仕事仲間に恵まれれば、仕事は何より人生の支えになる。

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好きな仕事に就けている人、好きな仕事ではないけど家族を守るために仕事に励む人、いろいろだけど、一日のうちの多くを過ごす仕事場という場所はやはり人生に大きな影響を与える。そして、その仕事の日々とは時に達成感があるものの、どちらかというと試練であることが多い。前例のないこと、運に見放されること、理不尽なこと。そんな毎日だけど、仕事仲間に恵まれればなんとか走っていける。じぶんのことだけでも忙しく大変なのに、どこかまわりのメンバーを互いに見守り、何かあれば支えるぞという空気。文化とでも言おうか。僕はそういうものに多大に助けられてきたし、できればじぶんがしてもらったように誰かを助けなければいけないという使命感みたいなものも少なからずある。ドライに考えれば仕事仲間とは仕事だけの付き合いの仲間とも言えるけど、毎日何時間も人生を共にする仕事仲間に恵まれれば、人生に恵まれているといっても差し支えないんじゃないだろうか。それほど仕事仲間とは大事だし、そんな文化を持ち合わせた仕事場を持てることは何より幸福なことかもしれない。

映画ダ・ヴィンチ・コードを10年ぶりに見たけど、まったく古くないね。

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映画インフェルノ公開のニュースが出始めたんで、まずはシリーズ前作二本を復習しようと思い、Huluでまずは一作目「ダ・ヴィンチ・コード」を見てみた。主演のトム・ハンクスこそ多少若さを感じるけど、ストーリーはまったく古さを感じさせなかった。普通なら映像の質感そのものから古さが否めなかったりするもんだけど、そこもまったく違和感なく、この作品が当時いかにハイクオリティで作られたかがわかる。男は、いや僕はこの手の秘密結社の陰謀を解き明かすストーリーが好きだ。正直アニメやその延長線上のSFみたいなのには子どもの頃からまったく興味がなくて、宇宙の話や古代ピラミッドの話、そしてこういう世界の七不思議みたいなものに魅せられてきた。それもあってダ・ヴィンチ・コードなんかも贔屓目に引き込まれるのかもしれない。第二作の「天使と悪魔」ももう一度見て、それから第三作「インフェルノ」を見ようと思うんだけど、インフェルノについては原作本を読もうかなと迷っているところ。過去二作に比べればずいぶん分かりやすいストーリーとの評判だけど、この手の映画は秘密や謎を解き明かしていくのが楽しいわけで、その微妙な描写は2時間ちょっとの映画版ではすぐに理解はなかなか難しいだろうと。あと、インフェルノはなにかと現代社会の背景が色濃く出ているらしく、インターネットや先端デバイス、人口爆発といったいかにも2016年の映画らしい描かれ方をしているらしい。 ま、いずれにしても本も映画も相当楽しみなのである。謎解き大好き世代にはね。

大人になると秋が好きになるよね。

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子どもの頃は”芸術の秋”とか”読書の秋”とか言われてもさっぱりピンとこなくて、”スポーツの秋”とか”食欲の秋”くらいしか謳歌していなかったけど、大人になると夏より秋のほうが好みになるから不思議だ。特にカメラ持ちには秋はたまらない。夏の間、クールに振る舞っていた自然たちが一斉に色気を放ち始めて、どっちを向いてもシャッターを押したくなる。街中であっても太陽光の加減がどこかアートしていて、シャッターを押すとやっぱりどこか雰囲気のある写真になったりする。

僕の日常の写真倉庫であるInstagramの写真もふだんは寒色系でどこか男くさいんだけど、秋になると暖色系がまじって少しだけアーティスティックになる気がする(笑)。今度の週末が来る頃には11月にも突入して辺りの自然もさらに色気を放つかな。カメラが手放せない季節だね。短い一瞬のシーズンだから楽しもう、カメラ持ちたち。

