そこはやっぱり、安いカメラやレンズで高いカメラの写真たちを凌駕したほうがカッコいいじゃん。


Konica FS, Hexanon 52/1.8

そこはまあ誤解のないように言っておくと、それなりに高い価格のカメラやレンズは当然それなりに良いモノであるという前提なんだけどね。でも、なんというか、弱いと思われてるモノが強いと思われてるモノを打ち負かす感じって理屈抜きに気持ちいいじゃん!と。カメラやレンズもできればそうありたいとか思うんだよね、男子たるもの笑。

例えばこのKonica FS。先日、銀座レモン社で購入したものだけど、レンズもついて1万円を少し超えるくらいの値段しかしない。ライカならどんなに安くてもバルナックのボディで3万円、エルマーのレンズが4万円ほどするかな、Konica FSが五、六個買えてしまう。じゃあ、Konica FSの写りがバルナックライカの1/5くらいの質しか得られないかといえばそんなことはないわけで、写真の出来上がりの差に比べて機材の差はそれほどないことが分かる。じゃあ、やってやろうじゃないか、打倒ライカ!とか僕は思ったりするのである。いや、僕はライカユーザーでもあるから、この場合の打倒ライカ!は、じぶんの所有するカメラ間の競争だったりするんだけどね。

レンズだって、僕は安いレンズも好んで探して使う。ロシアンレンズのJupiter-8やIndustar-61、あとCarl Zeiss Jena MC Pancolar 50/1.8とかね。このあたりはどれも1万円以内か少し超えるくらいの値段で手に入る。世の中には名玉と呼ばれる高価なオールドレンズや最新の現行レンズがあるわけだけど、財布の懐事情以上に、こういう言わば劣勢なレンズで最新のレンズの写りを凌駕したら、こんな気持ちのいいことはないんじゃないだろうか。僕はそれらのオールドレンズの味もさることながら、こういう反逆精神みたいなものを常に心のどこかに思い描いて機材を選んでいるところがあると思う。

だからといって、それを誰かに声高にアピールするわけでもないんだけど、まあじぶんとの闘いみたいなね笑。世間の評判に流されないように、じぶんがいいとかカッコいいと思うモノサシを持って生きていたいと思うんだな。僕らの世代の人たちは少なからずそういう価値観があるように思うけど、どうだろう。考えてみると、フィルムカメラで撮るということ全般についても言えるかな。世の中の最新テクノロジーで作られたカメラやレンズより、ある意味時代遅れとも言えるフィルムやフィルムカメラで撮る快楽。そこには、単に古き良き時代を礼賛するだけじゃなくて、誰が見でも一見劣るであろう性能の道具で強者を打ち負かすヴィンテージフリークたちの軽やかな反抗心みたいなものもきっとあると思うな。

まあ本題である写真の良し悪しを置いといて機材の話だけに終始しちゃったけど、道具選びというのはそういう心の高ぶりにも大きく影響を与えることができるモノということで、少しふれてみた。とはいえ、単に反骨精神だけじゃなくて、僕が最近手に入れたカメラたちは軒並み素晴らしい写りを披露してくれている。Kodak Retina、Voigtlander Bessa-L、Olympus OM-1に、PEN ER-2。いやあ、面白いくらい大物食いができるようないい写りを僕らに提供してくれる。これもまた、過去の偉大な開発者たちの反骨精神というか意地が混じり合ったおかげなんじゃないかと思ってる。さあ、カメラを持って世の中をひっくり返しに行こう。高額なカメラたちを心の中で驚嘆させるために。


ハーフサイズカメラを持って街を駆けぬけよう。PEN EE-2のすすめ。


Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

土曜日の朝、台風の前兆かもうパラパラと雨が降り始めてるんで、いTunesのユーミンを聴きながらブログを書き始めたところ。ここ最近ちょっとカメラが増え気味で毎週試し撮り〜現像を繰り返してるんだけど、きょうはハーフサイズカメラ PEN EE-2の話。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5

ちょっと脇に比較する大きさのものがないんで伝えづらいけど、このPEN EE-2、僕が持っているカメラの中でもいちばん軽い部類になる。いちばん小さく軽いのはRollei35だけど、その次にコンパクトなんじゃないかな。Konica C35よりは小さいと思う。もうそれだけで独特の存在感を放つ。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

