僕は今年の大晦日も紅白とかそっちのけで、上原ひろみの動画のはしごをしている。

まあ紅白をバカにしているわけではなくて、子どもの頃からレコ大や紅白にはまったく興味がなくて、大人になってからもそれが続いたいるだけで、まず僕はほとんどテレビの前にはいない。映画を見てるか本を読んでるか音楽を聴いてるかだったと思うけど、今は音楽を観ることができるからYouTubeでお気に入り音楽のサーフィンをしていることが多い。今夜も例外ではなく上原ひろみの音楽をあれこれ視聴している。トリオの音楽はその難解さも含めて緊張感がたまらないけど、ソロで弾く彼女のテクニックも恐ろしいほど僕は吸い込まれる。音色だけじゃなくて彼女のパフォーマンスを観ることができる今の時代は本当に豊かだなと思う。少しはやく眠りにつこうかな。今夜もいい夢が見れそうだ。

走り納め。サドルの上でいろいろ考えた。来年はいいイメージしかない。

今年最後の走り納め、気持ちよかった。サドルの上でいろいろ考えた。仕事のこと、家族のこと、からだのこと、趣味のこと、夢のこと。なんだかどれも突破するイメージしかわかない。つまり、いいイメージしかわかない。僕にとってサドルの上はポジティブな場所だからそこで考えるといい方向になりがちなのは否めないけど、それでもこの複雑な時代にあってポジティブなイメージがわくというのは貴重なこと。じぶんの直感を信じて来年も走りぬきたい。いろんなことを後悔しないように、全力で。あ、でも、しなやかに。それが僕のがんばるという中身の信念。

さて、ロードバイク走り納めとするか。僕らしい大晦日に。

昨日までは比較的ゆっくりする大晦日を考えていたんだけど、少し遅めに目を覚ますと外はまぶしいくらいの快晴で風もなんだかやさしい。そのおだやかな空気を確かめるために少し外を歩いてみたんだけど、これはもうロードバイクで走るしかないなと。激動だった一年の締めくくりの日の過ごし方がロードバイクで走るというのも僕らしくていいんじゃないのかなと思っている。それくらいロードバイクとの出会いは僕のライフサイクルというか人生観みたいなものを変えた。カメラをGRに絞ったのも、スイムを始めたのも、遠くまで足をのばす週末になったのも、愛車スペシャライズド・ルーベと出会えたおかげだ。そういうじぶんの軌跡みたいなのを感じながら今日は走り納めをしたい。今の空気をぞんぶんに吸い込みながら。

GRと朝陽をあびて今日をスタートする。

昨夜やっぱり朝陽をあびるといいという記事を何かで読んで、起きたまま一直線で外へ出てGRとうろうろする。あてのない散歩ほどリラックスする時間はない。音楽はシャッフルにして、今はいい感じでストーンズが流れている。水面から蒸気が立ち上るのをみて、なにか思考もゆらゆらとする。今日は12月30日。今年もいよいよ残り2日となり脳は嫌がうえでも来年へ想いを馳せるモードにある。とりあえず思うのは今年よりさらにじぶんに素直になろうということ。カッコをつけたい年齢は過ぎたかなと思うので、知ったかぶりとか妙にクールに振る舞うのはやめようと。じぶんの知らない世界にピュアに好奇心を芽生えさせていきたいななどと思っている。なんだかいい年になりそうな予感はある。

動画を見て2ビート・クロールのイメージトレーニングをするのが日課になっている。

2ビートキックのクロールの動画はTIスイムをはじめいろいろあがってるから最適なものを見つけてほしい。ただ僕の場合はスイムコーチのような人の上手な泳法だけじゃなくて、いままさに2ビートを習得中の人の動画も好んで見る。コーチの美しい2ビートは脳に焼き付ける感じで、習得中の人の2ビートは動きが大袈裟なぶん体の動かし方の参考になる。クロールの場合、85%は手のかきで進むと言われるため、足をなるべく蹴らないほうが体力も消耗せず疲れにくい。トライアスロンのような長距離スイムには2ビートが好まれる理由だ。でも、最初は疲れないために2ビートを習得したいとあれこれ動画を見たり練習し始めたけど、そのうちにこの魚のようなゆったり優雅に泳ぐスタイルに魅せられた。今ではイメージトレーニングもあるけど、見ていて心地いい癒し動画として眺めているところもある。そして、何度見ても見飽きることがない。僕の本質的好みに刺さってるんだろうな。

