20年後とは、今日とか明日が積み重なって出来ていく。

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Nikon FE, Ai50/1.8, Fuji業務用100

成人の日だから、少し時間のことについて考えてみた。まず20年前を振り返ってみた。あまりに最近のことに感じて少し驚くけど、覚えてる分、一日一日がすべて必然で今があることがおぼろげながら分かる。ただ、必然ではあるけど、それはどれも計算して出来たものなんじゃなくて「結果そうなった」ということも明確だ。つまり、未来は描けるけど、20年分までは描くことはむずかしい。描けるとしたら、今日とか明日だ。これなら、意識して動ける。目の前の問題を解決する。疲れたからだを癒す。外国語のテキストを進めてみる。知らないことを本で学ぶ。今日とか明日なら僕らはじぶんの意思でコントロールできる。そう考えると、20年後のことを考えるのはやめにした。不安だったりもするけど、予測できないことをうねうね悩んでもしょうがない。やはりというか、今日とか明日をめいっぱい生き抜くしか僕らにはできないんじゃないかと。そして、それが人生というものの本質なんじゃないかと。かといってハードに攻めまくって生きるということではなくて、今の気持ちに素直に従って生きるということかな。僕はそんな風に思った。成人の日を迎えた人たちへ。この世は三年後すら予測するのはむずかしい。世界なんて三年もあればガラリと変わる。だから、予測しようのない未来を悲観したり夢見たりするより、今しかない時間をめいっぱい生きてほしい。人生は十代や二十代の時にイメージしたほど永遠ではないんだ。そして、残念だけど完全に巻き戻し不能。いまを生きることこそが、生命であり人生なんだ。

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