雨の週末は、カメラ読書なり。

アサヒカメラ、日本カメラ、カメラ上級者になるための基礎知識

いちばん右の本を購入していることがちょっと恥ずかしいが笑、まあでも独学ばかりじゃアレだから必要なのである。それにしても今月の写真関連本は濃い。昨日届いたばかりの3冊なんで、まだアサヒカメラに目を通している途中だけど、スナップ特集はなかなか読み応えがある。

僕の場合は写真関連本はそこそこ買うんだけど、これまで月刊の写真雑誌はあまり買ったことがなかった。ここ一、二年、使ってるカメラがRICOH GRかフィルムカメラだったから、最新機種の記事や商品広告の多い月刊雑誌はあまり読むところがなかったというか、ちょっと見るのに疲れを感じてたんだよね。でも、最近デジイチを再開したんで、そういうデジタルカメラの情報なんかも目にとまるようになってきたし、今月号はスナップ特集とか、あと柊サナカさんの執筆なんかもおもしろそうだったからAmazonで注文した。

カメラ上級者になるための…は、赤城さんや柊サナカさんがツイートしていて、まあこんな分かりやすいタイトルだから気にもなって、ブログやSNSとはいえ一応人様に写真を発信するなら少しはいい写真をポストしなきゃ申し訳ないな、などと思って笑。以前、写真家の小林幹幸さんが発した言葉を取り上げたけど、写真を見ればその人がどんなメディアを見てるか分かるというもの。SNS上の写真ばかり見てるとやっぱりアレだもんね。写真の世界に生きる人たちの生き様のような写真をしっかり見る。それは単に憧れとかじゃなくて、じぶんの目とか感性のチューニングだな。そうやって表面的な時代感みたいなものに流されそうな危うい感性も、たまにきちんと取り戻す。僕にとってはそういう読書。たまには愛犬との寝転がって本を貪り読むのも悪くない。明日は晴れることを願って。

毎日更新される田中長徳さんのブログ「チョートクカメラ塾」は、密かなバイブル。

僕が田中長徳さんのことを初めて知ったのは、三年ほど前にデジタル一眼レフを手に入れた際に参考書的に買ったKindle本「カメラは知的な遊びなのだ」と「カメラは詩的な遊びなのだ」という長徳さん著書の二冊の本に巡り合ってから。僕がよく使う”散歩カメラ”という言葉はこれらの本の中で長徳さんが推奨していたもの。この本の中では銀塩カメラのよさも触れられていたけど、当時の僕はまったくフィルム撮影に興味がなかったから、田中長徳さんがいかに著名な人であるかも知らなかったし、この本を読んでる時は著者のことはあまり気にもしていなかった。

それから2年半ほど経過し、ひょんなことから僕はフィルムカメラを始めることになる。最初にNikon FEを購入した後、Leica M3を手に入れる。この時もとにかくフィルムのこと、Leicaのことに無知だったから、とにかく参考になりそうな本を探した。そして、再会したんだ、田中長徳さんの本に。「ライカ・ワークショップ」「ライカはエライ」「カメラはライカ」、どれを読んでもとにかく痛快で気持ちよかった。そして、その著者である田中長徳さんの存在を今度は強烈に覚えたのである。とにかく長徳さん節は気持ちいいくらいご自身のものさしでズバズバとカメラや写真界を斬ってゆく。そこに遠慮はない。遠慮して文章がファジーになることを嫌っている感じがビンビン伝わってくる感じ。あ、これは本音のバイブルになるなと僕は感じた。

その田中長徳さんが実はブログを毎日更新されている。「チョートクカメラ塾」。短文だけど、毎日テーマを変えて読み切り型のカメラ塾を開催してくれている感じだ。これがまた素直と言うか本音ベースで、僕のようなビギナーには実にありがたい情報の数々。このブログを見て思うのは、田中長徳さんはもう無償の愛で世の中にカメラのこと、写真のこと、じぶんが知っていることを伝えようとしているんだろうなということ。きょうは135mmのレンズのことについて書かれていたけど、ストレートにその意図が伝わってきたし、実際135mmレンズが気になる存在になった。ブログをさかのぼってみると、とにかく参考になる記事ばかり。まさしくカメラや写真を極めたひとの叡智を垣間見ることができるとても豊かなブログだと思う。

