ズミルックスだけは開放にかぎる。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ズミルックスはライカのレンズの中で最も明るい部類に入るレンズ。僕が使っているのはMマウントの50mm f/1.4 第二世代〈2nd〉と呼ばれるもので、ふだんはM型デジタルのLeica M-P typ240に装着していることが多い。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

Mマウントだから僕が持っているフィルムライカのM3にも装着できるわけだけど、それはもうほんと夜のフィルム撮影でどうしても失敗したくない時に持ち出す程度の頻度で、ふだん大体はデジタルのM-Pに付けっ放しにしている。なぜかといえば、やはりこのレンズだけは「開放で撮りたい」と思っているからだ。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

フィルムライカだと僕はシャッタースピードは1/500までしか使わないから、晴れた日だとある程度レンズのf値は絞ることになる。それと比べるとシャッタースピードが1/4000まで稼げるM型デジタルのほうが格段にレンズの絞りを開けることができる。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ズミルックスの語源はまさに「最高の光」。ライカのレンズの描写といえば落ち着いたトーンのものが多い中で、このズミルックスだけは独特の華やぎを持っていると僕は思っていて、その世界を引き出すにはなんといってもf1.4の開放付近で撮ってやりたいと思うのである。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ひとによっては「ズミルックスの開放付近は暴れすぎる」とも言われ、何段か絞ったほうが玄人好みなのかもしれないけど、僕はなんといってもズミルックスだけは開放付近が好き。できれば開放f1.4で撮りたいというこだわりすらある。だから、比較的絞りを開けやすい朝夕の時間帯に好んで持ち出すことが多い。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

たしかに「暴れる」という見方はあるくらい、開放ズミルックスの写す世界は独特だ。ちょっとアメージングなくらいのもので、力強い描写のズミクロンや端正なエルマーとも違う、ズミルックスだけの光の世界がそこには存在する。僕はそう思っている。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

f1.4ともなると相当ボケるから、一般的にはたしかにボケすぎてちょっと気持ちが悪いレンズも少なくないけど、このズミルックスだけはそれが気にならないというか、ボケすぎるくらいボケても破綻しない不思議な描写をする。それはもしかしたら第2世代のズミルックス50が醸し出す世界なのかもしれないけど、この世界を一度味わったらなかなかやみつきになって、ひとはズミルックスから離れられなくなる。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

そう、このレンズは魔性のレンズでもあるんだ。デジタルで撮るとそれでもクリアすぎてクラクラするような描写をみせたりするけど、フィルム開放付近だとそれもマイルドになって、やはりフィルム時代に生まれたレンズだと思わせる相性の良さが感じられる。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

けれど、僕はフィルムのマイルドさをまとっていない、デジタルで撮る時の剥き出しで裸のズミルックスが好きかな。デジタルで撮ることを想定していない時代に作られたレンズがデジタルによって現代のセンサーと混ざり合い、化学変化を起こしたようなこの描写にゾクゾクとするのである。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ここにあげた写真はどれも自然の中のスナップだけど、スナップシューターが代名詞とも言っていいライカだから、もちろん開放ズミルックスは街中でもとても魅力的な威力を発揮する。それはカラーだけじゃなく、モノクロでもちょっと脳が揺らされるようなハッとする写真を創り出す。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd
Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ここにあげた写真はどれもすべてズミルックス開放で撮ったもの。まあ僕の腕前はともかくとして、ズミルックスというレンズの開放の独特の世界がなにかしら伝わるのではないかと思う。このレンズは決して安くはない。フィルムライカのM3の程度の良いものが余裕で買えてしまう価格で売られていたりする。価格の割高さでみればズミクロンやエルマーのほうがはるかにコスパはいいけど、この開放の素晴らしさは「ズミルックスだけの特権」なのかもしれない。それほど別物の世界がそこにはある。

写真撮りたい派というより、シャッター切りたい派だから。

Olympus PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

誤解を恐れずにいえば、僕の場合はそうだ。僕は「写真を撮る」とか「記録を残す」という以上に「シャッターを切る」という行為が好きなんだ。それをじぶんでも自覚するのは、家の近所の散歩写真を懲りずに撮っていることもそう。愛犬との散歩の時の光景なんか、いつもの見慣れた風景だし、さして毎回撮るほどのものではない。けれど、いつも僕はなんらかのカメラを持って出かけてはシャッターを切る。