で、独特なのは撮れる写真も。ハーフサイズだから、普通の35mmカラーネガをこんな風に「2コマ1フレーム」で撮れる。36枚撮りフィルムなら合計72枚の写真が撮れるわけだけど、僕は今のところ、この2コマ1フレームのハーフサイズカメラ独特の仕上がりが気に入っている。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

前回の初現像でこの独特の2コマ1フレームを見た時に軽い衝撃を受けて、今回は2枚が同居することを少し意識しながら撮ってみた。といっても夢中で撮ってると二枚一組の写真の組み合わせを覚えたりはしていないから、一枚ごとに強弱をつけて撮っているというのが近いかな。近くと遠くとか、地面と空とか、明るい所と暗い所とか。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

まあでもどうだろう、ハーフサイズと聞くとなんだか写りはフルサイズに劣るイメージがあったけど、こうして現像あがりを見てみると、なかなか精巧な写りをする。Zuikoレンズはダテじゃないなあとしみじみ思う。このZuikoレンズは一眼レフのOlympus OM-1Nにも50/1.4がついてるんだけど、やっぱりなかなかの味のある描写をしてくれる。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

しかもこれ、シャッター押すだけなんだよね。露出合わせしなくていいだけじゃなくて、ピントすら合わせる必要がない。まさに写ルンです的楽チンさ。だから、撮影は画角に集中できるというか、街をフレーミングしながら歩く楽しみがあると思うんだ。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

今回は2回目の撮影でもあったから、だんだんとPEN EE-2で撮るリズムやコツみたいなものも掴めてきて、初回の試し撮りは実にヒュンヒュンと気持ちよく撮れた気がする。こうなると意外と72枚なんてあっという間に撮れてしまう。あ、僕だけかな、そんなにシャッター切れちゃうのは笑。

Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100
Olympus PEN EE-2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

もちろんトリミングすればこうして一枚ずつの写真として楽しむこともできる。ちなみに僕が現像してるカメラのキタムラさんであれば、インデックスが出ない以外はなんら普通のカラーネガと同じ要領で現像とスキャニングが頼める。

このPEN EE-2はシンプルであることが真骨頂。だから、いわゆる一眼レフなど本格的カメラのようにシャッターフィーリングやファインダーの美しさが特段あるわけではないけど、その分、とにかく驚くほど軽快にスナップを撮り続けることができる。レンズは優秀だし、秀逸なボディデザインもきっと街中では絵になる。まるで雑誌の見開き撮影を楽しむかのように、街中を72枚駆け抜けるスナップ。僕は全力でおすすめするけど、どうだろう。


そのカメラの機能より、そのカメラの気分を伝えられたらなと。ブログ「記憶カメラ」。


Olympus PEN-EE2, Zuiko 28/3.5, Fujifilm 業務用100

Twitterでいいねやリツイートしてもらえるのもうれしいけど、やっぱりこのブログに感想コメントを寄せてもらえるのがいちばんうれしくてね。昨日も2件ほどコメントをもらったんだけど、ハード面よりソフト面からカメラを語ってるのがいい、みたいな声をもらって、「あ、思い、届いてるかも」と感じたり。

僕はカメラは好きだけどカメラに詳しいわけじゃない。だけど、カメラのある日常の豊かさみたいなものをもっと伝えられたらなという変な使命感(笑)はなぜかあって、じぶんの言葉で書けるカメラやレンズのことを、自然体で書いてみようといつも思ってる。

カメラの機能は誰が使っても変わらないかもしれないけど、カメラの気分みたいなものは人それぞれだから、それなら僕にも書けるぞと。この広いネットの世界で、そんなものを読んでくれるひとが果たしているのかとか思いながら書き始めたブログだけど、意外と読んでくれるひとがいることはやっぱり励みになるし、素直にうれしい。

