ストリートスナップにはマイクロフォーサーズがあるよ。


Olympus PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

ストリートに出てスナップを撮ると、どこか心落ち着く。雑踏にまぎれてシャッターを切り続けてると、なんというか街を浮遊している感じがして実に気持ちがいいんだ。それも、夜がいい。最高なのは雨あがりの路面が少し鏡面化したストリートが最高だ。いつもの街が、道が、少しだけ違う表情をみせる、路面が乾くまでの束の間の時間。それがたまらない。

僕が撮るストリートはたいてい福岡の街か東京の街。ふたつの街には適度に違いがあって、それも僕を飽きさせない。福岡の街はとにかく温かい。人情みたいなものが浮遊している街。どんな風に撮ってもどこかまろやかな空気をはらんでる。一方、東京の街は、どこまでいっても冷たさを感じる。それは嫌な意味じゃなくてクールという意味で。まわりを行き交う人たちが徹底的に他人に感じるあの空気感が、時に激しく心地よかったりする。

そんな街の空気を感じながらスナップを撮るには、とにかく視覚や臭覚に集中できるカメラがいい。いい意味で存在感の希薄なカメラ。僕の場合はマイクロフォーサーズだ。とにかく軽く、薄く、小さくて、僕の手の中で必要以上に主張しない。背面モニターは閉じて、ファインダーすら見ずに、目の前の光景を肉眼で感じ、スパッスパッと辺りを切り取っていく感覚。こんな撮り方の場合、オートフォーカスは実にスムーズで気持ちいい。そう、マイクロフォーサーズは街中で姿を消し、視界の先のストリートを眺め歩くことに集中できるんだ。

肉眼で眺め、その街の匂いを感じながら徘徊するのは実に楽しい。そうして街の鼓動を感じながら撮り歩くと、街の素顔みたいなものが見えてくる感じがしてね。そういう感覚を僕に気づかせてくれたカメラとしては、RICOH GRがあり、Leica M-P typ240があり、フィルムライカがあり、Bessa-Lがあったりするが、最高にストリート向きなのはPEN-Fであると最近、実感する。ひらりひらりと軽い羽のようなマイクロフォーサーズと浮遊する夜のひととき。最高である、ほんとうに。


PEN-Fの最高のデザインは、シャッターフィールかもしれない。


Olympus PEN-F, M.Zuiko digital ED 12/2

僕がなぜここまでPEN-Fに惹かれるかというと、そのなんとも言えないシャッターフィールの気持ちよさにある。PEN-Fはその美しく力強いボディ以上に、シャッターフィールが最上レベルでデザインされているんじゃないかと思うのである。

僕がPEN-Fを激しく意識し始めたきっかけは、お店でたまたま手にとってみた時のシャッターを切った時の感動にある。「え?何、この気持ちよさ?」と本当にゾクッとしたのを覚えている。PEN-Fのボディデザインまで気になり始めたのはその後のことで、最初に僕がやられたデザインはそのシャッターフィールの作り込みだったのである。

このシャッターフィールの気持ちよさは、街中のスナップでさらに磨きがかかる。ジッ!と絶妙のスピード、感触、音でシャッターが切れていく様はスナップにとても心地いいリズムを与える。PEN-Fの設計者は、かつてのフィルム機のPEN-FのオマージュとしてこのデジタルPEN-Fに最高のデザイン性を持ち込んだと思うけど、素晴らしいのはシャッターフィールを含むすべての「感触」にまで徹底的にこだわったことであろう。この五感に訴える領域すべてにこだわったであろう感覚は、Nikon F6の設計に値するんじゃないかと思えるレベルだ。F6ユーザーでもある僕にはそう思えてならない。