しいていえば毎回、写真の実験を楽しんでるようなところはある。カメラやレンズを替えるのはもちろん、ISO感度を変えたり、ホワイトバランスを変えたり、露出をいじったり、光と影をつかまえる角度を変えたり。それで、いつもとどんな風に異なる写真が撮れるんだろうとゲームのように探求してるところはある。けれど、それもこれも大元は「シャッターを切りたい」という欲求があるからで、その光景を写真に収めておきたいというものとは少し異なる。

かといって、別にカメラやレンズをコレクションしてるつもりもないので、カメラ好きかと言われればまあそうではあるけど、それを上回るのが「シャッターを切ることが好き」ということであって、カメラやレンズがある程度増えるのは、「それぞれのシャッターが切れる感触」を確かめたくて、実際に手にして日々実感してるような毎日なんだ。変かな、でも、これが割とリアリティのある僕とカメラの向き合い方。それでたまたまいい写真が撮れたら、それは追加のご褒美みたいなもので、そういう意味で撮れる写真を楽しんでるとこある。この話はもう少し書けそうだけど、続きはまた追い追いということで。

「オリンパスのひと」というのもクリエーションを感じる。

OLYMPUS PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

考えてみると、僕の手元にはいつのまにかオリンパス機が3台ある。同じブランドのカメラが3台なんて大したことない数かもしれないけど、ニコンとライカ中心だった僕のカメラ生活からすれば、まったく想定していなかったシナリオと言っていい。

最初のオリンパスはたしかハーフサイズのフィルム機 PEN-EE2だった。そのキュートな佇まいにお店で目があって思わず持ち帰った。ハーフサイズのカメラを持っていなかったこともあり、これは入手の動機としてはまあアリだと思う。

問題は(笑)その次に手に入れたフィルム一眼レフのOM-1Nかな。これはじぶんてもまったく想定外だった。だって一眼レフはニコン機たちが十分あるし、少し前にペンタックスSPもひょんなことから入手していたから、どう考えてもラインナップ的には必要ない。けれど、恋に落ちたんだなあ、オリンパスの端正さに。コンパクトで精巧なそのつくり、そしてPEN-EE2で魅せられつつあったズイコーの写りのせいだと思う。

そして、その先にデジタルPEN-Fがいた。このPEN-F購入の経緯は少し前のブログに書いたけど、まあでもこの先に手に入れた2台のオリンパス機の影響はやっぱり布石になったと思うし、なんというか「オリンパスの姿勢、オリンパスカメラのめざす道」みたいなものに共感したんだろうな、と思う。

オリンパスのカメラは、ニコンやキヤノンといったメジャーブランドと比べると、同じ方向を追いかけても勝ち目はないから、独自の道を導き出し、独自のファンをつくろうとしていると思える。決して大人数ではないかもしれないけど、少数でも濃いファンをつくろうとする姿勢とでも言えばいいだろうか。そこに僕はクリエーション感をビンビンに感じるんだろうと思う。ちょっと不利なツールで巨人たちを凌駕する快感みたいなものと言ってもいい。

実際、Twitterの中を見ても、オリンパスユーザーはやはり少数派に思えるし、デジタルPEN-Fユーザーに至ってはほとんど見かけない笑。でも、だからね、僕がその稀少なユーザーの一人としてこのPEN-Fでありオリンパス機を宣伝しなきゃと妙に使命感もあるんだよね。フィルム時代のオリンパス機はもっとメジャーな印象あるかな。それでもクリエーション感は変わらない。独特の存在感を放つカメラたち。そうだな、「オリンパスのひと」になるというのもいいな。それ自体が創造性がある、うん。

「コンデジ」より「スナップシューター」って呼称のほうが良くね?

Leica X2, 固定レンズ Elmarit 24/2.8 ASPH

この写真のカメラはLeica X2だけど、X2のことじゃなくて「コンデジ」と呼ばれる小型カメラ全般についての話なんだけどね。たしかに「コンパクトデジタルカメラ=コンデジ」で合ってはいるんだけど、これサイズのことしか言ってなくて「何に適したカメラか」ということは言っていないんだよね。だから単純にコンデジって聞くと少しチープなカメラを連想するんだけど、現代のコンデジはチープなんかじゃまったく無くて、むしろ高性能なハイテクカメラ機能をギュッと小型に凝縮した、最もクールなカメラと言うことができるんじゃないかと。そのほうが性能の素晴らしさにフィットしてるなと、ふと思った。