カメラとか写真というのは解釈の幅がそれこそ無限のようにあって、言う人言う人のすべてを追いかけていたらとてもじゃないけど吸収しきれない。すべての人のすべてのスタイルを追いかけるよりは、尊敬する一人の人のカメラや流儀みたいなものを真似たほうがいいんじゃないかと思うようになり、僕にとっては今、田中長徳さんがその真似たい一人のお手本なのである。そういうと恐れ多いけど、まあもっとフランクにいえば、勝手にじぶんのカメラの先生として位置づけているのである。長徳さん以外にもそんな風に意識している人が二、三人いるけど、なかでも長徳さんがその筆頭。僕がいい歳になり、年齢的に共感できる部分が増えたせいかもしれないけど、とにかく素直に僕の心に長徳さんの言葉がしっくりと入ってくる。カメラを始めたものの、何を頼りにしていいのか迷ってる人とかは、この長徳さんの発言を追いかけていくとおもしろいんじゃないかな。なんというか、まっすぐな気持ちになれる、そんな本やブログです。ぜひお試しを。

 

映画 写真家ソール・ライター「急がない人生で見つけた13のこと」について。

尊敬するある人に「ソール・ライター展」をすすめられた。だけど、今のところその展示会の街に足を運ぶ予定がない。でも、少しソール・ライターなる人のことを調べてみようとネットを検索してみると、その映画があることを知る。では、試しにまずは映画を観てみようと。(興味のある人はいくつかの動画視聴サイトでレンタル視聴などできので、ぜひ。)

ソール・ライターは写真家で、1940年代から絵画のような豊かな表現力でニューヨークを撮り続けたカラー写真の先駆者で、ハーパーズ・バザーやヴォーグなど有名ファッション誌の表紙も飾った伝説の写真家。でも、芸術性より商業性が強くなったファッション写真に馴染めなくなり、次第に表舞台から姿を消してゆく。成功や名声を望まないソールは個人的な作品を一切発表しなかったが、2006年、ドイツ・シュタイデル社から初の作品集が発表されると、80歳を超えた写真家の再発見は世界中で熱狂的に迎えられる。映画は、そんなソール・ライターの晩年に密着したドキュメンタリー。脚光を浴びることが苦手で、イーストビレッジでの静かな暮らしを愛した写真家に、30代の若き英国人ディレクターが「急がない人生で見つけた13のこと」をたずねる。(〜映画紹介文より抜粋〜)

当然、僕も彼の撮った写真が気になった。でも、この映画は写真を紹介するものではない。もちろん、劇中にいくつかの写真が紹介されたり、映像にプリント写真やネガが映し出される。でも、大事なのはそこじゃない。彼の撮った雨の日の写真、印象的な傘、よく見るとどこか注意せずにはいられない様子の写り込みなど、それはそれで印象的だけど、しぶんに無理をせず、しぶんが美しいと思うものを何年も何年も撮り続けるその人生観が写真に何かを宿らせる、そんな風なことが僕の読後感のようなものとして残った。作り込まれた光景を撮るのではく、無秩序の光景を求め、自らもそれを形成する無秩序のひとつであり続けようとした。たしかに彼の写真は素晴らしいけど、それ以上にそれらを撮ろうとしたソール・ライターという人間の心持ちみたいなものにシャッターボタンがセットされていることを僕は強く感じた。いい写真かどうかは大した問題じゃない、大事なのは撮りたい心だ。僕にはそういうメッセージに思えた。あまりあらすじ的な感想を書いてしまうと申し訳ないので、映画の感想はこのあたりにして。

そんな彼の写真展がBunksmuraザ・ミュージアムで開かれている(〜2017.6.25)まで。映画のほうはそういう写真を撮る感情の話だけど、写真展ほうは彼のアウトプットに集中できるようだ。行かれた人たちのコメントはどれも静かに、でも圧倒的に心を鷲掴みされたことが伝わるものばかりだ。どうかな、会期中までに僕も足を運べるかな。こうして先にドキュメンタリー映画を観てしまったことがどのように影響するかは分からないけど、写真展が観られるならその数十分間は映画で見聞きしたことは忘れて目の前の写真から感じることだけに集中したい。たぶん、映画の中で観たソール・ライター氏なら、同じようなことを言うような気がするから。