稀に「ブログを見てあのカメラを買いました」とか言ってもらえると、フィルムライクなカメラの盛り上がりにちょっぴりだけど関与や貢献した気分がして、それでまた懲りずにブログを書き続ける。スマホカメラでどんどん写真が撮れる時代に、あえてカメラで写真を撮る、それもフィルムライクに撮るというのは、まもはや機能じゃなくて気分がたいせつなんじゃないかなって。僕が感じる気分が、どれほどの人の気分にフィットするのかは分からないけど、懲りずに撮って、懲りずに書き続けるよ。


Konica FSの試し撮りはしばらく続く。


Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100

つまり、まだじぶんの中で試し撮りを終えたという感覚がないのである。先週手に入れたKonica国内初のフィルム一眼レフ Konica FSの試し撮りのこと。写ることは確認できたし、コニカオレンジと言われる暖色系の色ノリの素晴らしさは分かった気がする一方、ピントの甘さを久しぶりに感じるところもあって、それが機材のせいなのか、僕の技術のせいなのかがいまいちはっきりとは分からない。だから、もっと撮ってそのあたりを明らかにしたいと思っているところなんだ。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100

それでも、Konica FSの試し撮りの感想を聞かれたとするなら、それはそれはエキサイティングでおもしろかった、ということになる。見た目のレトロさとは打って変わり、写りはなかなかモダンさを感じるのである。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100

ボディの秀逸さもあるんだろうけど、やっぱりレンズの影響が大きいのかな。明らかにNikonともPentaxともOlympusとも違う、Konicaだけから滲み出る写真の世界というのは明らかにあって、同じ一眼レフでもこうしていくつかのブランドを保有したくなる理由もそこにある。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100

どうかなあ、ふだんの僕の写真を知ってる人なら、NikonやLeica、Olympusなんかとも異なるテイストで、やっぱり同じヘキサノンのKonica C35の写りに似ていることが分かるんじゃないかと思うけど、どうだろう。

Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8, Fujifilm 業務用100
Konica FS, Hexanon 52/1.8

まああまりこの時点で知ったかぶって写真の有り様を綴るのは嘘っぽいというか、変に印象を固定化しちゃうので、言葉の説明はこれくらいにして、ただただ写真の質感でこのKonica FSの何かを感じとってもらえたらなと思う。とにかくもう少し撮り続けてみる。詳しい話はその後で。そんな不思議な興味をそそられるカメラなのである。それだけでも手に入れた価値がある。やっぱりカメラ選びは直感が大切だ。


音楽を聴くように、写真を撮ろう。


Nikon FE, Ai-S 50/1.8

僕は基本、どこへ行くにもカメラが一緒だ。仕事へ行く時も、愛犬と散歩へ出かける時も、自転車に乗ってパン屋へ向かう時も、ロードバイクで駆け抜ける時も、常に何からしらのカメラを首から下げたりバッグの中に入れて持ち出している。だから、撮る写真もいたって平凡な日常だ。何気ない移動時間の一コマだったり、道端の花だったり、少し気になった街角だったり。そうだな、家族や知人の写真以外は、誰かのためには撮っていない、じぶんが心地いいために撮っている。それでもこうして毎日カメラと過ごしているのは、シャッターを切るという行為が好きだからだと思う。シャッター音を聴いている。ちょうど音楽を何気なく聴いて過ごしているように。写真のほうにこだわる人間だったら、ただシャッターを切るだけでは満足できないと思うんだけど、幸い僕はシャッターさえ切っていれば心地いい人間なので、それはもしかしたら凄くカメラのある人生としては好都合なタイプかもしれない。カメラはいいよ、そばで眺めてるだけでもこんなに絵になる道具を他に知らないし、それで実用品としても日々役に立つんだから、単にアートとして捉えるだけじゃもったいない。特にハッとするような写真じゃなくたってどんどんシャッターを切ったほうがいい。だって、音楽を聴くようなもんだから。僕はそういうフランクな側面のカメラがとても好きだ。


じぶんのカメラも、みんなのカメラも、一日中眺めていたいくらいだ。


Rolleiflex Standard, Nikon Df

僕はTwitterやInstagramもやってるけどホームベースはこのブログだ。それでも他のSNSをのぞくのは、まさにみんなのフィルムライクなカメラたちを眺めたいから。

