやってこようとしているのを感じで、待てよ、一眼レフは過去のものになるのか。一眼レフの良さとは本来何なのか。今一度、一眼レフのルーツとやらを感じてみよう…そんな風な気持ちが僕の中にどこかあって、機械式の一眼レフばかりここのところ増えてるんだ。

まあ、理由を述べるとするならそういうことで、実際はお店にふらりと立ち寄ると、直感でビビっと欲しくなるカメラが現れてるということではあるんだけどね。でも、一眼レフというカメラの良さはやっぱりあって。僕の場合だと「じっくり、ゆっくり、ファインダーの中の濃密な世界をシューティングするよろこび」とでも言おうか。平日は街中で速写的にレンジファインダーでスナップしてることが多いんだけど、それと比べると僕にとっての一眼レフは週末にゆっくりと一緒に過ごすカメラ。自然を撮ったり、古い町並みを撮ったり、家族のイベントを撮ったりするカメラ。時間の流れ方がとでも緩やかな時のカメラなんだ。

もちろん、プロも多用する本格的カメラだから、本来は速写も優秀だし、レンズの充実さ、その撮れる写真の本格さにおいても一眼レフは決して緩いカメラではないんだけど、僕の場合だとそういうことでね。一眼レフと向き合う時間はなにかとでも心地いい時間が流れていく。それはたぶん、フィルム時代の一眼レフが持つ余裕というか、その一眼レフが最も光り輝いていた時代の豊かさがぎっしりと凝縮された良さみたいなものがあるんだと思う。単に写真を撮るだけじゃなくて、そういう「良い時代」を感じながら写真を楽しむというのが一眼レフにはあるんじゃないかな。

ミラーレスの台頭で、デジタル一眼レフは今後は趣味性の強いカメラになっていくかもしれない。ちょうど今、僕らがフィルム時代の一眼レフを趣味的に味わっているようにね。それは少し寂しくもあるけど、逆に一眼レフは無くならないとも言える。あの一眼レフならではの高揚感みたいなものはやっぱり濃いから、ミラーレスのスマートさに慣れたら、むしろ時に無性に一眼レフのあの所作に立ち返りたいと思うんじゃないかと。まあ電気を使うカメラだから、フィルム時代の一眼レフのように何十年も趣味の道具として楽しむのは難しいかもしれないけど、でも必ず触りたくなると思うんだよね、僕でいえばDfとかD300にね。そんな日本の古き良き時代の豊かさがめいっぱい詰まった一眼レフを、僕はいま存分に味わっておこうと考えている。重いし、大きいし、シャッター音も元気すぎるような一眼レフだけど、そこが良いんだよなあ、とか唸りながら、ね。

カメラ選びはいつも直感だけど、じぶんの嗜好性が読み取れておもしろい。Konica FSとの出会い。

Konica FS, Hexanon 52/1.8

また新しい(古いか笑)カメラがやってきた。何処へ向かってるのかは聞かないてほしいんだけど。じぶんでも良く分かっていないから笑。というのも、僕の場合はカメラを選ぶ時はいつも直感。さして計画性はない。カメラ屋をのぞいては、その時目の前に現れたカメラへ運命みたいなものを感じたら、お金によほどの無理がないかぎり連れて帰る。

もちろん実用品として使いたいから、分かる範囲であれこれ個体をチェックしたり店員さんと完動品具合を品定めはする。でも結局のところは実際にフィルムを詰めて試し撮りしてみないと分からないから、そういう意味でも直感に頼って購入を決めるしかない。でも不思議なことに、直感で購入して失敗したということはこれまで記憶にない。運がいいのか、いちおう見る目ができてきているのかは分からないけど。いや、購入するお店が良いのかもしれないけど。

昨晩、直感で選んだのはKonica FSという小西六コニカが国内で初めて送り出したフィルム一眼レフ機だ。少し調べてみたところ、登場は1960年頃かな。Nikon Fと同じ頃。それまで海外向けに販売していたKonica Fの構造を廉価版的にシンプルにして、日本で登場したらしい。FSのFはフレックス、Sはスタンダードの意味みたいだね。そんなことはカメラ屋さんとの会話の中で初めて耳にするわけで、カメラをショーケースで見つけた時にはほぼ無知識。つまり直感で「あ、いいな」と手にとるわけである。ほぼ迷いなくね。

