日々のカメラ、週末のロードバイク。僕は生きかえる。

Specialized Roubaix SL4 Sport, Fujifilm X-E2 + Jupiter-8 50/2

6月最後の土曜日の朝、激しかった雨が奇跡的にあがり、2時間程度なら持ちそうな空の色を確認して、僕はロードバイクを持ち出した。月末はプールも休館日のため、この体の鈍った感じを取り去るにはロードバイクに乗るしかないように思えた。

いつもの通り、車と並走せずに済む川沿いの道まではそろりそろりとロードバイクを走らせる。ママチャリと同じくらいのスピードだが、公道はいつもこんなペース。自転車のF1カーとも言われるロードバイクはあまりに軽量すぎるため、車の多い道や歩行者が行き交う道ではスピードが出過ぎるし、ビンディングシューズでペダルと固定された足は、急な停止には向かない。つまり、人や車のいない道で高速で走れる場所でしかロードバイクのポテンシャルは引き出せないし、自転車道が整備されていない日本の道路ではほとんどの場合、ロードバイクの本質を楽しむことはむずかしい。

だから、僕の場合はロードバイクのポテンシャルが引き出せない道路では、ママチャリと変わらない乗り方しかしない。僕の知人でロードバイクやトライアスロン(TTバイク)をやってる人間は、車にロードバイクを積んで移動し、安全な場所に着いたらようやくロードバイクにまたがりハイパフォーマンスを楽しむ。ロードバイクのポテンシャルを高次元で引き出せる乗り方をした時の爽快感はたまらないものがある。無心になれたり、記憶が蘇ったり、肉体が風と同化したり、想像を超えた多幸感に包まれる。そして、そこまで力を出し尽くした後の疲労感は、何者にも変えがたいほど心地いい。

現代はどんなにしなやかに仕事をしようと思っても、かなりのストレスと疲労感にさいなまれるけど、それでもなんとかまた翌週がんばれるのは、僕にとっては週末のこのロードバイクのおかげだ。このロードバイクが僕の主に肉体的な疲労感をリセットしてくれるとするならば、脳的なリラックスをもたらしてくれるのがカメラ。毎日わずかずつでもシャッターを切れるよろこびは、他のものでは代わりがきかない。

人間には、じぶんを解放することができる何かがいる。僕の場合なら、それはカメラでありロードバイクだ。Runや水泳もするけど、道具と戯れることが僕はどうやら好きなようで、その意味ではカメラとロードバイクは脳と肉体をリセットしたり高めたりするのにとても合っている。そして、カメラとロードバイクは相性もいい。きょうはロードバイクで走る背中にミラーレスカメラFujifilm X-E2を乗せていて、休憩がてら何枚か道中のスナップを楽しんだ。ロードバイクに乗る時は大抵、なんらかのカメラはいつも一緒だし、逆にカメラを楽しみたいからロードバイクに乗って出かけることもある。決してこけることのない安全な乗り方をすれば、どんなカメラでもこうしてロードバイクと少し遠出の散歩カメラ的スナップが楽しめる。

僕はカメラもロードバイクも楽しむ時は大抵ソロ、つまりひとりだ。仕事も家庭も常に誰かと動いている中で、ひとりになれる時間は貴重だし、じぶんのペースみたいなものを取り戻せるところがある。今の目の前のことだけでなく、昨日のことを考えたり、明日のこと、数年後のこととかいろんなことが頭の中をめぐる。そうした脳のゆらぎみたいなものに、カメラとロードバイクはとても心地よく刺激を与えてくれる。子どもの頃は永遠と思えたゆるやかな時間の流れも、この歳になると加速度的に慌ただしく過ぎていく。そういう日々と週末に、少しだけじぶんらしいペースの時間を。趣味とは遊びだけじゃなくて、じぶんらしさを確認する大切な時間でもあるんだ。

雨の土曜日、ミラーレスX-E2でフィルムシミュレーションを撮り比べてみた。

Fujifilm X-E2, Jupiter-8 50/2

雨の日のカメラ撮影はみんなどうしてるだろうか。僕は雨専用カメラとしてこのFujifilm X-E2と安価なオールドレンズを用意している。防水防滴仕様ではないんだけど、雨を気にせず、まあ仮に壊れることがあっても平気というつもりで、このラフな組み合わせの機材を使っている。

