レンジファインダーに魅せられてる人の気持ちは分かるんだよなあ。あの、派手さはないけどジワジワと惹かれていく感じ。

Leica M3, Planar T*2/50

一眼レフのように分かりやすく気持ちを高揚させるのとは少し異なる、なかなか言葉に言い表せない魅せられ方。レンジファインダー機に惹かれるありようのことである。

フィルムカメラにおいても一眼レフがキング・オブ・カメラな空気はやっぱりある。けれど、一定の数だけ根強いレンジファインダーファンがいるのもまた事実である。あのなんとも言えない出しゃばらない感じが、普段着的にさらっと写真を撮る人たちの気持ちを、静かではあるけど強く鷲掴みにする。僕もそういうところに魅せられた一人かもしれない。

一度でもレンジファインダーをのぞいたことがある人なら、あの、アレ?って思う感覚を持ったことがあるに違いない。それは、例えばM3のファインダーのようにあまりにも美しいその様子に心を打たれるものでもあったり、そうではなくフィルムコンパクトのファインダーなんかをのぞいて、そのあまりに普通な光景に驚くというようなことも含めて。

僕はNikonの一眼レフたちは大好きだけど、そこにまったく異質な存在としてこのLeica M3が君臨するんだ。君臨するといったら高圧的か。もっと普段着みたいな、その存在があまりに普通で心地よすぎて、あえて強くは意識しないあの感じに近いかな。うーん、このニュアンスを言葉にするのはやっぱりむずかしいな。もし興味を持ってもらえたなら、ここから先は実物を触ってもらうしかない。あの儚い感じを、その目で、その手で確かめてもらうしか。この時代にあって、なかなかの新鮮さで感動が押し寄せてくるよ。

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デジタルで撮ることは、フィルムで撮ることの妥協ではない。

Nikon Df, 50/1.8G

僕はフィルムで写真を撮ることが好きだ。撮る機械であるフィルムカメラの味わい深さも含めて、いいモノ・コトに巡り会えたなと思っている。

でも、ここにきてひとつの現象が生まれている。デジタルで撮ることもフィルムと同じくらい好きになりつつあるということ。フィルムとデジタルの境目がなくなりつつあるともいえるけど、もう少し正確にいうと、あえてフィルムとデジタルの差異を楽しみ始めた、という感覚のほうが強いかもしれない。

フィルム好きだと、デジタルで撮ることはとかく「フィルムで撮れない時の妥協」と受け取られがちかもしれないけど、そういうことではないんだ。フィルムにはフィルム特有のよさがあるのと同じように、デジタルにもデジタルにしか撮れないような代わりのきかないよさがある。そのことに気がつきつつあるんだ。

フィルムか?デジタルか?そんなことはどうでもいい。ひとつ言えるのは、フィルムでもデジタルでも楽しむことができれば、これまでできなかったことがいくつもできるようになる。写真やカメラを2倍、いやそれ以上楽しめるようになる、そんな風に考え始めた。

人生の時間はそれほど長くはない。その限られた時間をフィルムに特化してみる、デジタルに特化してみる、少数精鋭のカメラに特化してみるなどなど、楽しみ方はいろいろだけど、フィルムとデジタルの両方を楽しみ尽くしてみるというのもまた、ひとつの選択だと思う。いまはそれが謳歌できる幸福な時代なんだ。

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Nikon Dfとヨンサンハチロクのマニュアル撮影の多幸感は素晴らしかったよ。

Nikon Df, 43-86/3.5

今朝はなんだかデジタルで撮りたい、マニュアルで撮りたいという思いがずっとあって、Nikon Dfにオールドニッコールの標準ズーム43-86mm f/3.5をつけて散歩カメラに出てみた。結論から言うと、めちゃくちゃ楽しかった。

Nikon Df, 43-86/3.5

通称ヨンサンハチロク、このレンズはNikonが送り出した国産初の標準ズームレンズで、なるべく高価にならないように、そして何より軽量に仕上げるために、当時かなりシンプルな構造で世に送り出された。だから、言う人によっては“使えないレンズ”とか言われるけど、そのファジーな撮り味に魅せられるファンも多い。僕は完全に後者だ。かなり好きなのである。

