そういえば最近、ポジで撮ってないなあ。ブローニーで撮ってみるかなあ。


Nikon F6, 24-85VR, Fujichrome Velvia100

この写真は、Nikon F6にポジフィルム、いわゆるリバーサルフィルムのフジクロームVelvia100を入れて撮ったもの。iPhoneのカメラロールに保存してある過去写真を眺めてたら、ふと目に止まって、あ、やっぱりポジの写真の風合いはいいなと。

過去にリバーサルフィルム3本(Velvia100、Velvia50、Provia100F)を撮り比べしたことがあるんだけど、どれもいいなと思いつつ、いちばんしっくりきたのがこのVelvia100だった。この日は晴れた一日で、日陰の部分はこうして黒くなりがちだけど、初めてVelvia100で撮った時は雨あがりの曇り空でね、それもまたしっとり感が増して、一発でリバーサルフィルムに魅了されたことを覚えている。

以来、家には必ずVelvia100のストックが数本あってね、いつでも持ち出せるんたけど、なんとなく特別な時のフィルムとして取っておこう、みたいな感覚があって、ふだんの散歩カメラや街撮りスナップには使ってこなかった。あと現像もラボから外注になって10日間ほどかかるから、ついつい手早く現像できるカラーネガを多用してしまう。

けど、リバーサルフィルムで撮った写真をあらためて眺めてみると、なにげないふだんの光景のほうが合うんじゃないかと思えてくる。一見爽やかに見えるんだけど、どこか影があったり湿りっけを感じる路地裏とか、風を感じるあぜ道とかね、そういう光景の記憶にリバーサルフィルムは実はしっくりくるんじゃないかとね。

そういえば、中判を始めた頃にリバーサルで撮ることをすすめられたことがあったな。立体感がきわだつブローニーのリバーサルを現像し、ライドボックスにのせてルーペで見るとそれはそれは美しいと。そうだ、次にリバーサルで撮る時は、ローライフレックス・スタンダードで撮ってみようかな。現像代もフィルム代もネガフィルムと変わらなかった気がする。そう考えると、まだまだ未体験の機材の組み合わせはたくさんある。しばらくカメラやレンズを買い足すのはお休みにして、フィルムをいろいろ試してみること、再開してみようかな。フィルムが選べる今のうちににね。


最後に手元に残したいカメラを、時間をかけてゆっくり絞り込んでいく。


Leica M-P typ240,Elmar M 50/3.5

朝の通勤時によく出会うおじさんがいる。僕もおじさんだけど、僕より人生の先輩でお孫さんがいそうなおじさん。仕事を引退しているかどうかは身なりからはよく分からない。でも小綺麗なアウトドア系の服装で自転車にのり、よく道端でカメラを構えてのどかな自然なんかを撮っている。

カメラはなんだろうといつも気になっていたんだけど、昨日すこし注意して見てみたら、どうもレンズはシルバーのジュピター8じゃないかと。ボディははっきりとは分からなかったけどSONYのα7系に見えた。いずれにしてもブラックボディの割とコンパクトなミラーレスだ。

なんだか、あゝいいなと思った。おじさんの年代からするとフィルムカメラ世代だと思うんだけど、ここからは推測だけど、仕事を引退するような歳になると、なかなかフィルム生活を維持するのはむずかしい。金銭的なこともあるし、自宅そばにフィルムを売っているところや現像に出せるところもない。でも、あの頃のカメラのある生活は忘れられない。そんな時に現像しなくていいミラーレスカメラはきっとありがたいし、何より往年のオールドレンズたちも楽しめる。たぶん、そんな感じなんじゃないかなと思った。

僕もあと10年もすれば今の仕事を引退する時が来る。先に書いたおじさんのそうではないかというシチュエーションと同じようになる。そんなことをふと考えると、ミラーレスとオールドレンズの世界はアリだなと思った。まあデジタルなんで機械式のフィルムカメラボディは何十年とは使えないかもしれないけど、オールドレンズで撮るならその都度型落ちの小綺麗なカメラを買い直していけばいい。マニュアルでシャッターを切ることができれば、それはフィルムカメラに慣れたからだにもフレンドリーだ。