フィルムシミュレーション〈クラシッククローム〉

だからといって写りも安価かというと、決してそうではない。比べるものではないけど、M型デジタルのLeica M-P typ240の描写と同じように気に入っているといえば、そのクオリティを分かってもらえるだろうか。そこには、やはりFUJIFILMミラーレス機が搭載している「フィルムシミュレーション」が大きく影響していると思う。そこで、いくつかのカラーのポジションを試してみた。

フィルムシミュレーション〈クラシッククローム〉
フィルムシミュレーション〈クラシッククローム〉

最初の3枚は僕がいつも常用しているポジション〈クラシッククローム〉だ。説明にはこう書いてある…「発色を抑えた暗部のコントラストを高めることで、落ち着いた表現に適します」。デジカメはフィルムに比べアンダー気味の写真が合うから、まさにデジカメポジションといえるかもしれない。

フィルムシミュレーション〈Velvia/ビビッド〉
フィルムシミュレーション〈Velvia/ビビッド〉
フィルムシミュレーション〈Velvia/ビビッド〉

続いての3枚がフィルムファンにはおなじみの〈Velvia/ビビッド〉だ。Velviaは僕がフィルムカメラでも使っているリバーサル(ポジ)フィルムの風合いがモチーフだ。説明には…「高彩度な発色とメリハリのある階調表現で、風景・自然写真に最適です」と書いてある。たしかに、しっとりと落ち着いたクラシッククロームと比べると、俄然見た目は鮮やかで華やかになる。

フィルムシミュレーション〈ASTIA/ソフト〉
フィルムシミュレーション〈ASTIA/ソフト〉
フィルムシミュレーション〈ASTIA/ソフト〉

そして最後の3枚が〈ASTIA/ソフト〉。実は僕はこのポジション、今日初めて使ってみた。フィルムもASTIAは使ったことがないから、どこか馴染みがなかったんだよね。説明にはこう書いてある…「落ち着いた発色とソフトな階調で、しっとりとした表現に適しています」。さて、どうだろう。

こうしてみるとFUJIFILM機のフィルムシミュレーションはやっぱりいいね。もちろんフィルムそのものの発色や階調なんかとは異なるけど、デジタルでもフィルムのフィーリングをベースにした写真づくりにこだわっていることが伝わってくる豊かさがある。オールドレンズで撮っているのもあるけど、僕はこのX-E2が写し出す世界に触れていっぺんにFUJIFILMのカメラのファンになった。デジタルは写りすぎてちょっと…というのはあるけど、フィルム現像コストをかけずにこうして撮り比べができるのはデジタルの強み。ミラーレス×オールドレンズの世界もまたなかなかのもんなのである。

僕にとってM-Pは、オールドレンズ 母艦デジタル機。

Leica M-P typ240, Industar-61 55/2.8

Leica M-P〈typ240〉はいわゆるM型デジタルと呼ばれる現代のレンジファインダー機。もちろんレンズも現代のライカレンズを装着すれば最高の写真が撮れるのかもしれないけど、僕のM-Pにはオールドレンズ ばかりが装着されている。

Leica M-P typ240, Elmar 50/3.5

それは、もともとデジタル機が欲しいと思ったというより、「フィルムライカで撮っているスナップ撮影の感覚を、デジタル機でも得たかったから」ということに尽きる。Leica IIIaやLeica M3をストリートに持ち出して撮るアノ感覚をそのまま、デジタルに持ち込みたかったんだ。

Leica M-P typ240, M-Rokkor 28/2.8

果たして、そんなアナログな撮影感覚を現代のデジタル機で実現できるのか。結論から言うと、M-Pといくつかのオールドレンズ は、僕の期待いや希望に想像以上に応えてくれたと言っていい。それくらい、Leicaはデジタルにおいても「あの撮影感覚」を裏切ることなく再現してくれた。

Leica M-P typ240, Elmar M 50/3.5

厳密にいえば撮れる写真の風合いはフィルムとは違う。けれど、ファインダーをのぞいた感覚、マニュアルでさっとピントを合わせる、もしくは目測でカメラを構える感覚、そしてレンズの開放付近の癖であり味を楽しむ撮り心地というものは、間違いなくフィルムライカの延長線上にあった。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

オールドレンズの楽しみ方は人それぞれいろいろある。いちばんポピュラーなのはミラーレス機に各種マウントアダプターをかませて多種多様な往年のレンズたちを楽しむ方法で、SONYのα7系ボディが最も人気のオールドレンズ 母艦機。その秘密はレンズの焦点距離をそのまま使える「フルサイズセンサー機」ということになるだろう。