Nikon Df, 43-86/3.5

そう、僕にとってはオールドレンズらしい曖昧さというか、写りすぎない感じがたまらないんだ。明らかにデジタル用に作られた現代のレンズとは違う、なんというか威張らない感じ。それはこのレンズのキャラクターとも被るんだけど、カメラが撮るんでもレンズが撮るんでもなくて僕が撮る、そういう楽しみを提供してくれるレンズなんだ。

Nikon Df, 43-86/3.5

まあ、僕の撮影の腕前のほうは置いといてもらって笑、どこかフィルムを思わせる柔らかさがあるように見えないだろうか。不思議だよね、この時代のレンズたちは。だってカメラは現代のフルサイズ一眼レフなのに、どことなくとはいえフィルムっぽく感じるというのは何なんだろうね。

Nikon Df, 43-86/3.5

ヨンサンハチロクは文字通り焦点距離が43mm〜86mmまで2倍しかないのだけど、意外とこの2倍の振り幅は散歩レンズには頼もしい。標準域から中望遠域までということになるわけだけど、僕は絞り開放付近の癖を楽しむ派だから、43mmは積極的に使う。そして、その43mmという焦点距離が絶妙なんだな。

Nikon Df, 43-86/3.5

数値的には標準の50mmより7mm広いだけなんだけど、その差はけっこう大きい。フィルムコンパクトを使う人なんかは分かるかもしれないけど、僕が所有するKonica C35なんかは38mmでどちらかというとそういう画角に近いんだ。つまりスナップ中のスナップの焦点距離のレンズ群。50mmよりリアルなんだ。

Nikon Df, 43-86/3.5

そうかと思えば、ひとたびズームすれば85mmのポートレート域まで凝視できる。まさに、なんというか人間の視界の中を行ったり来たりできるレンズといえばいいだろうか。このレンズがどこか人間くさいのは、この絶妙な焦点距離にあるのかもしれない。

Nikon Df, 43-86/3.5

あとは、なんといってもマニュアルフォーカスであるということ。カメラはDfだったからAE/絞り優先で撮れるんだけど、僕はカメラのほうのセッティングもマニュアルにして、まさにフルマニュアル撮影を楽しんだ。そうしたくなるんだな、ヨンサンハチロクをつけてると。

Nikon Df, 43-86/3.5

その分、露出は甘くなるんだけどね、僕の場合笑。でも、いいの、それでもこうしてカメラとレンズに撮られるんじゃなくて、それらをじぶんで操ってカメラやレンズと共同作業で写真を紡ぎ出す感じが楽しいんだ。だって、散歩カメラは撮れる写真より撮る行為が楽しいわけだからね、少なくとも僕の場合は。

Nikon Df, 43-86/3.5

そのフルマニュアル撮影がほんと楽しすぎてね。実はフィルムでも撮ろうとフィルムライカとフィルムも一本だけカメラバッグに忍ばせていたんだけど、あまりにDfとヨンサンハチロクて撮るのがおもしろくて、結局フィルムの出番はなかったんだ。フィルム好きの僕にしては相当めずらしいこと。

Nikon Df, 43-86/3.5

そういう意味では、失敗も含めて楽しいんだな、ヨンサンハチロクは。このレンズは数千円で買える。いやあ、大人の散財の仕方としては素晴らしくコストパフォーマンスにもすぐれた一品。なにかとお金のかかるカメラ趣味と思われがちだけど、こんなコストでも楽しめることをもっと多くの人に知ってほしいな。

Nikon Df, 43-86/3.5

あとはね、こうしたオールドニッコールのレンズたちがほぼすべて使えるNikon Dfが僕はとても気に入っている。つい最近手に入れたばかりなんだけど、世は最新で最強の一眼レフD850の発売に沸いていたわけだけど、僕はそこには目もくれず、このDfを購入した。もう三年ほど前の製品になるのかな、僕は新品を購入したけど中古もあるから当時よりは安く手に入るんじゃないかな。

