地球だって人と同じで自然体がいい。NIKKOR Micro 60mm/f2.8

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今朝はあいにくの雨だったけど、小雨になるのを待ってD750と出かけてみた。レンズは水滴を撮ろうと思ってMicro 60/f2.8を。雨の日はこの選択が多い。とはいってもたくさん撮ったものの、じぶんのなかでよしとしたのはこの一枚だけで、しかも水滴はないんだけどね。

それにしても今年の一月に一眼レフD5300を手に入れて以来、P340やGR、D750でたくさん写真を撮ったなと。ここ数日はP900をしぶんへのクリスマスプレゼントにしたこともあって、さらにたくさん撮っている。まあ、写真をやらない人からしたら、そんな似たようなカメラをいくつも持ってどうするの、ということになるんだろうけど、いやあこれが人間と同じでみんな一人ひとり違った個性があって、やっぱりそれぞれの個体のよさが日々だんだんと沁みるように分かってきておもしろいわけです。レンズもそうかな。僕はいま4つのレンズを使い分けてるけど、ほんとここ最近、単に画角の差だけじゃない、レンズそれぞれの個性が愛おしく思えてきたところ。

で、何か特別なものを撮ってるわけじゃないんだけどね。もともと僕の写真好きは5年前くらいにiPhone 3GSを持ったときから始まって、愛犬と散歩しながら散歩道の空や地面を撮るのが日課みたいになっていった。僕の家のあたりは比較的自然が多くて、仕事場からはずいぶん遠いんだけど、そういう自然が多くて人が少ない環境は気に入っている。そんな日常だったから、一眼レフやコンデジを持ってからも、iPhoneの散歩写真の延長線上というか、なんでもない散歩のときのなんでもない自然の写真を撮ってる、そんな感じ。

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でもまあ、じぶん的にはそれが心に健やかな行動であるし、けっこう楽しいんだよね。ふつうに通り過ぎてしまうようななんでもない景色の中にちょっとした季節の移ろいや小さな世界を発見する。愛犬と撮り始めたこともあるからよく地面を見てたしね笑。地味だけど、僕の中では意外と地味じゃなくて、うお!とかなることが多々あるというね。

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いつもがそんなだから、いかにも被写体がある景勝地とかに行くと脳が驚いて相当たくさんシャッターを切ってしまう。まあそれも楽しいんだけど、僕にはカメラとふだんの散歩はセットみたいなところがあるから、こういう小さな自然を撮ってるときのほうが妙に落ち着く。なんでも、やり始めの頃のきっかけというか環境はその後の生き方に影響を与えるよね。

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あと、朝夕の光の時間帯の写真が好きだから、朝夕の散歩にサクッと出て撮る感じも性に合ってるんだと思う。あ、誰かが以前ブログに書いてたけど、よくInstagramとかで絶景を日々アップしている人がいて、あぁ僕もそういうとこへ一眼レフ持って出かけて写真を撮りたいなと思うんだけど、いやいやそんな日常に空き時間も少なくて、あの絶景アップの人たちは何の職業の人たちなんだろうかと。旅人写真家なの?とか。いや、中にはそういう人もいるだろうけど、あの人たちみんながそんなはずもないんじゃないかとか考えたり。まあ、ただただ羨ましいヒガミみたいなもんなんだけどね笑。

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でも、来年は一眼レフ持って少しそれらしいロケーションのところを撮り歩きたいなという小さな野望もある。あ、そうそう、愛するサッカークラブが一部に昇格したから、アウェイツーリズムも多少は楽しめたらなと思ってる。というわけで2015年もあとわずかの大晦日の昼下がり。そういえば、このブログ「記憶カメラ」もいつの間にか250話を超えていて、ほんの少しずつなんだけど何かが蓄積されていってるような感覚が気持ちいい。2016年も僕らしい記憶を一枚一枚積み重ねたい。

三脚と冬の夜空に会いに行こうと思ったけど。

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夏頃に買ったSLIKの三脚。実はずっと使わずにいて、そろそろ冬の夜空を撮りたいなとふと思い、昼間に引っ張り出してきてアレやコレやとセッティング。いや、違うな。セッティングなんていうほどセットするものはなく、ほんとカメラをのせて脚をのばすだけなんだけどね。あ、レリーズも買っておいたんで、これはセッティングが必要。差し込み口とか確認しておいた。ふむふむ、なんか面倒そうで使わずにいたけど、なんかこれ全然簡単に持ち出せるぞと。なんだか、よくInstagramとかで見かける降るような天の川とか撮れるんじゃないかとか少々ワクワクしながら夜を待つことにした。