エモーショナル性は主観でもある。僕がいいと思う感覚がすべての人にとってたまらない感覚かどうかは分からないが、このPEN-Fというカメラをボディのデザイン性だけで見ているとしたらそれはいい意味で大きく裏切られる。街中で手ブレを一切気にすることなく、ファインダーも手に入れながら最高のリズムでスナップできるコンパクトな本格的カメラは実はそう多くない。しかも、撮り手にシャッターフィールという最高のリズムを与えてくれるPEN-F。明日からまた一週間、仕事の日々が始まるわけだけど、鞄の中にこのPEN-Fを忍ばせて過ごすと思うと、平日五日間もなかなか楽しみだったりする。そういう気持ちを持ち上げてくれる性能こそが、このPEN-Fの最上の魅力なのかもしれない。


モノクロ気分な日曜日。Leica M-P typ240 × Summilux 50/1.4 2nd


Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

カメラとか写真は不思議なもので、どれかをしばらく使い続けると別のものが使いたくなる。フィルムで撮り続けてたらデジタルで撮りたくなるし、一眼レフで撮り続けてたらレンジファインダーで撮りたくなる。僕の今朝の気分はここのところカラーで撮り続けてたからモノクロで撮りたいと思い、デジタルたちを連れ出した。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

連れ出したのは、Leica M-P typ240とOlympus PEN-F、そしてLeica X2だ。なぜ3台も、ということになるんだけど、どれも残り電池が少なかったから予備で3台持ち出したんだよね。と、この3台の写真をTwitterにポストしたところ、ある人から「フィルムは無いんですね」と言われ、あ、僕はフィルムの人と思われてるんだなと思ったんだけど、実は首からLeica M3もぶら下げていたので、まあ正確に言えば4台と一匹のなかなか賑やかな朝散歩となった。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

僕はモノクロで撮りたいと思った時はデジタルを持ち出すことが多い。いや、ほとんどそうかな。モノクロフィルムはなかなか現像環境が身近に整っていないんで、撮る時はカラー現像機でC-41現像ができるILFORD XP2 400だけどそれなりに高価なんで、デジタルを持ち出すことのほうが断然多いかな。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

僕はシャッター切るのが好きで大量に撮るから、特に代わり映えしないいつもの散歩道の光景を撮るのに高価なモノクロフィルムはバンバンは使えない。それからするとデジタルはほんとありがたく、量を気にせずシャッターを切りまくることができる。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

僕の所有するデジカメたちはどれもモノクロの描写がなかなか良くて、それも大いに気に入っている。Leica M-Pのフィルムモードの白黒はJPEG撮って出し派のために用意されたようないい味の描写を楽しませてくれる。ここにあげている写真たちはすべてM-PとSummilux 50 2ndで撮ったものだけど、どうだろう。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ここのところはずっとそんなこと書いてるけど、僕の中ではデジタルで撮ることはフィルムで撮ることの妥協ではなくて、ほんとデジタルもフィルムも特に意識せずにシームレスに行き来して撮っている。最新テクノロジーで作られたカメラが面白くないわけは無くて、デジタルにはデジタルの楽しみもある。それを教えてくれたのが最初はRICOH GRであり、Nikon Dfであり、デジタルライカであり、最近手に入れたOlympus PEN-Fだったり。どれもほんとに素晴らしい。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

僕の場合はフィルムカメラをやったおかげでデジタルが好きになったタイプのにんげんだから、フィルムとかデジタルとか意識せずに楽しめているのかもしれないね。思えば最初はRICOH GRの28mm広角スナップでモノクロに目覚めたんだっけかな。あの精密かつ緻密なモノクロ写真のクールさにゾクゾクした。そこから自然の中でもモノクロ特有の光と影を探してモノクロで撮りだしたんだよね、それまで以上にね。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

そうそう、昨日Twitterで平野勝之監督から「シャッター中毒は貴重」だということと、僕の場合は「視覚の運動」として写真を撮っているように見える、と言っていただいた。僕はほんとシャッターを切る瞬間が大好きで、誤解を恐れずに言えばシャッターが切りたくていつもカメラを持ち歩いている。だから、目の前の光景が平凡でもかまわずシャッターは切る。それが「生きてる」って思う僕の呼吸や瞬きのような行為だ。その時、アナログチックな操作で撮れるフィルムカメラやフィルムライクなデジカメたちはとても心地いい相棒であってくれるんだ。