Nikon Df, 43-86/3.5

というわけで、Dfとヨンサンハチロクのマニュアル撮影の楽しさと、その写真たちを一気に載せてみた。やっぱりいいね、カメラは。まさにいろんな楽しみ方をアレンジできて、そして毎回いろんな新鮮な発見がある。こんな懐の深い趣味はなかなかないんじゃないかな。

Nikon Df, 43-86/3.5

僕は、つい先日はフィルムカメラのNikon FEにも装着して楽しんだけど、もちろんフィルムカメラとの相性はさらによくておもしろい。こんなカジュアルで、でも恐ろしく楽しめるMF標準ズームレンズを一本持っておくのはなかなかおすすめです。あ、Df同様に、その佇まいもなかなかレトロでかっこいいよ。

Nikon Df, 43-86/3.5

こうして写真たちを見るとマニュアル撮影らしく、なんか味が出すぎてるところはあるけど笑、そこにネットを検索すればもっと詳しい使用感と素敵な作例があると思うんで、そちらを参考にしてください。僕のブログでは、その気分みたいなものを伝えられればな、ということで。では、カメラたちとよい週末を☺︎

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最近いちだんと縦構図の写真にハマっている。無意識にだけどね。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

Twitterは縦構図の写真とは相性がよくなくて、たぶんいろんないい縦構図写真を見逃してるような気がする。Instagramはアプリを使えば縦構図全体の入った写真をポストできるんだけどね。なので、やっぱり写真をそのままのポストするのはブログが向いている。

RICOH GR, GR Lens 28/2.8

で、本題の縦構図の話だけど、一年半前くらいまで僕はどちらかというと縦構図が苦手だった。iPhoneカメラなら普通に撮れていた構図がカメラになるとなぜかむずかしい。それがGRを多用するようになって一気に解消された。そして今ではむしろ縦構図のほうが多い。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

じぶんでも上手く説明がつかない不思議な現象なんだけど、振り返るとGRというカメラが縦に構えやすかったのと、広角の縦構図が気持ちよかったからじゃないかと思う。それまで一眼レフのカメラを縦に構えるとファインダーの中の絵がアンバランスに見えたんだよね。それがスクエアな形のGRを構えることで解消されたんじゃないかと。

Nikon Df, 50/1.8G

今ではRICOH GRはもちろん、Nikon DfでもF2でも、Leica M3でもKonica C35でも、カメラを問わずジャンジャン縦構図でスナップを撮りまくっている。家族の写真さえも縦構図が増えたから、もはや僕のスタンダードな構図は横じゃなくて縦かもしれない。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

そうやって縦で撮ることをカラダが覚えると、自然と縦構図に合う光景を探したりしているじぶんがいる。これ、けっこう大事なことで、それまで横構図で見ていた世界が縦構図も加わって「視界=世界が倍に広がる」みたいなところがある気がするんだ。

Leica M3, Planar T*2/50, Fuji 業務用100

それと、縦構図の写真を後から振り返ると、横構図に比べてどこかリアリティが増す気がする。横構図はなんというか「絵」としてのバランスを見て撮っている写真であるのに対し、縦構図はもっとそのリアルな実情を撮っているような感覚といえばいいだろうか。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

今をシェアするスマホカメラの縦構図の写真の影響もあるのかな、縦構図とはそういうリアルさを持っている気がする。カメラとか写真というのはほんと奥が深くて、この構図が縦であるか横であるかだけでも、何時間か語り合えそうな奥深さがある。それで、やれレンズがとか、フィルムサイズがとか言いだせば、それは沼ともとられかねない深さがあるのは当たり前とも言える。

Leica M3, Planar T*2/50, Fuji PRO400h

今思うと、このブログの中でも縦構図の写真だけ検索して抜き出せるようにしとけばよかったかなとか思いながら、だったら一度、縦構図の写真ばかりを載せたポストをしてみようと思い立ち、少し縦構図をピックアップしてみた。それでもほんと、ほんの一部の写真。僕はこれまで何枚の縦構図を撮ってきたのか、そしてこれから何枚の縦構図を撮るのか、考えるだけでも気が遠くなるくらい。もっと割合も増える気がするな、縦構図。

