「日本代表が勝ったらカメラ買う」と言っちゃってたんで…約束は守る男。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8

いやあ、このカメラのことは正直よく分かっていない。ただ、男が一度約束した以上は、何かしらのカメラは買って帰らなくてはいけないんじゃないかと。

何の話かというと、僕は一昨日のW杯ロシア大会で日本代表の初戦が始まる前に、Twitterで「もし日本代表が勝ったらカメラ買う」とつぶやいたんだ。その時にあげたカメラは、その日ジャンクボックスで見たKodakのインスタマチックだった。つまり、勝つなんてあり得ないと心のどこかで思い、遊び半分でつぶやいたことは否めない。ところが試合の結果はみんなも知っての通り、南米国から初の白星をあげるという劇的な勝利になった。いやもうほんとに感激して、しばらくカメラを買う約束みたいなものは忘れていたんだけど。

興奮が落ち着いた頃に、はて、あのKodak インスタマチックのことはどうする?と。とてもチャーミングでいいカメラだけど、今はその127フィルムカートリッジも手に入らない。僕はカメラは撮るもので飾るものじゃないというポリシーみたいなものもあって、まあとにかくお店に行って考えようといつものカメラ屋に立ち寄った。

¥1,000のプライスタグをつけたKodak インスタマチックはまだ売れずに残っていたんだけと、うーん、やはりインテリアとしてのカメラはやめようと。けど、約束は約束だし、何かしらカメラを買っておかないと嘘つきになるんじゃないか。たぶん誰もそんなツイートを覚えてもいないと思うけど、僕はしっかり覚えているわけで、これを無かったことにするのは男として潔くないんじゃないか、と、見つめた先にブラックボディのレンズ付きカメラがあったんだ。

それがこのAsahi Pentax SP。レンズはよく分からないけどSMC Takumar 55/1.8と書いてある。実は過去に黒のPentaxが欲しいと思った時期もあって、ならばショーケースから出して触ってみようと。見た目は使用感もかなりありモルトもやれてたけど、ファインダーもわりと綺麗だし、シャッターも全速切れる。レンズもひとまずTakumarという響きなら悪くなかろう…で、連れて帰ってる、いま。

とりあえず、Pentaxのことは何も分からないんで、フードは無いですか?と探してもらったら、ひとまず装着可能なノンブランド?のフードとフィルターが店の奥から出てきて、もうそれ付けてくださいと強引にお願いして、あとはフィルムを入れてストラップさえ用意すれば試し撮りできる状態までにはして帰った。たしか一昨日お店をのぞいた時には無かったPentax SPだから、まあこれも運命なのかもしれない。日本代表が引き合わせてくれた、まさにスポーツマチックカメラ(追記:本当はスポットマチック笑)。Nikonの一眼レフのことなら多少分かるんだけど、初Pentaxは未知の世界。ただ、そんな僕でも分かるのは、これがM42の世界に足を踏み入れてしまったということだった。

手頃なFUJIFILM X-E2でオールドレンズ散歩を楽しむのはどうだろう。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

僕はじぶんが試してみて良かったものは積極的に人におすすめするタイプなのでご容赦を(笑)。で、このFUJIFILM X-E2はもう何年も前に発売された旧機種のミラーレスAP-S機。僕はこれにマウントアダプターをつけてライカLマウントのオールドレンズ を楽しんでいる。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

ここにあげてる写真たちはすべてロシアンゾナーことJupiter-8 50/2で撮ったものだけど、そのほかに同じくロシアンレンズのIndustar-61 55/2.8をつけて、お気軽散歩や街撮りスナップを楽しんでいる。とにかく軽量だから、首からぶら下げて一日中歩いたとしても全然平気なんじゃないだろうか。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

オールドレンズの真の楽しみ方としてはフィルムで撮ったほうがいいのかもしれないけど、デジタルミラーレスで撮る楽しみとしては大きく2つかな。ひとつはやっぱりフィルム代をかけずに撮れて、現像に出さなくてもこうしてブログなんかにアップできること。若い人たちがコストを抑えながらこうしてオールドレンズを楽しんでる気持ちはとてもよく分かる。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

