いいなあ、死ぬまでに一度は出てみたいアイアンマン。

鉄人レースの最高峰といえば、憧れはやはりハワイ島のトライアスロン・フル、IRINMANではないだろうか。とても人間が到達できそうにない距離を、泳ぎ、漕ぎ、走る。

尋常じゃないレースだからこそ、みんな魅せられる。僕がスイムを始めたのも、このレースのことがきっかけだったことは秘密だ。

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とはいっても今の僕は到底夢物語。「アイアンマン・ディスタンス」のレースは、スイム3.8km・バイク180km・ラン42.195km、合計約226kmで行う。通常のオリンピックディスタンスでさえ夢物語なんだ。

そんなクレージー極まりないレースだけど、いつかは、いつかは出たいと思う、それが男なんだ。無茶苦茶だけど、その無茶苦茶さにやられるんだ。なんか、火がついた。また鍛えよう。死ぬまでに、一度きりのために。

 

シャッターをきることが、前へ進むことなんだ。

Nikon Df, 50/1.4D

誰かのために撮る写真もあるけど、じぶんのために撮る写真もある。僕の場合は、前者は家族の写真であり、後者はなんでもない日々のスナップだ。特に後者はほんとひたすらシャッターをきる。撮る理由は、シャッターをきりたいからだ。それ以上でもそれ以下でもない。デジタルの恩恵はひたすらシャッターをきれるところにある。とはいえフィルムでももはや抑えはきかない。シャッター音を聴くと生きてる気がするし、シャッターをきれば今よりわずかずつ前へ進んでる小さな手ごたえがある。それをよりどころに僕はシャッターをきる。この週末はあいにくの雨続きで、F6もM3も外でシャッターをきることはできなかった。だから、部屋でシャッターをきる。写真は撮れないけど、前へは進んでる気がする。それが僕の日常だ。

もっと写真家の人たちの写真を見なきゃだめだな、僕は。

Nikon Df, 50/1.4D

いい歳をして別に写真家をめざしたいわけじゃないし、何かのコンクールに出品したいわけじゃない。でも、日々のカメラや写真と暮らす生活の中でわずかでも成長みたいな実感を得ていくのは人生として大切な気もする。だから、やっぱりプロの写真家の人たちの写真をもっとたくさん見て吸収しないとだめだなあ、などと思う。素直にね。

今はTwitterとかInstagramとかあって、カメラの知識とか写真愛好家の人のストリートスナップなんかを手軽に見たりすることができるけど、プロの写真家の人たちの写真を見ることはまったく別物の時間のような気がする。変な意味じゃなくてね。SNSで得ることも小さくないけど、大なり小なり写真をやる以上は、その道のプロの写真家が撮るモノ・コトを眺め、感じる時間がなんか必要な気がするんだ。

iPhoneで写真を撮ることに興味を覚え、歳をとってから人より遅くカメラを始めた僕は、すべてが我流でスマホカメラの延長線上の写真を撮っているように思う。それは別に悪くないんだけど、どこか同じ場所をグルグルしているような感じがする。せっかくカメラと出会ったんだから、もっと違う世界をたくさん眺めたり、時にチャレンジしたりもしたい。もっと写真家の人たちの写真を見ろ、じぶん。

のめり込める趣味があることは、かなり幸福なこと。

人生は長いようで短いし、世界は平和なようでそうではないし、日々の雲行きは晴れが多いようでけっこう嵐だ。そんな日々を仕事や家事だけで乗り切れなんて土台無理だ。僕は若い頃はほんと無趣味だったけど、それは異常なくらい仕事に魅せられてたから。夢中だったから心身の疲れなんて考える暇もなかった。でも歳をとってからこうしてカメラやロードバイクといった趣味に出会った。探してたんだろうな、どこかで。他人に趣味といえる何かを。そうして思うのは、趣味とは仕事や家事を犠牲にしないということ。むしろ、仕事や家事のために積極的に趣味を持ったほうがいい、それものめり込むくらいの。するとさ、心が走り出すんだ、もっと速くと。時間は有限なんだけど、その限られた枠の中でよりたくさんのコトに遭遇したり、経験を増やすことができる。人生とはつまり積み重ねだから、それは多く多彩であるほうがいい。そうして大小あれど達成感みたいなものをたずさえて、また休み明けから頑張る。頑張れる。こどもが元気なのは無我夢中だからだよ、きっと。そして、大人が無我夢中になっちゃいけないとは誰も言っていない。走り出すのも、抑制するのも、じぶんだ。僕は走る、僕らしいペースで。

