好きな写真は、その人らしい写真だ。

Konica C35

好きな写真、言いかえれば僕が思ういい写真とは何だろうと考えていたんだけど。じぶんの撮る写真でいえばなんてことない日常のスナップが好きと言いたいところだけど、しばし見惚れるような自然の絶景の写真を眺めるのもいいなと思うし、ポートレートの写真だって思わず釘付けになることがある。そういう意味では、特に僕の好みは写真のジャンルでは限定されていないんだよなあ。でも、なんとなくあるのは、その人らしい写真が好きということ。仮に初めて見る人の写真でも、なんかその人柄がすーっとイメージされる写真といえばいいだろうか。それはたぶん、じぶんには撮れない、もしくはまだ無い個性みたいなものへの憧れなのかもしれない。変に凝り固まったスタイルというより、大量に撮り続けた結果できあがったようなスタイルが好き。僕はまだまだその域には到達していないから、もっともっとたくさん撮って、その先にできあがる何かを形作らないといけない。いけない、というとちょっと違うか。そういう風に転がって自然と形作られるじぶんとじぶんの写真を見てみたいな。

僕の中では、カメラを持ち出す時に「コンビ」がある。

Nikon Df + 50/1.8G , Nikon F6 + 50/1.4D

絶対というわけじゃないんだけど、なんとなくコンビが存在するんだよね。例えばこの写真のように「Nikon DfとNikon F6」。前にも書いたけど、デジタルだけどフィルムライクに撮れるDfに対して、フィルムなんだけどデジタルライクに撮れるF6。僕の中では真逆のコンセプトを持つこの2つのカメラがフィルムとデジタルをシームレスに行き来する決定的なコンビとなった。

次にあげるコンビが「Leica M3とNikon F2」。共に完全機械式シャッター機だけど、レンジファインダーと一眼レフという、これまた正反対のようでそうではなくお互いを補い合うようなコンビ。今はF2を修理に出しているから同時に持ち出すことはないけど、F2を使うとM3が使いたくなって、M3を使うとF2が使いたくなる、そんな絶妙の相互関係がこの2つのカメラにはある。

その次はコンパクトカメラのコンビ「RICOH GRとKonica C35」。見た目のコンパクトさも、ほぼオートで撮れるいかにもスナップ向きの操作性も、あと単焦点レンズである点もそうかな。デジタルとフィルムだけど、僕の中ではやっぱりコンビで、荷物に余裕のある時は平日の鞄の中にはこの2つのカメラが入っていて、シチュエーションに合わせて使い分けたりしている。

あとは意外と外せないコンビ「Nikon FEシルバーとNikon FEブラック」。これはさすがに2台を同時に持ち出すことはないけど、元々はシルバーに50mm、ブラックに35mmをつけて、同じボディで2つの焦点距離を持ち替えて楽しみたいと思ったんだよね。その後カメラもレンズも増えたから、この50mm&35mmの使い分けはしなくなったけど、FEは僕が初めて手にしたフィルムカメラだから思い入れがあるのと、2つともラフにガシガシ使い倒せるというところが、無くてはならないカメラとなっている。

さて、残りはNikon D300なんだけど、このカメラだけは今のところコンビが無い。ひとつだけコンビ無しというのも淋しそうだから、ここはやっぱりNikon D700を揃えてあげるべきなのか笑。Nikonが最も凄みがあって輝いていた時代のAPS-Cフラッグシップ機と、その兄貴分的なフルサイズ中級機。いや、カメラはもう増やさないと決めたんだ。D300には望遠撮影を担ってもらっているちょっと特別な使い方のカメラだから、同じくちょっと変わった使い方のカメラとして防水カメラをコンビにしてあげようかな、などと考える今日この頃である。

沼じゃない。カメラ探しの旅だ。

Konica C35, 38mm

フィルムカメラは増殖するから…この前ブログにコメントを寄せてくれた人が言ってた言葉。その通りでフィルムカメラの道に踏み込むといつのまにかカメラやレンズが増えやすい。それは最新のデジカメなんかに比べると手に入れやすい中古価格ということもあるのだけど、もうひとつ、不完全なモノだからその良さや悪さも含めて所有して確かめたいというのがある。現代のカメラはそれこそ万能カメラであらゆる使い方に高次元のバランスで応えてくれるけど、フィルムカメラ時代はバランスというよりもどこかのポイントに特長を振ったものが多い。そして、それは時にじぶんの嗜好に合わないなと感じたりするかと思えば、とんでもなくじぶんのいわば人生観みたいなものにまでフィットするものも現れたりする。僕はそんな印象を持っている。