もう一つ大きいのは、レンズの開放付近で撮れることじゃないだろうか。デジタルなら1/4000くらいまでは高速でシャッターが切れるから、オールドレンズの最もおいしい絞り開放付近で日中でも撮ることができる。フィルムカメラならNDフィルターを付けたりしないとf2開放なんかはなかなか日中では使えないからね。僕はそういう楽しみ方をしている。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

あと、デジタルだとFUJIFILM機ならフィルムシミュレーションという描写エフェクトも楽しめる。僕はいつも大抵「クラシッククローム」か「モノクロ」だけど、FUJIFILMらしくかつてのフィルムをイメージした「Velvia」や「Provia 」なんかも選べる(僕はまだ試したことはないけど)。これはかつてのフィルムファンにはたまらないであろうポイントで、フィルムをやる人でデジタルのFUJIFILM機を使っている人が多いのもうなづける。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

このFUJIFILM X-E2はひとつ前の機種だから中古で安く手に入るし、オールドレンズもロシアンレンズなんかは数千円で見つけられたりする。3万円もあればオールドレンズライフが始められ、しかもフィルム代や現像代コストもかからない。ふだん、なかなか現像まで時間や手間をかけてカメラを楽しむことがむずかしい人でも、これなら入りやすい。僕はデジタル+オールドレンズは素晴らしく正義だと思う。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

デジタルで撮る写真は、フィルムのようにオーバー目で楽しむというよりはアンダー目になるけど、それもまた写真の楽しみ方のバリエーションとしてはアリで、僕は好んで雨の日なんかはデジタル+オールドレンズを持ち出すことが多い。FUJIFILM X-E2はそんな楽しみ方がしたくて手に入れたカメラでもあるんだ。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

それとオールドレンズがいいのは、もちろんフィルムカメラにも使えるということ。僕もJupiter-8やIndustar-61はフィルムライカIIIaやM3、あとデジタルライカのM-P typ240にも使いまわして楽しんでいる。そうか、考えてみるとElmar 50/3.5をX-E2に装着するのはまだ未経験だな。こんど試してみよう。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

マニュアルフォーカスのレンズだし、撮影はほぼ目測だからピントも甘かったりするんだけど、そもそもオールドレンズを楽しむならそんな描写のゆらぎも味だから、それも含めて気軽に楽しめる。僕はボディはもう買い足さなくていいなと思ってるけど、オールドレンズだけはお得で面白そうなものに出会えればもういくつかあってもいいなと思ってる。レンズひとつでいくつものボディで楽しめるからね。

いま振り返る、Nikon FEとの運命的な出会い。

Nikon FE, Ai 50/1.8

皆さんは、最初に手にしたカメラは何だろうか?。僕はこのNikon FE。正確にいうとそれ以前にデジタルカメラは数台経験していたけど、“今の僕”があるという意味においては、このフィルムカメラのFEが始まりといってもいいだろう。それくらい、このカメラとの出会いが僕のライフスタイルに大きく影響を与えた。

デジカメを一度いわゆる断捨離してRICOH GRだけで過ごしていた時に、たぶん日々眺めていたTwitterの影響もあったのか、ふと中古カメラコーナーに立ち寄ったんだよね。中古カメラとはいえ、どれも数万円はするなかで、このFEはたしか一万円もしなかったんじゃないだろうか。しかもレンズも付いてショーケースの中に鎮座していた。けれど貧乏くさく置かれていたんじゃなくて、僕にはその端正ないかにもフィルムカメラらしい佇まいがとても格好良く見えたんだよね。

Nikon FE, Ai 50/1.8

ブラックとシルバーがバランスよく配されたデザインはとてもカメラらしく、垂直に描かれたNikonの旧ロゴ、いかにもメカニカルな各種ダイヤル、あと匂いというのかな、僕が生まれて育ってきた昭和の香りをプンプンと放ち、一気に気持ちが引き込まれていくのがわかった。となれば躊躇する値段でもないし、連れて帰ってみようと。そこから始まったんだよね、時間の流れ方が変わる生活が。