今週の僕のトピックスは、なんといってもNikon F6との出会いだった。

「なんだ、このカメラの尋常じゃないクオリティは…。」 それが、僕がNikon F6を手にして、初めて屋外でシャッターを切った時の大袈裟ではない実感だった。もちろん、このカメラの存在、そしてその品質の噂のようなものは頭にインプット済みであったんだけど、そんな想像を遥かに超える手ごたえをF6は僕に提供してくれた。僕の中で静のキングはLeica M3だけど、動のキングは一気にこのNikon F6がかっさらっていった、そんな衝撃的なデビューだった。

そんなF6に魅せられる僕に嫉妬したのか、F2のシャッター巻き上げがちょっと不調に。嫉妬というとなんだかフィクションのようだけど、意外とそれは当てはまってるんじゃないかと感じていて、往年のカメラの魅力はたまらないものの、このフィルムニコン最後のフラッグシップ機を手にすると、このカメラこそが最後にして最上のフィルムカメラであることを本能的に飲み込まざるを得ない。それくらい別物のカメラなんだ。電池を使うカメラだし、AFや連写性能、フィルムの自動巻きなんかは機械式カメラと比べると軟派というか、カメラ任せにしてどうなの?という感慨が起こりそうなものだけど、そんなものを超越したところにこのF6の到達点はある。正直言って僕の中のフィルムカメラの序列が一気に逆転した、実に大きな転機になった気がする。Nikon FEもF2も変わらず愛おしい相棒であることには変わらないが、その頂点にこのF6が君臨することになった、そんな気がしている。

とはいえ、このF6こそ、大事に扱いすぎるんじゃなくて、まさに普段カメラとして使い倒さないといけない。そのための人間工学にそったフォルムであり、デジイチにまったく引けを取らない現代のフラッグシップ機らしい性能だ。とにかく遠慮は無用、とことん連れ出してその特筆すべきエモーショナルな撮影感覚を五感で堪能しまくりたいと考えている。それにしても、こんなカメラが存在していたとは…なんでも手にとって試してみることだと今回つくづく感じた。多少、高揚感の過ぎるブログ記事になってしまってるけど、これが僕の今の偽りない感情だから、あえて抑えることなくブログに記しておきたいと思う。僕のカメラ観が大きくうねった数日間の記憶として。

手持ちのカメラでどれがいちばん好きかと聞かれても、全部としか答えようがない。

僕の手元にはいま8台のカメラがある。フィルムカメラは5台、購入順にいえばNikon FEシルバー、Konica C35、Leica M3、Nikon F2、Nikon FEブラック。デジカメは3台。RICOH GR、Nikon D300、Nikon Df。FEブラックは壊れてしまったから実質使っているのは7台か。カメラ好きの人と比べると決して多いほうではないと思うけど、少なくもない。これだけあれば、なんというか順位みたいなものがあってもよさそうだけど、不思議とカメラだけは7台に順位のような優劣はまったくない。どれも嘘偽りなく愛おしくて、とても順位なんてつけられないんだ。

使用頻度はコンパクトで平日持ち歩くGRとC35が多めだ。でも、週末や祝日はFE、F2、M3は最低でも各一枚は撮るし、Dfはオールドニッコールの延長線上でやっぱりよく持ち出す。D300もDfほどではないにせよ、やっぱりあのシャッターフィールを感じたくて放ってはおけない。週末出かける時は常にどれかのカメラは持参していくし、持ち出せない時は部屋で空シャッターを楽しんだりしている。適度に使ってあげることが最上のメンテナンスだと思っているところも大きい。いずれにしても、どのカメラもけっこう満遍なく使っているんだよね。

どのカメラも好きだから手に入れたわけだけど、こうしたプロダクトは複数台あると自然と好きな度合いの優劣がつきそうなものだけど、本当にその時々で使いたいカメラが満遍なくローテーションされ、美しいくらいすべてのカメラに出番がちゃんとやってくるんだ。フルマニュアルの機械式カメラで撮ったら次は絞り優先で撮りたくなるし、一眼レフで撮ったら次はレンジファインダーで撮りたくなる。そうこうしたらフィルムの後はデジタルで撮りたくなるし、重たいカメラで撮り続けたら次はコンパクトなカメラで撮りたくなる。単焦点で撮った後はズームで撮りたくなるし、実に上手く気分転換ができているんだ。その都度必要だと思うカメラを買い足してきたから、ちょうどいいバランスでカメラがラインナップされているはずではあるけど、それにしたってこれほど優劣がつかない所有物は他にはちょっと思いつかない。