まあまだ先の話とはいえ、10年なんかはたぶんあっという間で、やがて僕も仕事をセーブしたり、車に乗らなくなったり、行動範囲が狭くなったりする。そんなシーンのカメラとの過ごし方を考えて、その最後に手元に残すカメラとレンズをこれからじっくり時間をかけて絞り込んでいく。そんなことを感じさせたおじさんのカメラライフとの遭遇だった。あ、おじさんの日常のことはすべて妄想ではあ?だけどね笑。さて、僕の手元にはどんなカメラとレンズが残っていくんだろう。


デジタルな現代だからこそ、フィルムがいる。


Nikon F2, Auto 50/1.4, Fujifilm 業務用100

みんながそうかは分からないけど、僕にはそうだ。週のうち五日間はたぶん普通の人より多めのデジタルな環境に囲まれて生きている。その延長線上でいえばデジタルな趣味があってもよさそうだけど、僕の趣味とはどれもアナログ的だ。

ロードバイク、スイミング、ランニング、そしてフィルムカメラ。どれもが風や土、水、緑を全身で感じることがベースだ。カメラについてはデジタルでも撮るけど、その触れ方はアナログなカメラの延長線上にある。つまり、ふだんのデジタルと反作用するアナログなことが、なんとか僕の生き方のバランスをとってくれている。

デジタルな世界で溺れないようにアナログでバランスをとる。このことは言うほど単純でも無いし、軽い話ではない。決して大げさではなく、人間が生きる根源的なバランスの話なんじゃないかと思う。世の中、万物は表と裏、光と影、正と悪といった相反するものがバランスをとりあって成立している。そんなことを思うようになって久しいけど、今では何をするにもそのことが脳裏にある。

僕もいい歳なんで年代のせいかなと思うところもあるけど、世の中が曲がりなりにもフィルムカメラ人気などと聞くと、若い人だって潜在的にデジタルばかりの世の中でなんとか相反する要素をじぶんにとりこんで、この世の中を必死に泳ぎ切ろうと思ってるんじゃないかと思う。必死というよりは、もっと無意識なものか。デジタルを敵視するんじゃなくて、デジタルと軽やかに同居するかたちでアナログなものと上手に暮らす。そのためにフィルムカメラというのはとても自然体でフィットする。

何もかもがデジタルデータでくっきりはっきりするんじゃなくて、あえてくっきりはっきりしていない曖昧なもの、不便なもの、面倒くさいものを混ぜる、しなやかに。平日のオフの日にめいっぱいクラシックカメラのことをインプットしようとしているじぶんがいて、ふとそんなことを思った。


組み立て式の二眼レフ「学研フレックス」で撮ってみた。


学研「大人の科学」の付録、Gakkenflex。

今もあるのかな、学研「大人の科学」。そのバックナンバーの中になんと組み立て式の二眼レフが付録でついている号があると知り、アマゾンで購入して早速撮りに出かけてみた。まあ出かけてみたといっても、いつもの近所の散歩道なんだけどね。でも、このカメラの写り具合みたいなものはお伝えできるんじゃないかと思う。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

ジャァーン!どうかな?笑。いや、意外とちゃんと写ってると言っていいんじゃないだろうか。¥3,000円ほどの学研の付録のカメラでこれだけ写れば、これはもう儲けもんと思っていいレベルだと思う。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

この学研フレックス、じぶんで組み立てるわけだけど、これが意外と舐めちゃいけないレベルで、僕は完成までに半日くらいかかったな。まあ箱を作るという意味ではシンプルなプラモデルではあるんだけど、シャッター機構もすべて組み立て式だからね。このへんが割と細かいというか、なかなか真剣さを必要とした。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

これだけ撮れると、あらためてレンズはどんなスペックなんだろうと思った。プラスチックの一枚レンズ、まあ単焦点ということになるんだろうけどF値はいくらなんだこれ?笑。つまり、撮る時に絞りとかシャッタースピードをさわることはない。ピントを決めてシャッターを押すだけだから、Konica C35なんかと撮影プロセスは同じだね。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