Nikon FE, Ai 50/1.8

だって、こんな自転車のありふれた部品を撮るだけでも楽しいんだよ。そんなカメラないよね、普通(笑)。僕のFEは値段のわりに外観はすこぶる美しいけど、ファインダーの中はそれなりにゴミなんかもあって最新カメラと比べるとお世辞にも快適とは言えない。けれど、それも含めて楽しいんだ、このFEのファインダーを通して記憶する世界はね。

Nikon FE, Ai 50/1.8

シャッターレバーもいかにもレトロな形で、こんなので写真が撮れるんだろうかと最初は思ったもんなあ。ジーっと巻き上げてシャッターを切ると、これまたなんともレトロで頼りないシャッター音を奏でる(笑)。もうね、癒しの世界とはこういうものを言うんだろなというくらい、このデジタルハイテク時代にあって新鮮な撮影体験だった。

Nikon FE, Ai 50/1.8

心配してた露出合わせもAEの絞り優先撮影ができるFEならまったく分からないわけじゃない。いま思うとかなり開放気味だったとは思うけど、シャッタースピードのことまでは理解できていなくても撮影自体は普通にできた。どちらかというとマニュアルフォーカスのほうがどぎまぎしたかな。

Nikon FE, Ai 50/1.8

購入したのが金曜日の夜だったから、土曜日の朝、一本だけお店で詰めてもらっていた24枚撮りの業務用100で夢中で撮った。家の近くの公園とか何の変哲もないありふれた光景たち。それでも僕には満足だった。というか、その体験したことのないフィルム撮影の味わい深さに感動しきりで、結局その週末は近くのホームセンターでフィルムを買い足して、まだちゃんと撮れているか分からない試し撮りに数本のフィルムを費やした。

Nikon FE, Ai 50/1.8

そして週末が終わりフィルムを初めて現像に出すことになるんだけど、この現像あがりを待つまでの時間も何ともいえずワクワク、ドキドキしてたなあ。もうね、恥ずかしいけど中学の頃の恋模様のようなあのドキドキ感だから(笑)。あんな心境は二度と経験できないと思ってたけど、こんなオヤジになってもできるんだよね、フィルムカメラなら。

Nikon FE, Ai 50/1.8

最初の現像はまだデータ化とかの仕組みもよく分かっていなかったから、全枚数プリントを頼んだんだよね。これがまた良かったのかもしれない。現像からあがってきた写真たちをお店の人が「写真の仕上がりを確認してください」とレジで促してくらたんだけど、そのプリント写真を見た時の衝撃は今でも忘れない。「なんだ、この美しい写真たちは!これ、本当に僕があの古くさいカメラで撮ったものなのか?!」と本当にしばらく言葉を失ったから。

Nikon FE, Ai 50/1.8

以降、僕がフィルムNikonのブラックシップ機、F2やF6、フィルムライカの原点IIIaやM3、ローライフレックスやローライ35を手にしていったわけだけど、もうこれはすべてNikon FEとの衝撃的な出会いがあったからこそ。さらに新鮮だったのは、このフィルム体験がもう一度“マニュアルライクなデジタル”との再会まで導いてくれて、Nikon DfやLeica M-P(typ240)までもが今では日々の相棒になった。

気がついたら世間から“沼”と言われそうなくらいの数のカメラに囲まれたおじさん人生になったけど、いま僕は青春を謳歌している。フィルムカメラたちは僕が生まれ育った昭和の頃の何かも感じさせてくれるからね、そういう意味でも青春を取り戻している感覚があるのかもしれない。人にはそれぞれ人生の中でいくつかの転機があると思うんだけど、僕にはこのFEとの出会いがその大きなひとつであることは間違いない。フィルムという記憶メディアがいつまで楽しめるのかは分からないけど、使えるかぎりは僕の青春も終わらない。いい歳してほんといいものに巡り会わせてもらった。人生がとても豊かなものになった。

