手荒く扱えるカメラを何台か持っておくといいよね。

RICOH 500 Deluxe, RIKENON 45/2.4

僕にとってはこのRICOH 500 Deluxeもそうかな。フードまで全身艶かしいスチールで覆われたボディはいかにもハードに使えそうだし、僕もこれならガシガシ街へ連れ出して使えそうと思って手に入れてるから、やれ必要以上に大事に取り扱わなきゃとかそういう気にはならない。

これがさすがにLeica M3やLeica M-P typ240あたりだと、いかにも精密機械といった佇まいであることもあって、ラフには使ってもガシガシと無造作に使うには多少気がひける。埃とか雨とか、そういう状況下からは最低限守ってやらないとカメラとして長持ちさせられない気がするのだ。実際はそんなヤワじゃないんだろうけど、なんとなく気分的にね。

僕は出張なんかも比較的多いから、旅行鞄の中なんかにカメラを入れて、鞄をコロコロと地面に転がして移動したりするんだけど、そういう時はガシガシ使えるカメラの出番だ。そうだなあ、僕の中でそういう出番のカメラとしては、このRICOH 500 DeluxeにKonica C35、Bessa-L、Retina typ117、Rollei35、PEN EE-2あたりがコンパクトさも含めてそうかな。デジタルだとRICOH GR、Leica X2、オールドレンズ機としてはFUJIFILM X-E2なんかがそうだ。

このあたりのカメラなら、鞄に入れずとも一日中、首から下げたり、ハンドストラップで手に持ったまま移動しても気にならない。つまり、少しぶつけてもいいし、あちこちに置いて底が擦れても別にかまわない。それよりも機動性重視と思えるカメラたちだ。価格的な価値ということでも特になく、そのカメラたちのパーソナリティによるところが大きいと思う。本当はね、ブラックペイントのLeica M-Pをもっと酷使して真鍮が見えるくらい使い古したいんだけど、余計な振動だけは与えないようにそこは少し気を使ってる。

RICOH 500 Deluxe, RIKENON 45/2.4, Fujifilm 業務用100
RICOH 500 Deluxe, RIKENON 45/2.4

このRICOH 500 Deluxeは最近手に入れたばかりで、一度家の近所で試し撮りしてみたんだけど、想像以上にキレのある描写で手ごたえを得たんで、こんどはいよいよ街撮りスナップに連れ出したいなと。このワイルドな見た目のトリガー巻き上げも、やっぱり速写が似合う街中向きだ。僕は新しいカメラを手に入れた時は、内部の油を滑らかにする意味でけっこう集中して使ってみる。RICOH 500 Deluxeもフィルム数本を立て続けて使って、本当の意味での試し撮りを終え、本調子へ持っていきたい。それにしても、この金属の塊のカッコよさよ。カメラは見た目がとても大切だ。撮影者をソノ気にさせるという意味においてね。

 

基本、何処へ行くにもカメラが一緒なんだよね。

Rolleiflex Standard, Tessar 75/3.5, Velvia100

僕はカメラが趣味ではあるけど、こと撮影するということに関していえば、それほどカメラに振り回されてはいない。要は撮影のために時間を割いているというよりは、じぶんの普通の生活行動にいつもカメラを持ち歩いてるというのが正直なところなんだ。もちろん、今日は撮ろう!と撮影目的で出かけることもあるけど、大抵はカメラは僕の同伴者みたいなもんなんだ。だから、撮る写真は自ずとごくごく普通のスナップ写真になる。散歩道の道端だったり、街中の片隅だったり。自慢できるような写真は一枚もないのが自慢だ笑。けれど、そんな無理しないカメラ生活がいいのか、まったくカメラに飽きないし、けっこうカメラやレンズはたくさんあるんだけど、常に使い回しできていたりする。そんな僕だから、同じような嗜好の人の写真に惹かれるのか、どうだ!みたいな絶景写真や、レタッチ追い込みました!みたいな写真には正直あまり引き込まれることはない。もっと普通で、でもその撮影者のふとした思いみたいなものが垣間見れる写真に惹かれる。こういうのは本気で写真やってます!みたいな人からはアレかもしれないけど、まあそれが僕とカメラのほどよい距離感だったりする。たぶん、仕事が何かしら企てることを良しとする世界だから、プライベートな時くらい一切企てとは無縁の、無心みたいなモノを欲するんじゃないかと思うけど、それも本当のところは僕にも分からない。そうだなあ、最初に何かを規定してカメラを動かしてるよりは、カメラを動かした結果、何かが浮かび上がったり形を成していくのを見てみたい、というのが近いかな。どうかな。おぼろげながらだけど、そんなことを考えながら、来る日も来る日も僕のいくところにはカメラが一緒についてくる。それが僕とカメラの関係性だ。