ぜんぶ、つながっている。

冷えるね。誰もいない日曜日の朝の公園でひとりこのブログを書き始めている。そういうとなんかとても寂しい感じがするけど、こうして空が広がっていると思考は寂しくはない。世の中よくできているなと。

空を眺めていると、先週起こったことから徐々に過去のことをいろいろ回想するんだけど、どれも自然と芋づる式に思い出すというか、それはひとつひとつは点なんだけど、すべて線のようにつながってるよなとあらためて気づく。今があるのは先週のおかげだし、先週があるのはその前の出来事のおかげ。そしてそこには必ず人が起点や連結点になっている。ともするとじぶんの努力おかげとか考えがちだけど、明らかに僕は人のおかげで成り立っている。大した人間じゃない僕が常に目標をアップデートできているのは、これまで関わってきたまわりの人たちの応援や助言、奮い立たせてもらった言葉や行動のおかげによるところがほとんどだ。いや、それがすべてといっていい。こんな、助けてもらったばかりの人生でいいのかと考えると、こんな僕でも誰かの役に立たなきゃ申し訳ないと思う。

もうすぐ年末がやってくる。どうやら僕のつぎの目標は、よりまわりの人たちのために何ができるか、というフェーズに移行しているようだ。人生は順繰りなんだろうな。たぶん、僕にいろいろ手ほどきをしてくれた人たちもみんな、以前じぶんが手ほどきしてもらったことを僕に授けてくれてるんだろうね。そう考えると世の中は捨てたもんじゃない。というか、実に素晴らしく動いてるよなと思う。決して大袈裟ではなく。

ふー、生きかえる週末へ。

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みんなの一週間はどうだったろうか。僕の一週間は加速度的に速かったとも言えるし、やっと金曜日の夜とも言える、なんとも抑揚のある日々だった。こういう時は音楽が脳をクールダウンしてくれる。

気がつくと来週には11月がやってきて、たぶん早い所ではクリスマス音楽が流れ始め、イルミネーションが街の景色を変え始める。毎年この時期になって”今年はじぶん、何か進化しただろうか”と思うわけだけど、すでに時遅しみたいなところがあって、よし、来年こそは頑張ろうと。その繰り返しなんだな、毎年(笑)。

明日は晴れるかな。ロードバイクをすっ飛ばしてじぶんを解放してやったら、落ち着いてブログを書くとしよう。本日はもう終了。よい週末を。

にんげんは完璧じゃないという前提について。

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なんだか忙しくてTwitter見たりブログ書いたりする時間がなかなかなくて焦るけど、ブログをひらくとやはり落ち着く。わが家に帰ってきたような。

Twitterの買収話がどこかに吹き去ったようだけど、ディズニーやGoogleなんかがTwitterの買収を見送った要因のひとつに「誹謗中傷の温床」の側面があるという記事を読んだ。僕はSNSと呼ばれるものの中でもTwitterがいちばん愛着があるし、唯一のソーシャル”メディア”(ソーシャルネットワークではなく)だと思っている。だけどその匿名性ゆえか寄ってたかって人や企業を叩いたりする光景はやはり閉口する。

ふとじぶんを振り返ると、にんげんは完璧じゃないことを嫌というほど感じるものなのに、他人のことになると匿名ゆえに厳しくなる。そして、他の人の言動にかぶせるようにそのボリュームは大きくなっていく。人はもちろん理想の姿や完璧をめざすところはあるわけだけど、少なくとも僕はそんな完璧な人を見たこともないし一人も知らない。むしろ、仲がいい人はウィークポイントが見えて未熟な僕でも心許せる人だったりする。世の中はすっかり失敗しないことが優先される風潮になってしまってるけど、そもそもにんげんは完璧じゃないという許容みたいな空気が出てきてほしいし、そういう空気の中からしか人や時代の発展みたいなものは生まれない気がしている。