ライカなひと、OM-1なひと、ローライなひと、コニカなひと、みんな思い思いに愛機があって、その愛をたっぷり注ぎ込んで愛機の写真をアップしたりしてくれる。それを眺めるのがほんと心地いいし、日々の楽しみなんだ。僕は写真を撮ること、いや正確に言えばシャッターを切ることが好きだけど、機材だって写真という記憶の一部だと思ってるんで(以前、写真家の林ナツミさんがそのようなことを仰っていた)、写真と同じかそれ以上に機材たちが好きだ。小っ恥ずかしいけど恋と言ってもいい。恋してる時のあのまわりが見えなくなる感じ。カメラたちを眺めてる時はそんななんだよなあ。

だから、中古カメラ屋にもよく行く。もちろん現像したりフィルム買ったり行く理由は他にもあるんだけど、行けばほぼ100%ショーケースを見て行く。あのクラシカルなカメラたちが所狭しと並べられたショーケースの中はもうおもちゃ箱のようにキラキラして見える。あまりに魅惑的でちょいちょい手にして、その度に心打たれて、また一つまた一つと愛機が増えていくわけだけど笑、それでも最新の新品のカメラを買うよりはずいぶん安く手に入るカメラたちだから、大人の散財の仕方としては悪くないんじゃないかと思ったり。いや、言い訳か笑。

あとね、そのカメラたちのルーツを知るのが好きなんだ。僕は初号機好きなところがあって、それもカメラのルーツ好きだから、開発者の渾身の夢が詰まった初号機にどこかそそられる。初号機より改良が加えられていったモノの方がきっと使い勝手は洗練されてるんだろうけど、事カメラに関してだけは僕は不便な方、手間のかかる方へとなんか行ってしまうんだな。単純に古いもの、ヴィンテージなものが好きな世代なのかな。あー、ほんと、誰がクラシックカメラ博物館とかつくってくれないかな。できれば混み合っていなくて、珈琲飲みながら一日中カメラたちを眺めていられる博物館。僕は時間さえあれば入り浸って大人しくしてる自信ある笑。そんなことを妄想しながら、きょうもまたじぶんのカメラやみんなのカメラを懲りずに眺めている。


一眼レフは“良き時代”が詰まったカメラ。


Olympus OM-1N, Zuiko 50/1.4, Fujifilm 業務用100

いま、僕の手元に再び一眼レフが増えている。フィルム時代のカメラたちだ。もともとはニコンの一眼レフばかりを持っていたんだけどね。Nikon FE、F2、F6、そこに最近、他メーカーのカメラたちが加わった。Asahi Pentax SP、Olympus OM-1N、そして昨日手に入れたKonica FSだ。何故にそんな一眼レフが増えているのか。じぶんなりに思うのは、ミラーレスの時代がやってこようとしているのを感じで、待てよ、一眼レフは過去のものになるのか。一眼レフの良さとは本来何なのか。今一度、一眼レフのルーツとやらを感じてみよう…そんな風な気持ちが僕の中にどこかあって、機械式の一眼レフばかりここのところ増えてるんだ。

まあ、理由を述べるとするならそういうことで、実際はお店にふらりと立ち寄ると、直感でビビっと欲しくなるカメラが現れてるということではあるんだけどね。でも、一眼レフというカメラの良さはやっぱりあって。僕の場合だと「じっくり、ゆっくり、ファインダーの中の濃密な世界をシューティングするよろこび」とでも言おうか。平日は街中で速写的にレンジファインダーでスナップしてることが多いんだけど、それと比べると僕にとっての一眼レフは週末にゆっくりと一緒に過ごすカメラ。自然を撮ったり、古い町並みを撮ったり、家族のイベントを撮ったりするカメラ。時間の流れ方がとでも緩やかな時のカメラなんだ。

もちろん、プロも多用する本格的カメラだから、本来は速写も優秀だし、レンズの充実さ、その撮れる写真の本格さにおいても一眼レフは決して緩いカメラではないんだけど、僕の場合だとそういうことでね。一眼レフと向き合う時間はなにかとでも心地いい時間が流れていく。それはたぶん、フィルム時代の一眼レフが持つ余裕というか、その一眼レフが最も光り輝いていた時代の豊かさがぎっしりと凝縮された良さみたいなものがあるんだと思う。単に写真を撮るだけじゃなくて、そういう「良い時代」を感じながら写真を楽しむというのが一眼レフにはあるんじゃないかな。