つまり、コンデジじゃなくて、例えば「スナップシューター」と呼んでみるとかね。実際、僕が持っているコンデジと呼ばれるカメラはRICOH GRとLeica X2なんたけど、スナップシューティングという使い勝手や性能でいえば、世の中のあらゆるカメラを凌駕する魅力に満ちている。一昨日、マイクロフォーサーズのPEN-Fの軽量コンパクトな魅力をブログに書いたけど、スナップの持ち出しやすさにかぎっていえば、それをさらに凌駕するのがこの二台の「スナップシューター」なんだ。

とにかく小さい、そして軽い。ついでに言えばファインダーが無い分、突起も少なくて、鞄の中やポケットの中にもするりと収まる。ちなみに僕はきょう出張に出ているんだけど、相棒はこのLeica X2だ。僕の平日の友となった小型のPEN-Fも、さすがに出張先に持ち出すには少し大きいし、何より路上をガタガタと転がして移動するキャリーバッグの中に詰めるには精密機械すぎて気がひける。その点、Leica X2やRICOH GRならもっと無造作にバックの中に入れられるラフさとタフさがある気がする。

そして、GRもX2も当然オートフォーカスだから、街中でサッと構えてヒュンヒュン撮れる。ファインダーはないし、背面モニターも決して見やすいものではないけど、AFが効いている安心感でけっこう乱暴に撮っても後から見るときちんと撮れていたりする。それもそのはずでGRもC2も小型なんだけどセンサーはAPS-Cと贅沢だ。絞り開放付近で撮ればボケのあるスナップもしっかり撮れる。写りの感覚的には一眼レフを持ち歩いているレベルにあるわけだ。一眼レフのサブカメラとして高性能なコンデジと呼ばれるカメラを所有している人も多いと思う。でも、サブにしとくにはもったいない性能が、ことストリートにおいてはあるんだよね、このカメラたちはね。

僕は以前、デジイチなんかを一斉に手放してカメラをGR一台だけにして過ごした時期がある。物足りなくない?と言われそうだけど、これがまったくジレンマはなかった。とにかく身軽で、どこに行くにもGRが一緒で、僕の中にスナップのカタチみたいなものがあるとするなら、それはGRだけで撮りまくった時期に出来上がったものだとさえ思う。ノーファインダーな撮影、縦位置に構える撮り方、モノクロスナップの覚醒、広角スナップの画角感覚、どれをとってもGRがその魅力を気づかせてくれたし、M型ライカにハマりつつもこうしてコンデジのX2をさらに手に入れようと思ったのは、それがコンデジなんじゃなくて「スナップシューター」だったからだ。

世の中の進化がこれだけ「大きかったものが、ハイスペックかつコンパクトになる」という方向にあって、カメラについては何か大きなもののほうが本格的であったり高性能という風潮がまだどこかあるけど、昨今のフルサイズミラーレス時代の到来で、ようやく高性能=コンパクトという流れに向かいつつある気がする。ミラーレスといってもフルサイズならば一眼レフよりは小さいものの、まだまだスナップシューターとしては大きい。むしろ、もっと小さなミラーレス本来の魅力であるマイクロフォーサーズやスナップシューター(コンデジ)たちに日が当たっていると感じるのは僕だけだろうか。なんというか「時代がようやく追いついてきた」という感覚が、スナップシューター(僕にとってはマイクロフォーサーズやコンデジと呼ばれるカメラたち)にはぷんぷん感じるんだよね。そろそろ、センサーのサイズなんかでジャンル分けするのをやめて、使われ方性能でカメラたちを呼び始めたほうがいいんじゃないかな。

ところでマイクロフォーサーズってどうなの という問いに対して 僕が思うこと。

OLYMPUS PEN-F, M.Zuiko digital ED 12/2

マイクロフォーサーズと聞いてどんな印象があるだろうか。僕の拙い知識でも、一般的なコンデジよりは大きなセンサーを積んでるとはいえ、フルサイズはおろかAPS-Cより小さなセンサーサイズでどこか本格的ではないライトなカメラ、という印象がある。いや、正確にはあった。今は全然違うのである、その食わず嫌い的な印象とは。