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フィルムカメラを持って、あの頃へ行こう。

Nikon F6, 24-85VR, Velvia50

にんげんはバランスをとる生きものである。だから、これだけ猛スピードの日常を生きてると、それとバランスをとろうとスローなものを求める。そういう時にフィルムカメラはいい。フィルムの匂い、フィルムを装填する音、シャッターを巻き上げる感触、どれもが日常にひと呼吸おいてくれる。

ビル群や路地裏を撮るのも楽しいけど、僕にとってバランスをとるということは、少しにんげんらしい場所に帰ること。山でもいい、海でもいい、にんげんがにんげんらしくいられるところへと自然と足が向かう。フィルムカメラを持つと、ちょっとあの頃に戻れそうな光景が見たくなるんだ。

今週もあっという間に金曜夜。今週も振り落とされそうなスピード感を感じる一週間だったけど、明日から二日間、フィルムカメラやフィルムライクなデジイチに触れられると思うと、こころはホッとする。カメラは写真を撮る道具だけど、フィルムカメラとなるとその魅力は道具を超えてこころに作用する。さて、今週末は何撮ろう、バランスを保つために。

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ここぞという時のリバーサルフィルム、FUJICHROME Velvia50。

Nikon F6, AF-S 24-85 f/3.5-4.5 ED VR, Velvia50

先日の記事でリバーサルフィルム3種類を撮り比べたことを書いたんだけど、今回はその中のひとつ「Velvia50」について。

そもそもリバーサルフィルム自体がまだ2度目の体験なのに、感度50のフィルムなんて初めてだ。その得体の知れなさが、他の2つのリバーサルフィルムVelvia100とProvia100Fとの向き合いなどとは根底から異なる。それでもトライできたのは、カメラが正確と言われる内蔵露出計を積み、しかもAF/AEで撮れるNikon F6だったからだろう。

撮影の目的地に到着した時には辺りは秋晴れの快晴で、この光の下なら感度50はハマるんじゃないかという漠然とした思いはあった。レンズは手に入れたばかりのAF標準ズーム、AF-S 24-85mm f/3.5-4.5 ED VR。いくつかの撮影条件の中でも、この初めてのフィルム感度と、初めてのレンズに挑戦ということもあって、やけに興奮というか緊張していたのを思い出す。そして、AF/AEの恩恵にあずかり、とにかく撮りたいものを見てシャッターを切ることだけに集中した。

そうして現像からあがってきたVelvia50の写真たちは、ひたすら神々しく見えたなあ。感度100のフィルムが基本だとするならば、この感度50のリバーサルフィルムがとらえる絵は実に妖艶だ。ちゃんと綺麗に撮れることなんかには目もくれず、いい意味で揺れる。不安定さみたいなものを楽しんでるかのような移ろいがこのフィルムにはある気がした。人間とは不思議魔なもので、正しく安定感のあるものに安心する一方で、その想定内の世界にはどこか満足できず、あえて不確かなものを味わおうとする。Velvia50とはフィルムの世界の中でまさにそうしたら存在なんじゃないかと思った。

この写真なんか見ても、果たしてこれがいい写真なのかどうかは分からない。でも、じぶんではなんか不思議なパワーみたいなものを感じるし、その描写はとても特徴的だ。このVelvia50に比べたらあのVelvia100がとてもベーシックなフィルムに思えるわけだから、それもけっこう凄いことだなと。色ののり方としてはいかにもVelviaっぽいともいえるけど、その写真が封じ込めた光と影の綿密な有り様は、この地球の意外な一面を見せてくれるような気もして、なんかドキドキするんだな。林の中の暗がりに行きカメラを構えてみると、感度50はさらに不安定になる。それをねじ伏せて撮るようなところに、このフィルムと付き合う楽しみ、醍醐味があるんじゃないかと思う。