日々に、生きてると実感する数十分を。

昨日の夜で今年のプールの営業も10日間ほどの正月休みに。やっとノッてきたスイム練習だったからちょっと残念。その間はバイクとラン、カメラとの日々にしようとは考えているけど、スイムのない日々を我慢できるかな。

昨日でスイミングスクールに通い始めて2週間だったんだけど、カナヅチからのスタートが曲がりなりにも25mを息継ぎしながらクロールで何本も泳げるようになったのはじぶんでもけっこう驚きで、何でも始めてみるもんだし、続けてみるもんだなと再認識している。

トライアスロンに出たいという動機からのスタートだったけど、スイムはやってみると水の中というじぶんの新しい居場所を発見した、みたいな気持ちも強くて、そういう気づきのうれしさがあることも大きい。あれだけ苦手にしていた水の中が、実はとても大らかで優しくて人間らしさを感じられる場所だったとは思わなかった。サーフィンなんかにハマる人がいる理由も少しだけ分かったような。水中とは母体の中にいるような安心感があるのかな。もし、僕のようにずっとカナヅチ人生で水の中を敬遠している人には、ぜひ水の中の本当の心地よさを知ってほしいなと思う。そこには人間らしい命の源泉みたいなものを感じる何かがあります。

あとね、疲れ方も心地いい。陸上でランやバイク、フットサルなんかを楽しむ時の疲れ方とは少し違う。僕なんかはまだまだ全身に力が入ってるから激しく疲れるところもあるんだけど、それでも穏やかな疲れ方というか、全身が溶けるような疲れ方であって体を痛めつけている感覚とは少し違う。浮力、水圧、いろんなものが作用してるんだろうけど。あと、景色がいい。水中の青い色を眺めながらゆっくりとスクリューのように進んで行く感じ、あと息継ぎの時に水面と水上の境目が見えるんだけど、これが僕の中では水平線の感覚があってとても興味深い光景に思えた。これをオープンウォーターで夕陽と海面の際で感じられたら最高だろうなと。溺れない程度に長い距離を泳げるようになったら、朝陽か夕陽のさす海へと出かけて泳ぎたいな。なんだか、泳ぐことについて書いたからかえってプールが恋しくなってしまったけど、つまり僕はこの2週間で生きてると実感する時間と場所が増えたということ。年末だったこともあるけど、それがこの一年で最も印象深い出来事になったかな。

いい意味で年末感のない空気。時代かな。

僕のまわりだけかな。仕事納めの一日だけど、数年前と比べるとなんだか年末感があまりないように感じる。飛びかう「よいお年を」という声もどこか控えめな気がする。でも、だから駄目というわけじゃなくて、僕的にはむしろ適度な節目の空気は心地よかったりする。僕自身ももう何年も前から年賀状を書くのをやめている。以前はそれなりにオリジナリティをこめて年賀状を毎年制作していたけど、気がつくと年賀状を書くだけで正月休みが終わるような慌ただしさがあり、もっとゆっくり時の経過を味わいたいと思い立ち、筆を置いた。かといってSNSで代弁することもしていない。それもちょっと違う気がして。まあ、つまりただの面倒臭がりなのかもしれないけど、ほどよい距離感みたいなものが何につけても僕の求めるものなのかもしれない。遠すぎず、近すぎず、ほどよい距離でお互い分かり合ってる感じ。この年末感をそれほど感じない空気がそのせいなのか、それとも世間もそんなぼとよさを望む感覚になってきているのかは分からないけど、ただ思うのは時代は動いているってこと。良いか悪いかは別として動いている。人はその中で無意識に心地よいことを求めていて、それがまた結果として時代を少し動かす。おもしろいね。さて、仕事納めして、プール納めの準備をする。