ミラーレスの台頭で、デジタル一眼レフは今後は趣味性の強いカメラになっていくかもしれない。ちょうど今、僕らがフィルム時代の一眼レフを趣味的に味わっているようにね。それは少し寂しくもあるけど、逆に一眼レフは無くならないとも言える。あの一眼レフならではの高揚感みたいなものはやっぱり濃いから、ミラーレスのスマートさに慣れたら、むしろ時に無性に一眼レフのあの所作に立ち返りたいと思うんじゃないかと。まあ電気を使うカメラだから、フィルム時代の一眼レフのように何十年も趣味の道具として楽しむのは難しいかもしれないけど、でも必ず触りたくなると思うんだよね、僕でいえばDfとかD300にね。そんな日本の古き良き時代の豊かさがめいっぱい詰まった一眼レフを、僕はいま存分に味わっておこうと考えている。重いし、大きいし、シャッター音も元気すぎるような一眼レフだけど、そこが良いんだよなあ、とか唸りながら、ね。


カメラ選びはいつも直感だけど、じぶんの嗜好性が読み取れておもしろい。Konica FSとの出会い。


Konica FS, Hexanon 52/1.8

また新しい(古いか笑)カメラがやってきた。何処へ向かってるのかは聞かないてほしいんだけど。じぶんでも良く分かっていないから笑。というのも、僕の場合はカメラを選ぶ時はいつも直感。さして計画性はない。カメラ屋をのぞいては、その時目の前に現れたカメラへ運命みたいなものを感じたら、お金によほどの無理がないかぎり連れて帰る。

もちろん実用品として使いたいから、分かる範囲であれこれ個体をチェックしたり店員さんと完動品具合を品定めはする。でも結局のところは実際にフィルムを詰めて試し撮りしてみないと分からないから、そういう意味でも直感に頼って購入を決めるしかない。でも不思議なことに、直感で購入して失敗したということはこれまで記憶にない。運がいいのか、いちおう見る目ができてきているのかは分からないけど。いや、購入するお店が良いのかもしれないけど。

昨晩、直感で選んだのはKonica FSという小西六コニカが国内で初めて送り出したフィルム一眼レフ機だ。少し調べてみたところ、登場は1960年頃かな。Nikon Fと同じ頃。それまで海外向けに販売していたKonica Fの構造を廉価版的にシンプルにして、日本で登場したらしい。FSのFはフレックス、Sはスタンダードの意味みたいだね。そんなことはカメラ屋さんとの会話の中で初めて耳にするわけで、カメラをショーケースで見つけた時にはほぼ無知識。つまり直感で「あ、いいな」と手にとるわけである。ほぼ迷いなくね。

シャッター幕のコパルスクエアのロゴがまた泣ける。

この子の場合はもうほんと見た目。なんだ、この深い艶のある黒塗りは!という直感。そして、見たことのないKONICAのロゴタイプ(涙文字っていうのかな)と、いかにもレトロで少しアンバランスなラインのボディに惹かれる。店員さんに声をかけて触らせてもらう。と、想像したよりずいぶん元気に動く各部の状態に少し驚く。シャッタースピードは全速OK、背面を開けたフィルム室も綺麗で、コパルのロゴとさくらカラーのロゴが綺麗な状態で見て取れる。んー、いいなと。

問題があるとするならファインダーだったけど、まあ見れないことはない。店員さんとこのまま使い倒すか、それとも修理屋さんで上部を分解して清掃してもらうかとか話したんだけど、まあ直すというよりは使い倒すコンディションだろうなと。レンズもクモリがありそうだし、そこは試し撮りしてみてから、ファインダーとレンズの清掃を判断しようと思った。僕にしてはなかなか不安のあるほうのカメラ&レンズの購入だけど、それでも購入に踏み切らせるチャーミングさがこのカメラにはあった。まさに直感なんだなあ。