つまり、このフィルムは優等生というよりは不良だ。想定の範囲内でどこか意外性に欠ける他のフィルムとは一線をかし、失敗もするかもしれないけど、とんでもなく素晴らしく撮れる可能性もあるから、その意外性に賭ける、そんなここぞという時のフィルムかなと思った。撮影技術のある人が撮れば決してむずかしいフィルムではないのかもしれないけど、僕の中のものさしでいえばそんな風に思った。

人間でもそうだけどね。魅力的な人というのは優等生であることとは少々ニュアンスが異なる。バランスがとれていることよりも、アンバランスなものに惹かれるんだよね、僕らは。そんな人間的魅力がこのフィルムにはある。Velvia50、その魔性のフィルムの真の姿に、もっともっとたくさん撮って迫ってみたいと思った。

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フィルムで撮ると失敗写真が少ないと思うのは、気のせいだろうか。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

この場合の失敗写真とは僕の中の失敗だと思う写真であって、万人から見た時の失敗写真かどうかは別の話なんだけとね。でもなんとなく思うのは、僕の甘々な基準とはいえ、僕がデジタルで撮るよりフィルムで撮る時の方が失敗と思える写真の割合は少ないんだ。24枚撮り、36枚撮りの中でもこれは絶対駄目だと思う写真は数枚な感じ。でもこれ、デジタルだと枚数をたくさん撮ることもあるけど、いいと思えるものが数枚な感じじゃないだろうか。

よく言われることとしては、フィルムだと一枚一枚慎重に撮るから、結果として失敗写真も少なくなるということなんだろうけど。いやね、誤解を恐れずにいえば僕はフィルムでも大量に撮るんだな、これが笑。だからきっとフィルムで100枚撮って、同じくデジタルでも100枚撮ったら、きっと圧倒的に失敗と思える写真はデジタルが多いと思う。フィルムは、あくまでじぶんの中のものさしだけど、失敗写真も失敗写真ならではの味があるという解釈で、失敗じゃないほうの写真になる気がするんだ。

その点、デジタルはリアルで正直というか、失敗をどこか許してくれないところがある。失敗写真はあくまで失敗であって、そこに味わいという余地を見出すのは僕には少しむずかしい。そういう意味でもね、ビギナーこそフィルム写真をやったほうがいいと思うんだ。そうそう、写ルンですで撮るあの感覚で。写ルンですも考えてみると撮ったすべての写真がどこか愛おしくて、失敗写真って感覚はないよね。そうだ、その感覚がこの記事で言いたかったことかもしれない。ふつうの日常を撮る時こそフィルムがいい。それがフィルムが生まれてきた必要性であり使命なのかもしれないね。

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写ルンですを一年中持ち歩くような軽快さ。街角スナップシューター、Konica C35。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

僕は街角を撮る時はコンパクトカメラだ。まあ、照れ臭くて街角でライカや一眼レフは構えられないからね笑。その点、RICOH GRやKonica C35は街の雑踏に紛れることができる。これは大きいんだ、僕には。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

まさに、サッとさりげなく構えてサクッと撮る、何事もなかったようにね。音もチッとかすかな音しかしないから、まず誰も振り返ったりしない。そう、僕の感覚的には、あの写ルンですを一年中持ち歩いてるような手軽さなんだ。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

僕はフィルムを始めようとする人にカメラは何がいいか聞かれたら、まず写ルンですを買ってフィルムとの相性みたいなのを確認してみたら?と答えることが多い。でね、写ルンですが気に入ったら、毎回写ルンです買うのもコストがかかるから、じゃあ次は写ルンです的コンパクトカメラを、と。

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

で、おススメするのが、このKonica C35。もう何十年も前のフィルムコンパクトカメラだけど、往年の小西六コニカが世に送り出したこのほぼオートのボディとテッサー型の名玉ヘキサノンレンズの写りは、なかなかシビれるものがある。なんといってもほぼシャッター押すだけだからね笑。写ルンです的でしょ?

