土曜日は「土」の日。

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こどもの頃はほんと服がまいにち汚れてたよね。あれって「ワンパクで行儀が悪かったから」というのもあるけど、物理的に汚れが付く場所が身のまわりに減ったのかなとも思う。

通勤路はあたりまえだけどアスファルトや舗装された道だけで事足りる。雨が降ってもどうかしたらほぼ濡れずに仕事場まで行けたりしてね。それくらい僕らはいま土とは無縁の平日を送っている。

その反動もあるのか、僕の土曜日は決まってカメラと土のある場所へ行くのが習慣だ。それは愛犬がいなくなった今でも変わらない。太陽が昇る頃を見計らって、その日の気分でレンズを選んで家を出る。木製のベンチに腰掛けて空を確認する。空が撮ってくれと言わんばかりの表情の時はここで週末最初の一枚を撮る。あ、その前に「本日のカメラ×レンズ」もスマホで撮る。だから僕の週末のInstagramはいつも「今朝の相棒カメラ×スマホ」の写真をポストすることから始まる。

この週末の儀式が終わると、土の道へと移動する。アスファルトの道もあるけど、あえて土の道を行く。横目には水辺。いまの季節はけっこう冷えるんだけど、不思議と土の上はあたたかい。たぶん、物理的にあたたかいんじゃなくて、ココロがあたたかいんだと思う。

服装は大体いつもジーンズだ。僕にとってジーンズは「今日はひざまづいても平気な日」という証だ。ひざまづくとね、目線の高さがこども目線になる。すると立ち姿では見えない景色が見える。もしくは、見える気がする。カメラは大人のおもちゃみたいに思えるけど、正確に言うとこどもみたいな無垢な目線になれる道具なんじゃないかと思っている。

ひざ小僧を汚しながら撮る行為は、僕の中ではとても”生きてる”という気がする。なにか潔癖になり過ぎた世の中で、ザラザラとした自然の感覚を取り戻す週に一度の行為というか、バランスをとる行為。今週も大地を数枚撮る。なんのこっちゃという何の変哲も無い写真なんだけど、それでも撮る。こどもの頃はよく土と遊んだなとかリマインドしながら、撮る。そして、また翌週、アスファルトデーへと帰ってゆく。この繰り返し。土曜日とは、僕には休日というより、土の日である。人生に欠かせないものである。

そしてワゴンにたどり着く、そんな感覚。

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思えばいろんなタイプの車に乗ってきた。ハッチバック、小型車、ロードスター、四駆、クーペ、オーブンカー、セダン、そしてワゴン。僕らの世代は車は自由のシンボルであり、プロダクト好きの象徴のようなものだから、お金はかかるけどやっぱり所有したいと思うモノ。

好みがコロコロと変わってきたわけじゃないんだけど、結果としていろんなタイプの車に乗ってきた結果、ワゴンにたどり着いたようなところがある。現代の車は優秀だからワゴンでも動力性能は犠牲にならないし、燃費もボディの大きさもスマート。で、ザクッとワゴンスペースに積み込んでラフに乗れる。その道具感が今の僕にはいい。道具感でいえば時計やカメラ、ロードバイクなんかと同じ感覚なんだろうな、僕は。

でも車を所有する1台目からワゴンのほうがよかったんじゃないか?ということであれば、答えはノーだ。小型車からスポーツカー、四駆、セダンまでぜんぶ通過した上でワゴンにたどり着いたと思っていて。若い頃はやっぱりスポーツカーには乗ったほうがいい。あの自由さは格別。家族ができたらツーシーターなんてなかなか所有できないから。

世は自動運転カーの未来で持ちきりみたいなところあるけど、僕は趣味としての車も楽しみたいな、いつまでもね。

30分歩く、がいいらしい。

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もちろんカラダにいいという話ではあるんだけどね。大学の先生がおっしゃっている、うん。

http://biz-journal.jp/i/2016/02/post_13924.html

僕は感覚的にもそう思ってて、最近はRunの習慣をウォーキングに変えている。もちろん膝にも優しいし、疲れ方がロードバイクと同じでいかにもじんわりカロリーを燃焼してるっていう感覚がいい。

あとは歩くとね、景色がより味わえる。Runでも景色は見られるけど、そこはやはりね、激しく上下動しながらしかも速く横へと流れていくから、どちらかというと景色を眺めてるというよりは脳で考え事してることのほうが強い。

ジムの中をマシーンで走ってるわけじゃないんだから、どうせなら外の自然の中にいることをもう少し堪能しながら運動したい。そういう人には迷わずウォーキングのほうを勧めます。なんでもそうだけど、少しだけ、ほんの少しだけ今よりストレスを与えるくらいが向上にはいいんだよね。人間の成長もそうだけど、健康もね。で、歩いてみようか、となればカメラを持参するのもお勧めです。景色が何倍も楽しめるようになるから。

というわけで、Blog「記憶カメラ」もこれで第280話まできた。一歩一歩、新しい記憶へと踏み出していこう。