そういう人生を共にしたいという伴侶や相棒のようなカメラに出会えた人は幸福だし、まだ会えていないという人もそれは残念というより、まだカメラ探しの旅の真っ只中にいるわけで、道中をとことん楽しめばいい。なんでもゴールの先より、ゴールにたどり着くまでが楽しいわけだから。僕はある一定の相棒と呼べるカメラにはたどり着けたように思う。でも、旅が終わった気分かといえば、それもちょっと違う。けれど沼にいる感覚はない。もっとなんというかすがすがしいんだ。

シャッターをきることが、前へ進むことなんだ。

Nikon Df, 50/1.4D

誰かのために撮る写真もあるけど、じぶんのために撮る写真もある。僕の場合は、前者は家族の写真であり、後者はなんでもない日々のスナップだ。特に後者はほんとひたすらシャッターをきる。撮る理由は、シャッターをきりたいからだ。それ以上でもそれ以下でもない。デジタルの恩恵はひたすらシャッターをきれるところにある。とはいえフィルムでももはや抑えはきかない。シャッター音を聴くと生きてる気がするし、シャッターをきれば今よりわずかずつ前へ進んでる小さな手ごたえがある。それをよりどころに僕はシャッターをきる。この週末はあいにくの雨続きで、F6もM3も外でシャッターをきることはできなかった。だから、部屋でシャッターをきる。写真は撮れないけど、前へは進んでる気がする。それが僕の日常だ。

もっと写真家の人たちの写真を見なきゃだめだな、僕は。

Nikon Df, 50/1.4D

いい歳をして別に写真家をめざしたいわけじゃないし、何かのコンクールに出品したいわけじゃない。でも、日々のカメラや写真と暮らす生活の中でわずかでも成長みたいな実感を得ていくのは人生として大切な気もする。だから、やっぱりプロの写真家の人たちの写真をもっとたくさん見て吸収しないとだめだなあ、などと思う。素直にね。

今はTwitterとかInstagramとかあって、カメラの知識とか写真愛好家の人のストリートスナップなんかを手軽に見たりすることができるけど、プロの写真家の人たちの写真を見ることはまったく別物の時間のような気がする。変な意味じゃなくてね。SNSで得ることも小さくないけど、大なり小なり写真をやる以上は、その道のプロの写真家が撮るモノ・コトを眺め、感じる時間がなんか必要な気がするんだ。

iPhoneで写真を撮ることに興味を覚え、歳をとってから人より遅くカメラを始めた僕は、すべてが我流でスマホカメラの延長線上の写真を撮っているように思う。それは別に悪くないんだけど、どこか同じ場所をグルグルしているような感じがする。せっかくカメラと出会ったんだから、もっと違う世界をたくさん眺めたり、時にチャレンジしたりもしたい。もっと写真家の人たちの写真を見ろ、じぶん。

小雨でもフィルムで撮りたいという気持ちは嫌いじゃないないぞ、じぶん。

Nikon FE, FUJI FILM 業務用100

というわけで、雨の日曜日の朝だったけど、愛犬と散歩を済ませた後、ひとり雨の散歩カメラに行ってきた。カメラは雨用のNikon FEブラックボディとRICOH GR。無理やり直したISO感度ダイヤルだけど、ファインダーの中の露出計を見ると感度100のシャッタースピードが出てたから、まあ撮れてるんじゃないかと笑。

そういえば雨模様だし、フィルム感度100なら明るいレンズをつけていったほうがいいなと思いAi 50/1.8にしたんだけど、外でいざ構えてみる小雨でも意外と外は明るくて、ss最大1/1000だとf8まで絞ることに。考えてみると曇り空程度だから、たしかにそれくらいの露出にはなるんだけど、ここのところDfやF6といったss 1/4000〜1/8000のカメラで撮ることが多かったから、僕の体感露出もちょっと感覚がズレてた。やっぱりこうして適度に昔のカメラでマニュアルで撮っておかないとなと思った。