二週間ほど前に僕が初めて手にしたマイクロフォーサーズ機が、上の写真のOLYMPUS PEN-Fだ。このカメラを手にして以来、僕のカメラの見方は大きく変わろうとしている。見た目やシャッターフィールにまず一目惚れして購入したカメラだけど、当たり前だけど今まで気にも留めていなかった故に僕の前を素通りしていたマイクロフォーサーズ関連の情報が目につくようになる。そうすると、だんだんとこのマイクロフォーサーズというカメラが究極のカメラに思えてくるのだ。

僕はカメラをAPS-C機の一眼レフから始めた。その後、フルサイズの一眼レフへ。そしてレンジファインダーへと進展していったので、各種フィルム機と合わせても、ひと通りカメラの種類を経験してきたアマチュア写真愛好家のひとりだ。自慢できるほどの腕も知識もないが、それでもひと通りカメラの種類を経験してきた僕がたどり着いたのがマイクロフォーサーズだったというのは、多少のカメラ選びの参考意見にはなると思う。

まず、センサーサイズ。その写りの芳醇さというか奥行きや余裕みたいなものでいえば、やはりフルサイズが良いという実感はある。けれど、それは撮るシチュエーションにもよるもので、僕の場合でいえば週末なんかに時間をかけてゆっくり撮りたい時はフルサイズ一眼レフのNikon DfやフルサイズレンジファインダーのLeica M-P typ240を好んで持ち出す。けれど、フルサイズとなるとそれなりにボディも重いし、レンズもフルサイズ用となるとなかなかゴツい。フルサイズ機ゆえに作り込みも良いから当然ファインダーの眺めやシャッター音も気持ちいいんだけど、それは僕にはあくまでゆっくり撮れるシチュエーションで喜ばしいものであって、舞台が平日の仕事鞄の中や街中スナップとなると事情が変わる。

僕はM型デジタルのLeica M-P typ240はフィルムライカでのストリートスナップの延長線上で購入したから、もちろん街中スナップにも持ち出すけど、やはりそれなりに重いのである。これはボディが薄くなった最新のM10でもそれほど変わらない意識だろうと思う。そうしてよりコンパクトなLeica X2を手に入れたりするわけだけど、やはりファインダーやレンズ交換式など本格的仕様のカメラで撮りたいという欲求はどこかある。それでいてできるだけ軽量コンパクトなものがいい。そんな良いとこ取りのムシのいいカメラなんてあるのか?となるわけだけど、それがあったのである。マイクロフォーサーズ機である。

潜在的にはそんな究極のバランスのカメラを求めつつ、マイクロフォーサーズなんて意識していないからすぐにそういうカメラ選びの行動に出たわけではない。毎週、数本のフィルムを現像に出したら受け取ったりするのにカメラ屋を訪れてる際に、ほんとに待ち時間に何気なく触れてみたんだよね、PEN-Fに。特に新品のカメラを買う予定もなかったから、ほんとに時間つぶしに触ってみたのが正直なところなんだけど、シャッターを切ってみた時に「なんだこれ、いいじゃん」とハッとしたのが最初なんだよね。実機のフォルムもよく見るととてもクラシカルかつクールな作り込みで、見れば見るほどとても好みであることに気づく。このPEN-Fがマイクロフォーサーズだと意識したのはその後のことだ。

それから何度か同じようにフィルムの現像出しや受け取りでカメラ屋に立ち寄るたびにPEN-Fを触るようになる。買うまでには至らなかったものの、気になるもんだからネット記事でPEN-Fのことをちょこちょこ検索するようになる。Twitterでも検索してみるんだけど、これがなかなかユーザーも少なく、どこかメジャーではない存在みたいなことも分かってくる。結局、三、四回通ったかな、四回目の朝には購入を決めていたじぶんがいた気がする。そうそう、その日の朝にTwitterで赤城さんにレンズキットのM.Zuiko 12/2の購入の是非を相談したりしてね。あ、今思うと、その少し前にCAMERA fanのTwitterアカウントさんが赤城さんのレビュー付きでPEN-Fのことをツイートしていたのも、僕にPEN-Fを意識させたきっかけのひとつだと思う。

でも、いずれにしても、コンデジでもない、フルサイズでもAPS-Cでもない、軽量コンパクトなんだけど本格的撮影フィールのカメラを僕は探し続けていたんだと思う。そこに偶然の出会いで現れたのがマイクロフォーサーズのPEN-F。そして、手に入れたその日から、僕の中の永遠のカメラ探しがどこかひと息つけた、そんな感覚がしたのである。やっとたどり着けたという安堵感であり、幸福感であり到達感みたいなもの。これは言葉で説明するのはほんと難しくて、できればお店で実機を触ってほしいと思う。そして、あらためてカメラに詳しい店員さんにマイクロフォーサーズ機の魅力を聞いてほしいと思う。

