撮り続けてると、やがて単焦点に落ち着いてくる。

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初めての一眼レフを手に入れてからもうすぐ一年になろうとしている。これまでにも書いてきたけど、その間に保有カメラはNikon D5300からD750へと変わり、レンズは50/f1.8、60/f2.8Micro、24-120/f4、70-300の4本に。サブカメラはRICOH GR、Nikon P340が揃った。かかった金額は数えないようにしている。少々短期間に買いすぎた気がしないでもないが、じぶん的には他の人が数年で辿る道を僕はたまたま数ヶ月で早歩きしただけだと思っている。いつもお世話になっているカメラ屋からは「あとはフィッシュアイだけですね」と言われるけど、今のところ購入の予定はない。それくらい今の保有レンズたちが気に入ってるし、カメラをフルサイズに変えてから俄然いまのレンズたちの仕事ぶりが気に入っている。

とはいえ、ひと通りレンズのバリエーションを揃えていろいろ撮り比べてくると、ここにきて「なかでもお気に入り」というレンズが出てくる。それは僕の場合「単焦点」だった。

ここのところD750の相棒は単焦点50/f1.8。いろいろ試してみてここに落ち着いたという感じかな。あとはやはりGR。こいつも24/f2.8の単焦点。近頃はほぼこのふたつの単焦点ばかりでカメラライフを送っている。よく言われるけど、ズームはまさにじぶんの脚。とにかくじぶんが前後左右に動いてファインダーの中の絵を変えてゆく。これがなんというかリアルで写真をいまじぶんは撮っている、ということを無性に感じさせてくれるところもある。Runの時はより軽量のP340を連れ出すけど、写真を撮り始めて一年経ち、結局ふたつの単焦点に落ち着いてきたというのは、じぶんの写真観という中で、単焦点を好む何かがあるんだろうなと思う。答えは無いけど、なぜ僕は単焦点にたどり着くのか、そのへんを自己分析していきたいなと思ってる。続きはまた。

走ってるほうが楽だったりする、心もからだも。

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人間のからだのメカニズムの不思議さというのだろうか。それとも昔ながらの病は気からということだろうか。仕事に適度に追いまくられてるときのほうがからだは疲れてる暇もないというか、どこか軽やかだったりする。だから僕は出張なんかも嫌いじゃなくて、移動してる感覚がとても思考やリズム的には心地よかったりする。まあ、僕の場合は比較的デスクワークというよりモノを考えたり、それをベースに人を動かしたりする仕事だからかもしれないけど。

それはRunとかドライビングにもどこか似ていて、家でじっとしているよりはからだを酷使してでも外を走ってる時のほうが心も晴れるし、何より肉体もランニングハイ的にかえって心地よかったりするし。車でもずっと停車させてるよりは適度にエンジンに火をいれて走らせてるほうが車の調子もいいし、長持ちしたりする。

暇がいちばんきついんだよね、実は、なんでも。人間のDNAはたぶん労働することで心地よさを維持できるようにできてるんだろうと思う。とはいえ、まあ「適度」にという注釈付きではあるんだけどね。そうか、僕は「走る」ことが好きなのかもしれない。ロードバイクも車もRunもいつの間にか生活になくてはならないものになってる。カメラはどうだろう。いや、これも歩いてじっくり撮ってるように見えて、心は走ってるのかもしれない。いや、それだ、間違いないな。

ねごとの季節を聴きながら。

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ねごと、というミュージシャンを知っていますか。僕はつい最近まで全然知らなかった。女性バンドみたいなんだけど、このミュージシャンたちの楽曲「季節」がいまの僕のお気に入りだ。この楽曲を知るきっかけになったのは、YouTubeで見つけた動画「ロードバイクに乗りたくなるかもしれない動画」というコンテンツのBGMに使われていたから。この動画もいいのでぜひ一度見てください。ロードバイクに乗らない人こそ見て欲しい。で、ロードに乗りたくなるかどうか教えてほしい。僕はロードバイクを手に入れてからこの動画を見たけど、たまらなく走りたくなる。そしてこの楽曲「季節」の疾走感も気持ちいいから、Runの時のBGMにも聴いている。すると、なんだか走れる。音楽のチカラは偉大なんだ、肉体を揺り動かすパワーがあるからね、ほんとに。よかったら、動画も楽曲も試してみてください。では。