ピントは大事たけど、絶対じゃない。


Leica M-P Typ240, Summilux 50/1.4 2nd

まあ言い訳ととってもらっても問題ないわけだけど笑。でも、MFで絞り開放で焦点距離50mmとなると、ピントをはずすことはままあるわけで、できればピントは研ぎ澄ましたいと思うけど、それを必要以上に気にしてたらズミルックスでスナップなんか撮れないわけである。僕の場合。

この写真は夜スナップ始めた頃の写真なんで、意図せず盛大にピンボケしてるわけだけど、その描写の揺れみたいなものはAF撮影には無い楽しみでもあり、僕は嫌いじゃない。さすがに今ではこの頃より目測でピントを合わせる感覚は多少身についた気がするけど、スナップ写真の楽しみに意外性という項目があるとするなら、案外この頃のほうがスナップをピュアに楽しめていたのかもしれない。

僕の最近の街撮りスナップはマイクロフォーサーズのOlympus PEN-Fで撮ることが多いけど、AF性能とボディ内手ぶれ補正が強力だから、こうしてブレた写真が撮れる確率はほぼゼロになった。それは構図に集中できるとも言えるけど、意外性という点でいえばMFによるスナップシューティングはやはり魅力だと思う。街中を撮り歩いても汗を気にしなくていい季節になってきたから、そろそろLeica M-Pとズミルックスを街撮りスナップに連れ出そうかな。正確さとは異なるスナップの快楽を求めて。


ズミルックスだけは開放にかぎる。


Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ズミルックスはライカのレンズの中で最も明るい部類に入るレンズ。僕が使っているのはMマウントの50mm f/1.4 第二世代〈2nd〉と呼ばれるもので、ふだんはM型デジタルのLeica M-P typ240に装着していることが多い。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

Mマウントだから僕が持っているフィルムライカのM3にも装着できるわけだけど、それはもうほんと夜のフィルム撮影でどうしても失敗したくない時に持ち出す程度の頻度で、ふだん大体はデジタルのM-Pに付けっ放しにしている。なぜかといえば、やはりこのレンズだけは「開放で撮りたい」と思っているからだ。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

フィルムライカだと僕はシャッタースピードは1/500までしか使わないから、晴れた日だとある程度レンズのf値は絞ることになる。それと比べるとシャッタースピードが1/4000まで稼げるM型デジタルのほうが格段にレンズの絞りを開けることができる。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ズミルックスの語源はまさに「最高の光」。ライカのレンズの描写といえば落ち着いたトーンのものが多い中で、このズミルックスだけは独特の華やぎを持っていると僕は思っていて、その世界を引き出すにはなんといってもf1.4の開放付近で撮ってやりたいと思うのである。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ひとによっては「ズミルックスの開放付近は暴れすぎる」とも言われ、何段か絞ったほうが玄人好みなのかもしれないけど、僕はなんといってもズミルックスだけは開放付近が好き。できれば開放f1.4で撮りたいというこだわりすらある。だから、比較的絞りを開けやすい朝夕の時間帯に好んで持ち出すことが多い。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

たしかに「暴れる」という見方はあるくらい、開放ズミルックスの写す世界は独特だ。ちょっとアメージングなくらいのもので、力強い描写のズミクロンや端正なエルマーとも違う、ズミルックスだけの光の世界がそこには存在する。僕はそう思っている。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

f1.4ともなると相当ボケるから、一般的にはたしかにボケすぎてちょっと気持ちが悪いレンズも少なくないけど、このズミルックスだけはそれが気にならないというか、ボケすぎるくらいボケても破綻しない不思議な描写をする。それはもしかしたら第2世代のズミルックス50が醸し出す世界なのかもしれないけど、この世界を一度味わったらなかなかやみつきになって、ひとはズミルックスから離れられなくなる。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

そう、このレンズは魔性のレンズでもあるんだ。デジタルで撮るとそれでもクリアすぎてクラクラするような描写をみせたりするけど、フィルム開放付近だとそれもマイルドになって、やはりフィルム時代に生まれたレンズだと思わせる相性の良さが感じられる。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