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あのね、結論からいうと星空はむずかしいです。そんなね、簡単にあんな写真集のやうな降るような星空は撮れないから笑。まずピントはどうやって合わせればいいんだって。AFなんて効かないからマニュアルにしてみたけど、小さなファインダーの中じゃピントがあってるのかどうかもよくわからないし。あとモードもいつもの絞り優先じゃダメだろうと思ってプログラムモードにしてみたけど、うーん。それじゃISO感度あげてみるかとかいろいろやってみたけど、あのさ、冬の夜の公園って寒いんだよね。まだ電灯が点いてるから公園の中でも奥の方まで三脚抱えていくんだけど、水辺だし寒いんだよね、これほんと。で、だんだんワクワクがヒエヒエの心になってきて、とにかくこのままじゃ帰れないし、レリーズのシャッターを押す。とにかく押す。撮れてるのかどうかもよくわからないけど、押す。

薄暗がりの公園でなにやらおじさんがブツブツ言いながら居たら、いくらカメラと三脚を前にしていてもそりゃ怪しいよねえ。ニ、三人ほど夜の散歩の人たちが通り過ぎてゆく。まるで僕を見なかったことにしようみたいな素振りで笑。まあ、それでもめげずに試行錯誤しながら撮り続けようとしていたら雲が出てきた。うっすい雲だから大丈夫かななどと思ったけど、これが雲は大敵なんだな、たとえうっすらでも。というわけで退散。夜の住宅街を三脚を抱えたおじさんが寒さに耐えながらトボトボ歩いているのであった。あ、レンズはね、明るいf1.8の単焦点を持ち出してた。で、家に帰って写真を確認してみると、かろうじてこんな写真が撮れてはいた。少し救われる。

まあ、でもアレだ。僕がカメラにハマっているのはたぶん、何事もすぐには上手くいかない、そのいい歳してゼロから修行する感じが新鮮なんだと思う。だから、最初からあんな写真集みたいな天の川は撮れないし、すぐにはどうやったら撮れるようになるのか解決方法もよくわからない。ここから、本読んだり、何度も何百枚も失敗して、ようやくコツらしきものをつかんでいくんだよな、きっと。この冬が終わるまでに降るような星空撮れるようになるかな。いや、なろう。素人は失うものないんだから。というわけでまったく役に立たないポストで申し訳ない。徐々にがんばります。

らしさみたいなのは結果積み上がる。

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ここのところP900を持ち出していたから、その反動ってわけじゃないんだけど、今朝は70-300mmをつけて出かけてみた。このレンズもまた素直で綺麗なレンズで、50mm/f1.8の次くらい僕はよく使っている。なにも常に300mmマックス目で使っているわけじゃなく、70mmから300mmまでその幅広い守備範囲を楽しみながらけっこう万能レンズ的に使っている。

撮る時はあまり意識してあないんだけど、写真が撮りたまってくると、なんかじぶんの撮る写真の世界観がどれもなんとなく似ているなと気づくことがある。特にInstagramとかで写真たちを並べると、あ、なんとなくじぶんの写真はどれも似ているし、画角も色も明るさもどこか共通しているように思える。よかったらInstagramで @KiokuCamera でのぞいてみてください。

まずはなんというか僕の写真はやはり男っぽいよなと。撮ってるものは自然が多いんでじぶんではかなり柔らかい写真を撮ってるつもりなんだけど、一枚一枚はともかく、撮った写真をずらりと並べると、あ、やっぱり女性が撮るものとは違って、色もダークっぽいし、景色の切り取り方もラフだし、あまり明るいトーンの写真も少ない。そういうことにふと気づくんだよね。

僕は写真は撮ったままのものを使うほうで、現像はしないから、そういう意味でもピュアな写真がアルバムやフィードに増えてゆく。加工していないものだから、ずらりと写真を並べた時にはなにかそこに撮り方の特長や傾向みたいなものが出るんだろうな。画角でいえば59mm単焦点をつけようが、24-120mmの標準ズームをつけようが、なんとなく無意識にこの上の写真のようなフレームサイズで撮っていることが多い気がする。