シャッター音好きの僕からすると、Nikon FEのなんとも癒し系の音もけっこう好き。決して高級な音はしない、むしろ現代のカメラに比べるとずいぶん頼りない音だったりするんだけど、それがまた味でね。撮れる写真も心なしかおだやかな写りな気がする。写真の出来はほぼレンズとフィルムに左右されるんだろうけど、FEで撮るといつもFEのおだやかさが写真に滲み出てるように思う。さて、どうなんだろうね。

僕はデジタルも撮るようになったけど、基本はやっぱりフィルムかなと思っていて、そのフィルムカメラの原点が僕にとってはNIkon FEとFUJI FILM業務用100。この組み合わせで撮るとなんか初心に帰る。今週はFEで撮れてよかった。そして、壊れて寂しくしていたFEブラックボディを連れ出せてよかった。どうか、写ってますように。

スマホで撮れそうで撮れない写真が撮りたくて、ある日一眼レフが欲しいと思った。

Nikon Df, 50/1.4D

それはつまりボケだったんだよね。でも最初からボケという言葉を知っていたわけではないし、ボケという効果のこともはっきりは認識していなかったと思う。ただただSNSに流れてくる知り合いのクリエーティブの人たちがとにかく奥行きのあるような写真をポストしてくるんで、尋ねてみるとやっぱりスマホカメラじゃないと分かって、そこから一眼レフのことを少し調べ始めたように思う。

で、何かのサイトだったと思うけど、そういう効果を出すなら単焦点レンズがいい、というのを読んで、最初の一眼レフNikon D5300レンズキット(18-140mm)と一緒にAF-S 50/1.8Gを購入したんだ。その時の店員さんが今の馴染みの店員さんで、DfやF6もその店員さんから買ったんだけどね。いろいろと相談できる僕の頼りにしているカメラアドバイザーかな。その店員さんに背景がボケる写真が撮りたいんで、単焦点レンズがいいと聞いたのだけどどれがいいですか?と聞いたら、Gレンズの50/1.4か50/1.8がいいでしょうと勧められ、当時はレンズに4万以上もかける認識なんてまったく無かったから、50/1.8Gを選んだ。その後、一度手放すんだけど、Dfの購入共にスペシャルエディションとして50/1.8Gが帰ってきた。再び僕の常用レンズのひとつとなり、この写真のように散歩カメラで大活躍してくれている。

レンジファインダーやフィルムコンパクトも楽しいけど、スマホカメラでは撮れない写真を味わいたいというなら、やっぱり一眼レフが手っ取り早いんじゃないかな。単焦点レンズは最も安い50/1.8のいわゆる撒き餌レンズと呼ばれる普及レンズで十分。レンズにこだわらなければ、逆に画角や撮影ポジションなんかで工夫しようとするから、その方が写真の腕前も上がるかも。さて、土曜日も夕方に。そろそろ愛犬とカメラと散歩の時間だ。一眼レフをぶら下げて、また日常の何気ない世界を一眼レフで楽しもう。

金曜の夜は、空シャッターナイト。

みんなもそうかな。僕の場合は、金曜日に仕事を終えたらほぼまっすぐ家に帰る。愛犬の散歩とかひと通りやることを済ませたら、あとは一人で部屋に入り、カメラケースからカメラを取り出す。Leica M3、Nikon F2、Nikon Dfに、新しく仲間入りしたNikon F6などいくつかのカメラを眺め、手にとり、そして空シャッターを切る。今夜の場合だと、M3の中にはEktar100がまだ残っているし、F2は修理入院中なので、F6とDfの空シャッターを切るということになる。要は撮りたくて撮りたくてたまらない夜ということ。

F6のシャッター音は、僕の中では過去味わったことのない最高に心に響く音色。手と脳に伝わるミラーショックも絶妙に心地よく、空シャッターを切るだけでも心満たされる高揚感がある。一方、DfのほうはF6よりも何段か低音のシャッター音だ。デジタル現行機だけにそのミラーショックも現代的で、これもまた僕の写欲を心地よく刺激してくれる。どちらのシャッター音も僕にとってはいかにもNikonらしい官能的なシャッター音を聴かせてくれるのだ。