台風が過ぎ去るまで、おもちゃ箱のようなカメラの写真たちを眺めてる。

僕の部屋の愛しきカメラたち

なんだか毎週末が連休で、毎週末台風が来ているような気もするけど、まあこうして部屋で台風が過ぎ去るのを待つ間、カメラを眺めたり、過去の写真なんかを整理するのも悪くない。というか、僕の場合はカメラたちが子どもの頃のおもちゃのように好きなんで、むしろ撮影に出かけるのと同じくらい楽しかったりする。

最近は少し恥ずかしくてもはやカメラやレンズの所有台数を言うのもやめようと思ってるんだけど笑、わりとたくさんの機材たちが僕の部屋に所狭しと並んでいる。カメラは外へ持ち出して使ってやることが最大のメンテナンスだけど、なかなか使いきれない数にもなってきたんで、たまに部屋の中に数台を出して並べては、眺めたり、磨いたり、空シャッターを切ったりしている。それだけで楽しいんだ、とても。

男子たるもの、こういうメカものにはめっぽう弱い。ヴィンテージものも好きだし、そういうルーツに想いを馳せるのもまた楽しい。そういう意味では子どもの頃に遊んでたスーパーカーのミニカーのおもちゃなんかをガーッと部屋に広げて遊んでいるのと大して変わらない。成長していないなあとも思うけど、まあそんなことが日々のがんばるエネルギーになってるんで、家族にも許してもらおうと勝手に思ってる。さて、風が弱まったら愛犬とカメラと散歩へ行こうか。

巻き上げは底部トリガー式。そこに惹かれた、RICOH 500 Deluxe。

RICOH 500 Deluxe, Rikenon 45/2.4

新たに僕の手元にやってきたレンジファインダー機、RICOH 500 Deluxe。その最大の特徴はなんといってもこの底部に突き出したトリガー式巻き上げ機構だろう。この当時のカメラを多数知る人にはそれほど珍しいものではないのかもしれないけど、僕自身は初体験。その綺麗なボディにはもちろん惹かれたけど、購入の最後の決め手になったのは、やはりこのトリガー(引き金)だった。

このカメラの概ねの特徴や操作方法はカメラ屋さんで聞いてきたんだけど、一応調べてみたところ、このカメラの登場は1958年。当初あった、RICOH 519という機種に固定装着されていたリケノン45/1.9(富岡光学製)をもっと安価で提供するために、45/2.8のRICOH 500、さらにその後 45/2.4のRICOH 500 Deluxe(日東光学製)が発売されたらしい。

フラットでシンプルな上部

レンズシャッター機で絞りやシャッタースピード、距離合わせはすべてレンズ部にあり、さらに本来軍艦部にあるはずの巻き上げレバーが底部に付いたんで、軍艦部は突起がほぼ無くフラット。このカメラがシンプルに見える理由は、全体のデザインだけでなく、物理的にもボディがフラットであることが大きい。

トリガーを畳んだ姿はすっきりしている。

で、とにかくこの底部トリガー式の巻き上げ動作が気持ちいい。ジャキッといかにも機械を動かす音を奏で、感触も実に気持ちいい。これならギミックだけではなくある程度速写に生かせそうな気がする。その手ごたえある巻き上げに比べると、シャッター音はレンズシャッターらしく「チッ」とかすかな音しかしない。まさにKonica C35やRollei35と同じような静かさで、サイレントシャッターと言っていいだろう。