ライカにはライカならではの高揚感があり、ニコンにはニコンならではのフィーリングがある。街中ではなんといってもコンパクトなカメラが重宝するし、フィルム機ではむずかしいシーンでもデジタル機があれば大抵のシーンはカバーできる。カメラは道具だから、決してプロじゃなくたってシーンによって道具を使い分けることは自然なことで、そうすると僕にとってはいまの7台〜8台のカメラ数がまさにちょうどいいラインナップなんだろう。そして、どのカメラを選んで持ち出しても、必ず満足感を得ることができる。おもしろいよね、カメラって。持ってるカメラはどれも同じくらい好きだなんてなんか子どものような回答かもしれないけど、それが嘘偽りない僕のカメラ観。そしてその順位をつけられない事実こそ、カメラという存在の稀有な魅力を物語っていると思う。

ブログはその時々の興味の軌跡。

このブログは2年前の夏から書き始めた。タイトルは意外とすぐ思いついて、好きな言葉の「記憶」と当時始めたばかりの「カメラ」という言葉をくっつけて「記憶カメラ」とした。すごく普通の言葉の足し算なんだけど、検索してみるとそんな言葉は誰も使っていないし、URLドメインも誰も使用していなかった。で、ブログ開設と同時にTwitterとInstagramにも同タイトルのアカウントを開設した。当時はたしか説明文に”ファインダーを通したもうひとつの目で、日々遭遇するモノとかコトを記憶したいと思った”、そんな風に書いていたと思う。

ブログを始めた頃に使っていたカメラは、Nikon D5300から買い換えたばかりのフルサイズ機Nikon D750とコンデジNikon Coolpix P340、そしてRICOH GR。レンズは50mm/f1.8、70-300mm、24-120mm/f4ナノクリだったかな。その後、レンズはMicro 60mm/F2.8ナノクリが加わり、ボディは超望遠のNikon Coolpix P900が加わる。平日はGR、週末は一眼レフなどNikon機を使い分けながら、どんどんカメラにハマっていき、そんなカメラたちとの日常をなんとなくブログに記していった。その後、最初の転機がやってくる。GRを一台残して、その他すべてのカメラとレンズを手放すのである。

理由は、端的にいえばロードバイクとの時間を増やしたかったのと、増えすぎたカメラやレンズとで、じぶんの時間がどれにもフォーカスできず散漫になっていたこと。いま考えると断捨離というやつだったのかな。そこから一年ほどRICOH GRだけを持ち歩き、ひたすら広角28mmの世界を追求することになる。苦手だった広角が好きになったこと、苦手だった縦構図が苦じゃなくなったこと、そしてモノクロ撮影に魅せられていったのもこの時期だ。いま思うとこの時期は僕にはとても必要なプロセスだった。その頃かな、首のあたりにヘルニアの傾向が見られたのと高血圧の症状があったから何か改善生活を始めなきゃというのと、ロードバイクとRunの興味がさらに発展してトライアスロンを意識し始め、カナヅチだったにも関わらず水泳を始めた。

そしてカメラはGRだけでこのまま過ごしていくんだろうなとじぶんでも思っていたんだけど、ある日、なぜか立ち寄ったカメラのキタムラの中古カメラコーナーで、フィルム一眼レフのNikon FEと目が合う。ここが、次なる転機になるのかな。FEと目が合うといっても、正確にいうと、用がないとその中古コーナーには立ち寄るはずがないので、心のどこかでフィルムカメラへの興味があったんだと思う。僕の身の回りにはフィルムをやってる人はいないから、その興味はきっとTwitterのフォロワーの人たちのフィルム写真やカメラだったんだろう。目があったFEはその日のうちに買って帰り、その週末恐る恐る試し撮りを行う。使い方なんてまったく分からないからキタムラの店員さんに簡単に教えてもらった手順とYouTubeの説明動画なんかを頼りに撮り始める。そして初めての現像体験。そして、現像があがってきた時の軽い衝撃。いや、軽くなかったな、かなりの衝撃を受けたといっていい。少々ぎこちないクラシックカメラで、普通に憧れたフィルム色の写真がじぶんにも撮れたことに本当に驚いた。あと、撮った写真をその場で確認できない不便なワクワクさなんかも衝撃的だった。それ以来、すっかりフィルムカメラの魅力にハマり、Leica M3、Nikon F2、もう一台のFEに、Konica C35とフィルムカメラが増えてゆく。そして、僕の興味は単にフィルム写真ではなくて、フィルムカメラならではのマニュアル撮影やオールドレンズへと移ってゆく。