何度読んでも楽しめるのはタイトル通りだ。田中長徳さんの本「ライカ ワークショップ」。

日曜夜の締めにと風呂に入りながら読んでいたんだけど、M3の空シャッターを切っていたら続きが読みたくなって、ベッドサイドの灯りで再び読み始めている。田中長徳さんが書いた本「ライカ ワークショップ」である。

この本、2010年に書かれた本だけど、書いてあることはまさに普遍的なライカのことばかりなのでまったく古さは感じない。それはライカという半世紀前のカメラがまったく古びないのと同じようだ。ライカの歴史から、ライカの性能、そのラインナップやレンズまで幅広く網羅されているけど、この本の醍醐味はなんといっても長徳さん流のライカとの向き合い方であったり流儀。僕のようにライカ歴が長くない人間にはこういうライカ使いの人たちの暗黙知みたいなものがとても学びになる。というか、小難しいことは置いといても、読んでいてリアルで楽しい。見開き2ページに1テーマでそれがけっこうぶんだんにあるから読み飽きないし、何よりワークショップというタイトル通り何度でもこの本に参加してライカを体験するような楽しさがあって、僕はけっこう何度も読んでるし、特に眠りにつく前にこうしてベッドサイドの間接照明で読むのが心地いい。ふだん読書はKindleが多いのだけど、紙の本はいいよね、じんわり書き手の体温みたいなものまで伝わってくる。

ライカはこうして読み物として楽しめる書物があるけど、同じようなテイストでNikon F2やKonicaなんかのワークショップ本も誰か書いてくれないかな。機能とかそういう解説ものではなくて、そのカメラの持つ数々のエピソードやそのカメラとの生き方を描いたようなもの。夜な夜な読むけどな、僕なら。

小説「谷中レトロカメラ店の謎日和」に僕はみちびかれて。

初めての谷中銀座だった。どうしても一度じぶんの目で確かめてみたかったのである。小説「谷中レトロカメラ店の謎日和」の舞台、谷中という街を。駅を降りてしばらく歩いた先に、夕焼けではなかったけど、夕焼けだんだんと呼ばれるこの階段が見えてきた時は嬉しかったな。なんか心が時空をトリップした。僕は初めてじゃないかな、こうして小説の舞台が観たくなって訪れたのって。誤解を恐れずに言うと、小説を読んで僕がイメージしていた光景とは少し違ったのだけど、それは小説に加えてもうひとつ別の世界も体験できたと言う意味では得したのかもしれない。こうして見ると坂っていいよね、車の入らない坂。それだけで人間味が増すから不思議だ。街をゆっくり歩きながら、途中でメンチカツを買ってほおばる。こんなの何十年ぶりだろ笑。空き時間を使って立ち寄ってみたからあまり長くはいられなかったけど、気分はあの頃に行けた気がする。匂いのする街、そんなイメージかな。この光景の中に僕が小説を読みながら想像した今宮写真機店の絵をダブらせて短いけどつかの間の街歩きを楽しんだ。また来る機会があれば、その時は文字通り夕焼けだんだんを見たいな、やわらかくまぶしいやつ。点と点がつながって何かにみちびかれる。こういう出会いをもたらしてくれたカメラという趣味、この小説、そしてそれを書かれた柊サナカさんに感謝したいと思う。スペシャルサンクスです。

Netflixで観たテレビアニメ版もよかったな、「四月は君の嘘」。

以前ブログにも書いたことがあるんだけど、あまりマンガにはハマった記憶はない僕だけど唯一というか、大人になってハマったのが「かくかくしかじか」とこの「四月は君の嘘」。たしかまとめ記事かなにかで良質と書かれていて、Kindleで試しにとダウンロードして読んでみたんだけど、これが見事にハマって一気に大人買いして涙した。いやあ、いい歳したおじさんがどーかとも思うけど、とにかく理屈抜きに泣けた。以来、マンガのことを少し見直して、今ではたまに話題のマンガをチェックしたりしてたまにKindleで読んでいる。