けれど、僕はフィルムのマイルドさをまとっていない、デジタルで撮る時の剥き出しで裸のズミルックスが好きかな。デジタルで撮ることを想定していない時代に作られたレンズがデジタルによって現代のセンサーと混ざり合い、化学変化を起こしたようなこの描写にゾクゾクとするのである。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ここにあげた写真はどれも自然の中のスナップだけど、スナップシューターが代名詞とも言っていいライカだから、もちろん開放ズミルックスは街中でもとても魅力的な威力を発揮する。それはカラーだけじゃなく、モノクロでもちょっと脳が揺らされるようなハッとする写真を創り出す。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ここにあげた写真はどれもすべてズミルックス開放で撮ったもの。まあ僕の腕前はともかくとして、ズミルックスというレンズの開放の独特の世界がなにかしら伝わるのではないかと思う。このレンズは決して安くはない。フィルムライカのM3の程度の良いものが余裕で買えてしまう価格で売られていたりする。価格の割高さでみればズミクロンやエルマーのほうがはるかにコスパはいいけど、この開放の素晴らしさは「ズミルックスだけの特権」なのかもしれない。それほど別物の世界がそこにはある。


写真撮りたい派というより、シャッター切りたい派だから。


Olympus PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

誤解を恐れずにいえば、僕の場合はそうだ。僕は「写真を撮る」とか「記録を残す」という以上に「シャッターを切る」という行為が好きなんだ。それをじぶんでも自覚するのは、家の近所の散歩写真を懲りずに撮っていることもそう。愛犬との散歩の時の光景なんか、いつもの見慣れた風景だし、さして毎回撮るほどのものではない。けれど、いつも僕はなんらかのカメラを持って出かけてはシャッターを切る。

しいていえば毎回、写真の実験を楽しんでるようなところはある。カメラやレンズを替えるのはもちろん、ISO感度を変えたり、ホワイトバランスを変えたり、露出をいじったり、光と影をつかまえる角度を変えたり。それで、いつもとどんな風に異なる写真が撮れるんだろうとゲームのように探求してるところはある。けれど、それもこれも大元は「シャッターを切りたい」という欲求があるからで、その光景を写真に収めておきたいというものとは少し異なる。

かといって、別にカメラやレンズをコレクションしてるつもりもないので、カメラ好きかと言われればまあそうではあるけど、それを上回るのが「シャッターを切ることが好き」ということであって、カメラやレンズがある程度増えるのは、「それぞれのシャッターが切れる感触」を確かめたくて、実際に手にして日々実感してるような毎日なんだ。変かな、でも、これが割とリアリティのある僕とカメラの向き合い方。それでたまたまいい写真が撮れたら、それは追加のご褒美みたいなもので、そういう意味で撮れる写真を楽しんでるとこある。この話はもう少し書けそうだけど、続きはまた追い追いということで。


「オリンパスのひと」というのもクリエーションを感じる。


OLYMPUS PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

考えてみると、僕の手元にはいつのまにかオリンパス機が3台ある。同じブランドのカメラが3台なんて大したことない数かもしれないけど、ニコンとライカ中心だった僕のカメラ生活からすれば、まったく想定していなかったシナリオと言っていい。

最初のオリンパスはたしかハーフサイズのフィルム機 PEN-EE2だった。そのキュートな佇まいにお店で目があって思わず持ち帰った。ハーフサイズのカメラを持っていなかったこともあり、これは入手の動機としてはまあアリだと思う。

問題は(笑)その次に手に入れたフィルム一眼レフのOM-1Nかな。これはじぶんてもまったく想定外だった。だって一眼レフはニコン機たちが十分あるし、少し前にペンタックスSPもひょんなことから入手していたから、どう考えてもラインナップ的には必要ない。けれど、恋に落ちたんだなあ、オリンパスの端正さに。コンパクトで精巧なそのつくり、そしてPEN-EE2で魅せられつつあったズイコーの写りのせいだと思う。