Leica M-P typ240, Jupiter-8 50/2

それでいえば、このM-Pもフルサイズ機なので、オールドレンズの味を焦点距離そのままに楽しめるし、なによりフィルムライカ同様、LMリングがあればバルナック用のスクリューマウント(Lマウント)レンズとM3で使っているMマウントレンズたちが実に簡単に装着できる。そのフィルムライカとデジタルライカの間をシームレスに行き来する感覚がとてもじぶんには合っていたように思う。例えば日中でもss1/4000のM-Pならレンズの開放付近で撮れるし、夜間スナップでも感度をiso3200くらいまで上げれば同じくオールドレンズのおいしい描写が楽しめる。

僕がM型デジタルへ行ったのは必然だし、それはデジタルを手にしたいというより、あのフィルムライカで撮るスナップ感覚をいつでもどんな状況下でも楽しめるという意味でのチョイスだった。ライカは、このフィルムライクに撮れる感覚を想像以上にこだわっているカメラメーカーだと思う。もし、フィルムライカの撮影感覚に感銘を受けてる人がいたら、それはたぶんなんの違和感もなくM型デジタルへ行ける。そして、それはなかなか頼もしいオールドレンズ 母艦機を手に入れることを意味する。

なんでもない光景を撮る癒しについて。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8

実際、僕が撮っている写真の多くは、いやほとんどかな、なんてことない生活動線上のありふれた光景だから、何かメッセージ性のあるものを写真に収めたり主張しているわけじゃなく、ほんと、じぶんが心地よくなるためにシャッターを切り続けている。

でもね、不思議とそれでもめちゃくちゃ楽しいのがカメラなのである。それは通勤途中の道端でも、出張中の移動の途中でも、愛犬との朝晩の散歩の時でも、カメラさえあれば僕はその時間を二倍楽しめるという思いがあるし、なにより癒されるんだ。

そりゃ世の中に目を向ければ、素晴らしい写真を撮っている凄い人たちもいて、そんな本格的風景写真やポートレートってカッコいいなと思う時もあるけど、面倒くさがりの僕にはそこまでカメラと写真に突っ込んで向かい合うエネルギーはない。でもね、そんなずぼらな僕にもカメラは実に大きな包容力をもってして、向き合ってくれる。

スナップといえるほどの写真ではないけど、スナップという言葉に出会えたことは大きい。たとえ本格的なスナップ写真じゃなくても、スナップという言葉が僕のカメラや写真の向き合いをとても楽にしてくれたように思う。そっか、気負わず、スライス・オブ・ライフでいいんだという気づきであり安堵。それが、毎日懲りずにカメラを持ち出し、時に疲れきった僕の脳や肉体をやわらかくほぐしてくれる。特にフィルム撮影はその場で撮った写真を確認しない分、とてもリズムよく潔くスナップを楽しめる。そんなカメラの癒し力みたいなものを伝えたくて、きょうもブログを書いている。

僕は中判がやりたいわけではなかった。

Rolleiflex Standard, Tessar 75/3.5

これは言い方のニュアンスがむずかしいんだけど、僕は中判がやりたくてローライフレックスを手に入れたわけじゃないんだよね。ローライフレックスで撮ってみたかったわけで、それが結果、中判だった、というニュアンスのほうが近いんだ。ローライフレックスを持てば時間の流れ方が変わる気がしたし、ローライフレックスとなら初恋のようなドキドキ感が味わえるんじゃないかと思ったんだ。

近い感情でいえばライカM3への思いがそれにあたると思うけど、それでもM3はさわってみて初めて恋に落ちて、たまらず手に入れたもの。さわる前から恋心を抱いていたローライフレックスとは少し思いが異なる。それは川内倫子さんがローライフレックスで撮っていたという影響もあるけど、やっぱり独特のその存在感に魅せられていたことが大きい。

そんな僕の前に現れたのは、3.5Fでも2.8Fでもなく「ローライフレックス・スタンダード」だった。イメージしていたローライフレックス像よりさらにレトロチックで、軽くコンパクト。備え付けられていたレンズは僕が思い入れのあったテッサー。もう、求める条件がすべて揃ったまさに意中の女性が出現、そんな感覚だった。

とはいえ、飾っておくためのカメラを買う趣味は僕にはなく、実際に撮りに連れ出すことこそが最上の「デート」のようなもの。しかも街中をデートしたいというより、人っ気の少ない場所で静かな語り合いを求めた。このカメラにかぎっては、頻繁に連れ出すことよりも、誰にも邪魔されずデートを楽しめれば、その頻度は少なくても心は大きく満たされる、そんな存在が僕の中のローライフレックスだ。