シャッター幕のコパルスクエアのロゴがまた泣ける。

この子の場合はもうほんと見た目。なんだ、この深い艶のある黒塗りは!という直感。そして、見たことのないKONICAのロゴタイプ(涙文字っていうのかな)と、いかにもレトロで少しアンバランスなラインのボディに惹かれる。店員さんに声をかけて触らせてもらう。と、想像したよりずいぶん元気に動く各部の状態に少し驚く。シャッタースピードは全速OK、背面を開けたフィルム室も綺麗で、コパルのロゴとさくらカラーのロゴが綺麗な状態で見て取れる。んー、いいなと。

問題があるとするならファインダーだったけど、まあ見れないことはない。店員さんとこのまま使い倒すか、それとも修理屋さんで上部を分解して清掃してもらうかとか話したんだけど、まあ直すというよりは使い倒すコンディションだろうなと。レンズもクモリがありそうだし、そこは試し撮りしてみてから、ファインダーとレンズの清掃を判断しようと思った。僕にしてはなかなか不安のあるほうのカメラ&レンズの購入だけど、それでも購入に踏み切らせるチャーミングさがこのカメラにはあった。まさに直感なんだなあ。

それと、コニカへの愛着というのもあった。すっとフィルムコンパクトのKonica C35を使ってきてるから、レンズのヘキサノンには凄くいい印象がある。コニカのシンプルで丈夫な造りにもどこか安心感がある。それと、どの中古カメラ屋の店員さんと話しても、かつてのコニカの素晴らしさの話は良く聞く。このKonica FSも店員さんは嬉しそうに、縦走りフォーカルプレーンシャッターであること、それがコパル製で初期はロゴがシャッター幕に印字されてること、当時はコニカFマウントといい口径がやたら小さいことなんかを説明してくれて、そういう店員さんの本音的なおすすめ感も僕の直感を後押しした。

それでもそこそこ迷ってはいたんだけど、最後はこのピアノブラックとも言える艶やかな存在感に、もうきっとこの店以外では絶対出会わないだろうなと思い、気持ちを決めて連れて帰ることにした。帰ってからも、やたらボディを眺めては空シャッターを切ったり、各部のボタンなどが何の調整なのかを確かめたりしながらカチャカチャやる。このカメラを探る時間もまた楽しい。そう、なんにせよ楽しいわけだから、それだけでもお金を払って手にする価値は十分にある。あとは写ることを祈るばかりだけど、まあちゃんと写らなくても、それなりに写ってくれれば十分かなと。きょうは金曜日。きょうを頑張れば明日から三連休、FSとの試し撮りのひとときが待っていると思えば、まあ辛い仕事も頑張れたりするのである。ありがたい趣味だなとほんと思う。

Nikon Z7にさわって、カメラは確実にミラーレスになると悟った。

Nikon Z7

現像出しのついでに、全国の都市部のキタムラに配備されているNikon Z7のデモ機にさわらせてもらった。さすが店員さんもしっかりメリットを熟知されていて、ひとしきり近未来のカメラ談義もできた。やはりカメラ屋で過ごす時間はたのしい。

で、そのZ7だけど、カタログやネット記事なんかで見るよりも、実物ははるかに良い。まず見た目は精悍。大口径のレンズ部は迫力あるし、その大きさゆえにえぐられたペンタ部がデザイン的にも立体的で、こういう良さは3次元で実物を見ないとなかなか分からない。で、ミラーレスだからもちろん薄く軽いわけだけど、それでも迫力あるデザインになっているのはやはりNikonのなせる技ではないだろうか。

とはいえグリップ部はしっかり構成されていて、このカメラが単にコンパクトなミラーレスとして設計されたのではなく、一眼レフ上級機と遜色ない本格的ハイアマチュアカメラに仕上げられていることを物語る。最も驚いたのはファインダーかな。ミラーレスだからEVFなわけだけど、これが僕的にはまったく光学ファインダーのようで違和感がなかった。パーツとしては他社と共通だったりするとことだけど、そこはNikon、他社製品より倍率を上げて、しかもとんでもなく光学ファインダー的に仕上げてある。あまりカメラに詳しくない人がファインダーをのぞいたら、これが電子ファインダーとは思わないんじゃないかな。このへんのカメラの作り込みの迫力はさすがNikonが他社より何枚か上をいくと思う。