で、数日前にたまたまNetflixをのぞいたら「四月は君の嘘」のテレビアニメ版がアップされていて、ちょっと懐かしく思って見始めてみた。心のどこかで原作にはさすがに敵わないだろうと思いながら。そしたらさ、想像を軽く裏切られてすごくよかった。そもそも、このストーリーはピアニストの話だからピアノの音色が流れるというのは想像以上に臨場感が増す。あと、このマンガのキーワードに「カラフル」という言葉があるんだけど、これもカラーのアニメだとより表現がそれを表しやすくなる。そして挿入歌やBGMが抑揚を奏でる。一気に最終回まで没頭した。そしてまた何度も涙した。おじさんは涙腺も脆いのである。

うちの息子は最近になってピアノはやめてしまったけど、ピアノが弾けるというのは僕みたいに縁のなかったにんげんには憧れでね。あの端正な世界にはどこか心惹かれるものがある。ただし、僕らが想像するのはコンクールの華やかな表舞台や、生ライブなんかで見るいかにも艶やかな世界。だけど、本当の芸術性はそのバックボーンというか日頃のストイックなピアニストたちの日常にあるんだろうなと。そして、ピアニストはある日突然はできあがらない。つまり、ほとんどの優れたピアニストたちは幼少の頃からそのストイックな生活をじぶんに強いてきたということ。そういうところに僕はまた心打たれた。

あらすじはここでは触れない。少し興味がわいたひとはぜひNetflixで没頭してその世界に浸りきってみてほしい。それが月額1,000円で観られるなら、こんな安いものはない。いや本当に、世の中の値段の有り様がおかしいんじゃないかというくらい、千円札一枚で素晴らしい体験ができるから。マンガの原作本もまたいい。Netflixの動画はいつか無くなるかもしれないけど、僕のKindleには永遠にこの原作本は残るから、たぶんまた数年後にきっと読むと思う。なんというか、心が乾いた時に、なんか青臭くてもいいからキュンとしたい時にまた読むと思う。表現の世界というのはやっぱりいいよね。それは、音楽でも、写真でも、絵画でも、そしてこのマンガやアニメでも。表現者とはやっぱり素敵なのである。

「谷中レトロカメラ店の謎日和」を読み始めた。フィルムビギナーの僕にはたまらない物語のはじまり。

そして、楽しみにしていた本が二冊届いた。柊サナカさん著書の「谷中レトロカメラ店の謎日和」第一弾と第二弾だ。僕はTwitterでこの作者さんやカメラ好きのひとたちがこの本のことをたびたびふれるのをみてずっと気になっていたんだけど、なかなか本屋で巡り会えず、アマゾンで注文して手に入れることにした。二冊頼んだうち、先に第二弾が届いたんだけど、カメラ好きのひとたちから先に第一弾を読んでからのほうがベターと聞いて、二冊が揃うまで少し誘惑を我慢していた。

おかげさまで日曜日の午後に二冊揃い、散歩カメラから帰宅して、ゆっくりとページをめくり始める。あらすじは書けないから、エッセンスだけお伝えすると、これはもうクラシックなカメラをやるひとたちにはたまらない空気感の本だと思う。フィルム時代の機械式カメラに魅せられたひとたちの体温みたいなものがじんわり心を包みこんで行く。そして、昭和の頃の古き良き時代の人間味みたいなものにあふれている。登場すると人物たちも、その思考や行動も、言葉も、シチュエーションも、とにかく僕にはキラキラして想像が増幅する。

柊サナカさん、見事です。機械式カメラ好きのひとなら魅せられると書いたけど、この本の真髄はそのシチュエーション以上に心が豊かに振られるストーリー展開にある。決して重たくなく、いつの間にかさらりと引き込まれてゆく謎を解いてゆく展開。カメラ好きではないひとも自然とその世界に没入できる名作だと思う。ぜひ、一度読んでみてほしい。

僕はというと本を読み始めて一時間くらいしたらいつの間にか心地よくて眠りに落ちてたんだけど笑、これからお風呂読書で読んだり、仕事の移動中に読んだり、せっかくの本だからゆっくり時間をかけて楽しもうと考えている。あ、この本を読むときは、手元にiPhoneを置いておいたほうがいいかも。とにかく珍しいカメラの名前や用語、撮影手法、あと地名なんかも、その都度僕は興味津々で検索しながら読んでたから。これはおすすめ。柊サナカさんはこの本を書くにあたってクラシックカメラのことをいろいろ調べたのかな、それとももともと詳しくてこの本を書こうと思ったのかな。そんなことが気になるくらいさりげなくいろんなフィルムカメラのことが学べる本でもあると思う。とにかく、いい本に巡り会えたなあというのが僕の嘘偽りない実感。では、続きを読んで、その読後感もまたこのブログでいつか。