それと、コニカへの愛着というのもあった。すっとフィルムコンパクトのKonica C35を使ってきてるから、レンズのヘキサノンには凄くいい印象がある。コニカのシンプルで丈夫な造りにもどこか安心感がある。それと、どの中古カメラ屋の店員さんと話しても、かつてのコニカの素晴らしさの話は良く聞く。このKonica FSも店員さんは嬉しそうに、縦走りフォーカルプレーンシャッターであること、それがコパル製で初期はロゴがシャッター幕に印字されてること、当時はコニカFマウントといい口径がやたら小さいことなんかを説明してくれて、そういう店員さんの本音的なおすすめ感も僕の直感を後押しした。

それでもそこそこ迷ってはいたんだけど、最後はこのピアノブラックとも言える艶やかな存在感に、もうきっとこの店以外では絶対出会わないだろうなと思い、気持ちを決めて連れて帰ることにした。帰ってからも、やたらボディを眺めては空シャッターを切ったり、各部のボタンなどが何の調整なのかを確かめたりしながらカチャカチャやる。このカメラを探る時間もまた楽しい。そう、なんにせよ楽しいわけだから、それだけでもお金を払って手にする価値は十分にある。あとは写ることを祈るばかりだけど、まあちゃんと写らなくても、それなりに写ってくれれば十分かなと。きょうは金曜日。きょうを頑張れば明日から三連休、FSとの試し撮りのひとときが待っていると思えば、まあ辛い仕事も頑張れたりするのである。ありがたい趣味だなとほんと思う。


Nikon Z7にさわって、カメラは確実にミラーレスになると悟った。


Nikon Z7

現像出しのついでに、全国の都市部のキタムラに配備されているNikon Z7のデモ機にさわらせてもらった。さすが店員さんもしっかりメリットを熟知されていて、ひとしきり近未来のカメラ談義もできた。やはりカメラ屋で過ごす時間はたのしい。

で、そのZ7だけど、カタログやネット記事なんかで見るよりも、実物ははるかに良い。まず見た目は精悍。大口径のレンズ部は迫力あるし、その大きさゆえにえぐられたペンタ部がデザイン的にも立体的で、こういう良さは3次元で実物を見ないとなかなか分からない。で、ミラーレスだからもちろん薄く軽いわけだけど、それでも迫力あるデザインになっているのはやはりNikonのなせる技ではないだろうか。

とはいえグリップ部はしっかり構成されていて、このカメラが単にコンパクトなミラーレスとして設計されたのではなく、一眼レフ上級機と遜色ない本格的ハイアマチュアカメラに仕上げられていることを物語る。最も驚いたのはファインダーかな。ミラーレスだからEVFなわけだけど、これが僕的にはまったく光学ファインダーのようで違和感がなかった。パーツとしては他社と共通だったりするとことだけど、そこはNikon、他社製品より倍率を上げて、しかもとんでもなく光学ファインダー的に仕上げてある。あまりカメラに詳しくない人がファインダーをのぞいたら、これが電子ファインダーとは思わないんじゃないかな。このへんのカメラの作り込みの迫力はさすがNikonが他社より何枚か上をいくと思う。

シャッター音も適度に手ごたえがあって気持ちいい。まったく無音にもできるし、その中間の設定もある。つまりシーンにあわせて使い分けられる。このへんは一眼レフにはできない芸当だ。シャッターフィールもすこぶる軽快で気持ちいい。通常だと5コマ/秒くらいだったかな。ここもハイスピードにすると9コマ/秒という高速連写が可能だ。スペック的には「どうにでも使える、応える」という最新スペックカメラの無言の迫力みたいなものを感じる。

つまり、もうカメラはこれでいい。重たい一眼レフを持たなくても本格的シューティングは可能なんだ。この感触を目の当たりにしてみて、これは確実にカメラは一眼レフからミラーレスへと変わり、一眼レフは趣味的カメラへとポジションを変えていく、そう確信した。お店には同じくCanonから発表されたEOS Rのデモ機はなかったが、こうして各社が一斉にフルサイズミラーレスを出してきたことで、世の中は一気にミラーレスへと流れていくと思う。

