なんでもない光景を撮る癒しについて。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8

実際、僕が撮っている写真の多くは、いやほとんどかな、なんてことない生活動線上のありふれた光景だから、何かメッセージ性のあるものを写真に収めたり主張しているわけじゃなく、ほんと、じぶんが心地よくなるためにシャッターを切り続けている。

でもね、不思議とそれでもめちゃくちゃ楽しいのがカメラなのである。それは通勤途中の道端でも、出張中の移動の途中でも、愛犬との朝晩の散歩の時でも、カメラさえあれば僕はその時間を二倍楽しめるという思いがあるし、なにより癒されるんだ。

そりゃ世の中に目を向ければ、素晴らしい写真を撮っている凄い人たちもいて、そんな本格的風景写真やポートレートってカッコいいなと思う時もあるけど、面倒くさがりの僕にはそこまでカメラと写真に突っ込んで向かい合うエネルギーはない。でもね、そんなずぼらな僕にもカメラは実に大きな包容力をもってして、向き合ってくれる。

スナップといえるほどの写真ではないけど、スナップという言葉に出会えたことは大きい。たとえ本格的なスナップ写真じゃなくても、スナップという言葉が僕のカメラや写真の向き合いをとても楽にしてくれたように思う。そっか、気負わず、スライス・オブ・ライフでいいんだという気づきであり安堵。それが、毎日懲りずにカメラを持ち出し、時に疲れきった僕の脳や肉体をやわらかくほぐしてくれる。特にフィルム撮影はその場で撮った写真を確認しない分、とてもリズムよく潔くスナップを楽しめる。そんなカメラの癒し力みたいなものを伝えたくて、きょうもブログを書いている。

僕は中判がやりたいわけではなかった。

Rolleiflex Standard, Tessar 75/3.5

これは言い方のニュアンスがむずかしいんだけど、僕は中判がやりたくてローライフレックスを手に入れたわけじゃないんだよね。ローライフレックスで撮ってみたかったわけで、それが結果、中判だった、というニュアンスのほうが近いんだ。ローライフレックスを持てば時間の流れ方が変わる気がしたし、ローライフレックスとなら初恋のようなドキドキ感が味わえるんじゃないかと思ったんだ。

近い感情でいえばライカM3への思いがそれにあたると思うけど、それでもM3はさわってみて初めて恋に落ちて、たまらず手に入れたもの。さわる前から恋心を抱いていたローライフレックスとは少し思いが異なる。それは川内倫子さんがローライフレックスで撮っていたという影響もあるけど、やっぱり独特のその存在感に魅せられていたことが大きい。

そんな僕の前に現れたのは、3.5Fでも2.8Fでもなく「ローライフレックス・スタンダード」だった。イメージしていたローライフレックス像よりさらにレトロチックで、軽くコンパクト。備え付けられていたレンズは僕が思い入れのあったテッサー。もう、求める条件がすべて揃ったまさに意中の女性が出現、そんな感覚だった。

とはいえ、飾っておくためのカメラを買う趣味は僕にはなく、実際に撮りに連れ出すことこそが最上の「デート」のようなもの。しかも街中をデートしたいというより、人っ気の少ない場所で静かな語り合いを求めた。このカメラにかぎっては、頻繁に連れ出すことよりも、誰にも邪魔されずデートを楽しめれば、その頻度は少なくても心は大きく満たされる、そんな存在が僕の中のローライフレックスだ。

けれど、撮っている最中のデート時間が楽しいだけではなく、撮れる写真もまた素晴らしいのがローライフレックスの真骨頂。1930年代のカメラとは思えないしっかりとした写りをみせてくれるし、そこに魔法のような何かをふりかけた体温のある写真ができあがる。なんか浮かれた恋話みたいで小っ恥ずかしくもあるけど、これが僕の中に潜むローライフレックスへの感情でありまなざしだ。夜中のポストだから少し照れくさいことをこうして書いてみた。これは僕だけの感情なのか、それとも同じような恋にうなされる人がほかにもいるのか、それは分からないけど、このどうしようもない感情はかなりアリだと思うんだ、人生のエネルギーとしてね。

たしかに、SMC TAKUMARは破壊的に良いかもしれない。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

今朝、Pentax SP×SMC Takumarで撮った写真をTwitterにポストしたら、ある方から「smcタクマーは、やはり破壊的に良いですねえ〜」とうれしいコメントをいただいた。うれしいというのは、僕が撮った写真がどうこうということではなくて、そっか、このSMC Takumarの描写の素晴らしさは、他の人から見てもやっぱりそうなんだという確認ができたのと、その素晴らしさの度合いを「破壊的に良い」と表現すればいいんだという気づき。

そう、この良さを上手く言葉にできなかったんだけど、破壊的に良いだ。僕が敢えて何かに例えて表現するとするなら「まるでFUJIFILM PRO400H 」で撮ったかのようなコクのある描写ということになるだろうか。それが安価なスタンダードフィルムである業務用100で描けてしまう。それは単にボケとかキレとかを超えて雰囲気や空気まで描写するという点において凄いなと感じていたのである。

僕にとって一眼レフとはNikonでありNikkorだったわけだけど、その地位をかっさらうかのような世界がこのSMC TakumarとSPにはあるかもしれない。ずっと前から思っていたんだけど、PentaxというブランドはNikonと同じくらいユーザーが濃いというか、ブランド愛が凄い。いわゆるNikon党とPentax党。そこには単にブランドイメージ云々じゃなくて、この代わりのきかない破壊的な写りの良さがあるんだろうね。そういうことが肌で感じられただけでも、Pentax機を手にした甲斐があった。もっともっと撮ろう。そして、もっともっと広めよう、この破壊的な良さを。