かつてフィルム時代にハーフサイズのコンパクトなカメラを作っていたOLYMPUSが現代に送り出す、フルサイズ機よりもAPS-C機よりもさらにコンパクトなマイクロフォーサーズセンサー搭載機。そして、フィルム時代に米谷さんの尋常じゃないこだわりによって神話化したといってもいいオリジナルPEN FやOM-1、PENシリーズのあの作り込みの凄さが現代に宿る21世紀のOLYMPUS機たち。その迫力は手に持った瞬間に電流が走るように感じられると思う。あとね、マイクロフォーサーズはPanasonicと共用しているのもいい。レンズは2社を中心にたくさん選べるし、なんといってもコンパクトなものばかりでコストも安く抑えられている。街中でスナップを撮る僕にしてみれば、もうすべてが理にかなっているという他ない。シチュエーション次第では圧倒的にこのマイクロフォーサーズはトップに躍り出る実力を持ち備えているのである。

そうやってマイクロフォーサーズに対する興味をきちんと持ち始めると、決して多くはないけどネット上なんかでもマイクロフォーサーズの情報が視界に入ってくるようになる。カメラはみんなが持ってるメジャーなものがいいという人には不向きかもしれないけど、あまり人が持っていなくて、それでいて通好みな高次元の実力の持ち主のカメラが欲しいということであれば、僕はこのマイクロフォーサーズ機でありPEN-Fというカメラを俄然激しくおすすめする。OLYMPUSが創業80周年を機に打ち出してきた、まさに気合の入り方が違う名機。そう、僕には間違いなくこのPEN-Fは名機であり、マイクロフォーサーズというカメラの印象を派手にひっくり返してくれたとんでもなく秀逸なカメラなのである。

ほんの僅かにだけど、ブラックペイントが剥がれてきたのがうれしい。

Leica M-P typ240, Summicron 50/2 1st

僕がM型デジタルの中でM-P typ240を選んだのは、街中でスナップを撮るのにとにかく目立たないフォルムがいいと思ったことが大きい。いや、すべてかもしれない。ライカブランドの証である赤バッジを廃した真っ黒の正面デザインはそれほどまでに重要だ。けれど、もうひとつ大きな要因がある。それが「ブラックペイント」であること。

いわゆるブラッククロームとブラックペイントは違う。ブラックペイントはまさしく「塗り」で、昔のフィルムライカのように真鍮のボディに黒色のペイントが施されている。つまり、どんどん使い古していけば往年のフィルムライカ機のようにやがてペイントが自然と剥がれ、内側から真鍮の地肌が見えてくる。これをじぶんの手でやってみたかった。

とはいえ、現代のブラックペイントだからか、革ケースも何も使わないようにしているのになかなかペイントは丈夫で剥がれてくれない。かといって無理やりペイントが剥がれるような荒い使い方も何か反則技のようでやりたくない。これはもう相当気長に付き合っていくしかないと思っていたんだけど、ここにきてようやく、たった二箇所だけど針穴ほどの小さな部分ではあるけど、ペイントが剥がれ黄金色の真鍮が見えてきたんだ。右手親指の背面グリップの部分と、軍艦部左上の丸くラウンドした角の部分。ほんとに極々小さな黄金色の埃のように見える点ではあるんだけど。

けれど、一度剥がれ出すとそこから剥がれやすさが増していくんじゃないかという期待感はある。こうなってくると単に造形を眺めて楽しむだけでなく、ブラックペイントの剥がれ具合を日々確かめる楽しみができる。僕の場合は古いカメラやレンズの少しやれたヴィンテージ感が好きだし、できればカメラやレンズは古びて見えたほうがかっこいいと思っている。新しいカメラが欲しいというより、いい感じにくたびれた、使い込まれたカメラが欲しい。それもできればじぶんが使い込んだうえでできあがるヴィンテージ感が理想だ。それがほんの、ほんの僅かではあるけど見えてきた。これがたまらずうれしい。