RICOH 500 Deluxe, Rikenon 45/2.4

このカメラにはほぼすべての純正パーツが付属していた。純正革製ケース、純正レンズフード、純正レンズフィルター(モノクロ用)。これだけ綺麗に揃っているモノはなかなか出てこないと店員さんも言っていた。僕もそう思った。最近、立て続けにカメラを増やしてしまってるけど、こんなモノとは今後出会わないだろうと思い、決心して連れて帰った。

RICOH 500 Deluxe, Rikenon 45/2.4

純正ケース、つまり革ストラップは付いていたんだけど、僕はカメラは裸でガシガシ使う派なので、別途、常用ストラップAN-4Bと三角リングをAmazonで注文した。届くまでしばらくは試し撮りはお預けかな。待っていられるかな笑、自信ないけど。

考えてみると、ずっとほぼNikon派だった僕がひょんなことからPentax SPを手に入れて以来、「なんだ、Nikon以外の国産カメラもいいじゃないか!」という、なんだか呪縛から解かれたかのようにいくつかの他メーカーのカメラを入手するに至っている。そうして思うのは、フィルム時代の日本のカメラ産業はほんと豊かだったんだろうなということ。夢が詰まったことが手に伝わってくるカメラたち。いま再び僕の中にフィルムカメラブームがやって来ているんだ。

フィルム×望遠というのもなかなか興味深いと思う今日この頃。

Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100

分かるかなあ、真ん中に蝶が写ってるの。フィルム一眼レフ Nikon F6に望遠70-300VRをつけて息子の運動会を撮った日の帰り道に、残りフィルムで撮ったんだよね。

考えてみると、ふだんフィルムで撮る時はほぼ100% マニュアルフォーカスの単焦点レンズで撮ってるわけで、こうしてフィルムカメラに望遠レンズを装着するという発想があまりなかった。でも、このNikon F6ならデジイチと同じ感覚で現代のレンズたち(Gレンズまでで、最新Pレンズは無理だけど)を楽しめ、もちろん普通にこうして望遠レンズで撮影が可能なんだ。なに当たり前のこと言ってんだといわれそうだけど、僕はそんな発想だった。

Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100

やっぱり単焦点レンズとは違う表情が撮れるわけで、特にこうして大地を撮る、自然を撮るというシチュエーションには望遠レンズがあるとやさしい目線になれるなあと思う。少し自然や大地に気を遣って、遠目から控えめに撮る感じといえばいいだろうか。

Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100
Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100

僕は街撮りスナップが好きだけど、それと同じくらいこうして何気ない自然な姿を撮るのも好きだ。街中の雑踏の中で速写するあの慌ただしさみたいなのとは違って、風の音なんかを感じながら静かに厳かにシュートする感覚。これはいかにも一眼レフが似合うし、それがフィルムであればまたデジイチとは違う、ノスタルジックな質感も楽しむことができる。

Nikon F6, 70-300VR, Fujifilm 業務用100
手前 Nikon F6, 70-300VR, 奥 Nikon D300, 18-200VRIi

たまたま写真整理をしていたら最初の一枚の蝶の写真を見つけたんで、ちょっとその日の感覚を思い出しながら書いてみた。きょうはまだ月曜日なわけだけど、あー阿蘇とか湯布院へフィルム一眼レフと望遠レンズを持って撮りに行きたいな。無性に行きたい。幸福なことだ。

そこはやっぱり、安いカメラやレンズで高いカメラの写真たちを凌駕したほうがカッコいいじゃん。

Konica FS, Hexanon 52/1.8

そこはまあ誤解のないように言っておくと、それなりに高い価格のカメラやレンズは当然それなりに良いモノであるという前提なんだけどね。でも、なんというか、弱いと思われてるモノが強いと思われてるモノを打ち負かす感じって理屈抜きに気持ちいいじゃん!と。カメラやレンズもできればそうありたいとか思うんだよね、男子たるもの笑。

例えばこのKonica FS。先日、銀座レモン社で購入したものだけど、レンズもついて1万円を少し超えるくらいの値段しかしない。ライカならどんなに安くてもバルナックのボディで3万円、エルマーのレンズが4万円ほどするかな、Konica FSが五、六個買えてしまう。じゃあ、Konica FSの写りがバルナックライカの1/5くらいの質しか得られないかといえばそんなことはないわけで、写真の出来上がりの差に比べて機材の差はそれほどないことが分かる。じゃあ、やってやろうじゃないか、打倒ライカ!とか僕は思ったりするのである。いや、僕はライカユーザーでもあるから、この場合の打倒ライカ!は、じぶんの所有するカメラ間の競争だったりするんだけどね。