シャッター音も適度に手ごたえがあって気持ちいい。まったく無音にもできるし、その中間の設定もある。つまりシーンにあわせて使い分けられる。このへんは一眼レフにはできない芸当だ。シャッターフィールもすこぶる軽快で気持ちいい。通常だと5コマ/秒くらいだったかな。ここもハイスピードにすると9コマ/秒という高速連写が可能だ。スペック的には「どうにでも使える、応える」という最新スペックカメラの無言の迫力みたいなものを感じる。

つまり、もうカメラはこれでいい。重たい一眼レフを持たなくても本格的シューティングは可能なんだ。この感触を目の当たりにしてみて、これは確実にカメラは一眼レフからミラーレスへと変わり、一眼レフは趣味的カメラへとポジションを変えていく、そう確信した。お店には同じくCanonから発表されたEOS Rのデモ機はなかったが、こうして各社が一斉にフルサイズミラーレスを出してきたことで、世の中は一気にミラーレスへと流れていくと思う。

まあ気になることがあるとしたら値段だろうか。仮にマウントアダプターを使って手持ちのFマウントレンズを使うとしても、カメラ本体とマウントアダプターだけでも40万円を超えてくる。スペックダウンしたZ6でも30万円を超えてくることを考えると、さすがにカメラビギナーには一気に流れにくい価格だけど、Canon EOS Rなら30万円を切ってくる。価格戦略的にはCanonに軍配が上がりそうだけど、どうだろう。

さて、僕はというと、今のところZ6やZ7の購入の予定はない。デジカメは一眼レフならNikon Dfがあるし、元祖ミラーレス的といえばLeica M-P typ240がある。これらのカメラを手放すならZシリーズも視野に入ってくるかもしれないけど、今はDfもM-Pも相当気に入ってるから、それらを手放してまではZシリーズを手に入れようとは考えていない。でもお金的に余裕のある人や、ちょうどカメラの買い替えどきの人はやっぱり買いじゃないかな。いつの時代も初号機というのはやはりそそられるところ。開発者たちが注ぎ込んだ熱量が違うから、そういう意味でも手にする価値は十分あると思う。

というわけで、もうすぐ発売になるNikon Z7をさわってみた感想のポスト。いやあ、ついに来たね、良くも悪くも次のカメラの時代が。そんな予感が強烈にした。カメラという道具だけはさわってみない分からないもの。そして、さわれば何もかも分かるというエモーショナルなアイテムでもあるから。

フィルムで撮ることは、フィルム産業を支えることでもある。

Olympus OM-1N, Zuiko 50/1.4, Fujifilm 業務用100

前提としてはもちろんじぶんが楽しいからフィルムで撮ってるわけだけど、心の中では「こうしてフィルムで撮ることで、フィルム産業を支えるんだ」という気持ちがどこかある。考えてみると、これだけデジタル全盛の世の中で、いまだにフィルムで写真を撮れることは奇跡のようなもので、いまや国内唯一のフィルムメーカー富士フイルムにすれば、いつフィルムの幕を閉じてもおかしくない。企業の利益だけを優先すれば当たり前のことだ。けれど富士フイルムはまだなんとかフィルムを世の中には流通させてくれている。そこにはもうほんと、感謝しかない。

だから僕はフィルムの中でも富士フイルムを使うことを意識している。世界に目を向ければ富士フイルム以外にもまだフィルムを生産して流通してくれているメーカーはあるけど、日本国内にかぎっていえば、富士フイルムがフィルム生産を終了すれば、おそらく現像ラボも含めてさまざまなフィルム産業プレイヤーの人々が同じく幕を下ろしていくだろう。つまり一気にフィルム産業が消滅するんじゃないかと思う。それはほんと悲しいことだし、個人的にも社会的にも何か人生にとても重要なことを失う気さえする。だから僕は富士フイルムを使う。

そして、富士フイルムで撮った写真をこうしてブログやSNSでフィルム名や機材名入りでポストする。ハッシュタグ「#fujifilm」という文言も付けるようにした。僕ごときがこんなことをした程度でフィルム産業の存続にどれほどの影響を与えられるかは分からない。というか冷静に考えれば僕一人じゃ焼け石に水のようなもがきかもしれない。でも仮に僕のような人間が1000人ほどいれば、世の中に少しフィルムの風を吹かせることができるんじゃないかとも思える。それならば、しぶとくやってみようじゃないかと。