まあ、使い込まれたブラックペイントのクールなフィルムライカと比べるとなんとも綺麗すぎてまだ小っ恥ずかしいのだけど、それでもじぶんがブラックペイントを剥がしたと思うとなかなか感慨深い。ここからどんな風に剥がれ方が進み、加速するのかどうかは分からない。けれど、大きな大きな日々の楽しみがひとつ増えた感じ。M型デジタルもどんどん新しいタイプが発表され続けてるわけだけど、この「ブラックペイントを剥がす」という楽しみにおいては、新登場のライカたちに目が向くこともなく、財政的にもうれしいポイントになっている。

M-Pの鼻先にはオールドレンズ たちが装着されてるんだけど、その年輪と同じような佇まいになったらそれはそれはたまらないと思う。あと何年かかるか分からないし、その時このtyp240が現役で使えるカメラかどうかも分からないけど、僕はとことんこのM-Pを使い倒し、いい年のとり方をしたブラックペイントボディに磨き上げていけたらなと思う。手に吸い付くような相棒になるまで。

PEN-F のち M-P ときどきフィルム。

Leica M-P typ240, Summicron 50/2 1st

僕なりに今、少し意識してるのは、もっとシャッターを切る量を増やしたいということであり、もっともっとファインダーをのぞく瞬間を数多くしたいということ。そう意識すると自然とデジタルカメラで撮る機会が増えてくる。物理的にはフィルムカメラでも量は増やせるけど、そこにはやっぱりコストと現像の手間が付いてくる。幸い、今の僕はデジタルとかフィルムとか必要以上の偏りやこだわりは良い意味で無くなった。だったらデジカメのほうが量は撮れるのである。

先々週に手に入れたミラーレスのOLYMPUS PEN-Fは、僕のそういう嗜好にドンピシャではまってくれた。マイクロフォーサーズならではの軽量コンパクトだけどレンズ交換式で十分本格的にも撮ることができる。しかもファインダーを見ながら。なぜもっと早くこのPEN-Fの存在に気がつかなったのだろうというくらい気に入っている。今のところ、このPEN-Fが平日5日間の仕事鞄の中の主として決まりだ。

そして、週末。ここに収まるのはLEICA  M-P typ240だ。平日の広角PEN-Fに比べて、週末はフルサイズの50mmの世界をゆっくりと堪能する。エルマー、ズミクロン 、ズミルックスの描写をその時々の気候や天候、気分でチョイスし、時にそれぞれのレンズの味を比べる。愛犬との散歩もすっかり目測で撮るからMFでも特に問題はない。というか、平日と比べるとあえて手間をかけてシャッターを切りたいという欲求がある。それにはデジタルライカがうってつけなのである。

そうなると、これも必然としてときどきフィルムで撮りたくなる。ある時はフィルムコンパクト、ある時はレンジファインダー、ある時は一眼レフ。思い立ったらカメラをデジカメからフィルムカメラへ持ち替えるか、デジタルと一緒にフィルムカメラもカメラバッグに忍ばせて持ち出す。これだと変にフィルムを無駄遣いすることもない。というか、フィルムの良さやありがたさを今まで以上に実感するであろうことは容易に想像がつく。僕はいち早く慣れるだめにフィルムも大量に撮ってきたから、じぶん的には次のフェーズに入った、そんな感じだ。

これはあくまで僕のパターンで、僕が現状でしぶんに向いていると思うカメラとの向き合い方だから、おすすめするとかそういうものではない。フィルムで撮りたかったら没頭するのが幸福だし、一方でデジカメならではの高機能を生かした写真を追求するのも楽しいはずだ。それと同じようにフィルムとデジカメをニュートラルにハイブリッドする、ということが僕にはたまたまはまったということ。デジタルとフィルムを行き来する方法論をじぶんなりに見つけた、という感覚なんだ。おもしろいよね、走り続けてるとやがてこうして何らかのスタイルみたいなものが自然と形成される。いま、僕はその流れに身を任せて、とにかくもっとたくさんのシャッターを切り、ファインダーをのぞきたいと考えている。

平日カメラと週末カメラ。

Leica M-P typ240, Elmar 50/3.5 Red Scale

長かったような短かったような一週間が過ぎ去り、また週末を迎えようとしている。ちょうど一週間前にマイクロフォーサーズのミラーレスOlympus PEN-Fを手に入れ、土日から平日まではPEN-Fの試し撮りに集中した一週間でもあった。とにかく軽量コンパクトで平日の仕事鞄とは抜群に相性の良かったPEN-F。僕の中ではさしずめ「平日カメラ」ということになる。