けれど、撮っている最中のデート時間が楽しいだけではなく、撮れる写真もまた素晴らしいのがローライフレックスの真骨頂。1930年代のカメラとは思えないしっかりとした写りをみせてくれるし、そこに魔法のような何かをふりかけた体温のある写真ができあがる。なんか浮かれた恋話みたいで小っ恥ずかしくもあるけど、これが僕の中に潜むローライフレックスへの感情でありまなざしだ。夜中のポストだから少し照れくさいことをこうして書いてみた。これは僕だけの感情なのか、それとも同じような恋にうなされる人がほかにもいるのか、それは分からないけど、このどうしようもない感情はかなりアリだと思うんだ、人生のエネルギーとしてね。

たしかに、SMC TAKUMARは破壊的に良いかもしれない。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

今朝、Pentax SP×SMC Takumarで撮った写真をTwitterにポストしたら、ある方から「smcタクマーは、やはり破壊的に良いですねえ〜」とうれしいコメントをいただいた。うれしいというのは、僕が撮った写真がどうこうということではなくて、そっか、このSMC Takumarの描写の素晴らしさは、他の人から見てもやっぱりそうなんだという確認ができたのと、その素晴らしさの度合いを「破壊的に良い」と表現すればいいんだという気づき。

そう、この良さを上手く言葉にできなかったんだけど、破壊的に良いだ。僕が敢えて何かに例えて表現するとするなら「まるでFUJIFILM PRO400H 」で撮ったかのようなコクのある描写ということになるだろうか。それが安価なスタンダードフィルムである業務用100で描けてしまう。それは単にボケとかキレとかを超えて雰囲気や空気まで描写するという点において凄いなと感じていたのである。

僕にとって一眼レフとはNikonでありNikkorだったわけだけど、その地位をかっさらうかのような世界がこのSMC TakumarとSPにはあるかもしれない。ずっと前から思っていたんだけど、PentaxというブランドはNikonと同じくらいユーザーが濃いというか、ブランド愛が凄い。いわゆるNikon党とPentax党。そこには単にブランドイメージ云々じゃなくて、この代わりのきかない破壊的な写りの良さがあるんだろうね。そういうことが肌で感じられただけでも、Pentax機を手にした甲斐があった。もっともっと撮ろう。そして、もっともっと広めよう、この破壊的な良さを。

Pentax SPとSMC Takumar 55/1.8の現像があがってきた。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

Nikon機以外で初めて手にした一眼レフ、Asahi Pentax SPの初現像があがってきた。想像以上に好みのシャッターフィールで驚いたSPだけど、試し撮りの写真たちもなかなか味わい深くて、やっぱりフィルムカメラはいいなあと感心してる夜。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

レンズはSMC Takumar 55/1.8。Super-Takumarはよく聞くフレーズだけど、このSMCというのはスーパー・マルチ・コーティングのTakumarという意味らしい。そのコーティングのせいか、このレンズの表面はオレンジとグリーンがグラデーションするようななんともいえない美しい色を放つ。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

写真もまたなかなか美しい。試し撮りということもあるし、SMC Takumarの癖を確かめたくて開放気味で撮ったんだけど、オールドレンズ らしいボケの暴れ方みたいなものはあるものの、どこか繊細さも持ち合わせていて、そういう微妙なギャップみたいなものが嬉しい。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

撮影場所はいつもの愛犬との散歩道なんで、特にハッとするシチュエーションでもなく、そこはご容赦いただくとして、SPとSMC Takumarが描き出す世界はなんとなくつかんでもらえるんじゃないかと思う。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

まあ、これだけちゃんと撮れるなら合格ではないだろうか。というか、一眼レフといえばNikon機しかないというくらいNikon一辺倒だった僕だけど、Pentaxはいい意味でそういう固定概念を吹っ飛ばしてくれた。これはアリだし、Pentax一筋みたいな人がいることも納得がいく、とてもエモーショナルなカメラ&レンズだと思う。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

あとね、FUJIFILM業務用100との相性でいえば、Nikon F2やNikon FEとオールドニッコールよりも良いんじゃないかと感じる。これはレンズSMC Takumarの効果なのかもしれないけど、明暗にもよるけど色のりに深みがある気がする。単にボケが華やかというわけではなく、適度に暗部に芳醇な色艶を見せてくる。ちょっとPRO 400H的な表情とでも言おうか。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