そして、その先にデジタルPEN-Fがいた。このPEN-F購入の経緯は少し前のブログに書いたけど、まあでもこの先に手に入れた2台のオリンパス機の影響はやっぱり布石になったと思うし、なんというか「オリンパスの姿勢、オリンパスカメラのめざす道」みたいなものに共感したんだろうな、と思う。

オリンパスのカメラは、ニコンやキヤノンといったメジャーブランドと比べると、同じ方向を追いかけても勝ち目はないから、独自の道を導き出し、独自のファンをつくろうとしていると思える。決して大人数ではないかもしれないけど、少数でも濃いファンをつくろうとする姿勢とでも言えばいいだろうか。そこに僕はクリエーション感をビンビンに感じるんだろうと思う。ちょっと不利なツールで巨人たちを凌駕する快感みたいなものと言ってもいい。

実際、Twitterの中を見ても、オリンパスユーザーはやはり少数派に思えるし、デジタルPEN-Fユーザーに至ってはほとんど見かけない笑。でも、だからね、僕がその稀少なユーザーの一人としてこのPEN-Fでありオリンパス機を宣伝しなきゃと妙に使命感もあるんだよね。フィルム時代のオリンパス機はもっとメジャーな印象あるかな。それでもクリエーション感は変わらない。独特の存在感を放つカメラたち。そうだな、「オリンパスのひと」になるというのもいいな。それ自体が創造性がある、うん。


「コンデジ」より「スナップシューター」って呼称のほうが良くね?


Leica X2, 固定レンズ Elmarit 24/2.8 ASPH

この写真のカメラはLeica X2だけど、X2のことじゃなくて「コンデジ」と呼ばれる小型カメラ全般についての話なんだけどね。たしかに「コンパクトデジタルカメラ=コンデジ」で合ってはいるんだけど、これサイズのことしか言ってなくて「何に適したカメラか」ということは言っていないんだよね。だから単純にコンデジって聞くと少しチープなカメラを連想するんだけど、現代のコンデジはチープなんかじゃまったく無くて、むしろ高性能なハイテクカメラ機能をギュッと小型に凝縮した、最もクールなカメラと言うことができるんじゃないかと。そのほうが性能の素晴らしさにフィットしてるなと、ふと思った。

つまり、コンデジじゃなくて、例えば「スナップシューター」と呼んでみるとかね。実際、僕が持っているコンデジと呼ばれるカメラはRICOH GRとLeica X2なんたけど、スナップシューティングという使い勝手や性能でいえば、世の中のあらゆるカメラを凌駕する魅力に満ちている。一昨日、マイクロフォーサーズのPEN-Fの軽量コンパクトな魅力をブログに書いたけど、スナップの持ち出しやすさにかぎっていえば、それをさらに凌駕するのがこの二台の「スナップシューター」なんだ。

とにかく小さい、そして軽い。ついでに言えばファインダーが無い分、突起も少なくて、鞄の中やポケットの中にもするりと収まる。ちなみに僕はきょう出張に出ているんだけど、相棒はこのLeica X2だ。僕の平日の友となった小型のPEN-Fも、さすがに出張先に持ち出すには少し大きいし、何より路上をガタガタと転がして移動するキャリーバッグの中に詰めるには精密機械すぎて気がひける。その点、Leica X2やRICOH GRならもっと無造作にバックの中に入れられるラフさとタフさがある気がする。

そして、GRもX2も当然オートフォーカスだから、街中でサッと構えてヒュンヒュン撮れる。ファインダーはないし、背面モニターも決して見やすいものではないけど、AFが効いている安心感でけっこう乱暴に撮っても後から見るときちんと撮れていたりする。それもそのはずでGRもC2も小型なんだけどセンサーはAPS-Cと贅沢だ。絞り開放付近で撮ればボケのあるスナップもしっかり撮れる。写りの感覚的には一眼レフを持ち歩いているレベルにあるわけだ。一眼レフのサブカメラとして高性能なコンデジと呼ばれるカメラを所有している人も多いと思う。でも、サブにしとくにはもったいない性能が、ことストリートにおいてはあるんだよね、このカメラたちはね。