さて、仕事納め、プール納め。

なんだか早く目が覚めたんで、ひとポスト。思えば今年も一年あっという間だった。仕事のほうはまあ山あり谷ありでそれなりに試練だったけど、チームで進むんだと思ってやってきたから僕やもしくは誰かが下降線の時も誰かがそれをカバーしてくれたりで結果トータルとして上積みできた満足ゆく一年だったように思う。今日はその仕事納め。心の中でチームみんなに感謝する一日にしたい。オンが充実すればオフもいい回転をするのが僕の人生のようで、プライベートもなかなか充実した年になった。このブログでもたびたび書いているけど、やっぱり大きな変化はカメラをRICOH GRに絞ったことと、週末のライフサイクルをロードバイク中心にしたこと。そして年末近くになってふとトライアスロンへの挑戦を思い立ち、スイミングを始めたこと。数値的な記録を追い求めているわけじゃないけど、ロードバイクにしてもスイミングにしてもトライを重ねることで昨日できなかったことが翌日ちょっぴりだけできるようになる感覚は年齢に関係なく嬉しいもんだなという発見がある。スイミングスクールのほうは今夜が今年最後の営業日で、新年の7日あたりまでおあずけになるのがちょっとさみしくはあるのだけど、連日スイム練習にハマって少々疲れのたまった筋肉を休めるつもりで正月休みを過ごそうかなと考えている。どこか営業しているプールを探し始めるかもしれないんだけどね。

ただ、スイムができない時はバイクがありランがある。それがトライアスロントレーニングのよいところで、三種目あるからローテーションで何らかのトレーニングはできる。トライアスリートの人たちもこの点はよくメリットにあげていて、三種目もトレーニングするのは大変でしょうと言われるけど、逆に三種目あれば日によって練習メニューを変えることができて結果飽きずに気分転換しながら体を鍛えることができると言う。僕も近ごろそう思えてきたから、少しはトライアスリートの思考に近づいてきたのかもしれない。

トライアスロンの国内シーズンは春から秋にかけて。スイムが順調に上達すれば秋ころの何らかの大会にはエントリーできるんじゃないかとポジティブに考えているけどどうだろう。ひとまずバイクショップでトライアスロンクラブには入会したから日々会員専用のFacebookページでさまざまなトライアスロン情報は入ってくるようになった。半年前には考えもしなかったような自分の行動なわけだけど、そんな心境の変化も含めて今年はわりと変化の多い年だったし、そういう予測のできない自分の進化みたいなものに驚くと同時に少し嬉しさも感じる。というわけで、仕事納めでありプール納めである2016年の12月28日の朝。少し早めに仕事場へ向かうとしよう。終わりの日というより、来年への始まりの日にするために。

少しだけ楽に泳ぐコツがつかめたかもしれない。

今夜も懲りずにスイム練習へ。レッスンはない日だから、ただひたすら自習復習の繰り返しだ。前回コーチに習った手の動き、息継ぎのタイミングを思い出しながら泳ぎ始める。息継ぎができるようになると自然と全身の力を抜くということが分かってくるとマスターズ会員の人が言ってたけど少しその意味が分かるようになってきた気がする。全身から力を抜くとそれまで必死に動かしていた手足のことを少し冷静に見つめることができる。そして、今一度ストリームラインと前に出す手、すなわちグライドに注意しながら泳ぐ。と、なんだか少しスピードが出るような感覚を覚える。すーっと前に進む推進力が増した感覚。あ、これがクロールの気持ちよさかも、と水の中で少しだけ手応えを感じた。楽に泳ぐコツというには大袈裟かもしれないけど、でもクロールというのはやっぱりストリームラインが基本で、しかもその最も重要な動きはグライドじゃないかと再確認した。グライドの手がしっかり残れば自然と体は斜めに傾きローリングする。すると、前に進む推進力が出てくる。最後に2本ほどその感覚を確かめながら25mを泳いだ。というわけで今夜も2時間ほど水の中で生き返った。まだまだトライアスロンに必要な1.5kmスイムは遠い彼方だけど、なんだか自分の中では大きな一歩を踏み込めた気がする。いくつになっても、できなかったことができるようになるのはうれしい。うん。

今年の落しものを探す。

今年も残りわずかになると、僕はこの一年なにかやり忘れたことはなかったかと心がキョロキョロしてるようなところがある。残された時間はそうないからあまり大きな落としものを見つけても困るのだけど、でもまあ思わぬ気づきがあればいいななどと考えながら思い巡らしている。考えてみると自分のことは何かと忘れることなくできてきた気がするけど、誰かのためにできていないことは多いなと、そんな今年の落としものの数々に気づく。今年挽回できればいいのだけどそうもいかないから、来年の目標にしようかな。あちこちの人にごめんよと心の中でつぷやきながら。