フィルムカメラも好きだし、中古カメラ屋も好きだし、フィルムの匂いや形も好きで、現像ラボのお店も好き。故障したカメラを直してくれる職人さんたちも好きだし、フィルムカメラがあることで生き生きと写真を語る人たちも好き。そんなフィルム産業の裾野が無くなってしまうのはあまりに惜しいから、僕はきょうもフィルムカメラて撮り、フィルムの良さみたいなものを一人でも多くの人に語りかける。小さなことだけど、じぶんの中では割と大きな試みで、それはじわりじわりとわずかずつだけど、なにか効いてる手ごたえもある。あまり堅苦しくは考えたくないけど、このフィルム産業を支えるという気概みたいなものは、フィルム撮影を楽しみつつも、常に忘れたくないなと思っている。

Leica X2はやっぱりEVF無しで速写バルナック的に使うことに。

Leica X2, Leica IIIa

僕がライカをこよなく愛するのは、コンパクトで持ち出しやすく、しかも目の前に現れた光景をサッと速写するのにとても向いているカメラだから。造りの良さとかブランドらしさとかも無くはないけど、いちばんは究極のスナップシューターだから。そう考えると、後付けで装着していた外付けEVFはやっぱり外して使おうかなと考えるようになった。

外付けEVF装着時のX2のシルエット

外付けEVFを外すと1枚目の写真のように、ほぼバルナックサイズ。いや、横サイズでいえばバルナックより小さくなる。僕がもともとX2に惚れ込んだのもこのバルナックサイズであったこと。僕はバルナックもこのサイズが気に入っていて外付けファインダーはつけていないし、そもそもファインダーだってあまり見ない。速写する際はファインダーは画角確認するのにチラ見する程度。だったら、X2も背面モニターをチラ見する程度で十分かなと。

Leica X2

購入してから、じふんなりに外付けEVFの有無でいろいろスナップして確かめてたんだけど、僕にはどうやら外付けEVFは不要かなと。まったく要らないわけじゃなくて、常用としては速写コンパクト機としては不要で、どうしても正確に撮りたい時はEVFを付ける、そんな運用でいいんじゃないかと思ってる。外付けEVFはデジタルのtyp240機にも使えるから、機材としては保有し続けておこうかなと。

Leica X2, Elmarit 24/2.8 ASPH
Leica X2, Elmarit 24/2.8 ASPH
Leica X2, Elmarit 24/2.8 ASPH

あと、X2の写りのほうだけど、これは換算約35mmのスナップ機としては実に軽快で気持ちいい。特にモノクロがいい。ライカというブランドはほんとにフィルムライカらしさのこだわりはデジタルの今でも徹底してる。僕はフィルムライカも使うけど、フィルムライカとデジタルライカの間にそれほど違和感は感じない。そういうフィルムライカファンの気持ちや好みを、デジタルライカはJPEGセッティングでちゃんとカバーしている。僕はJPEGでしか撮らないから、僕のようなJPEG派の人にもデジタルライカはおすすめだ。

Leica X2, Elmarit 24/2.8 ASPH
Leica X2, Elmarit 24/2.8 ASPH
Leica X2, Elmarit 24/2.8 ASPH

さてEVFをつけずに使うとなると、同じく背面モニターで撮るスナップシューターという意味ではRICOH GRも所有しているわけだけど、広角系のコンデジとしては似通った二台ではあるけど、やはり写りの質感は違うなと思っていて。ソリッドなGRの描写に対して、X2のElmaritが記憶する描写はどこかマイルドさが混じる。そこがフィルムライカから受け継いだ強さと優しさの同居なのかなと思っていて、当面はこの二台を共にスナップシューターとして使い分けていこうと考えている。カメラはスペックだけ見れば同じようなモノはいくつもあるけど、写りはすべて違う。写りとは撮影フィーリングもその一部、僕はそんな風に考えている。

現代のデジカメを買うにしても、そのブランドのフィルム時代のルーツを知るのは有益かもしれないね。

Olympus OM-1N, G.Zuiko Auto-S 50/1.4, 純正フード

写真はフィルム時代のオリンパス一眼レフ OM-1Nなんだけど、現代のデジカメ OM-Dシリーズへ随所に伝統が受け継がれているのが分かる。そのブランドのめざす理想のカメラのあり方は時代を経ても揺るがないところがあるんだよね。変えたほうがいいもの、そして変えてはならないもの、そういうことを大切にしているブランドが、かつてのファンもいまだに虜にし、新しいファンもしっかり創造している気がする。