金曜日の夜、普通の人なら夜の街へと繰り出して宴に酔いしれるところかもしれないけど、僕にしてみればあまり得意でない酒に思考を奪われるよりも、こうして家路につきカメラたちを手にとりながら週末直前のアイドリングを楽しむほうが数段心踊る。静かな夜だけど、もうあと数時間でカメラを手にして写真を撮ることができる感慨に浸れる熱き時間なんだ。なんだか遠足を前にした子どもみたいな行動かもしれないけど、カメラとはいい歳をした大人をこんなにも本能的にワクワクさせてくれる。さて、夜も更けてきた。あと数回、空シャッターをきって眠りにつこう。あと数時間でカメラと羽ばたける歓びをかみしめながら。

まずはとことん単焦点。

AF使いもできるカメラが増えたんでちょっとズームレンズも気にしてアレコレみてるんだけど、なんだかズーム検討自体が目的になってしまってるような気がして、二つほど候補にあげていたズームレンズ購入を見送った。それよりも今は、手持ちの単焦点レンズをとことん試す時期かなって。

MF、AF、いつのまにか数本のレンズが揃ったんだけど、まだまだひとつひとつをじっくり使い込んだとは言い難い。絞り開放付近でもっと撮りまくって、そのカメラならではの癖というか無二のおもしろさを引き出すのが先決かなって。そういえば赤城さんも“ズームレンズは捨てなさい”と言ってたし笑。

まあそれは言い過ぎにしても、単焦点レンズは実際おもしろくて、シンプルなだけに撮ることにも集中できる印象がある。もちろん、明るい単焦点レンズならではのボケや収差の楽しさもあるしね。単焦点レンズの写りこそ、スマホカメラなんかでは撮れない世界の、いかにもカメラらしい楽しみ方の筆頭だと思う。焦点距離を変えて10枚撮るなら、単焦点で10枚撮るほうが濃密な気がするしね。

なんでもそうだけど、縛りとか制約があるほうが、出てくるアイデアは濃く太くなったりする。カメラやレンズもそうかなと思っていて、とにかく万能というモノよりも、限られた条件の中で突破していく感覚がおもしろい。ズームは43-86とDX用の18-200があるから、気分転換するのには十分な気がするし、当面は単焦点にハマってみようと思う。いや、このおもしろさはずっとかもしれないけどね。

 

カメラの使い分けイメージが少し固まってきた。現時点だけどね。

詳細は割愛して、ポジショニングだけ言うとだけどね。メインカメラはNikon F6とNikon Df。この二台でフィルムとデジタルをシームレスに行き来する感覚を楽しみたい。そしてサブカメラはRICOH GR。これはもう僕の中では不動のポジション、カメラは出しゃばらないけど、写真はしっかり出しゃばってくれる。あとスペシャルカメラとしては何と言っても機械式のLeica M3とNikon F2の二台。帰ってくる場所みたいな存在かな。それと、癒しカメラとしてNikon FE。初めてのフィルムカメラで思い入れがあるのと、とにかく軽量コンパクトで絞り優先で撮れる感じは何物にも変え難い。それから、写ルンです的休憩カメラとしてKonica C35。撮影枚数だけでいえばC35がいちばん多いんじゃないかな。ほぽシャッター押すだけであの写りはまさに休憩してるリラックス感がある。最後は望遠カメラとしてのNikon D300。APS-Cフラッグシップ機だったその撮影フィーリングはダテじゃないし、何より換算1.5倍の望遠感覚はやっぱりAPS-Cならではだからね。

これでぜんぶかな。なんか急激にカメラ増えましたねとか言われるけど、僕の中では辻褄が合ってるというか、すごく納得感のあるラインナップ。最後にNikon F6にたどり着いて、じぶんでもイメージがすーっと固まった。さて、あとは撮るだけ。宝の持ち腐れにならないようにね。ファインダーの向こう側の光景をひとつでも多く記憶するんだ、このカメラたちと。