語ろうと思えば語れるけど、語らなくてもいいのが写真でありカメラ。

Leica M-P typ240, Carl Zeiss Planar T*2/50 ZM

このブログは「記憶をつづるカメラ」であり「カメラの記憶」でもあるから、カメラのことを書くことも多いんだけど、写真のことはあまり語らない。そもそも語る知識や技術がないこともあるし、何より語ると写真の世界が急に縮こまる気がして。

写真というのは絵を描くことなんかと違って、基本誰でもシャッターを押せば写真を撮ることができる。たから簡単だと言いたいんじゃなくて、誰でも撮れるからその分解釈も広くていいし、とても自由の許される表現だと思うんだ。撮る人、見る人によって無限といっていいくらい広いこの写真のありようを、あえて語ることで狭める必要もない。だから、写真に言葉はいらない、みたいに言われるのはちょっとわかる気がする。

一方でカメラはどうか。これは語ろうと思えばどこまでも語れるよね、こだわりの道具という意味で。けれど、語らなくてもいい。実際、写真は披露してもその機材のことを語らない人はたくさんいる。つまり、カメラや写真がいいなと思うのは、語ろうと思えば語れる楽しさがあるけど、だからといって一言も語らなくても成立するところ。意外とこういうモノ・コトは少ないんじゃないかな。

僕にとっては語ろうと思えばこのブログという場所があるし、言葉少なげで語らないならTwitterやInstagramみたいに、両方のアウトプットを行き来することを楽しんでいる。作品とか展示とかとは無縁だけど、だからといって物足りない感じはなくて、とてもリラックスしてカメラと写真との時間を楽しめている。カメラや写真の本当の奥深さとはそういうことなのかなとか考えている。

大人には遊び道具がいる。クラシックカメラとかロードバイクとか。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5

遊び道具というのなら子どものころのほうがいるんじゃないかと言われそうたけど、子どもは驚異的にクリエイティブだからね、道具なんかなくても道端のものでどんどん遊びを開発しちゃう。それに比べると、大人はクリエイティブになるための道具がいる。だんだんと社会の中で脱線しないように妙な器用さを身につけてしまう分、そこから束の間とはいえ脱出できる装置というか、非日常へ強力に場面転換してくれる道具。それが僕の場合だと、クラシックカメラであり、ロードバイクなんだ。

カメラはデジタルでもクラシック的なものがいい。見た目に現代の電子デバイスとは異なる世界観を持ち合わせていて、便利さとは逆行するようなマニュアル操作のカメラ。自転車も手軽さよりマニアックな操縦や肉体との向き合いを要求される競技用ロードがいい。いわゆるどちらもあえて不便な道具たち。でも、それが便利な世の中にちょっと背を向ける(向けたい)大人たちには必要なんだ。大人流の反抗期みたいなもんかな笑。

幸い大人になると、若かった頃よりは道具に多少散財できる余裕もある。子どもが大きくなればじぶんの時間も生まれる。知らないことを知らない、好きなもんは好きと言える素直さも出てくる。好奇心に向き合って、じぶんをあえてハマらせていくこともじぶん次第でできる。若さには敵わないけど、大人にはそういう楽しみが待っているという意味では、世の中良くできてるなとも思う。

僕に関していえば、若い頃に遊ぶのが下手くそだったのを、今になってもう一度挑戦し直しているというか、挽回しているというか、道具という場面転換装置を利用して少しパワフルに遊びの時間を作り出してるんだろうな。道具は所詮道具であって、本当の楽しみは道具の先にあるとも言えるけど、道具そのものもなかなか楽しく刺激的なもの。クラシックカメラとロードバイク、僕の人生をなかなかドラマチックにしてくれてると思ってる。ちょっと小っ恥ずかしくはあるけれど。

考えてみると、街中で一眼レフを構えたことがない。その理由のようなもの。

Nikon F6, Ai AF 50/1.4D, FUJIFILM 業務用100

理由なんてそんな大げさなものではないんだけど、これだけ街撮りスナップしていてまったくといっていいほど一眼レフを持ち出していないのは普通なのか、それともめずらしいことなのか、ちょっと気になったんだよね。