あ、大事なことを忘れてた。この学研フレックスは普通の35mmカラーネガフィルムで撮れるんだ。僕がこの組み立て式二眼レフを欲しいと思ったのは、最近手に入れたローライフレックス・スタンダードで二眼レフがおもしろいと感じたからなんだけど、ローライフレックスはいわゆる中判カメラで120フィルム=ブローニーフィルムを使う。ブローニーフィルムというとなんか敷居が高く感じる人もいると思うんだけど、この学研フレックスは普通のフィルムで撮れる。そこがまた素晴らしい。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

さて、写りのほうの話に戻すと、見てもらえると分かるけど、ピントが合ったところ以外の周辺は流れる感じ。でも、それがまた味があったりする。僕はそもそも写りすぎないカメラが好きでフィルムをやってるようなところがあるけど、その意味では学研フレックスは素晴らしく合格だ笑。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

そのピント合わせも正直、くっきりとは見えづらいファインダーの中では正確に合わせるのは難しい。でも、いわゆる上から覗き込む二眼レフのファインダーの楽しさは十分味わえるし、想像したよりはピントを外していなかった。あと35mmフィルムなんで普通に撮ると真四角じゃなくて、こんな風に縦構図で撮れる。ハーフサイズカメラみたいだね。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

あと、学研の推奨フィルムは感度400の24〜27枚と書いてあったけど、僕は富士フイルムの業務用100/24枚撮りを入れて撮ってみた。それでも日差しがたっぷり注いだ順光であればこれだけしっかり撮れるんだなと。感度400なら屋内撮影もいけるんじゃないかとちょっと思った。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

まあジャンルでいえばトイカメラということになるんだろうけど、想像したよりは全然しっかり撮れていて僕は驚いたなあ。癖がある分、その癖をいかして撮り方を極めたいと思わせるカメラ。そういう意味でも一度きりの撮影では満足しない楽しさがこのカメラにはあると思う。

Gakkenflex, Fujifilm 業務用100

あ、ひとつだけ次回注意したいと思ったのは、全部で19枚しか撮れていなかったこと。うち2枚はいわゆるフィルムの0枚目のような写りだったから、実質は17枚か。24枚撮りフィルムだからそこは駄作でもいいから24枚ぜんぶ撮りたい。フィルム送りの方法をもうちょっと慎重にやってみようかな。まあ何はともあれ、このカメラはただのおもちゃのような付録なんかじゃないってこと。組み立てる楽しみ、撮る楽しみ、考える楽しみの、ひとつで3倍楽しいカメラ時間が待ってるってこと。ぜひお試しあれ。


M-P typ240とズミルックスの週末。


Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

きょうは朝はNikon F2、昼はRolleiflex StandardとGakkenflex、夕方はLeica M-Pを連れ出すことができて、なかなか脳をよろこばせることができた土曜日だった。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

M-Pに装着したのはSummilux 50/1.4 2nd。なんだかんだいって、いちばん装着率が高いレンズかな。Elmar Mの頻度も高いけど、この第2世代のオールド・ズミルックスはより時空を超える感覚がして気に入っている。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

M-Pのほうはフィルムモードのスムーズ。このふたつの組み合わせが気に入っているというのが正確なところかな。フィルムの質感とは異なるけど、このズミルックスとフィルムモード・スムーズの写し出す世界なら、僕はデジタルであることに不満はまったくない。それくらい気に入っている。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

それは結局、写りすぎないところがいいんだろうと思う。f1.4の開放付近のゆらぎもそうだけど、理屈じゃなくてこのズミルックスとtyp240のフィルムモードが描き出す世界は、どこか魔法がかったところがあるというか、Nikon Dfのデジタル描写とは明らかに違う。技術的に違うというよりは、ライカが追い求める世界の思想が違うんだと思う。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

フィルムライカからライカの世界に入った僕は、実はずっとデジタルライカのことは敬遠していた。フォルムこそM3を踏襲しているけど、所詮デジタルだし、M3やバルナックで得られるあの高揚感は決して体感できないだろうと。それなのにあの法外なコストをかけることがまったく価値観としてイメージがわかなかった。でも、こうして手にして日常使いしている今、ライカが踏襲したのはかつてのフォルムだけじゃなかったと感心している。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

ライカは徹底的にフィルムライカユーザーたちの嗜好や期待を裏切らないことを踏襲している。それは現代のボディであれ、かつてのオールドレンズであれ、ライカであればどんな組み合わせでも変わらない、不変の何か。そのためにこの大量生産の時代にあって、驚くほど手間暇をかけてカメラとレンズを紡ぎ出している。そんな気がジリジリと伝わってくるのがライカの本質だと思う。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