いま僕の中に「本当の写真ブーム」がやって来ている。

Amazonで注文しておいた2冊の本が週末前に届いてくれたので、この土日は散歩カメラや息子との時間以外は、ゆっくりとこうした写真関係の本を読んだり、ネットでLeica M3やフィルムコンパクトの記事なんかを見つけて読んだりしながら過ごしている。ブログに使用した写真の本は菅原一剛さんの本で「写真がもっと好きになる。」という本とその続編「写真がもっと好きになる。写真を観る編。」。この本の存在を知ったのは糸井重里さんが主宰するおなじみ「ほぼ日」の特集コーナー”写真がもっと好きになる。”のワークショップ記事を読んでからだ。本のタイトルだけど句読点のマルが付いているのが、いかにもコピーライター糸井さんのコーナータイトルらしい。そして、そのほぼ日のコーナーから生まれた本らしく、そのまま本のタイトルにもなっている。僕は恥ずかしながらほぼ日を読むまでは菅原さんのことは知らず、プロフィールについてもこの本の巻末で知ったくらい。広告写真からCFまで手がける著名な、でもとても平易な言葉とあたたかい写真で僕ら写真ビギナーにもやさしく語りかけてくれる、僕にとってはとても尊敬すべき写真家でありアーティストだ。菅原さんが語りかける写真やカメラの話はぜひ、ネットのほぼ日かこの本を読んでほしい。本当に嘘偽りなく「写真がもっと好きになる。」から。

考えてみると、僕はデジタルの一眼レフを手にして写真を趣味にし始めてから、写真のことを学んだり、調べたり、有名な写真家のひとの作品をきちんと眺めたことがなかった。でも、近ごろフィルムカメラを始めてから少し様子が変わった。CAMERA magazineなどの写真雑誌を眺めるようになったし、こうして写真関連の本や写真家のひとの言葉や思考みたいなものを調べるようになった。そして、半世紀も前の取説すらないカメラを前に、操作方法や露出のこと、フィルムのことなんかもしぶんで調べるようになった。特におもしろいなと感じているのは、写真史において有名と言われる写真家たちの作品や生きざまのようなものを眺めたり読んだりすること。菅原さんの本も”写真を観る編”が特に興味深くて、この本はロバート・キャパやアンリ・カルティエ=ブレッソン、ダイアン・アーバス、ウイリアム・エグルストンといった著名な写真家たちの写真とエピソードが一冊にまとめられている。これまでブログやSNSにあげるじぶんの撮る写真にしか目が向いていなかった僕にはどれもが新鮮で、この週末はほんとうにワクワクしながらこうした本を読んでいる。そして、写真のこと、カメラのことをいまさらながら真っ白な初心で学んでいるのである。学ぶというと小難しく聞こえるけど、ほんとうにスポンジのように知識を得て、しかも楽しんでいる、そんな感覚だろうか。

それは、じぶんで分析するに、僕が自己流でデジタルで撮っていたのは画像であって写真ではなかったんだろうなという思い。デジタルで撮っていた時にどこかフィルムへの憧れみたいなものがあったのは「画像じゃなくて写真を撮りたい」という思いだったんじゃないかなと今は思う。そうして実際にフィルムカメラを手にして、僕は画像を撮る行為から写真を撮る行為へいま変化を遂げている最中なのかもしれない。過去の著名な写真家も、そして菅原さんの本の中の言葉にも、とにかく技術的なことより「思い」みたいなものが色濃く説かれている。そんな本や言葉を前にして、僕も写真のありようをもう一度再考したいなと考え始めている。誰に見せるわけの写真でもないけれど、写真を心底楽しむためには、そこに込める思いとか、写真が本来持つ光を捉えるという意味、そして被写体と向き合う目線の高さみたいなことに、もう一度向き合い直してみたいなと。これは写真との間を難しくしようとしているわけではなくて、むしろもっと素直にピュアに付き合ってみたいなということ。きょうは息子と二人で出かけた場所で息子を数枚撮った。他人から見たら何の変哲も無いシーンだけど、僕は思いみたいなもの、光、そして目線みたいなものを意識しながらKonica C35で撮ってみた。たくさんは撮らない、数枚だけ。きちんと撮れていたら息子と”あの日のあの時はこうだった”とかたわいのないことを話しながら眺めたいなと。写真はそれなりにテクニックとか慣れるためのたくさんの撮影回数はいると思うけど、それはInstagramにあげる画像なんかで練習はできる。僕は「画像じゃなくて写真」のことをこれからはあたまとからだに染み込ませていけたらいいなと考えている。さて、本の続きを読もう。