ニコンならかつてはNikon F、いまはNikon Dシリーズであり、注目のフルサイズミラーレスZマウントシリーズ。きょうは大阪でファンミーティング2018が開催されてるようだけど、Twitterなんか見てても単にスペックだけじゃなくてその各部の造り込みや触れた感触なんかは「やっぱりNikonが他社より一枚も二枚も上手」という書き込みも目にする。それはフィルム時代から積み重ねてきた何かなんだろうね。揺るがない何かであり、ユーザーからの期待に対する約束。素晴らしいよね。

ライカだってそう。良くも悪くも世界にレンジファインダー開発を諦めさせ、世界を一眼レフ開発へと転換させたLeica M3の登場。以来、現在のM10-Pまでその理想のカメラに対するポリシーはほぼ何も変わらない。僕もそうだけど、ライカファンはフィルムもデジタルも分け隔てなくシームレスに楽しんでいる。というか、フィルム時代のライカの何かを現代のライカにもストレートにのぞんでいるんだよね。そこまで「我々とは何者か」が突き抜けてると、その本物感は現代の新しいファンづくりにも十分すぎるくらいインパクトを持つ。「そのブランドの志が好き」というのは、機能を超えて強いよね。

そういう意味でも、現行のデジカメを購入する時は、かつてのフィルム時代のモデルのルーツみたいなものを探るとおもしろいと思う。できればフィルム機を実際に手に入れて、そのブランドの何かをエモーショナルに体感したほうが分かりいいと思うけど、コストもかかることだからネットなんかでルーツの記事を調べるだけでもいい。そうしてカメラの歴史を知ることは単に写真機だけのことではなく、時代の転換を目の当たりにするおもしろさもある。カメラは何処へ行くのか、そして写真とはどんな風に世界を写し出して行くのか。そんなことを考えるだけでもワクワクする。人に歴史アリと同様に、カメラやブランドにも歴史アリなんだよね。

小さなボディにギュッと詰まった精密機械の美しさ。オリンパスOM-1Nは工芸品かもしれない。

Olympus OM-1N, Zuiko 50/1.4

なんでも実際にさわってみるもんだなと。特にカメラはそうで、僕の場合だとずっとNikon党だったから、他のブランドの一眼レフ機は触る機会さえ無かったんだけど、数ヶ月前にひょんなことからAsahi Pentax SPを手に入れることになり、そこから僕の中のブランドの壁がいい意味で崩れることになる。Pentax SPとSMC Takumarの組み合わせは、僕の想像を大きく裏切る素晴らしさだったのである。

以来、僕のカメラ選びは実にニュートラルだ。保有カメラとしてはNikon機やLeica機が台数こそ多いけど、ブランドやマウントに縛られないカメラ選びができるようになった。つい先日も初のOlympus機となるハーフサイズカメラ PEN EE-2を手に入れ、その綺麗な人のような佇まいと2枚1組の写真のおもしろさに魅せられた。そして、Olympusってなんかいいじゃないか、という感触が僕の中の深層心理に少し影響を与えることになる。

特に目的意識を持ってのぞいたわけではなかったんだけど、ふらりと立ち寄った中古カメラ店のショーケースの中に、なにかひときわ凛と輝くカメラを見つける。Olympus OM-1Nである。しかも、Zuiko 50/1.4が付いている。しばらくガラス越しに眺めてたんだけど、せっかくだから一度は実際に触ってみようと、店員さんにお願いしてショーケースから出してもらう。その際に店員さんが少し説明してくれた。OM-1は機械式シャッター機なんだけど、とにかく他のブランドの一眼レフ機より小さいと。実際に手に持ったら、どうかな、Nikon F2よりふた回りくらい小ぶりな感じ、もしかしたらNikon FM2やFEよりも小さいかもと思った。

けれど、単に小さいんじゃなくて、手の中にズシッとくる重さもある。なにやらギュッと中身の詰まった精密機械の感じ。何かに似てると思ったんだけど、そう、Leica M3を初めて触った時の感触にとても近いと瞬間的に思った。これは只者じゃないぞと。それも品があるというか、ハードなイメージが強い一眼レフの世界にあって、それとは少し様子の違う、美しさとか品とか端正とか、そういう言葉が似合う雰囲気をプンプンと放つ、一種独特の佇まいを感じたんだ。