僕は以前、デジイチなんかを一斉に手放してカメラをGR一台だけにして過ごした時期がある。物足りなくない?と言われそうだけど、これがまったくジレンマはなかった。とにかく身軽で、どこに行くにもGRが一緒で、僕の中にスナップのカタチみたいなものがあるとするなら、それはGRだけで撮りまくった時期に出来上がったものだとさえ思う。ノーファインダーな撮影、縦位置に構える撮り方、モノクロスナップの覚醒、広角スナップの画角感覚、どれをとってもGRがその魅力を気づかせてくれたし、M型ライカにハマりつつもこうしてコンデジのX2をさらに手に入れようと思ったのは、それがコンデジなんじゃなくて「スナップシューター」だったからだ。

世の中の進化がこれだけ「大きかったものが、ハイスペックかつコンパクトになる」という方向にあって、カメラについては何か大きなもののほうが本格的であったり高性能という風潮がまだどこかあるけど、昨今のフルサイズミラーレス時代の到来で、ようやく高性能=コンパクトという流れに向かいつつある気がする。ミラーレスといってもフルサイズならば一眼レフよりは小さいものの、まだまだスナップシューターとしては大きい。むしろ、もっと小さなミラーレス本来の魅力であるマイクロフォーサーズやスナップシューター(コンデジ)たちに日が当たっていると感じるのは僕だけだろうか。なんというか「時代がようやく追いついてきた」という感覚が、スナップシューター(僕にとってはマイクロフォーサーズやコンデジと呼ばれるカメラたち)にはぷんぷん感じるんだよね。そろそろ、センサーのサイズなんかでジャンル分けするのをやめて、使われ方性能でカメラたちを呼び始めたほうがいいんじゃないかな。


ところでマイクロフォーサーズってどうなの という問いに対して 僕が思うこと。


OLYMPUS PEN-F, M.Zuiko digital ED 12/2

マイクロフォーサーズと聞いてどんな印象があるだろうか。僕の拙い知識でも、一般的なコンデジよりは大きなセンサーを積んでるとはいえ、フルサイズはおろかAPS-Cより小さなセンサーサイズでどこか本格的ではないライトなカメラ、という印象がある。いや、正確にはあった。今は全然違うのである、その食わず嫌い的な印象とは。

二週間ほど前に僕が初めて手にしたマイクロフォーサーズ機が、上の写真のOLYMPUS PEN-Fだ。このカメラを手にして以来、僕のカメラの見方は大きく変わろうとしている。見た目やシャッターフィールにまず一目惚れして購入したカメラだけど、当たり前だけど今まで気にも留めていなかった故に僕の前を素通りしていたマイクロフォーサーズ関連の情報が目につくようになる。そうすると、だんだんとこのマイクロフォーサーズというカメラが究極のカメラに思えてくるのだ。

僕はカメラをAPS-C機の一眼レフから始めた。その後、フルサイズの一眼レフへ。そしてレンジファインダーへと進展していったので、各種フィルム機と合わせても、ひと通りカメラの種類を経験してきたアマチュア写真愛好家のひとりだ。自慢できるほどの腕も知識もないが、それでもひと通りカメラの種類を経験してきた僕がたどり着いたのがマイクロフォーサーズだったというのは、多少のカメラ選びの参考意見にはなると思う。

まず、センサーサイズ。その写りの芳醇さというか奥行きや余裕みたいなものでいえば、やはりフルサイズが良いという実感はある。けれど、それは撮るシチュエーションにもよるもので、僕の場合でいえば週末なんかに時間をかけてゆっくり撮りたい時はフルサイズ一眼レフのNikon DfやフルサイズレンジファインダーのLeica M-P typ240を好んで持ち出す。けれど、フルサイズとなるとそれなりにボディも重いし、レンズもフルサイズ用となるとなかなかゴツい。フルサイズ機ゆえに作り込みも良いから当然ファインダーの眺めやシャッター音も気持ちいいんだけど、それは僕にはあくまでゆっくり撮れるシチュエーションで喜ばしいものであって、舞台が平日の仕事鞄の中や街中スナップとなると事情が変わる。