そうして再びデジタル一眼レフに帰ってきた。中古でNikon D300を手に入れ、初めてデジイチをマニュアルで撮り、その感触を確かめる。その感触は間違いなかった。デジタルでもマニュアル撮影なら、フィルムカメラと同じように以前とは異なるデジカメ体験が楽しめる、そう確信したんだ。そして満を持して現行フルサイズ機Nikon Dfを購入する。数ヶ月前には思いもしなかったデジタル一眼レフの復活である。ただし、D750の頃と異なるのは、カメラ任せにしなくて可能なかぎりマニュアルでカメラと共同作業のように写真を撮り始めたということ。レンズは主にMF単焦点、28mm、35mm、50mm、そして43-86mmというズームも加わった。カメラやレンズは増えたけど、以前のように増やしすぎたという感覚はない。カメラを操る楽しさを覚えると、その時々でカメラやレンズを替えて写真の変化や気分転換を楽しむことは自然の成り行きというか、とても軽快で豊かなものになった。

ざっと駆け足で書くと、これが僕のカメラとの軌跡だ。そして、このブログは僕がその時々に感じたこと、行動に起こしたこと、その結果次へとつながったものなんかが、一タイトルに一枚の写真、一つの文章で綴られている。いま振り返ると多少今とは異なる考え方の記事も少なくないけど、それはその時々の僕のリアルなあり様だから、書き直したり加筆は基本していない。そうした過去のブログをアットランダムにTwitterにポストするように設定しているから、毎日流れてくる過去ブログに僕自身も懐かしくハッとすることが少なくない。ブログは単なる日記じゃなくて、僕にとっては記憶の軌跡。書き始めた頃は100話もいけばいいかなくらいに思ってたけど、水があっていたのか今では1400話を超えた。大したことは何ひとつ書いていないのに、それで1400話も書いてしまうじぶんを、ある意味リスペクトしたり。それもこれも、続けられているのはカメラがあるからだと思う。カメラの奥深さ、写真の奥深さ、そしてそこから得られる気づきや発見、いろんな要素が僕に終わりのない探究心を与えてくれた。人生、何が日々を変え始めるか分からない。僕の場合はカメラがそうしてくれたように。そういえば、ロードバイクを始めたのも一眼レフと遠出したかったからだし、スイムはそのロードバイクの延長線上、そして近ごろ一緒に暮らし始めた愛犬も散歩カメラのたどり着いた先のような気がしている。おもしろいよね、出会いって。そして、それをブログに残していくということは、密かに僕がみんなにおすすめしたいことでもある。

文章を書くのが嫌いじゃないのは、学生時代に文章を褒めてくれた先生がいたからだろうな。

このブログ「記憶カメラ」もいつの間にか1,400話を超えた。こんな短めの文章の連続だからとても誇れるレベルではないものの、1,400回も書いてきたのかと思うと、書くの好きだなあじぶん、とも思う。じぶん的にはある程度の分量で文章を書いていいなら、大抵のことはほぼ伝えきれる自信みたいなのもどこかある。

考えてみると幼い頃は特に文章を書くのは好きでも嫌いでもなかった。それが、ある程度長い文章を書くのが苦じゃないというか、文章を書ける自信みたいなのものが芽生えるきっかけがあったとするなら、それは学生時代の経済学の試験の時かな。問題の答えがどうにも思い浮かばない時があって、でも試験時間はまだまだある時に、どうせ分からないなら答案用紙に何か経済に少しかすっている話題について、プチ小説というかコラムみたいなものを書いて提出しようと考え、実行に移した時があったんだ。たしか選んだテーマは武器輸出の問題が沸き起こったココム問題についての独自見解を解凍用紙の裏面いっぱいに書いた時のことだ。僕はといえば、試験の解答が分からないから、なかばヤケクソみたいな感じで書いたんだけど、それを当時の先生がマル(正解)にしてくれたんだよね。後から先生にマルにした理由を聞いたら、読んでいておもしろかったからと言ってたんだよね。子ども心にあの時は嬉しかったな。以来、コピーライターをめざしたり、企画書だけで相手に説得を試みたりと、文章をじぶんのアイデンティティにしてきたようなところが僕にはある。好きな文章家はそれこそボディコピーの上手いコピーライターや、流行りの村上春樹とかだったかな。もともと単細胞なところがあるから、小難しい文章は書けない。だったら、頭良さそうな文章より、リズムよく読みやすい文章をめざそうじゃないか!と考えていたフシがじぶんにはあるんだよね。考えてみると、あの日以来、文章を褒められることはなくなったけど、たまにTwitterなんかで文章の読みやすさ?みたいなのを褒めてくれる人がいる。それがたまに励みになってブログを書き続けるエネルギーになったりしてるんだ。おもしろいよね。