走るなら、夜より朝のほうが続けやすい。

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朝Runも、夜Runも、それぞれいいところがある。朝Runはなんといってもカラダを目覚めさせる効果と、静かな道をできたての空気の中を吸いながら走る気持ちよさは格別だ。夜Runもまた、そのまったり走れる感じがいい。聴く音楽によっては一種のトランス状態のような心地よさがある。

では、どちらが続けやすいかというと、勤め人にはやっぱり朝Runだろうか。夜は時に会食が入ったり仕事がきりがつかなかったりとなにかと大人の用事が入りやすい。それと比べれば朝は唯一じぶんだけの時間が確保しやすい。早起きさえすれば。

Runじゃなくてウォーキングでもいい。朝、少し緩めに流すようなRunでカラダをゆっくり目覚めさせてもいいし、後半にダッシュを取り入れて、カラダを一気に目覚めさせるのもまたいい。あと、朝Runはヘッドホンなしで走ったほうが気持ちよかったりする。シンとした空気、じぶんの大地を蹴る音、風の音に鳥の声、朝の音は五感を豊かに刺激してくれる。僕は朝Runにしたり夜Runにしたりその時の気分でいろんな走り方をするけど、走り続けて思うのはトータル的には朝Runのほうが続けやすいということかな。これからの季節は早朝はかなり暗いのだけど、またその漆黒の道を無心で走る感じも気持ちいいよね。

冬のスイッチが入った道をサクサク踏み鳴らす。

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今週あたりから本格的に冬へのスイッチが入ったような気がする。朝晩も気づけばかなり暗くなり、風も半袖には少し寒すぎるように。そして、アスファルトの道を歩く分には気づかなかったけど、こうして週末に少し自然の中に分け入ると、明らかに道も秋冬色に染まっていることに気づく。

小さい頃の癖というか、ついつい葉がたまったところをわざと靴で踏み鳴らして歩いてしまう。けれど、それで冬へのスイッチを足裏でダイレクトに感じるようなところもあって、その感触はとても気持ちいい。ポケットからRICOH GRを何度も取り出して何度もひざまづいて子ども目線で辺りを撮る。カメラは散歩を何倍か楽しいものにしてくれる。さて、もうひと歩きしよう。

ニューヨークの写真家 Doug Kofsky氏が撮るヒマラヤの写真たちが神秘的だ。

Twitterで好きな人のひとりが小口さんなんだけど、また素敵な目線のツイートをしてくれた。ここで紹介されているNYの写真家 Doug Kofsky氏のサイトを見に行ってみたけど、いやあ素晴らしい。どの写真も拡大してみると、まるでNASAの宇宙の写真を見てるかのように脳がクラクラと揺れる気がする。人間の手付かずの自然は宇宙の一部なんだなと再認識させられる。カメラを持ってこんな山々を撮り歩く時間というのはどういう心境や心理状態になるのだろう。撮影の環境としては過酷なものなんだろうけど、それ以上の快楽が写真家の脳に降臨するんだろうな、そんなことを思った。

雨の週末はブログと過ごす。

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この週末はあいにくの雨空でロードバイクはおあずけなんで、久しぶりに静かに過ごしている。ロードバイクはまあ自転車だから雨に降られてもいいんだけど、錆びがメンテナンスの大敵なんで多くのローディたちは雨だとロードバイクには乗らない。だから金曜日の夜はみんな天気予報とにらめっこになる。

とはいえカラダを動かさないとすっきりしない体質になってしまっているんで、昨日は夜に雨が小降りになったのを狙ってウォーキング。今朝も霧雨のなかRICOH GRと散歩に出る。草花が雨に濡れる感じは好きで、いつもより多く発散される自然の匂いを感じながら、地べたにひざまづいて葉や土を眺める。そしてGRで記憶する。

今朝のBGMはシャッフルでストーンズや大橋トリオがアットランダムに流れてくる。雨だから観念して家でゆっくりしろよと言われてる気がするんで、おとなしく写真の整理やブログの更新をして過ごそうか。まあ、そういう静かな週末も悪くない。昼寝とかしてみようかな。