思えば、デジタルもフィルムも僕が最初に手にしたのは一眼レフだ。デジタルはNikon D5300、フィルムはNikon FE、デジタルは今ではNikon Dfになったけど完全に週末用で、週末に家族と出かけた先でたまたま街中を背景に撮ることはあるけど、街撮りスナップは一度も経験がない。フィルムのほうも一眼レフは、FE以外にNikon F2とF6があるけど、こちらも古い町並みをリバーサルなんか詰めて撮りに行くことはあるんだけど、やっぱり街撮りスナップはない。

僕の街撮りスナップは平日、仕事鞄に入れている比較的コンパクトなカメラで撮っているというせいでもあるんだけど、そもそも一眼レフを平日に持ち出すのが厳しいと思ったからRICOH GRやKonica C35をサブカメラとしてわりと早くに購入したんで、以来なんとなく一眼レフは週末用で街中を離れた場所で撮るようになったんだよね。Leica M3も購入当初は週末用だったんだけど、Leica IIIaを平日の仕事鞄に入れて持ち出すようになってから、M3もすっかり平日の街撮りカメラになった。そうすると唯一、一眼レフだけが街撮りに使っていないカメラになるんだよね。

平日に持ち歩くには大きく重いというのが最初の印象だったことは間違いないけど、あの一眼レフの姿を街中で構える勇気みたいなものも持ち合わせていなかったんだろうな。最近でこそLeica M-P typ240でも街撮りスナップするようになったけど、僕がそのためにチョイスしたのは全身ブラックペイントで街中でもそれほど目立たないボディ。M-Pなら街中で構えられても、これが一眼レフとなるとまず街中で今のようにさりげなくスナップを撮ることはやっぱりむすかしいじゃないかとじぶんでは思う。

冷静に考えると、例えばLeica M3とNikon F2の間にそれほどボディの大きさの差があるかというと、それほどはない。けれど、シャッター音しかり、レンズの迫力しかり、そのボディサイズ以上に両者にはスナップ用カメラとしての存在感に大きな差がある気がする。それでも、Twitterなんかを見ていると大ぶりな一眼レフで街撮りスナップをしてあるであろう人は少なくないように思えるし、実際、撮れる写真の精密さとかボケの迫力なんかでいえば 、一眼レフもまたおもしろいのかもと思ったりするけど、やはり僕にはその勇気は今のところない。

けれど、やっぱりそこは勇気の問題なのかな。二眼レフやハッセルなんかで街撮りスナップしている人もいるし(僕は街中で実際に見かけたことはないけど)、もともとオールマイティーな一眼レフだけですべての写真を撮っている人だってたくさんいる。たしかにスナップにはレンジファインダーやミラーレスが向いていると言われることもあるけど、要は撮る人次第なんだよね、カメラは。これだけ書いたり考えたりしても、まだ一眼レフを街中に持ち出すイメージはないけど、仕事鞄に入れさえすれば少し状況は変わるのかなとも思ったり。一度、忍ばせてみるか。

人が写り込んだ写真を撮るようになったのは。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5, ILFORD XP2 400

たぶんLeica IIIaを手にしてからなんだよね、人が写り込んだスナップ写真を撮るようになったのは。それ以前の僕が撮っていたスナップ写真を知っているTwitterのフォロワーの人なんかは分かるかもしれないけど、以前の僕のスナップにはほぼ人は入っていなかった。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5, ILFORD XP2 400

なんとなくじぶんの中で風景写真を撮るんだと決めていたこともある。いわゆるスナップ問題のアレを意識していたこともあるし、風景を撮るほうが街中でもゆっくりカメラをかまえることができることもあって、ひたすら人の入り込まない写真ばかり撮ってた。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5, ILFORD XP2 400

でも、そんな躊躇みたいなものをLeica IIIaが軽やかに吹き飛ばしてくれた。上手く言えないけど、IIIaがカメラを持って街へ繰り出すことを軽快にしてくれ、人がふつうに入り込んでる写真こそ自然な風景なんじゃないかと思うようになったんだ。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5, ILFORD XP2 400