フィルムだとかデジタルだとか、そんなことは気にさせない、ライカらしくあることだけを愚直に追いかけた世界。それゆえに、フィルムライカからデジタルライカに持ち替えても違和感はまったくない。むしろ世界が広がる感じがする。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

僕は最新のM10のことは分からないけど、typ240についていえば、これはもうフィルムを愛した人にはぜひおすすめしたい。フィルムを愛し、フィルムから抜けられず、デジタルを食わず嫌いになっている人にこそぜひおすすめしたい。その手持ちのオールドレンズが再び輝ける世界がここにはある。

Leica M-P typ240, Summilux 50/1.4 2nd

そして、これまでライカと縁がなかった人にもぜひ。高価ではあるけど、ライカが追いかけているのは単にハイブランドというような世界ではなくて、カメラと写真に愚直にこだわった結果、どうしてもコスト高になってしまったピュアでストレートな世界。いろんなものがある程度ビジネスライクにならざるを得ない現代において、これほど無垢なものに触れる機会はなかなかないと思う。


そして「二眼レフカメラ ワークショップ」も、何度読んでも飽きない保存版。


田中長徳 著  二眼レフカメラ ワークショップ

わが家には田中長徳氏の書いたワークショップと言う名の本が二冊ある。ひとつは「ライカ ワークショップ」で、もうひとつがこの「二眼レフカメラ ワークショップ」だ。主にはローライフレックスのことが書かれているが、そこから派生した外国産や国産の二眼レフのことにもかなりふれているから、ローライフレックス ワークショップではなくて「二眼レフカメラ ワークショップ」ということになる。

田中長徳氏の本を読んだことがある人は分かると思うけど、この本も御多分に洩れずチョートク節が炸裂している。いわゆる「浅いカメラ通」や「神経質なカメラ追求人」なんかの思想はバッサバッサと斬り捨て、真のカメラ人類のあるべき姿を語っていく。僕も浅い人間の一人だが、読んでる時はなにか長徳さん側の熱いカメラ人類になっている気分で読んでしまうから、そういう意味でもこの本は見事なモチベーションアップ本といえる。

長徳さん自身は最初に手に入れたローライは「ローライコード アールデコ」、日本では“金ぴかコード”と呼ばれる名機だ。その後、それを手放し「ローライフレックス スタンダード」に買い換えている。このエピソードが僕には親近感がある。実は僕がローライを最初に意識したのも出張先でのぞいたお店で見かけた金ぴかコードだったからだ。あいにくその金ぴかコードは委託品で、修理しないとそのままでは使えないと店員さんに聞かされ、手に入れるには至らなかった。

それから一、二ヶ月してからのこと、地元のいつもの中古カメラ屋をのぞいた時に程度のいいローライフレックス スタンダードと巡り会うことになる。もともと金ぴかコードに惹かれていたのもそのコンパクトさ。同じようにコンパクトでシンプルなスタンダードは一発で僕の心を鷲掴みにした。いつもの店員さんに全体的なコンディションを見てもらったが、レンズのテッサーをはじめ、どれもが珍しいくらい綺麗な状態だということで、その日のうちにわが家へ連れて帰ることとなった。

金ぴかコードからスタンダードへ。この流れが僕にとっては長徳さんと時空を超えてオーバーラップしたような気がして、妙に親近感を覚えてしまったのだ。田中長徳氏といえばライカ通として有名だけど、この本を読む限りでは、ローライフレックスのことも本気で愛しているように僕には思えた。本の中身はネタバラシになるのでこのへんにしておいて、興味がある人はぜひ読んでみてほしい。すでに二眼レフを持っている人はますます所有機が愛おしくなるだろうし、これから二眼レフを検討しようとしている人にはなんというか手にする幸福感みたいなものがつかめると思う。