こういうのを味わっちゃうと、やっぱりフィルムカメラはやめられない。デジタルがどうのこうのというつもりはないけど、シンプルにデジタルには出せない色気でありムード。しかも、僕の中ではNikonに比べライトなイメージがあったPentaxが、むしろNikonより大人の余裕というか、落ち着きを醸し出す。これは、見つけたら買いだと思う。

Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100
Asahi Pentax SP, SMC Takumar 55/1.8, 業務用100

比較的コンパクトで精悍なブラックボディがなかなか男前でかっこいいPentax SP。その存在感も含めてセクシーなカメラという気がする。いやあ、Nikonから少しブレちゃったかなとか思いながら手にした初のPentaxだけど、いい意味でブレるのも大切というか、素直に出会えてよかったと思わせる歓びに今浸っている。ちょっと僕の中でカメラの序列みたいなものが壊れつつある。

フィルムカメラはネット社会に支えられてるところもある、というかデカい。

Leica IIIa, Elmar 50/3.5, Lomography400

フィルムカメラの情報を得ようとしたらどうしてるだろうか?。フィルムカメラ屋をのぞくのが一番確実だけど、全国どこでもフィルムカメラ屋がある時代でもない。となると、一番の情報源はなんといってもインターネットの中ということになる。

僕はフィルムカメラの知識はあまりないので、気になるカメラやレンズを見つけたらまずネット検索をかける。今はスマートフォンがあるから、ほんとどこでても検索できる。中古カメラ屋で気になるカメラなんかを見かけても、ひとまずその場でスマートフォンで検索して情報をチェックする。その足で、分からないことは店員さんに質問するかたちだ。

その点、日々のぞいているTwitterの中は、フィルムカメラ情報の宝庫といっていい。僕がフォローしている人やそのリツイートで流れてくるフィルムカメラ情報は、その濃さも信頼性も、どうかしたら中古カメラ屋さんで聞く情報よりも客観的で頼りになる。次に購入したいというカメラを見つけるきっかけも深層心理的にTwitterで見かけたものが少なくないんじゃないかな。

例えば付属品のことや故障のこと、そのカメラの癖なんかも、Twitter上に投げかけるとほぼ誰かが経験談的に教えてくれるし、たとえどんなにレアなカメラ、レンズのことでも、必ずネット上にはなんらかの参考になる記事が置かれているから、ほんと驚く。古いカメラの取説なんかもネット上からダウンロードできたりするしね。

デジタルとアナログは相反するものというよりは、意外と支えあったり上手い具合に共存してるとも言える。デジタル社会に駆逐されつつあるフィルムカメラとはよく言われるフレーズだけど、いや、むしろデジタル技術の進歩、インターネットのおかげで、この時代にあってもフィルムカメラとその情報が流通できてるんだよね。そして、フィルムカメラで検索すると大抵、いつもTwitterでおなじみの方々のブログなんかが検索上位で出てくる笑。なんとも頼もしい世界に僕は生きているのかもしれない。

どうだろう、その情報の密度みたいなものでいえば、デジカメの情報よりフィルムカメラやオールドレンズ の情報のほうが豊富にあるんじゃないかと思える。その数というより、その文書に込められた「愛」みたいなものが情報を豊かにするんだろうね。ある送別仲間に贈るフィルムカメラの情報をネットで調べていて、ふとそんなことを思った。

ちょっと思ったんだけど、レンズキットって「単焦点」にすればいいんじゃないかと。

Nikon Df, Ai AF 50/1.4D

考えてみると、僕がこれだけカメラにハマった要因は「単焦点レンズ」にもあるんじゃないかと。さっきのブログ記事にも書いたけど、僕が初めて本格的カメラ Nikon D5300を手にしたのは、知人らが奥の深い写真をSNSにアップしてるのが気になり始めたから。

それはいま思うとボケの美しさや光のすくいとり方が絶妙な写真たち。少しネットで調べてみると、どうもそれらは一眼レフで撮るといいらしく、それも単焦点といわれるレンズで撮るのがいいらしいとわかってくる。で、僕はNikon D5300を買う時に標準レンズである18-140のズームレンズと50/1.8Gの単焦点レンズも一緒に買ったんだよね。

で、初めて週末にD5300を持ち出して愛犬と散歩へ出かけたんだけど、なにげない木の枝をこの単焦点レンズで撮ってモニターで確認した時の驚きは今も忘れない。そう、この時から僕のメインレンズは単焦点レンズになった。ズームレンズはあくまでサブ、メインは単焦点レンズという僕の中のカメラ観がこの時できたんだ。