レンズだって、僕は安いレンズも好んで探して使う。ロシアンレンズのJupiter-8やIndustar-61、あとCarl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8とかね。このあたりはどれも1万円以内か少し超えるくらいの値段で手に入る。世の中には名玉と呼ばれる高価なオールドレンズや最新の現行レンズがあるわけだけど、財布の懐事情以上に、こういう言わば劣勢なレンズで最新のレンズの写りを凌駕したら、こんな気持ちのいいことはないんじゃないだろうか。僕はそれらのオールドレンズの味もさることながら、こういう反逆精神みたいなものを常に心のどこかに思い描いて機材を選んでいるところがあると思う。

だからといって、それを誰かに声高にアピールするわけでもないんだけど、まあじぶんとの闘いみたいなね笑。世間の評判に流されないように、じぶんがいいとかカッコいいと思うモノサシを持って生きていたいと思うんだな。僕らの世代の人たちは少なからずそういう価値観があるように思うけど、どうだろう。考えてみると、フィルムカメラで撮るということ全般についても言えるかな。世の中の最新テクノロジーで作られたカメラやレンズより、ある意味時代遅れとも言えるフィルムやフィルムカメラで撮る快楽。そこには、単に古き良き時代を礼賛するだけじゃなくて、誰が見でも一見劣るであろう性能の道具で強者を打ち負かすヴィンテージフリークたちの軽やかな反抗心みたいなものもきっとあると思うな。

まあ本題である写真の良し悪しを置いといて機材の話だけに終始しちゃったけど、道具選びというのはそういう心の高ぶりにも大きく影響を与えることができるモノということで、少しふれてみた。とはいえ、単に反骨精神だけじゃなくて、僕が最近手に入れたカメラたちは軒並み素晴らしい写りを披露してくれている。Kodak Retina、Voigtlander Bessa-L、Olympus OM-1に、PEN ER-2。いやあ、面白いくらい大物食いができるようないい写りを僕らに提供してくれる。これもまた、過去の偉大な開発者たちの反骨精神というか意地が混じり合ったおかげなんじゃないかと思ってる。さあ、カメラを持って世の中をひっくり返しに行こう。高額なカメラたちを心の中で驚嘆させるために。

ハーフサイズカメラを持って街を駆けぬけよう。PEN EE-2のすすめ。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

土曜日の朝、台風の前兆かもうパラパラと雨が降り始めてるんで、いTunesのユーミンを聴きながらブログを書き始めたところ。ここ最近ちょっとカメラが増え気味で毎週試し撮り〜現像を繰り返してるんだけど、きょうはハーフサイズカメラ PEN EE-2の話。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5

ちょっと脇に比較する大きさのものがないんで伝えづらいけど、このPEN EE-2、僕が持っているカメラの中でもいちばん軽い部類になる。いちばん小さく軽いのはRollei35だけど、その次にコンパクトなんじゃないかな。Konica C35よりは小さいと思う。もうそれだけで独特の存在感を放つ。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

で、独特なのは撮れる写真も。ハーフサイズだから、普通の35mmカラーネガをこんな風に「2コマ1フレーム」で撮れる。36枚撮りフィルムなら合計72枚の写真が撮れるわけだけど、僕は今のところ、この2コマ1フレームのハーフサイズカメラ独特の仕上がりが気に入っている。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

前回の初現像でこの独特の2コマ1フレームを見た時に軽い衝撃を受けて、今回は2枚が同居することを少し意識しながら撮ってみた。といっても夢中で撮ってると二枚一組の写真の組み合わせを覚えたりはしていないから、一枚ごとに強弱をつけて撮っているというのが近いかな。近くと遠くとか、地面と空とか、明るい所と暗い所とか。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