ローライフレックス スタンダードで撮り始めて以来、その書籍なんかも探すんだけど実は意外に少ない。ライカ本やハッセル本はわりとあるんだけど、ローライフレックスをはじめとする二眼レフの本は、僕はこの長徳さんの本と、もう一冊はKindle本で藤田一咲氏が書いた「ローライフレックスの時間」という二冊しかうまく見つけられなかった。もちろんネット上にはレビュー記事や動画もあるんだけど、そのカメラの世界に入り込みたい時は、僕は本がいい。なかでも田中長徳氏の本はとにかく土足でこちらの心に入り込んでくるようなところがあって笑、大いに没頭することができる。カメラは写真を撮る道具だから、いい写真が撮れるのならカメラはなんだっていいというのはあるんだけど、カメラに思い入れがあればさらに写真との人生は濃密になる。それくらい田中長徳氏の本は僕のカメラ人生に決して少なくない影響を与えている。責任をとってほしいくらいの笑。


この時代の機能美というのは洒落ている。Rolleiflex Standard & Rollei35


Rolleiflex Standard, Rollei35

この時代というのは感覚的には1970年以前といったところだろうか。この時代のカメラたちをいくつか所有し、実用品として写真を撮るようになって、本当にその機械としての作り込みの凄さ、そしてその結果研ぎ澄まされたような機能美にいつもいつも魅せられる。

考えてみるとプラスチックが登場したあたりからその品みたいなものとは違う方向へカメラたちは向かい始めたんじゃないかと思う。相当便利で扱いやすく、軽く、さまざまな形に加工しやすくなったんだろうけど、その結果、セクシーさみたいなものは失われていったんじゃないかという気がする。僕はこの当時はカメラをやっていなかったから、リアルなその時代の転換みたいものは分からないんだけど。想像としてね。

ライカにしても、ローライにしても、ニコンにしても、1970年頃までのものは見るからに美しい。金属の艶かしさ、手に持った時の冷やっとした重量感ある手ざわり、そして鈍く光る各パーツ、どれをとってもプロダクトの黄金時代のようなまぶしさを僕は感じる。こういうデザインはデザインしようとしたらあざとくなるから、こうして機能美を突き詰めていった先にたどり着く姿が自然体で美しい。そして、その出しゃばらない感じが実に洒落ている。

復刻したものじゃなくて、当時としては最新鋭だったものが年月を経た結果クラシカルになる。それが本物で本気のデザインが放つセクシーさなんだと思う。現代のプロダクトデザイナーたちは大変だと思う。こんな時代のものたちと比べられながら新しいデザインを創造していかないといけないんだからね。いっそ、カメラらしいデザインを一切脱ぎ捨てて、現代の機能に即した現代の機能美を追求したほうが新しいセクシーさや洒落た世界を作れるのかもしれないね。僕は写真を撮るのは好きだけど、こうしてカメラ自体を撮るのも好きだ。そして、こうして眺めるのも好きだ。うまく言えないけどパワーをもらえるんだよね、眺めてると。降参だよ、まったく。


フィルム界隈、がんばれ。


35mmフィルムたち

いまTwitterを眺めてたら、フィルム通販のかわうそ商店さんがフィルム値上がりのことを呟かれていて、忘れていたフィルム消滅の危機感みたいなものをふと思い出した。

そうなのかと。それとあらためて気づかされたのは、このツイートのコメント欄で会話されていた「いまカラーフィルムを製造できるのはコダックと富士フイルムの2社だけ」ということ。2018年5月現在、ジワジワと押し寄せるフィルムの終わりを痛感させられたというか、少しゾッとしたというか。

とはいえね、もうとっくに消滅していてもおかしくないフィルムが、まだこうして現在でも使えていることが奇跡であって、僕らはフィルムとデジタルが両方楽しめる奇跡の時代を楽しめているのも事実。ふさぎ込むより、ただただフィルムで撮る楽しさを噛み締め、まわりにその楽しさをジワジワと伝えていくしかない。

Rolleiflex standard

僕はデジタルでも撮るから、フィルムがこの世から無くなっても写真は撮り続けるとは思うけど、フィルムのない生活は今はちょっと想像がつかない。あのフィルムの匂いやフィルム装填の所作、現像に時間をかけて対面できるあの独特の光と影の世界が見られないなんて、考えると少し怖い。