僕はこれ「密度のある世界」またいにじぶんで呼んでるんだけど、このくらいの画角で景色を切り取り、撮りたいものをじぶんの中の世界に収めているところがある。じぶんの分析では「自然を擬人化したやうな世界」を無意識に撮ろうとしているんじゃないかか、と思っている。最初からこんな風に撮りたいという世界が特にあるわけじゃないんだけど、結果僕はファインダーの中になにかいのちの存在みたいなものを描き、記憶させようと思ってるんじゃないかな。何かを明確に狙ってるわけじゃないんだけどね。でも表現物というのは、その人のわりとすべてをさらけ出すよね。そんな話の続きはまた今度。

飛行機を捕まえてみた。部屋の窓から。Nikon P900

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結局、飛行場までは行かなかったけど、いやいや何やら行かなくても結構撮れたなって。恐るべし、Nikon P900。Pモードでラフに撮ったんだけど、するとなんというか模型みたいな質感で撮れて、それはそれでミニチュアぽくて可愛いなと。

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我が家は飛行機のそばでは決してないんだけど、飛行機の通り道ではあって、朝夕はけっこう飛行機ラッシュで頭上を何本も飛んでいくんで、ゴォーと音が聞こえてきたらズームを用意。もちろん三脚はなくて手をガクガクさせながら数枚撮る、撮る。このJALみたいにフレームアウトを気にしなければかなり寄りの写真が撮れる。

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これは飛行場など行こうものなら操縦席のパイロットが写るかもなあ。写真の質感は一眼レフにはまったく敵わないけど、この望遠一点突破というのは、スナップ一点突破のGRみたいにとても魅力的。欠点もあるけど長所だけをとんでもなく伸ばした潔さがなんとも惹かれるんだな。カメラに魅せられてもうすぐ一年になるけど、飽きるどころかますますハマりまくってて、あぁ、もっとはやく出会ってればよかったとつくづく思う年末なんだな。挽回しよ、カメラ人生。

動いているものを上手く捕らえたいという欲求。バード・シューティング、Nikon P900。

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やばいなあ、カメラ楽しいなあ。P900を持って朝のいつもの公園を、鳥たちの鳴き声をたよりに歩いてみると、けっこういたんだな、鳥たち。しかも、いろんな種類の鳥たちが。あの、それまで存在を気にしなかったから見えていなかった光景が途端に見え始める、あれ。そうやって歩いてみると、たしかに鳴き声もいろんな種類があることに気づく。正直あまりバードウォッチングとか興味なかったんだけど、超望遠レンズでのぞくとなかなかチャーミングで不思議。

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でもね、まだ下手くそだから失敗作が山のように撮れてね。でも、いいの、それがまた楽しいの。はい、これは完全な沼ってやつ。沼が怖くて大人やってられるかい〜、沼がなんぼのもんじゃい。そんなことをブツブツつぶやきながら歩くおじさんはある意味まわりからは奇行に見えるんだろうな。それもなんぼのもんじゃい笑。

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これね、冷静にじぶんを分析すると、鳥が撮りたいというより、動いているものを捉えたい欲求なんだよね。じっとしていない被写体の一瞬を上手く捕えたいという欲求。よく列車や飛行機を撮ってる人いるでしょ。あれ、僕はほとんどの人は鉄道ファンや飛行機ファンというより、動いているものを上手く撮りたいファンだと思うな、絶対に。今までそんな風に思考したことなかったんだけど、一眼レフを初めて、望遠レンズを手に入れ、さらに超望遠のP900を持ち出すようになった今、ちょっと確信してる。あゝ、飛行場行きたくなったな。

もうひとつの目を持ったみたいな感覚。Nikon Coolpix P900。

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きのうまででいろいろやらなきゃいけないことを済ませたら、昨夜から無性に写真を撮りたくなって、朝起きて厚手の服を着込んで散歩カメラへ出かけてきている(いま、なうです)。さて、カメラは何を持ち出そうかと思ったけど、今朝のフィーリングはP900だった。まだまだ使い慣れていないから、直感でいろいろ機能を触りながら試している段階。まあでもこの段階がいちばん楽しかったりするんだけどね。