店員さんに聞くと、そのOM-1は委託品だけど、前ユーザーの方は電気技師の人でじぶんでこだわりのカメラたちを丁寧に整備しているので、このOM-1Nもお店が販売するモノより整備が行き届いているくらいだという。各部を思いつくままチェックしてみたけど、たしかにすべての動きが滑らかで、ボディもレンズもとにかく美しい。とても大切にメンテしてきたんだろうなというのが伝わってくる存在感といえばいいだろうか。その時「フードが在庫であったりしませんよね?」と、このカメラを明日からでも使いたいんだけど、とでもいうような質問を店員さんにしている僕がいた。いや、まさか、在庫はさすがにないだろうと。フードが無かったらきょうのところは帰るつもりでいた。ところが、あったんだ、在庫が。で、装置してみたのが上の写真だ。これを美しいと言わず何を美しいというのか、そんな感じだった。

「シャッターを切ってみてください。それも独特ですから。」と店員さんにいわれ、シャッターを切ってみる。なんだ、機械式なのにこの上品で深みのあるシャッターフィールは!…そんな軽い衝撃。ファインダーも手入れが行き届いた美しさ。もうここまで来たら、このカメラとレンズを放って帰るわけにはいかなかった。そして、いまOM-1Nと一緒に帰宅の途についたところである。明日から三連休、まさにそこで使いたいと思ったから、帰りに家電量販店に寄り、レンズフィルターとアルチザン&アーティストのレッドラベルのストラップも購入した。空シャッターを何度も切りまくりたいところだけど、まずは愛犬の散歩へ行って、そのあとゆっくりとこのOM-1Nと対峙してみようと思う。ふー、なにやらいろいろ長きにわたり書いたけど、まあ沼的購入の言い訳です笑。でも、未体験な世界を確かめたい気持ちは止められないから、じっくり堪能してみようと思います。ようこそ、OM-1N君。

ハーフサイズ PEN EE-2の試し撮り。2枚1組の世界は手軽というより創造的だった。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

72枚という途方も無い枚数の試し撮りの現像があがってきた。ハーフサイズカメラ PEN EE-2の初現像である。とにかく早く撮ってみたくて手持ちのフィルムを装填してみたものの、36枚撮りフィルムだったんでハーフ判のPEN EE-2だとなんと2倍の72枚も撮れてしまうのである。フィルム一本で72枚って、もうそれはそれは未知の世界だった。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

枚数も未知の世界なら、撮れる写真もご覧のように2枚1組であがってきて、ハーフ初体験の僕にとってはこれまた未知の世界。もちろん、1枚ずつトリミングしてもいいんだけど、せっかく2枚1組で撮れるわけだし、1970年頃の当時もきっと2枚1組で一枚の写真としてプリントしてたのだろうから、僕もそういう使い方をしてみようと思った。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

とはいえ、撮ってる時はもう夢中だから2枚1組を意識して撮るっていうのもままならなくて、どの写真とどの写真が2枚1組なんて分からないんだよね。僕の初の試し撮りはそうだった。だから、現像があがってきて、結果的に2枚1組の写真が36種類撮れたというのが正直なところ。計算して組み合わせた写真たちじゃなくて、たまたま出来上がった写真たちだ。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

でもその偶然性が楽しいと思ったし、次回撮る時はこの2枚の組み合わせのおもしろさをもっと考えて撮ってみたいと思った。そう、ハーフサイズのカメラ、しかもPEN EE-2はフィルム感度を合わせたらあとはシャッターを押すだけのお手軽カメラと思われがちだけど、どちらかというと手軽というよりはすごく創造性が求められるカメラだと感じた。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

1970年頃の発売当時は、フィルム一本で72枚も撮れてしまう、とてもお得な大衆的カメラだったんだろうけど、そこを逆手に取るというか、2枚1組で撮れる組み合わせの妙みたいなものを楽しむカメラと考えたほうがユニークだしクリエイティブ。それこそハーフサイズカメラならではの独特の体験なんじゃないかな。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

あと見ての通り、ハーフサイズカメラのファインダーは縦構図なんだよね。ファインダーの中に浮かび上がるブライトフレームが縦の長方形なのもなかなか新鮮な体験で、いつもの横構図がスタンダードなカメラたちと比べても頭の中が少し混乱しておもしろい。露出合わせもオートでピントも固定な分、構図決めや2枚の組み合わせの妙に集中して撮ると唯一無二のおもしろさが味わえるカメラなんじゃないかな。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