Konica C35, Hexanon 38/2.8, Fuji PRO400h

写ルンです的というのは、ほんとシャッター押すだけだから、その分咄嗟にサッと撮れるし、構図選びに集中したりできるということ。街角ではとても重要な要素。カメラのセッティングでグズグズしてると、あっという間に思い描いていたスナップ像は消え去るからね。

Konica C35

昭和の時代の大衆的カメラがこんな高性能だったと思うと、なんて日本は凄い技術立国だったんだと思うし、そんなカメラが今も使えて、しかも一回飲みに行くのを我慢すれば買えるような状況には感謝しかないし、ぜひフィルムカメラビギナーの人に、また近ごろむずかしいカメラに困惑してる人に?笑、おすすめなのである。絶対、期待を裏切らないと思うよ。

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そして、リバーサル以上に驚いたのが、Ektar100とEktar現像だった。

Kodak Ektar100, Leica M3, Planar T*2/50

リバーサル“以上”というと言いすぎかな。でも、それくらい驚いたってこと。僕の想像の上をまたいできたって感じかな。Kodakの高級フィルムといわれるEktar100だ。僕にとっては初めてのEktar体験。そして、初めての専用現像であるEktar現像だ。

Kodak Ektar100, LeicaM3, Planar T*2/50

以前フィルムを始めた頃に、リスペクトしていたフィルム使いの人から、いつかはEktar100を体験してみてほしいと。しかも、できればEktar現像で、とアドバイスもらったのが印象的で、実はかなり以前に一本だけ購入してお守りのように保管していた。その一本をようやく撮り、現像に出したのである。Ektar現像で。キタムラで現像をお願いしたんだけど、リバーサルフィルムと同様、外注でフォトDVDにデータ化され、手元に帰ってくるまで2週間ほどかかった。

Kodak Ektar100, LeicaM3, Planar T*2/50

長い時間眠らせていたEktar100を使ってみたのは、もともとは家族を撮ろうと思ったから。最初の数枚はそうして家族を撮ったんだけど、息子もいい年になってなかなか写真を撮られることを嫌がる笑。で、結局残りのフィルムは父の散歩カメラ用になったというわけ。でも、おかけでらこうしてブログに写真を紹介できたからね。

Kodak Ektar100, LeicaM3, Planar T*2/50

僕は写真を語る知識も、カメラの設定に関する知恵もない。だから、言葉でEktar100に感じた驚きを表現するのはむずかしいんだけど、そんな僕にもこのフィルムが明らかにふだんのFuji業務用100やPRO400hと写真の質感が違うことは分かる。まず、見た瞬間にハッとしたからね。

Kodak Ektar100, LeicaM3, Planar T*2/50

最初に目に飛び込んできたのが、この鬱蒼としたピンクとグリーンの絡み合う秋桜の一枚なんだけど、なんだこれ?と思った。いわゆる評判で聞くEktar100らしい色の美しさを想像しつつも、そこに描かれた描写はワイルドというか野性みたいなものも感じる。この微妙にアンバランスな感じにまず驚いた。

Kodak Ektar100, LeicaM3, Planar T*2/50

で、36枚すべてを見て思うのは、なんというか一枚一枚ですごく表情を変えるな、ということ。もちろん他のフィルムでも同じように多彩な表情を見せる振り幅はあるんだけど、このEktar100はまるでレンズやカメラも変えて撮ったかのように撮るシーンによって表情を微妙に変えてくる。なんか、そういういくつもの表情を七変化する魔性の女みたいなものとでもいえばいいだろうか。

Kodak Ektar100, LeicaM3, Planar T*2/50

今回はLeica M3に入れて撮ってみたけど、これは別のカメラでも確かめたくなる、そんな風にザワザワとする気持ちがわいてきた。時期を同じくしてリバーサルフィルムにも魅せられてるところなんだけど、ネガよりポジのほうがドラマティックなだなどと気持ちが傾いていたところに、このEktar100がいい意味で期待を裏切るネガの世界を見せてくれて、そういう意味でリバーサル以上にちょっと驚いている。本当に思ったんだけど、ボディやレンズにお金を投じるのをしばらくやめて、フィルム代に投じたい。いろんなフィルムのいろんな味をこの目で確かめたいと、今強く思っている。ありきたりな言葉だけど、ほんと素晴らしいよ、フィルム。