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しばらくPモードで撮ってたんだけど、ようやくシーンモードの存在なんかも分かってきて笑、夕焼けモードで朝の太陽を撮ってみた。何枚か試したけどけっこうフレアが出た。写真の一枚は輪郭は美しくないけどフレア無しで撮れたもの。これ何倍くらいだろうなあ。まあでも僕が持っている一眼レフ用の70-300ではここまで寄れないんじゃないかなあ。

辺りから鳥たちの鳴き声は聞こえるんでぜひ撮りたいんだけど、姿は見えない。姿を見つけても果たしてファインダーいっぱいのサイズの鳥を三脚無しで撮れるのかというのはあるんだけど、収まりさえすればこのP900の手振れ補正は恐ろしい効きなので、なんとかなるんじゃないかと。YouTubeなんかで紹介動画見る限り、歩きながらの動画撮影なんかもこの手振れ補正の効きがあってけっこう滑らかに撮れるみたいだ。

来年は愛する地元サッカークラブが一部カテゴリーでプレーするから、それまでにはこのP900を使いこなせるようになればいいな、などと思う2015年暮れである。

晴れた日はNikon D750×NIKKOR 24-120/f4を持って。

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めでたいのは分かってるんだけど、僕は人混みが苦手で、いつも初詣は年内にするようにしている笑。ことしも世間より一足先に太宰府天満宮に行ってきた。それにしても外国人参拝者が増えたなあと。半分くらいの人は外国人じゃないかというくらい異国情緒のある空間になっていて、それはそれで太宰府らしくていいのかなとも思ったり。

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あと、全国的に有名なのかな、ここ太宰府天満宮は学問の神様だから受験を前にした学生さんたちが多い。それも太宰府天満宮を独特の雰囲気にしているのかもしれない。

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たまたまなのか、僕が仰々しいカメラをかまえたからか、写真は人が少なく見えるけど、まだ今日まで仕事をしている人もいる平日であることを考えると、まわりにはけっこうな人がいた。でも、広い敷地に抜けのいい空間はこころが広くなるというか、気持ちいい。こころが迷ったり疲れたりしたら、こういう場所を訪れてみることは大事だなあと。おみくじも大吉でなんというか希望みたいなものをもらうことができた。

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少し人混みを避けて寛ぎたかったから、少し脇にそれた食堂に。いかにも昭和っぽい店内で腰を下ろし、梅ヶ枝餅とお茶をいただくのがなんともいえず癒し。手焼きしてるところを撮らせてもらった。おばちゃんたちは美味しさには自信があると言わんばかりの顔と手さばきだった。

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そして、この道具感がたまらない。もう何年使い続けてるのかな。梅ヶ枝餅も手づくりなら、この道具たちも手づくりというかアナログな線や面で構成されている感じか道具クラスタの僕としては心躍る。この道具も買って帰りたい衝動にかられた笑。

毎日、デジタルだのインターネットだのテクノロジーだの少々ややこしいことに囲まれた世の中にあって、こういうなんというか日本人としてのアイデンティティを再確認できる厳かな時間を過ごすというのはとても大事だし、こころやからだに健やかなこと。Nikonの一眼レフはハイテクになりつつも、そういう人間が介在する感覚を忘れない感じが、僕は好きなんだなあ。

僕の中の最高のお散歩レンズ、NIKKOR Micro 60mm/f2.8。

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今朝は久しぶりにMicroレンズ「60/f2.8」をつけて散歩へ出かけた。このレンズの良さは過去ポストにけっこう書いてきたから、ここではショートカットということで。以下、とにかく撮りまくった写真を貼っておこうかと。よかったらレンズ購入の参考に。

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以上、きょうの大地の記憶カメラでした。

コンデジのよさがわかると、一眼レフのよさがますますわかる。

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今朝からは一人での散歩生活が始まった。出張や旅行の時をのぞけば、一人散歩は14年ぶりということになる。散歩には買って間もないNikon P900を持ち出した。いつもの公園のぞけば水辺に目をやると、水面に蒸気が漂っていた。今朝は地面のあちこちや車の屋根に霜がおりていたから、相当な寒さだったのだろう。あたりの紅葉もすっかり終わり、肝心のカメラで撮るものがあるかなと思いながらの散歩だったけど、その水面に目をこらすと同じく散歩仲間たちが寒さをよそに悠々と泳いでいた。