実際、僕は毎日なにかしらのカメラをほぼ必ず持ち歩いているけど、平日の仕事鞄の中に忍ばせておくカメラは、過去もコンパクトなもの揃い。RICOH GRに始まり、Konica C35、Rollei35、Leica X2あたりが定番の「平日カメラ」だった。そこに加わったPEN-Fだけど、PEN-Fは単にコンパクトと呼ぶにはちょっと割り切り過ぎで、このカメラはレンズ交換式ということもあり、十分に本格的カメラとも言える。そのフルサイズでもないコンパクトでもない絶妙のバランスがPEN-Fに惹かれた理由でもある。

けれど、こうして平日5日感をコンパクトなカメラと速写街撮りして過ごすと、金曜日にはそろそろ手にずっしりとくる大ぶりなカメラで、ゆっくりじっくり撮りたいとも思い始める。僕の場合だと、それはNikon DfやLeica M-P typ240、フィルム機ならOlympus OM-1Nといった一眼レフやLeica M3、Rolleiflex Standardということになる。つまり、ファインダーの中の濃密な世界を、時間を気にせず堪能するための「週末カメラ」。街撮りスナップとは違う写欲がふつふつと湧いてくるカメラたちだ。

この「平日カメラ」と「週末カメラ」。その区別を厳密にしているわけではないんだけど、いつのまにかそういう使い分けが身についてきた。平日のスナップがスピード&コンパクトとするなら、週末のスナップはスロー&ヒーリング、そんな感じだろうか。平日と週末は時間の流れ方が変わるから、その時間と空間を切り取るカメラもおのずと変わる。このオンとオフを切り替える感じも、カメラと向き合う上でいつも新鮮でいられる切り替えスイッチのようで、じぶんでは気に入っている。

というわけで、明日の週末カメラを吟味中なんだけど、まずは朝の愛犬との散歩はLeica M-P typ240かな。レンズはいつもの50mm。エルマーもいいし、ズミクロン 、ズミルックスでもいい。最終的にレンズを決めるのは朝のその時の気分次第で。朝陽の出具合にもよるかな。太陽光があれば、光をすくい取るズミルックスがおもしろいし、少し曇り空なら引き締まった描写をたのしめるズミクロンやエルマーがいい。M型ライカとの濃厚な時間は僕にとっては癒しでもあり、ファインダーの中を流れる静かな時間を思い浮かべるだけで心は解放されてゆく。

一眼レフのNikon Dfもそんな立ち位置だ。軍艦部にアール・デコ的にレイアウトされた各種ダイヤルをカチカチ動かしながら一枚一枚をゆっくり撮る行為は、平日の慌ただしさから解き放たれた自由さみたいなものを堪能することができる。フィルムカメラでもっとリズムをスローにしてもいい。Konica FSやPentax SP、Nikon F2なんかにフィルムを入れて、少しオーバーアクションとなる一眼レフのシャッター巻き上げやシャッター音を楽しむのもまた至福の時間だ。

少し遠出して、ふだん見慣れぬ風景を撮りに出かけるのもいい。そんな時に持ち出すカメラを選ぶ行為もまた明日心踊る。そう考えると、僕はカメラたちに実にありがたい新鮮なひとときを提供してもらっている。「平日カメラ」は街を泳ぐように撮り、「週末カメラ」は自然とたわむれるように撮る。僕にはその双方のカメラとの向き合いが、心のバランスをとるという意味でも実に心地いい。何を撮るかも大事だけど、僕は何で撮るかも大事な要素。カメラとは単に記録装置じゃなくて、記憶を共にする相棒なんだ。ひと眠りしたら、週末の朝がやってくる。さて、どのカメラと散歩へ出かけようか。小さな出来事ではあるけど、僕の人生にとっては計り知れないくらい大きな要素でもあるんだ。

ミラーレスPEN-FにElmar M 50/3.5をつけて、秋の小道を撮り歩いてみた。

Olympus PEN-F, Elmar M 50/3.5

手に入れたばかりのPEN-Fの試し撮りはもっぱら、レンズキットで手に入れたM.Zuiko digital ED 12/2で行ってきたが、僕がPEN-Fが欲しかった理由はオールドレンズをつけて楽しみたいというところもあって、ついにというかアダプターを介してMエルマーをつけ、少し撮り歩いてきた。