まあでもどうだろう、ハーフサイズと聞くとなんだか写りはフルサイズに劣るイメージがあったけど、こうして現像あがりを見てみると、なかなか精巧な写りをする。Zuikoレンズはダテじゃないなあとしみじみ思う。このZuikoレンズは一眼レフのOlympus OM-1Nにも50/1.4がついてるんだけど、やっぱりなかなかの味のある描写をしてくれる。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

しかもこれ、シャッター押すだけなんだよね。露出合わせしなくていいだけじゃなくて、ピントすら合わせる必要がない。まさに写ルンです的楽チンさ。だから、撮影は画角に集中できるというか、街をフレーミングしながら歩く楽しみがあると思うんだ。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

今回は2回目の撮影でもあったから、だんだんとPEN EE-2で撮るリズムやコツみたいなものも掴めてきて、初回の試し撮りは実にヒュンヒュンと気持ちよく撮れた気がする。こうなると意外と72枚なんてあっという間に撮れてしまう。あ、僕だけかな、そんなにシャッター切れちゃうのは笑。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

もちろんトリミングすればこうして一枚ずつの写真として楽しむこともできる。ちなみに僕が現像してるカメラのキタムラさんであれば、インデックスが出ない以外はなんら普通のカラーネガと同じ要領で現像とスキャニングが頼める。

このPEN EE-2はシンプルであることが真骨頂。だから、いわゆる一眼レフなど本格的カメラのようにシャッターフィーリングやファインダーの美しさが特段あるわけではないけど、その分、とにかく驚くほど軽快にスナップを撮り続けることができる。レンズは優秀だし、秀逸なボディデザインもきっと街中では絵になる。まるで雑誌の見開き撮影を楽しむかのように、街中を72枚駆け抜けるスナップ。僕は全力でおすすめするけど、どうだろう。

Konica FSの試し撮りはしばらく続く。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100

つまり、まだじぶんの中で試し撮りを終えたという感覚がないのである。先週手に入れたKonica国内初のフィルム一眼レフ Konica FSの試し撮りのこと。写ることは確認できたし、コニカオレンジと言われる暖色系の色ノリの素晴らしさは分かった気がする一方、ピントの甘さを久しぶりに感じるところもあって、それが機材のせいなのか、僕の技術のせいなのかがいまいちはっきりとは分からない。だから、もっと撮ってそのあたりを明らかにしたいと思っているところなんだ。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100

それでも、Konica FSの試し撮りの感想を聞かれたとするなら、それはそれはエキサイティングでおもしろかった、ということになる。見た目のレトロさとは打って変わり、写りはなかなかモダンさを感じるのである。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100

ボディの秀逸さもあるんだろうけど、やっぱりレンズの影響が大きいのかな。明らかにNikonともPentaxともOlympusとも違う、Konicaだけから滲み出る写真の世界というのは明らかにあって、同じ一眼レフでもこうしていくつかのブランドを保有したくなる理由もそこにある。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100

どうかなあ、ふだんの僕の写真を知ってる人なら、NikonやLeica、Olympusなんかとも異なるテイストで、やっぱり同じヘキサノンのKonica C35の写りに似ていることが分かるんじゃないかと思うけど、どうだろう。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8

まああまりこの時点で知ったかぶって写真の有り様を綴るのは嘘っぽいというか、変に印象を固定化しちゃうので、言葉の説明はこれくらいにして、ただただ写真の質感でこのKonica FSの何かを感じとってもらえたらなと思う。とにかくもう少し撮り続けてみる。詳しい話はその後で。そんな不思議な興味をそそられるカメラなのである。それだけでも手に入れた価値がある。やっぱりカメラ選びは直感が大切だ。