んー、考えれば考えるほど気持ちがどんよりしてくるんで、いつもこの現象は忘れるようにしてるんだけど、時代は今日も刻々と前に進んでるから、やがてね、来るんだろうね、その日が。悲観的になってもしょうがない。明日まだひとまずフィルムで撮れることに感謝して、フィルムカメラとまた街に出よう。フィルムで撮れる瞬間を堪能しながら。


和製テッサーKonica C35を経て、本家テッサーRollei35へ。


Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

先週手に入れたRollei35の試し撮りが現像からあがってきた。まずはしっかり撮れていてホッとしている。やっぱりね、初めて手にするクラシックカメラの最初の現像は何度体験しても緊張する。幸い僕がこれまで手にしてきたクラシックカメラたちは試し撮り時に不具合があったことはないから、馴染みのカメラ店には感謝している。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

さて、そのRollei35だけど、僕のはいわゆる歴代最初のモデルでレンズはTessar 40/3.5を積んでいる。そう、僕が所有するRolleiflex Standardと同じであり、フィルムコンパクトであるKonica C35のレンズ、Hexanon 38/2.8のモデルになったレンズである。

Rollei35, Tessar 40/3.5

だから、僕にとってRollei35の試し撮りは個体がしっかり動作するかの確認であったと同時に、これまでスナップで多用してきたKonica C35との操作や写りとの比較が楽しみであった。Konica  C35の作例は過去記事を見てもらうとして、やはりテッサー型の二台の写りは似てるなと思った。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

焦点距離もKonica C35が38mmに対してRollei35は40mm、開放F値もf2.8とF3.5と近い。フィルムカメラの場合は、写真の質を決めるのはレンズとフィルムと言われる。なので、同じレンズ構成のテッサー型でフィルムが同じなら、焦点距離もほぼ同じなこの二台の写りは理屈的にもかなり近いものになる。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

写真の描写の質としては、シャープでカリッとした乾いた質感かな。僕はKonica C35とRollei35の写真を並べてそれぞれ撮影機材を当てろと言われたら自信がない。まだRollei35のクセをつかめていない僕は、この二台のカメラの描写の差を見極める能力はまだない。ただはっきり言えるのは、やはり本能的にテッサー系レンズは好き、ということである。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

Konica C35もRollei35も実にコンパクトで手の中にすっぽり収まる。そんな玩具のようなボディから、シャープで綿密な写真を繰り出すそのギャップのような姿が僕にとってはテッサー型レンズの魅力だ。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

とはいえ、この二台は扱い方については趣が異なる。Konica C35のほうは当時の大衆的カメラだけにピントを合わせてシャッターを押すだけの手軽さが売りだけど、Rollei35のほうは高級コンパクトとしてドイツで生まれ、Rolleiflexを彷彿させる絞りとシャッタースピードダイヤルをじぶんで合わせて撮る。しかも距離計は搭載しておらず、目測だ。つまり、Konica C35よりは少々手間がかかるフィルムコンパクトだということ。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

まあ一般的な解釈として「手間がかかる」とは書いたけど、僕個人としてはだからこそRollei35を手に入れたところがある。つまり手間というよりは楽しみ。これまでフィルムコンパクトはKonica C35を多用してきた僕が、あえてRollei35も手に入れたことのわけはそこにある。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

バルナックライカIIIaを手にして街中のスナップを撮るようになって、すっかりマニュアルで露出を決めて撮ること、目測でヒュンヒュンとシャッターを切ることの楽しみを覚えたのである。カメラに撮ってもらうんじゃなくて、僕がカメラと共同作業で撮る感じ、それが何よりスナップする時の楽しみになってきたんだ。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

それともうひとつのローライ、二眼レフのRolleiflex Standardで近ごろ撮るようになったことも大きい。レンズはくしくもテッサー。このローライ×ツァイス・テッサーの組み合わせに魅せられた結果、街中のスナップでもこの組み合わせで撮ってみたいと思ったんだ。さすがに二眼レフを街中に持ち出してスナップする勇気というか気概はまだ僕にはなかったから。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

そういう意味では、週末にまったりと撮るあのRolleiflex Standardの撮影感覚を街中に持ち出すことができたという意味で、Rollei35を手に入れた意義は僕に撮ってはかなり大きい。Konica C35はあいかわらず大好きなカメラだけど、あえて手間をかけて撮るという意味では、僕はKonica C35を卒業してRollei35にたどり着いたのかもしれない。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