レンズはD.Zuiko 28/3.5。35mm換算だと40mmくらいの焦点距離になるとのこと。僕の手持ちのカメラだとRollei35と同じで、38mmのKonica C35とも感覚が近い。この焦点距離はスナップにも適した撮りやすいサイズなんだよね。まあ72枚撮るのはなかなか大変なんだけど、この撮りやすい焦点距離のおかげで僕は割とあっという間に試し撮りを終えることができた。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

写りもさすがはZuiko、露出やピントがハマればなかなかシャープな描写をしてくれる。フルサイズのテッサー型レンズ ヘキサノンのC35なんかと比べると多少甘いようにも見えるけど、ハーフサイズでこの写りなら文句なく優秀といえるんじゃないだろうか。その意味でも単に大衆的カメラなんじゃなくて創造性豊かなカメラだと思うな。

Olympus PEN EE-2, D.Zuiko 28/3.5, 業務用100

というわけで、僕のハーフサイズカメラ初体験の感想を記憶としてここにあげてみた。フィルムカメラを始めた時から心のどこかでずっと気になっていたハーフサイズカメラをようやく体験できて、なんというかとても充足感に満たされている。なにか新しい扉を開いたような新鮮さと期待感があるし、とにかくこの2枚1組の写真の組み合わせの妙をもっともっと掘り下げてみたいと思った。僕のカメラとの向き合いは「未体験の世界を確かめたい欲求」にあったりする。そういう意味ではもっともっとおもしろさを確かめたいカメラ。ハーフサイズカメラ未体験の人は、手軽な入門カメラというより、創造性豊かなカメラとしてハーフサイズカメラを楽しんでみてはどうだろう。

可愛いというより、綺麗だと思った。PEN EE-2との遭遇。

Olympus PEN EE-2

Twitterにも少し書いたんだけど、今日いつものように週末のフィルムたちを現像に出したついでに中古カメラのショーケースをのぞいてみたら、この子と目が合ったんだよね。僕はPENのバリエーションのことはあまり詳しくないんだけど、この子は直感的にハッとした。少し大げさに言えば、運命のようなそういう種類の遭遇。

クラシカルカメラをやってると、PENというのは頻繁に目にするし、もっとはやく何かしらのPENを手にしていてもおかしくないんだけど、個体と価格のバランスというか、これぞというPENに今まで出会えていなかったんだろうね。カメラを十数台手にする中で、これまでPENは手にする機会がなかった。そんな中、ふと訪れたこの子との出会い。まあ、運命としか言いようがないんだよなあ。

Olympus PEN EE-2

この子はショーケースでも端の方にあってね。どこか照れ屋なような感じ。でもABランクで割と綺麗でね。端っこにいてもちょっと目立つ子っているじゃない? この子はそんな感じだった。ショーケースから出してもらって触ったら、もうなんというか買うことは決めてた。しばらくあれこれ触ってみたけど、結局は撮ってみないと完動品かどうかは確かめる術もなく、店員さんと「AB品だから大丈夫じゃないか」とか大らかな会話をして、連れて帰ることにした笑。

その場でネットでレビュー記事なんかも検索してみたんだけど、あまり時間もなかったし、なんというかいつもの僕の購入法だけど、直感を信じて購入した。その場で業務用100を詰めてね、移動中の街をあまり操作も分からないなりにシャッターを切ってみたんだけど、まあ感覚としてはとにかくフィルムが減らない。ハーフカメラってこんな時間の流れ方するのかと、急いでるじぶんが馬鹿らしくなるというか、そういうところあるよねハーフカメラって。

72枚まであるPEN EE-2のフィルムカウンター

けっこう頑張ってシャッター切ってみたけど、いま十数枚くらいかな。いやあ長いぞ、これ撮り終わるの笑。ちゃんと写るかどうかも分からないので試し撮りしてるわけだけど、試し撮りで72枚って、もうちょっと笑いが出る感じというか、それ自体がとてもおもしろいよね。手持ちでいいハンドストラップもなかったから、とりあえず三角金具だけ買って取り付けてみた。ストラップはゆっくり探したいけど、これ、意外とショルダーストラップがカッコいいかもなとか思ってる。