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ありがとう、FUJI FILM。リバーサルフィルム3種類の試し撮りがあがってきたよ。

FUJICHROME Velvia100

二週間前にキタムラに出していたリバーサルフィルムの現像があがってきた。僕にとってはリバーサルフィルム体験、第2弾。第1弾で生まれて初めてVelvia100で撮って衝撃を受けたこともあり、今回はリバーサルフィルム3種類を手に入れ、同じ日に一気に3種類を試し撮りしてみた。フィルム3種とは、国内唯一のフィルムメーカー、FUJI FILMが今も販売し続ける「Velvia50」「Velvia100」「Provia100F」だ。

Velvia50, Nikon F6, 24-85VR

最も衝撃を受けたのは、このVelvia50だろう。その綿密な描写は他の2種を間違いなく凌駕する。感度50はまさに初体験。このフィルムを買うときにキタムラのフィルムコーナーの店員さんが「はっきり言ってプロ用ですね」と言っていた意味が少し分かった気がした。Velvia50はなんというか、その他のフィルムとは一線をかす孤高のフィルムのような存在感を放つ。少し暗い林の中ではさすがに手ブレした。リバーサルフィルムの中でも特にシビアな露出が求められることは間違いない。ただ、そんなシビアさを受け入れてでもコイツで撮りたいと思わせる迫力がこのフィルムにはある。ある意味、凄みを感じた。

Provia100F, Nikon F6, 24-85VR

次はProvia100Fだ。このフィルムは、Velviaが色を鮮やかに盛った記憶色と言われるのに対して、自然な色味が持ち味だ。この写真は少しオーバーめだけど、どの写真もたしかに派手さとは異なる落ち着いたトーンを描き出す。そういう意味ではどぎつくないナチュラルでやさしい色。こらもまたアリだなと思った。どうだろう、ある意味リバーサルらしくない発色と言えるかもしれないね。ただ、このProviaもひとたび撮れば病みつきになる何かがある。ただの落ち着いた写真ではないんだ、やはりね。

Velvia100, Nikon F6, 24-85VR

最後はVelvia100だ。いかにもリバーサルフィルムらしい色のりで、ネガフィルムとはまったく異なる世界を期待通り提供してくれる。そういう意味ではザ・リバーサルと言ってもいいんじゃないかな。Velvia50よりさらにメリハリのある盛った迫力がある。富士フイルムのデジカメにはフィルムシミュレーションというモード切り替えがあるけど、そこでビビッドのことをVelviaと呼んでるけど、それはこのVelvia100のイメージなんだろうなと悟る。とても鮮やかで、ライトボックスで見るために生まれた色味と言えるんじゃないかな。

というわけで、リバーサルフィルム3種の写真を比較の意味も含めて並べてみた。もちろんそれぞれ36枚ずつ撮ってるから、ここに載せてる写真はその中のほんの一枚であり、同じフィルムでも多彩な表情を見せてくれるから、なかなか一概にフィルム特性を言い表すのはむずかしい。あくまで参考程度にしてもらって、あとはぜひじぶんで撮ってその素晴らしさを堪能してほしい。はっきり言えるのは、間違いなくネガフィルムより気分が高揚するということ。本能に突き刺さってくる何かがリバーサルフィルムにはある。どれで撮ってもちょっと興奮を抑えられない世界を垣間見れるだろう。なんかあまり饒舌に書くと、逆にチープな物言いに聞こえるかもしれないから、心の中にある興奮には少し封をして、このへんでやめておこう。僕はしばらくこのリバーサルフィルムの虜になってみようと思う。そう思わせる官能さがこのフィルムたちにはある。さて、もうしばらくリバーサルフィルムの写真たちを眺めて眠りにつくとしよう。

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