文章というのは、僕は生きてきた何かが滲み出る行為だと思っていて、そういう意味ではカッコだけつけてもすぐバレるんで、ある意味開き直って素直に書いている。このブログなんかは最たるもんで、このブログの中なんて誰に向けてもカッコつける必要はこれっぽっちもないから、とにかく本能に任せて即興でスラスラ書いてる。誤字脱字もけっこうあるけど、それも含めてその時の僕のあり様だから、よほどの間違いじゃない限り、書き直したりもしない。でも、だからこそ、なんとか続けられてるんだよね、ブログを書き続けるということ。

文章もちょっと写真に似ていて、キメすぎてもいけないし、読む人をナメすぎて簡単に書きすぎてもいけない。そのへんは何かしらほどよいポジションを意識してる。そういえば若い頃、小説家になりたいとか一応考えた時期もあったな。でも、フィクションを書くにしてもそれなりに書くテーマの必要最小限の知識はないといけない。それが想像以上にハードルの高いことだと気がついたのはほんの最近のことで、だったら平易で何気ない日常の思いみたいなのをブログにでも書いてみよっか、と思い至ったのがほんの2年前くらいのことだと思う。まあ、文章というのは上手いに越したことはないけど、日本人である以上、意味不明な文章を連発するほどおバカでもないだろうと心の中のどこかで考えているフシがある。だから、とりあえずリラックスしても書けてるとは思う。でも、そのくらいかなあ、気をつけてることは。おっと、昔話を思い出しながら書いてると、少し書きすぎた。上手いか下手かは別にして、文章に対する感想をたまにもらえると、それはやっぱり嬉しくなるんで、よかったらたまにひと言感想を寄せてください。そうすれば僕はひとまず体力的に書けなくなるまでは、懲りずに書き続けられると思うので。というわけで今日はこのへんで書き納め。おやすみなさい:)

変わりたければ、変えてみよう。

“ヒトはどうしてもマンネリするから”というのは僕が後輩たちと話す時によく使う言葉。まあ、偉そうに言ってるんじゃなくて、じぶんが生きてきた中で身に染みてる言葉といったほうが正しい。だから、ヒトはちょくちょく”(現状から)変わりたい”と思う。いや、常にかな。で、ここからが大抵分かれ道。何か身の回りで変わったことが起きるのを待つヒトと、そんなの待ってられないんで自ら変わるために行動するヒトとに分かれる、たぶん。僕はといえば若い頃は”待ってたヒト”かもしれない。適度に忙しかったから、あえてじぶんから新しいことを付加することを面倒くさがったんだろうね。でも今は”待たないヒト=変わるために行動するヒト”になったように思う。理由があるとするなら、歳をとることで人生の時間とはそれほど多くないと感じたから、かな。待ってるほど時間がない、それに尽きる。いつかそうなればいいや、というのは遠すぎるんだよね、僕には。ロードバイクも、カメラも、ランやスイミングも、思い立ったら”できる方法をまず考える”。そこから何か人生変わりましたか?ということなんだけど、これは自信を持って言える。大きく、劇的なくらい変わる、じぶん的にはね。願っていればいつか夢は叶うみたいに言うけど、あれはそうではなくてね。願っていることをできる方法論を具体的に考えて行動に移すヒトは夢へ歩き出す、くらいが正解だと思う。どうだろう。僕は今日も何か新しいことを企んで、マンネリするじぶんと軽く戦っている。

アナログでつくって、デジタルで届ける。

世はまさにデジタル時代だ。それは疑いようのない事実で、ありとあらゆるものがデジタル化されて、僕らの日常はたしかに20世紀には想像もしなかったほど便利になった。インターネットしかり、スマートフォンしかり、毎年進化する家電製品、AIを積んだ自動運転車しかり。それでも、それを使う僕ら生身の人間は変わらない。五感で感じ、意志で動き、疲れたり癒されたり、気分で元気になったりする。考えてみると、時代の大きな変わり目である今は、変えてはならないもの、変わらないものも少し鮮明に見えてくる。手段としてはデジタルは計り知れない威力を持っているし、この先の可能性の大きさもとんでもないものがあるけと、そのデジタルにのせるコト・モノは僕らの喜怒哀楽を揺らす限りなくアナログなものでこしらえる必要があり、それはほぼ永遠に変わらないであろうこともしっかり認識しておく必要がある。そんなことをふと思う朝。