まあ気になることがあるとしたら値段だろうか。仮にマウントアダプターを使って手持ちのFマウントレンズを使うとしても、カメラ本体とマウントアダプターだけでも40万円を超えてくる。スペックダウンしたZ6でも30万円を超えてくることを考えると、さすがにカメラビギナーには一気に流れにくい価格だけど、Canon EOS Rなら30万円を切ってくる。価格戦略的にはCanonに軍配が上がりそうだけど、どうだろう。

さて、僕はというと、今のところZ6やZ7の購入の予定はない。デジカメは一眼レフならNikon Dfがあるし、元祖ミラーレス的といえばLeica M-P typ240がある。これらのカメラを手放すならZシリーズも視野に入ってくるかもしれないけど、今はDfもM-Pも相当気に入ってるから、それらを手放してまではZシリーズを手に入れようとは考えていない。でもお金的に余裕のある人や、ちょうどカメラの買い替えどきの人はやっぱり買いじゃないかな。いつの時代も初号機というのはやはりそそられるところ。開発者たちが注ぎ込んだ熱量が違うから、そういう意味でも手にする価値は十分あると思う。

というわけで、もうすぐ発売になるNikon Z7をさわってみた感想のポスト。いやあ、ついに来たね、良くも悪くも次のカメラの時代が。そんな予感が強烈にした。カメラという道具だけはさわってみない分からないもの。そして、さわれば何もかも分かるというエモーショナルなアイテムでもあるから。


フィルムで撮ることは、フィルム産業を支えることでもある。


Olympus OM-1N, Zuiko 50/1.4, Fujifilm 業務用100

前提としてはもちろんじぶんが楽しいからフィルムで撮ってるわけだけど、心の中では「こうしてフィルムで撮ることで、フィルム産業を支えるんだ」という気持ちがどこかある。考えてみると、これだけデジタル全盛の世の中で、いまだにフィルムで写真を撮れることは奇跡のようなもので、いまや国内唯一のフィルムメーカー富士フイルムにすれば、いつフィルムの幕を閉じてもおかしくない。企業の利益だけを優先すれば当たり前のことだ。けれど富士フイルムはまだなんとかフィルムを世の中には流通させてくれている。そこにはもうほんと、感謝しかない。

だから僕はフィルムの中でも富士フイルムを使うことを意識している。世界に目を向ければ富士フイルム以外にもまだフィルムを生産して流通してくれているメーカーはあるけど、日本国内にかぎっていえば、富士フイルムがフィルム生産を終了すれば、おそらく現像ラボも含めてさまざまなフィルム産業プレイヤーの人々が同じく幕を下ろしていくだろう。つまり一気にフィルム産業が消滅するんじゃないかと思う。それはほんと悲しいことだし、個人的にも社会的にも何か人生にとても重要なことを失う気さえする。だから僕は富士フイルムを使う。

そして、富士フイルムで撮った写真をこうしてブログやSNSでフィルム名や機材名入りでポストする。ハッシュタグ「#fujifilm」という文言も付けるようにした。僕ごときがこんなことをした程度でフィルム産業の存続にどれほどの影響を与えられるかは分からない。というか冷静に考えれば僕一人じゃ焼け石に水のようなもがきかもしれない。でも仮に僕のような人間が1000人ほどいれば、世の中に少しフィルムの風を吹かせることができるんじゃないかとも思える。それならば、しぶとくやってみようじゃないかと。

フィルムカメラも好きだし、中古カメラ屋も好きだし、フィルムの匂いや形も好きで、現像ラボのお店も好き。故障したカメラを直してくれる職人さんたちも好きだし、フィルムカメラがあることで生き生きと写真を語る人たちも好き。そんなフィルム産業の裾野が無くなってしまうのはあまりに惜しいから、僕はきょうもフィルムカメラて撮り、フィルムの良さみたいなものを一人でも多くの人に語りかける。小さなことだけど、じぶんの中では割と大きな試みで、それはじわりじわりとわずかずつだけど、なにか効いてる手ごたえもある。あまり堅苦しくは考えたくないけど、このフィルム産業を支えるという気概みたいなものは、フィルム撮影を楽しみつつも、常に忘れたくないなと思っている。