僕はM型デジタルのLeica M-P typ240はフィルムライカでのストリートスナップの延長線上で購入したから、もちろん街中スナップにも持ち出すけど、やはりそれなりに重いのである。これはボディが薄くなった最新のM10でもそれほど変わらない意識だろうと思う。そうしてよりコンパクトなLeica X2を手に入れたりするわけだけど、やはりファインダーやレンズ交換式など本格的仕様のカメラで撮りたいという欲求はどこかある。それでいてできるだけ軽量コンパクトなものがいい。そんな良いとこ取りのムシのいいカメラなんてあるのか?となるわけだけど、それがあったのである。マイクロフォーサーズ機である。

潜在的にはそんな究極のバランスのカメラを求めつつ、マイクロフォーサーズなんて意識していないからすぐにそういうカメラ選びの行動に出たわけではない。毎週、数本のフィルムを現像に出したら受け取ったりするのにカメラ屋を訪れてる際に、ほんとに待ち時間に何気なく触れてみたんだよね、PEN-Fに。特に新品のカメラを買う予定もなかったから、ほんとに時間つぶしに触ってみたのが正直なところなんだけど、シャッターを切ってみた時に「なんだこれ、いいじゃん」とハッとしたのが最初なんだよね。実機のフォルムもよく見るととてもクラシカルかつクールな作り込みで、見れば見るほどとても好みであることに気づく。このPEN-Fがマイクロフォーサーズだと意識したのはその後のことだ。

それから何度か同じようにフィルムの現像出しや受け取りでカメラ屋に立ち寄るたびにPEN-Fを触るようになる。買うまでには至らなかったものの、気になるもんだからネット記事でPEN-Fのことをちょこちょこ検索するようになる。Twitterでも検索してみるんだけど、これがなかなかユーザーも少なく、どこかメジャーではない存在みたいなことも分かってくる。結局、三、四回通ったかな、四回目の朝には購入を決めていたじぶんがいた気がする。そうそう、その日の朝にTwitterで赤城さんにレンズキットのM.Zuiko 12/2の購入の是非を相談したりしてね。あ、今思うと、その少し前にCAMERA fanのTwitterアカウントさんが赤城さんのレビュー付きでPEN-Fのことをツイートしていたのも、僕にPEN-Fを意識させたきっかけのひとつだと思う。

でも、いずれにしても、コンデジでもない、フルサイズでもAPS-Cでもない、軽量コンパクトなんだけど本格的撮影フィールのカメラを僕は探し続けていたんだと思う。そこに偶然の出会いで現れたのがマイクロフォーサーズのPEN-F。そして、手に入れたその日から、僕の中の永遠のカメラ探しがどこかひと息つけた、そんな感覚がしたのである。やっとたどり着けたという安堵感であり、幸福感であり到達感みたいなもの。これは言葉で説明するのはほんと難しくて、できればお店で実機を触ってほしいと思う。そして、あらためてカメラに詳しい店員さんにマイクロフォーサーズ機の魅力を聞いてほしいと思う。

かつてフィルム時代にハーフサイズのコンパクトなカメラを作っていたOLYMPUSが現代に送り出す、フルサイズ機よりもAPS-C機よりもさらにコンパクトなマイクロフォーサーズセンサー搭載機。そして、フィルム時代に米谷さんの尋常じゃないこだわりによって神話化したといってもいいオリジナルPEN FやOM-1、PENシリーズのあの作り込みの凄さが現代に宿る21世紀のOLYMPUS機たち。その迫力は手に持った瞬間に電流が走るように感じられると思う。あとね、マイクロフォーサーズはPanasonicと共用しているのもいい。レンズは2社を中心にたくさん選べるし、なんといってもコンパクトなものばかりでコストも安く抑えられている。街中でスナップを撮る僕にしてみれば、もうすべてが理にかなっているという他ない。シチュエーション次第では圧倒的にこのマイクロフォーサーズはトップに躍り出る実力を持ち備えているのである。