まあ、レンズのこともこらから調べる感じだし、作例にいたってはまだまだ現像出しも先だし、このブログにはほぼ機能のことは書けていないんだけど、この子との遭遇の感覚を記しておきたいと思ったので。PEN EE-2、これも米谷さんのデザインなのかな。一見チャーミング系に見えるんだけど、僕はもうちょいカッコいい系というか、美人系、クールだと思った。さて、ハーフゆえの縦構図のファインダーが心地よくて、ぜんぶ縦で撮ってるけど、どんな現像になることやら。そういえば、キタムラで聞いたら、現像時にハーフはインデックスは無いとのこと。スキャニングは二枚一組であがってくるそう。それも含めて楽しみだなあ、現像出し。頼むから写っておいてくれ、PEN EE-2。

久しぶりのAF一眼レフ機の連写に、本能が歓喜した。

Nikon F6 + 70-300VR, Nikon D300 + 18-200VRii

一度は諦めた息子の運動会の撮影へ今朝になって行けるようになり、父は慌てて二台の撮影用カメラを用意した。一台はフィルムAF機のNikon F6とレンズは70-300VR、もう一台はAFデジタル機のNikon D300とレンズは18-200VRiiだ。

ふだんのカメラ生活ではどちらかというと出番の少ないAF一眼レフたち。というのも、僕のカメラの嗜好がすっかりフィルムライクなものになったから、こうしたカメラたちもMF単焦点レンズをつけることがほとんどで、AF望遠ズームをつけることはほとんどない。だから、こうして息子の運動会なんかが年に一、二回の望遠レンズの出番だったりする。

まあでも考えてみると、D300にしてもF6にしても、AFズームで瞬時に獲物を捕まえるような撮影こそが本来の性能を絞り出すシチュエーションでもあり、こうして望遠ズームを装着した姿も実によく似合う。もちろんMF単焦点レンズでじっくりゆっくり撮るのもいいんだけど、なんというか過酷な環境でその鍛え上げられた性能を試すというのが、こうした高性能一眼レフとの向き合いの楽しさなのかもなとあらためて思った。

運動会の父兄による撮影とはいえ、何百人といる子どもたちや親御さんの中で、息子を見つけてシューティングするのは、それはそれでなかなか過酷な状況ではある笑。まさに縦横無尽に動き回る獲物を瞬時に捉えて、一瞬たりとも目を離さないという感じで連写モードでシャッターを切る。周囲の親御さんたちがその異様な高速のシャッター連打音を聞いて多少引いているのを感じるものの、やがてそんなことは気にもせず真っ暗なファインダーの中に浮かび上がる世界のシューティングに没頭する。

基本はフィルムで撮ろうと思ってたからメインはF6。F6のシャッター音はまさに音色をデザインしたと言われるもので、乾いた実に高貴な音とフィーリングを奏でる。この音を頭蓋骨に聴かせたくてF6を持ち出すところがあるくらいだ。連写のそれももはやデジタル一眼レフとなんら変わりない性能。あっという間にフィルム一本撮り終えると、電気により自動であっという間にフィルムが巻き戻る。フィルムカメラなんだけど、このロボット的なハイテク感はなかなかたまらない。

息子を追いかけるのがかなり至難だと分かると、カメラをD300に持ち替える。デジタルな失敗カットを気にすることなく、それこそ連写しまくれる。F6よりさらに乾いたD300のシャッターフィールはこれまたNikon黄金期を思わせる実に心地いいもの。まったくストレスなく、目の前の過酷なシーンを次々と吸い取るように写し取っていく。この難なく辺りを正確にシュートしていく感覚は病みつきになる。

F6もD300も、もう登場から10年以上経過するカメラたちたけど、こうした過酷な使い方でも未だにまったく不安を感じさせない。共にフィルムフラッグシップ機とAPS-Cフラッグシップ機という、Nikonのありったけの技術とプライドが詰め込まれた製品だけに、そのへんのタフさは尋常じゃないものを感じる。なんというか、撮り手の本能を歓喜させる手ごたえが随所に散りばめられた至福の道具たちなんだ。息子の運動会ではあるんだけど、父もこうしてアドレナリンが溢れ出るひと時を堪能できる。カメラという趣味がまったく飽きず素晴らしいのは、なんといってもこの「実用品」ということが大きいんだろうね。いやあ、堪能した。これを契機に、AF一眼レフ機をもっと連れ出してやりたいと心底思った。