ズームレンズは便利で写真撮影の幅も広げてくれるけど、カメラ本来の軽快さや写りのキレでいえば、やっぱりシンプルでレンズの原型ともいえる単焦点レンズのほうが際立つものがある。軽いレンズならカメラを持ち出すのも楽になるし、固定の焦点距離なら画角の感覚を覚えるのにもいい。なにより、じぶんの足がズームになって一歩踏み込んで撮る感覚は、カメラの楽しさの最大の醍醐味かもしれない。

スマホカメラではなくて、本格的カメラの楽しさや魅力を伝えるなら、メーカーが設定するレンズキットも「単焦点レンズ」にしたほうが、絶対カメラにハマる人の率が上がると思うんだけど、どうだろう。ちなみにNikon Dfのレンズキットは50/1.8G(オールドニッコールをモチーフにしたSpecial Edition)なんだよね。他のカメラのことはよく分からないけど、大抵は標準レンズといわれるズームレンズがレンズキットに設定されているんじゃないだろうか。

カメラを買う時には誰でも心も踊って、買ってからは家族写真を撮ったりしてハマるわけだけど、そのうち大きな一眼レフなんかを持ち歩くのが億劫になって、だんだんとカメラから離れていく人も少なくない。だとしたら少しでもコンパクトで軽快な単焦点レンズなら持ち出す機会を増やすかもしれないし、なにより単焦点レンズの美しい描写なら濃いカメラファンをもっと増やせると思うんだ。

なにげない道端の写真でも、ハッとする描写を見せてくらるのは、やはりレンズの性能を研ぎ澄ました単焦点レンズの魅力。ぜひ、カメラメーカーさんにはレンズキットとして単焦点レンズを安くカメラビギナーのみんなへ提供してほしいな。絶対、カメラ市場を活気づける要素になると思う。

写真がなかったら、ちょっと退屈な人生だったかもしれない。

書籍「ソール・ライターのすべて」

写真といっても、この場合はカメラで撮る写真かな。でも、僕が「写真を撮る楽しみ」を明確に意識し始めたのはiPhone 3GSのカメラで撮った写真をSNSに上げ始めた頃だから、スマートフォンがカメラ産業を駆逐し始めたのはという論調はちょっとニュアンスが違うなと思っていて、スマートフォンのカメラがきっかけで本格的カメラを始める人もかなりいると思う。

僕の場合だと、iPhone 3GSをじぶんなりに加工アプリとか駆使して好みの写真に仕上げてSNSにあげていたんだけど、そこに数名の知り合いたちがドキッとする描写の写真たちをあげていて、聞くと一眼レフで撮っていると言う。そうか、一眼レフだと加工とかせずにこんな奥の深さのある写真が撮れるんだと妙に気づきを覚えた記憶がある。それから妻に「息子のサッカーを動画で撮るのに一眼レフがいいらしい」と言い訳を用意して、晴れて一眼レフNikon D5300を手に入れる。

思えばそこからハマりっぱなしだ。来る日も来る日もカメラと過ごしてる。一時期、一眼レフを手放した時でさえ、RICOH GRだけは肌身離さず持ち歩いていて、このブログもカメラの日々と共に書き続けている。もし、あの時カメラを手にしていなかったら、いまカメラと過ごしている時間が他のどんな時間にすり替わっていただろうと考えるけど、まったく思いつかない。たぶん、これだけ何かにハマる時間は過ごしていないと思う。

カメラとその写真は、とにかく深い。理屈的にはシャッターボタンを押せば写真は撮れるけど、カメラにもレンズにも数えきれないほどの種類があって、その組合せだけでも海のように広いし、そこにフィルムの種類も混ざると宇宙のように世界は広がる。オーバーではなくて、撮る季節や場所、被写体の違い、時刻の違い、光と影をすくいとる実験…そんなことを考えていたら、この世界に終わりはないというくらい無限の中を走っている気がしてくる。

ひとの写真を見るのも実に楽しく深い。有名写真家の写真たちはもう信じられないくらい神々しいし、アマチュア写真家の人たちの写真ですら、そこには一枚たりとも同じものはなくて、そのシチュエーションや機材に興味は尽きない。世の中にはいろんな趣味があると思うけど、このカメラと写真の世界くらい始めやすくて奥深いものは無いんじゃないかと思う。この話に特に結論はない。ただ、そういう楽しみがこの世にあることはもっと多くの人に知ってもらいたい。そんな気持ちでささやかではあるけども、僕はカメラで写真を撮ってブログを書いている。