この記事の写真たちはどれもLeica IIIaとILFORD XP2 で撮ったものばかりだけど、いまではLeica M3でも人のいる風景を撮るし、かつて人のいない風景だけを撮っていたKonica C35でも今は人が入り込むことが多い。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5, ILFORD XP2 400

そうして思うのは、街を撮ることは人を撮ることでもあるということ。人がいることが自然だから、その自然のありようを撮ることが街本来の姿をスナップすることだと感じ始めた。実際、人が写り込むと写真に体温が混じる気がしている。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5, ILFORD XP2 400

でもテーマみたいにしてることがあるとすれば、人を撮るんじゃなくて、あくまで街を撮るということ。人を必要以上にクローズアップするんじゃなくて、僕は人「も」いる街を撮ろう、ということ。撮った後に現像を見て、想像したより人に焦点がいきすぎた写真だった場合は、こうして公開はしない。そんなじぶんの中のものさしというかテーマみたいなもの。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5, ILFORD XP2 400

人がいるから街。そうじゃなかったら、人のいない自然を撮る。僕の写真はその行き来をしている。平日は街中のスナップ、週末は自然の風景のスナップ。どちらも好きだし、どちらも奥が深くてたのしい。この話はあくまで僕のスナップ観で、僕のものさしみたいなものなので、そこはご了承を。けれど、人のいる街はスナップの原点「ありのままの自然な光景」という意味ではたのしいし、豊かだと思う。

Leica M-P〈typ240〉とIndustar-61 55/2.8は、思いのほか相性がよかった。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

やっと来た週末、土曜日の朝、ふとロシアンレンズIndustarを持ち出したくて、M型デジタルのLeica M-P typ240に装着して散歩カメラへ出かけてみた。Industar-61 55/2.8はスクリューマウント=いわゆるLマウントだから、MLリングアダプターを介せばM-Pに簡単に装着可能だ。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

同じロシアンレンズのJupiter-8に比べると開放値もおとなしいf2.8だし55mmという微妙な数値からちょっと地味な印象があるレンズたけど、いやあ、おもしろかった。だからオールドレンズ はやめられない。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

一見控えめに見えるけど芯の強そうな人っているよね。このレンズの描写はまさにそんな感じ。この時代のロシアンレンズたちは、なんというか国家の意地というか、見た目の少々チープな造形からは信じられないようなプライド高い写りをする。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

こんな優秀なレンズが一万円もしなくて手に入るんだから、これは楽しまない手はない。フィルムで楽しんでもいいし、僕みたいにデジタルにマウント経由でかませて楽しんでもいい。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

そして、特筆すべきはその軽さにもある。Industar-61 55/2.8はコンパクトかつ軽量、Summilux 50/1.4 2ndと比べると驚くほど軽やかに持ち出せる。文字盤も暖色系だから配色として新鮮だし、フードをつけた感覚も実に端正でかっこいい。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

最短で1mまでしか寄れないけど、寄れないレンズにすっかり慣れた僕には特に困ることもない。むしろ寄れない制約が脳をクリエイティブにしてくれる。足で画角を探してまわる感覚がいいんだよね。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8
Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

やっぱりいいね、オールドレンズは。2.8のF値も55mmという焦点距離も特に目新しさも特徴もないわけだけど、そんなスペックに背を向けるかのように写りで勝負するロシアンレンズたち。僕がデジタルを楽しめているのは間違いなくオールドレンズ たちのおかげである。

僕とフィルムと夜スナップについて。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fujifilm 業務用100

僕が夜もフィルムで撮り始めたのは、ここ数ヶ月のこと。それまではフィルムで夜スナップが撮れるなんて僕の中にイメージがなかった。そんな固定概念をひっくり返すきっかけになったのが、バルナックライカIIIaと、秋山泰彦さんのコラム写真集「モノクロ×ライカ」の出会いだった。