Olympus PEN-F, Elmar M 50/3.5

コンパクトなPEN-FにElmar M 50/3.5をつけると多少フロントヘビーになるが、ブラックボディに艶めかしく輝くシルバーのエルマーは見た目にもなかなかカッコいい。PEN-Fがレトロ調な佇まいのデザインということもあって実にしっくりくるんだ。MエルマーはふだんはLeica M3かLeica M-P typ240につけることが多いが、ライカボディと遜色ない“アリ”な雰囲気を醸し出す。

Olympus PEN-F, Elmar M 50/3.5

スナップの舞台はいつもの僕の散歩道なので特に変哲のない光景であることはご容赦願いたいが、感想としては「あゝエルマーだな」といったところ。それはもちろん良い意味で、柔らかさと緻密さが絶妙に同居するあのエルマーな感じがやっぱりするのである。

Olympus PEN-F, Elmar M 50/3.5

特筆すべきことは、センサーサイズがマイクロフォーサーズであることと、それによってレンズの焦点距離が二倍の100mmという中望遠になること。ふだん標準域の50mmか広角域のレンズを使うことが多い僕にとっては100mmの世界はかなり久しぶりだ。撮ろうと思って目をつけた景色をファインダーを通して眺めると、想像以上に大きく寄りで撮れることに少し驚く。

Olympus PEN-F, Elmar M 50/3.5

レンズを変えるというのも新鮮だけど、焦点距離を変えるというのも脳がいい意味で驚いて楽しい。M.Zuiko digitalのコンパクトな広角レンズと比べると、Elmar Mは少し鼻先が重くはなるけど、とにかく元々のボディPEN-Fが軽量だから、それほど気にならない。いろんな意味でPEN-Fにエルマーはアリだなと思った。

Olympus PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

あとは、マイクロフォーサーズというセンサーサイズでオールドレンズの描写はどうなんだ?というところだけど、ここまで触れなかったのはそのせいでもあるんだけど、これがまったく不足を感じないのである。少なくとも僕が撮る程度のスナップの範囲では破綻はない。ちょっと拍子抜けするくらい焦点距離以外は、いつものエルマーの描写に見える。んー、画質という面でのフルサイズへのこだわりはほんといらないかも。

Olympus PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

となると、ちょっと今日は中望遠で撮りたいなという時は、何も考えずにPEN-Fにエルマーやズミクロン、ジュピター8なんかをつけて撮れるし、持ち出す軽快さでいってもフルサイズのLeica M-P typ240に装着するよりは断然気軽だ。単にオールドレンズ用ボディを手に入れたというより、焦点距離まで含めて変化を楽しめるボディを手に入れたと思うと、新鮮さがさらに倍増する。

Olympus PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

そうそう、ちなみに僕はPEN-Fの画質とサイズの設定はミドルで全然高画質では撮っていない。ブログやSNSのポストならそれで問題ないというのもあるけど、昔読んだ田中長徳さんの本に長徳さん本人もそんな画質でしか撮っていない(なんなら仕事で撮る時もそうだと笑)というのを読んで以来、僕も実践している。僕のピントの腕前なんかは置いといて、それでもこれだけ撮れるわけだから、だったらデータ保存上もこんな楽なことはない。

Olympus PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

こうなってくると、週末のじっくり撮れるひとときでも、一眼レフやデジタルライカをさしおいて、俄然PEN-Fの出番が増えそうな気がしている。小さく、軽く、シャッターフィールも絶品。そのうえ、オールドレンズ も楽しめて、撮り歩くリズムがとても軽快にもなる。決してオーバーな表現ではなく、PEN-Fはカメラをひとつだけ待つとしたら究極の選択肢になるんじゃないかと思う。

Olympus PEN-F, M.Zuiko digital 12/2

世の中はちょっとしたフルサイズミラーレスブームだけど、本当の意味での使い勝手とか、じぶんの使い方をじっくり見つめ直すいい機会にして、場合によってはマイクロフォーサーズのミラーレスPEN-Fという選択もアリなんじゃないだろうか。加えてオールドレンズでいくつもの顔を楽しむのもまたアリ。僕もまだまだ使い始めたばかりなんで、このカメラの可能性をもっともっと突き詰めてみたいと思う。日々、楽しくシャッターを切りまくりながら。