そうやってマイクロフォーサーズに対する興味をきちんと持ち始めると、決して多くはないけどネット上なんかでもマイクロフォーサーズの情報が視界に入ってくるようになる。カメラはみんなが持ってるメジャーなものがいいという人には不向きかもしれないけど、あまり人が持っていなくて、それでいて通好みな高次元の実力の持ち主のカメラが欲しいということであれば、僕はこのマイクロフォーサーズ機でありPEN-Fというカメラを俄然激しくおすすめする。OLYMPUSカメラ80周年を機に打ち出してきた、まさに気合の入り方が違う名機。そう、僕には間違いなくこのPEN-Fは名機であり、マイクロフォーサーズというカメラの印象を派手にひっくり返してくれたとんでもなく秀逸なカメラなのである。


PEN-F のち M-P ときどきフィルム。


Leica M-P typ240, Summicron 50/2 1st

僕なりに今、少し意識してるのは、もっとシャッターを切る量を増やしたいということであり、もっともっとファインダーをのぞく瞬間を数多くしたいということ。そう意識すると自然とデジタルカメラで撮る機会が増えてくる。物理的にはフィルムカメラでも量は増やせるけど、そこにはやっぱりコストと現像の手間が付いてくる。幸い、今の僕はデジタルとかフィルムとか必要以上の偏りやこだわりは良い意味で無くなった。だったらデジカメのほうが量は撮れるのである。

先々週に手に入れたミラーレスのOLYMPUS PEN-Fは、僕のそういう嗜好にドンピシャではまってくれた。マイクロフォーサーズならではの軽量コンパクトだけどレンズ交換式で十分本格的にも撮ることができる。しかもファインダーを見ながら。なぜもっと早くこのPEN-Fの存在に気がつかなったのだろうというくらい気に入っている。今のところ、このPEN-Fが平日5日間の仕事鞄の中の主として決まりだ。

そして、週末。ここに収まるのはLEICA  M-P typ240だ。平日の広角PEN-Fに比べて、週末はフルサイズの50mmの世界をゆっくりと堪能する。エルマー、ズミクロン 、ズミルックスの描写をその時々の気候や天候、気分でチョイスし、時にそれぞれのレンズの味を比べる。愛犬との散歩もすっかり目測で撮るからMFでも特に問題はない。というか、平日と比べるとあえて手間をかけてシャッターを切りたいという欲求がある。それにはデジタルライカがうってつけなのである。

そうなると、これも必然としてときどきフィルムで撮りたくなる。ある時はフィルムコンパクト、ある時はレンジファインダー、ある時は一眼レフ。思い立ったらカメラをデジカメからフィルムカメラへ持ち替えるか、デジタルと一緒にフィルムカメラもカメラバッグに忍ばせて持ち出す。これだと変にフィルムを無駄遣いすることもない。というか、フィルムの良さやありがたさを今まで以上に実感するであろうことは容易に想像がつく。僕はいち早く慣れるだめにフィルムも大量に撮ってきたから、じぶん的には次のフェーズに入った、そんな感じだ。

これはあくまで僕のパターンで、僕が現状でしぶんに向いていると思うカメラとの向き合い方だから、おすすめするとかそういうものではない。フィルムで撮りたかったら没頭するのが幸福だし、一方でデジカメならではの高機能を生かした写真を追求するのも楽しいはずだ。それと同じようにフィルムとデジカメをニュートラルにハイブリッドする、ということが僕にはたまたまはまったということ。デジタルとフィルムを行き来する方法論をじぶんなりに見つけた、という感覚なんだ。おもしろいよね、走り続けてるとやがてこうして何らかのスタイルみたいなものが自然と形成される。いま、僕はその流れに身を任せて、とにかくもっとたくさんのシャッターを切り、ファインダーをのぞきたいと考えている。