YouTubeでみつけた早田カメラさんの「M3をばらす」。

YouTubeで「名機の肖像 -M3篇-」を見ていて、何気なく見つけた動画「M3をばらす」というのがとても興味深くておもしろかった。ばらしを担当したのはおなじみの浅草の早田カメラさん。ライカの精密さも凄いけど、それを知りつくした早田さんの言葉や手さばきも凄い。その、かつての職人と現代の職人との対話みたいなものが、見ていてとてもそそられるんだよね。

僕はカメラの知識はほとんどないし、機械に強いほうでもないけど、こうしてじぶんの所有するカメラのルーツとか内部構造を知ることはやはり興味深い。ライカのM3はたしかに絹のような滑らかな動き、それでいて確かな手ごたえ、それを感じさせない静かな動作音など、どうしたらこんな構造が半世紀以上前に作れたんだ?というのは気になるところ。そういう時空を超えた感激みたいなものが、この動画を見ると静かに込み上げてくる。

“機械はドイツ”とよく言うけど、日本も世界を席巻したMADE IN JAPANの匠の国。カメラがこのドイツと日本で発展し、世界をリードしているのはいかにもな感じがするし、そのうちの日本に暮らし、こうして世界をリードするカメラたちを手軽に手にすることができるのは幸福なことだと思う。それにしてもM3、エレクトロニクスを一切使わずにここまで確かでスムーズなものを作り出したその驚異のオーバークオリティを目の当たりにすると、もう半世紀後もきっと実用で動いている気がするな。100年動き続ける実用的機械製品って、後にも先にも機械式カメラしか存在し得ないんじゃないかな。凄いよね、まったく。

ジュピターやばいなあ、吸い込まれそうだよ。

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Jupiter's clouds of many colors are seen in this image from our Juno spacecraft as it was racing away from the planet following its seventh close pass on May 19, 2017, from about 29,100 miles (46,900 km) above the cloud tops. This image was processed to enhance color differences, showing the amazing variety in Jupiter’s stormy atmosphere. The result? A surreal world of vibrant color, clarity and contrast! You’ll notice four white oval storms are visible near the top of the image, known as the “String of Pearls”. Interestingly, one orange-colored storm can be seen at the belt-zone boundary, while other storms are more of a cream color. Credit: NASA/JPL-Caltech/SwRI/MSSS/Gerald Eichstädt/Seán Doran #nasa #space #jupiter #solarsystem #juno #spacecraft #gasgiant #storms #pearls #clouds #planet #imageoftheday #junocam

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こんな写真見たら、もうなんと言うかあまりの未知とスケールの凄さに僕は一瞬脳が思考停止する。生まれ変わったらNikonのフラッグシップ機を持ってNASAから飛び立ちたいね、宇宙へ。肉眼でこの光景を見たらからだの震えが止まらないな違いない。月ですら2000倍のCoolpix P900でのぞいたら何かいけないものを見てしまったような怖さがあるからね。僕らはまだこの世界のことを何も分かっていない。何も知らない。

撮るためだけの道具なら、こんなにも美しくある必要はないだろうにな。美学なんだろうな。

眠りにつく前にカメラを眺めている。それにしても美しい、必要以上にと思えるほど美しい。Leica M3。なんなんだろうね、この半世紀以上前のカメラに込められた執念のような美しさは。華美なものは一切ない、削ぎ落としたデザイン。いわゆる機能美ってやつなんだろうけど、なんかそういう形容詞では語りきれない何かがそこには宿っている。僕は写真と、写真を撮ることが好きだけど、それと同じかそれ以上にカメラというプロダクトの道具感やその艶かしさが好きなんだな、やはり。だから、こうしてカメラをカメラで撮ることも多い。Instagramなんかも好んでカメラを撮った写真を眺めてはため息をついていたりする。なんなんだ、この美しさはとか心の中で叫びながら。主役が写真であるなら、何もここまで撮る道具に過ぎないカメラの造形にこだわる必要はない。でも、そこにはやっぱり無駄と思えるほどの作り手の美学が貫かれてるんだよな。僕はヨーロッパの街はロンドンしか行ったことがないのだけど、あの街は世界一美しい秩序によってデザインされた街だと思っていて、街のあちこちがとにかくズルいくらいにクールだ。誰かが大昔からアートディレクションしているわけで、それが街の利便性なんかを超えてデザインを成立させている。きっとカメラともう一度行ったら、僕は恐ろしい数のシャッターを押してると思う。そんなヨーロッパのひとたちの美学が、道具に機能美という究極のデザインを宿らせた。世の中はもしかしたら、本来の機能だけで考えたら不必要なものたちがその街や暮らしの中の美しさを形成しているのかもしれない。まいったな、この時代の匠たちには。