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そう、自然の鴨たち。僕は待ってましたとばかりにP900のズームを合わせる。相当遠くを泳いでいた彼らたちだけど、こんな風にまるで近くから撮影したかのように撮れる。そういう意味では双眼鏡代わりのカメラでもある。夜の月の見えっぷりでいえば望遠鏡代わりのカメラでもある。6万円ちょっとでこんな超望遠のカメラが手に入る現代はなんと素晴らしいんだろう。つくづく時代とNikonの大盤振る舞いっぷりにありがたいと思う。

散歩から戻り、腰を下ろさないまま軽く着替えてRunに出かける。こんどの相棒はRICOH GRだ。少しポッケが重くはなるけど、少し遠くまで足を伸ばせるRunの時はシャッターチャンスでもあるから、僕はRunの時は常にGRと一緒に走る。GRの起動のすばしっこさは特筆すべきもので、このスピード性能がRun×GRのひとときを億劫に感じさせない。

そんなこんなでP900とGRという優秀なコンデジを朝から触り続けていたわけだけど、二台のコンデジを立て続けに使用していると、あることに気づく。電子ズームと電子音といういかにもデジタルな操作感や手ごたえ。P900、そしてGRはそれぞれ究極の望遠と究極のスナップをもたらしてくれる優秀なコンデジ。撮れる写真は実にいい感じではあるんだけど、一方で何かが物足りないとも気づかせてくれる。それが道具を操っているというカチカチっとした操作感、そしてシャッター音だ。コンデジの進化はここ数年凄まじくて、撮れる写真の質感だけみたら、ほんとカメラはコンデジで十分なんじゃないか、と思ったりもするけど、そこはやっぱり一眼レフならではの良さが同時にわかってくる。重くゴツい一眼レフ(僕のはさらにフルサイズ)ではあるけれど、カメラとしての触り心地や主張する大きめのシャッター音はやはり実に手ごたえがあって楽しいなと再認識するのである。そして僕はカメラで写真を撮るという行為において、とてもシャッター音を心地よく思っているんだと気づくのである。いや、シャッター音を聞きたいから一眼レフをやっていると言い換えてもいいのかもしれない。

どんなに時代がデジタル化しても、あのダイレクトな撮影感覚を楽しめるのは、やっぱりアナログ時代から続く究極の撮影感覚を極めた一眼レフなんだよなと。コンデジどんなに比較すると重く大きくかさばる一眼レフではあるけれど、一眼レフでなきゃ満足しきれない感覚がそこにはプンプンにあるのである。

コンデジの進化は今後ますます高度になっていくだろうし、よりコンパクトに、より多機能になっていくと思うけど、だからと言って一眼レフのよさをスポイルするようなものでもない。コンデジと一眼レフははっきりと別物であり、どちらかを選ぶというより、両方必要なんだという感情が日に日に増してくる。つまりコンデジのよさがわかるほど、一眼レフのよさがますますわかる、そういう間柄なんだと。GR、P900に加えてP340という3台のコンデジに、D750という一台のフルサイズ一眼レフ。計4台のカメラを使い分けていく僕の日常において、今後ますますコンデジと一眼レフの違いや共存の楽しさはいろいろ見つかっていくと思う。このブログを通じていろんなことを徐々に書き記していこうと思うけど、いまこの時点ですでに思うのは、どちらも違った楽しみが存分にあるし、どちらも使いこなすのが楽しいということである。続きはまた今後のブログで。

クリスマスの満月と。次は2034年らしい。

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昨日はあいにくの小雨空で月が撮れずにちょっとしょぼんとしてたんだけど、本当の満月は実は今夜らしい。で、Twitterを見てるとクリスマスの満月、次は2034年という記述をみて、だったらやはり撮っておこうかと。部屋の窓をあけて、P900を三脚なしでかまえる。モードはプログラムモードで、要はカメラ任せ。一昨日撮った欠けた月よりは随分と明るくて、上手く撮れるかなと心配してたんだけど、この写真のように撮れた。

今年も一年、怒涛のような日々だったけど、サンタは意外と優しくて、クリスマスの夜になかなかのプレゼントをくれました。Nikon P900とクリスマスの夜。サンタ、なかなかオツなことするよね。