その写真集には夜のかなり暗がりで撮られたフィルムライカによる写真がたくさん出てくる。僕的にはこの写真集との出会いは目から鱗だった。「え?フィルムで夜のスナップが撮れるんだ」という軽い衝撃。それまでの僕は、高感度ではないフィルムでまさか夜の街を撮ることができるなんて思ってもいなかった。ところがこの撮影者の秋山さんいわく、感度400のフィルムがあればミラーショックの小さいレンジファインダーのライカなら十分、夜の街のスナップが撮れると書かれていた。

じゃあ試してみようと、Lomography400やNatura1600をライカに詰めては、夜の街へ繰り出し試し撮りをする日々がしばらく続いた。そうして気がついたのは、感度100でも撮れるくらい、たしかにレンジファインダーのカメラなら夜スナップも十分いけるという事実だった。

秋山泰彦氏の写真集「モノクロ×ライカ」

以来、僕の写真観は大きく変わった。仕事終わりの夕刻から帰り道がてら夜スナップを撮るようになる。そのうち感度100のフィルムでも息を殺して撮りさえすればちゃんと写ることに気づき、その夜スナップ熱は結局、デジタルライカM-P(typ240)を購入するに至り、なんとなく僕のスナップのかたちができあがっていくことになる。

この一枚目の写真に至っては開放F3.5と決して明るいレンズではないRollei35で撮ったもので、ついにはフィルムも昼間と同じ感度100で撮るようになった。シャッタースピードはss1/50くらいかな、それで十分撮れることに気づいてからは、夜スナップの撮影量が増えていった。F3.5でもこれだけ撮れるんだから、より明るいレンズならもっと確実に綺麗に撮れるだろう。

Rollei35, Tessar 40/3.5,Fujifilm 業務用100

過去に高感度フィルムのNatura1600で夜スナップを撮ったことはあるし、Lomography400なんかでも試し撮りをしたことはある。けれど感度100でも撮れるとわかってからは俄然、業務用100を詰めて撮ることがほとんどになった。これもまた僕にとっては壮大な実験だった。近ごろはLeica M3で撮ることもあるし、それもすべて手持ち撮影、それでもけっこう綺麗に写るLeica IIIaとRollei35はすっかり僕の夜スナップの相棒になった。

Rollei35, Tessar 40/3.5,Fujifilm 業務用100

その秋山氏のコラムを見ると、ss1/8までは撮れるようなことを書いてある。僕にとっては未知の世界だ。けれど、カメラをしっかり両手で固定さえすればシャッターを切った時のショックもほぼなく、たしかにレンジファインダーならいけるのである。夜にスナップが撮れることで、僕のカメラとの時間はかなり増えたし、スナップのバリエーションも増えた。フィルムで夜スナップを撮ることが日常であり楽しみになったのである。今度はリバーサルで夜スナップを試してみたいとか次々と興味も高まる。みんなはどうしてるのかな、夜スナップ。高感度フィルムにするか、それともカメラ自体をデジタルにするか、好奇心は尽きないのである。

光が撮りたいんだ。フィルムがすくいとる光。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fujifilm 業務用100

言うほど光は宿ってないじゃん、と言われそうだけど、僕にとってはこんな曇りの日の写真でも、フィルムがすくいとるその光の独特さを感じて、しばらく見入ってしまう。こういう微妙で繊細な光の表現は、やはりデジタルにはむずかしい。

フィルムにしか撮れない世界があるかぎり、僕はフィルムカメラを持ち続けるだろうし、たとえ撮るものが平凡な日々でもシャッターを切り続けると思う。物理的にはフィルムはいらない現代かもしれないけど、こうして心や気分を潤したり、本能を満たすためには、やはりフィルムは必要なんだ。

ふと思ったんだけど、最初に写真を発明しようと考えた人は、目の前の事象を写真に残したいと思ったんじゃなくて、この目の前の光をすくいとろうとしたんじゃないかな。そらくらい僕にはフィルム写真=光の記憶に思える。とんな平凡な光景でも、その光は神がかってるから。