音楽を聴くように、写真を撮ろう。

Nikon FE, Ai-S 50/1.8

僕は基本、どこへ行くにもカメラが一緒だ。仕事へ行く時も、愛犬と散歩へ出かける時も、自転車に乗ってパン屋へ向かう時も、ロードバイクで駆け抜ける時も、常に何からしらのカメラを首から下げたりバッグの中に入れて持ち出している。だから、撮る写真もいたって平凡な日常だ。何気ない移動時間の一コマだったり、道端の花だったり、少し気になった街角だったり。そうだな、家族や知人の写真以外は、誰かのためには撮っていない、じぶんが心地いいために撮っている。それでもこうして毎日カメラと過ごしているのは、シャッターを切るという行為が好きだからだと思う。シャッター音を聴いている。ちょうど音楽を何気なく聴いて過ごしているように。写真のほうにこだわる人間だったら、ただシャッターを切るだけでは満足できないと思うんだけど、幸い僕はシャッターさえ切っていれば心地いい人間なので、それはもしかしたら凄くカメラのある人生としては好都合なタイプかもしれない。カメラはいいよ、そばで眺めてるだけでもこんなに絵になる道具を他に知らないし、それで実用品としても日々役に立つんだから、単にアートとして捉えるだけじゃもったいない。特にハッとするような写真じゃなくたってどんどんシャッターを切ったほうがいい。だって、音楽を聴くようなもんだから。僕はそういうフランクな側面のカメラがとても好きだ。

一眼レフは“良き時代”が詰まったカメラ。

Olympus OM-1N, Zuiko 50/1.4, Fujifilm 業務用100

いま、僕の手元に再び一眼レフが増えている。フィルム時代のカメラたちだ。もともとはニコンの一眼レフばかりを持っていたんだけどね。Nikon FE、F2、F6、そこに最近、他メーカーのカメラたちが加わった。Asahi Pentax SP、Olympus OM-1N、そして昨日手に入れたKonica FSだ。何故にそんな一眼レフが増えているのか。じぶんなりに思うのは、ミラーレスの時代がやってこようとしているのを感じで、待てよ、一眼レフは過去のものになるのか。一眼レフの良さとは本来何なのか。今一度、一眼レフのルーツとやらを感じてみよう…そんな風な気持ちが僕の中にどこかあって、機械式の一眼レフばかりここのところ増えてるんだ。

まあ、理由を述べるとするならそういうことで、実際はお店にふらりと立ち寄ると、直感でビビっと欲しくなるカメラが現れてるということではあるんだけどね。でも、一眼レフというカメラの良さはやっぱりあって。僕の場合だと「じっくり、ゆっくり、ファインダーの中の濃密な世界をシューティングするよろこび」とでも言おうか。平日は街中で速写的にレンジファインダーでスナップしてることが多いんだけど、それと比べると僕にとっての一眼レフは週末にゆっくりと一緒に過ごすカメラ。自然を撮ったり、古い町並みを撮ったり、家族のイベントを撮ったりするカメラ。時間の流れ方がとでも緩やかな時のカメラなんだ。

もちろん、プロも多用する本格的カメラだから、本来は速写も優秀だし、レンズの充実さ、その撮れる写真の本格さにおいても一眼レフは決して緩いカメラではないんだけど、僕の場合だとそういうことでね。一眼レフと向き合う時間はなにかとでも心地いい時間が流れていく。それはたぶん、フィルム時代の一眼レフが持つ余裕というか、その一眼レフが最も光り輝いていた時代の豊かさがぎっしりと凝縮された良さみたいなものがあるんだと思う。単に写真を撮るだけじゃなくて、そういう「良い時代」を感じながら写真を楽しむというのが一眼レフにはあるんじゃないかな。

ミラーレスの台頭で、デジタル一眼レフは今後は趣味性の強いカメラになっていくかもしれない。ちょうど今、僕らがフィルム時代の一眼レフを趣味的に味わっているようにね。それは少し寂しくもあるけど、逆に一眼レフは無くならないとも言える。あの一眼レフならではの高揚感みたいなものはやっぱり濃いから、ミラーレスのスマートさに慣れたら、むしろ時に無性に一眼レフのあの所作に立ち返りたいと思うんじゃないかと。まあ電気を使うカメラだから、フィルム時代の一眼レフのように何十年も趣味の道具として楽しむのは難しいかもしれないけど、でも必ず触りたくなると思うんだよね、僕でいえばDfとかD300にね。そんな日本の古き良き時代の豊かさがめいっぱい詰まった一眼レフを、僕はいま存分に味わっておこうと考えている。重いし、大きいし、シャッター音も元気すぎるような一眼レフだけど、そこが良いんだよなあ、とか唸りながら、ね。