軽快な単焦点が好きだけど、コンパクトなズームもアリだなという気づき。

Nikon F6, AF-S 24-85 f3.5-4.5 ED VR

僕の場合は、カメラに求める性能として「持ち出しやすさ」というのがすごく重要だから、レンズは自ずと単焦点が多くなる。しかも軽量コンパクトな50mmがほとんど。でも、最近2つの標準ズームを手に入れて、ズームもコンパクトなものならアリだなと再認識しているところ。

2つの標準ズームとは、MFのAi Zoom Nikkor 43-86 f3.5と、AFの24-85 f3.5-4.5 ED VRの二本。その感想は少し前のブログに書いてるけど、この二つのレンズはとにかく軽量コンパクトで、ズームであることを忘れさせるくらい軽快に持ち出せる。それでいて、広角〜標準〜中望遠までカバーできるから、荷物をあまり持ちたくない散歩カメラや旅行の時には相当軽快だろうなと想像がつく。しかも構造がシンプルだから、描写力も素直でしっかりとしたもの。そうなると、一本のズームであれこれ撮れる世界は、当たり前だけどかなり便利なことをあらためて実感する。

レンズは上を見たらキリがないところがある。もちろんそれぞれの焦点距離の単焦点レンズをずらりと取り揃える手や、明るいズームレンズにある程度大きな投資をする手もあるけど、そうしようとなるとけっこうなコストが必要となるし、ちょっと手軽に持ち出すレンズとしては大袈裟すぎるものになる。僕としては、とにかく手軽にカメラ&レンズを持ち出すことが最優先で、そうなるとこの二つの標準ズームは途端に超魅力的な存在になる。

43-86のほうはそれほど高倍率じゃないものの、いざとなったら標準だけじゃなく中望遠85mmまだ使えるそのちょっとした余裕が実は相当頼もしい。もう一つの24-85も広角24mmから上は85mmまで使えると考えると、文句なく便利であることは間違いない。そんな標準ズームという存在の利便性をいまあらためて再認識しているところだ。写りの方も単ボケ味が豊かな焦点レンズと比べると、適度にソリッドで単焦点レンズとは異なる変化も堪能できる。つまり、大きさや重さを気にせずにズームのおいしいところだけを凝縮して楽しめるといえばいいだろうか。キットレンズとしても扱われる標準ズームは、どこかエッジがなくて平凡な写りと思われがちだけど、軽量コンパクトで持ち出しやすさまで追求するとなると、これ以上のレンズはないというくらい使いやすさが際立つんだ。その描写力に特筆すべき特徴があるわけでもないから、自ずと被写体選びや構図選びで工夫を懲らそうとする感じも悪くない。カメラはとにかく外に持ち出してナンボなもの。単焦点レンズや高性能レンズを揃えたものの、どこか写欲に軽快さが足りないと感じる人は、一見ありきたりに思えるかもしれないけど、レンズを軽量コンパクトな標準ズームに付け替えると何かが変わる気がするなあ。

Nikon FEとヨンサンハチロクは、なかなかいいコンビ。

Nikon FE, Zoom Nikkor 43-86/3.5

デジタルのNikon Dfでは試し済みだったZoom Nikkor 43-86 f/3.5を、今度は本丸のフィルムニコンに装着して撮ってみようと、Nikon FEと連れ出してみた。一度にはフィルム一本を使い切れず、3回に渡って撮り、やっと今日現像があがってきた。

Nikon FE, Zoom Nikkor 43-86/3.5

あいにくの天候もあって、業務用100にf3.5のレンズでは適正なシャッタースピードでなかなか撮れず、ブレた写真も数枚あったけど、まあ試し撮りとしては上々の撮れ具合だったかな。僕はヨンサンハチロクの描写、なかなか好きかもしれない。

Nikon FE, Zoom Nikkor 43-86/3.5

このヨンサンハチロクは、Nikonが初めて標準ズームとして世に送り出した歴史あるレンズ。僕のはその最初期のものではないようだけど、それでもいかにもフィルム時代のオールドレンズだけあって結構好みの周辺減光や味のある描写をしてくれる。いつもFEに装着しているAi50/1.8とはやっぱり異なり、ボケ味とは違う、かといってパンフォーカスでもない、絶妙なフィルムの味を醸し出している気がする。

Nikon FE, Zoom Nikkor 43-86/3.5

先日、DfとF6用に購入したAF標準ズームのAF-S 24-85 f/3.5-4.5 ED VRの描写もおもしろいなと思ったけど、フィルム時代のMF標準ズームもなかなか風合いのある写りをしてくれる。ヨンサンハチロクは軽量コンパクトな点も持ち出しやすいレンズとして魅力だし、いい意味でどこかファジーな写りは真面目すぎないようにも思えてなんか愛おしい。ヨンサンハチロクの評判については、賛否両論あるみたいだけど、僕は好きだな。

Nikon FE, Zoom Nikkor 43-86/3.5

今度はまたしっかり晴れた日にNikon FEもしくはNikon F2に装着してじっくり撮ってみたいな。昨今はちょっとしたオールドレンズブームで、デジタルミラレーレス機にオールドレンズを装着して撮る人なんかも多いけど、僕もデジタルのNikon Dfにヨンサンハチロクを装着してみた感想からすると、やっぱりオールドレンズはその時代のカメラボディに装着して撮るほうがいい味を最大限に引き出せる気がした。そこはやっぱり、無理のない伸びやかさが出るんだろうね。いずれにしても、このヨンサンハチロクというレンズ、なかなかおすすめです。

今を共有するならスマホ。思い出に残すならカメラ。

Velvia100, Provia100F, Velvia50, Ektar100

きのう現像出ししてきたフィルムたち。三本はリバーサルフィルム、一本はKodak送りのEktar現像、共に現像に2週間ほどかかる。スピードが求められる現代において、これだけ仕上がりに時間がかかるものも今となってはめずらしい。

現代はSNSが空気のように当たり前になった時代。事件やニュースは手のひらの中のスマホに瞬時に飛んでくる。地球の裏側のこともリアルタイムでつかめるというのは便利だし、どこに住んでいようとも時代に置き去りにされる感じは今はしない。そういう意味ではスマートフォンは素晴らしい装置だし、そこに搭載されたカメラは「今を共有することに関しては、最高のカメラ」と言える。そんな先進的なカメラを常に持ち歩いているのに、なぜ、この撮った写真を見るのに2週間も要するカメラを別途持ち歩く必要があるのか。

究極をいえば、持ち歩く必要はない。無くても生きていける。いや、無い方がお金もかからないし、古いカメラを修理する手間なんかも必要ない。それでも、多くの人が手間のかかるカメラに魅せられる。なんなんだろうね、この現象は。タイトルには「思い出に残すならカメラ」と書いたけど、そんなひと言では言い表せない、カメラをやる理由みたいなものが僕らの頭や気持ちの中には浮遊している。それも、ふわりというよりはもっと強く激しくだ。

ただひとつ言えるのは、一眼レフやレンジファインダーといったカメラを所有して写真を撮るという行為は、ひとを少し思案させたり、文化的にさせたりするということ。読書とか絵画に近い何かがある。ひとを創造的にするということかな。写すだけならスマホカメラでもいいけど、写すとか簡単じゃない何かがカメラにはある。その答えみたいなのを追い求めながら人生を撮り続けることこそがカメラの魅力であり魔力なのかもしれない。