撮る作法みたいなものもRollei35はちょっと独特で、フィルム装填の方法から沈胴式レンズの出し入れまで、ちょっとした知識を必要とする。Konica C:35がそれこそ知識がなくてもシャッターを押すだけで写真が撮れるのに比べると、Rollei35は撮り手のことを試すみたいな構造が施されている。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

にんげんというのは不思議な生き物で、手がかかることの方が好きだったりするんだよね。Rollei35は慣れるとそうではないんだろうけど、初めて手にした時はそういうギミックで撮影者を試し、たぶんその撮り手を認めた先になんともいえない撮る快感があるカメラなんじゃないかと思う。

Rollei35, Tessar 40/3.5, Fuji業務用100

まあ初めての試し撮りだから、写真の上手い下手は勘弁してもらうとして、なんとなくRollei35の写りの雰囲気みたいなものは伝わるんじゃないかと思うけど、どうだろう。僕としては期待通りの写りでもあったし、Konica C35よりは難解な撮影プロセスがなかなか新鮮だった。

Rollei35, Tessar 40/3.5

そうそう、Rollei35を購入したことをTwitterにあげたら、実にたくさんの人が祝福とともに声をかけてくれた。クラシックカメラ好きなら一度は通る道、みたいなニュアンスのコメントが多かったかな。その意味もこうして試し撮りをしてみたことで少しわかった気がする。慣れるまではしばらくの間、このRollei35で集中的にスナップを撮ってみたいと思う。実にシンプルなカメラでもあるけど、その分とても奥深い魅力があるような気もするんだよね。やっぱりフィルムカメラはいいな。こんなスナップ欲を刺激するカメラもそうはないと思う。手のかかることは、それだけ逆に愛おしいのである。その先の印象の変化などはまたおいおいブログに綴っていくということで、きょうはこのへんで。


この世にFUJIFILM業務用100があるかぎり。


FUJIFILM業務用100

きのう家のフィルムの在庫を確認していたら、いろんな種類のフィルムはそこそこあるものの、肝心の業務用100が残り二個で、これはいかんということで今夜仕事帰りにいつものキタムラで10個セットを調達して帰ろうと思っているところ。

過去にもブログに何度か書いたけど、僕はもうほんと業務用100が好きで、Konica C35で撮ろうが、Nikon F6で撮ろうが、Leicaで撮ろうが、フィルムはいつも大抵この業務用100だ。もちろん、感度を稼ぎたい時はFUJIFILM PRO400h、暗所ではFUJIFILM NATURA1600、モノクロで撮りたい時はILFORD XP2 400、あとリバーサルフィルムも在庫としては持ってるけど、それらのフィルムを入れる時はやっぱりどこか特別な時で、ふだんのなにげないスナップではもっぱら業務用100が定番だ。

これだけ業務用100を好んで使う理由はまず価格の安さであることは間違いないけど、写りの方だってなかなかヤルと思っている。というか、フィルムを始めた頃に業務用100でいろいろ試していたら、なんとなくその後も常用フィルムになっていったんだよね。僕の中ではいちばんフィルムらしい写真が撮れるというか、綺麗とかそういう品質の差を超えて、このフィルムにはフィルム文化みたいなものがのり写るんだと感じている。僕が買うキタムラでは24枚撮りでなんと一本¥250。最近になってようやく値上がりしたけど、それでも他のフィルムがものによっては¥1000円以上する世の中で、この安さはけっこう驚異的だ。

フィルムで撮るのは楽しいし、撮れる写真の質感もたまらないんだけど、たまにその現像代やスキャニング代に少々ヘキヘキして、しばらくデジタルで撮ろうみたいに思うことがあるんだけど、そういう時は決まって業務用100を詰めてカメラを持ち出す。業務用100ならそれほどコストを気にせずに撮れるから、これならまだしばらくはフィルムで撮れる、フィルムを楽しみ続けられるとどこか安心するのである。だから、僕にはいろいろなフィルムやデジタルで撮っても、常に業務用100が帰る場所。このフィルムがこの世から姿を消す時が、もしかしたら僕がフィルムをやめる時かもしれない。そんな日が来ないことを切に願ってはいるのだけど。