Kindle unlimited[読み放題]の写真雑誌をiPadで読む。節約できたお金はフィルム生活代に。

僕の写真は今もこの先もずっと自己流なのだろうけど、フィルム機Nikon FEを手に入れて少し世の中のいい写真に目を向けてみたいと思い始め、Instagramのやり方も変えたし、Twitterもフィルム撮りの人たちを意識して見るようになった。そして眺める本も変えてみようと、Amazon Kindleで写真雑誌を探してみたんだけど、意外と読み放題[Kindle unlimited]にカメラ関係の写真雑誌がたくさんあることに気がついた。すべての本ってわけじゃないけど、例えば「デジタルカメラマガジン」とか「CAMERA magazine」とか「写ガール」とかあるんだよね。

これはなかなか楽しいなと。特に「CAMERA magazine」はフィルムカメラやフィルム写真のことがたくさん載っていてバックナンバーも満載。ページをめくるだけで本当に心がワクワクする。これまでも写真雑誌を見てこなかったわけじゃないんだけど、紙の本をたまに買う程度でしっかり読んでいるかというとやっぱりまだまだだったと思う。でも、Kindle unlimitedなら毎月定額1,000円でこうした本が好きなだけ眺められる。

そうして節約できた本代を、これから増えるフィルム生活代にあてる、なんていいのはいいかもなと。赤城さんの本なんかはさすがに読み放題にはないからその都度購入してるけど、それでもKindle版で購入しとけばどこでもデバイスの本棚から出して読むことができるから、これはなかなかありがたい。フィルムというアナログを堪能するために、デジタルを活用する。なんかおもしろいよね。僕らはけっこうアナログとデジタルのいいとこどりのいい時代に生きているのかもしれない。

安室奈美恵さんの「Dear Diary」のMVを描いた新宮良平監督の世界観が美しい。

飛行機の機内でたまたまエンターテイメントプログラムを観ていた時に遭遇したのが、安室奈美恵さんの「Dear Diary」という楽曲のMV。ヘッドホンをして何気なく見ていたんだけど、MVにしては暗い画面だなと思っていた海岸がやがてまぶしく弾けんばかりの美しい世界へと変貌してゆく。彼女の歌声も徐々に高みへと駆け上がる感じとシンクロして、僕は異常に見せられる。

この楽曲は映画デスノートの主題歌なんだね。知らなかった。僕の中の安室奈美恵さんは数年前の記憶から止まっていたけど、この楽曲を聴いてなんだか復活した、いや進化かな。その進化みたいな世界を感じさせるのに、この映像美の果たす役割はすごく大きい。監督はリオ五輪のテーマソングで同じく安室奈美恵さんの歌うHeroのPVの監督をした新宮良平氏。このPVも観てみたけど、たしかに独特のリアルとヴァーチャルが交錯するような世界観がやっぱり感情を大きく揺さぶってくる。

このDear DiaryのMVのフルヴァージョンはiTunesにもなかったからちょっと残念だけど、ショートヴァージョンが公式YouTubeにあがっていたのと、とあるサイトにフルヴァージョンが紹介されていたので載せておきます。新宮監督がこのムービーに込めたのは「永遠の海岸線」というコンセプト。映像なんだけどとても写真的で僕は3次元と2次元の間を彷徨うようにこの動画を観ていた。それがなんとも言えない時空間を生み出しているんじゃないかな。音楽と映像という素晴らしいアーティスト同士が手を組む表現の塊であるミュージックビデオの世界。僕は好きだなあ。