風に乗るより、風に少しだけ逆らう感じが心地いい。

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実はいま外は春の嵐のような雨なんだけどね。さっき少し外に出てみたら桜の花も激しく散るように枝が踊ってた。さすがにカメラも持ち出せないから写真撮れないなあなどと思っていたけど、だったら、どうせなら、外の雨の憂鬱から一瞬解放されるような晴れの写真がいいな、なんて思いながら、このポストを書いている。

桜の花がタイムラインを埋めている時も思ったけど、辺りがみんな桜の写真をポストしている時は、じぶんが少し桜の絵に飽きていることもあるけど、当たり前だけど桜じゃない写真をポストしたほうが人は目がいくよね。これ、僕はどこかそういう少しひねくれたところがあって、まわりの人が何かに一斉に振り向いている時は、その流れとはちょっと違うことをしようといつも思う。

何かが流行している時は、なぜそれが多くの人に受け入れられているのかを肌で感じるために、その流れに乗ってみることはすごく大切なんだけど、その時は大勢に埋もれているじぶんも少し意識している。かといって、みんなと正反対の方向を向くのもそれはそれでやはり無理をし過ぎでいたずらにエネルギーを使う。感覚としてはそっぽを向くというよりは、顔は動かさず目線だけ変えるみたいな程度がちょうどいい。

にんげんは、僕はここにいるよ、私はここにいるよ、ということを延々に主張し続ける生きものでもあるから。抵抗ゼロで流行の風に乗るのは楽だし、何かじぶんがあたかも風になっているように感じたりもするのだけど、本当はその風に少し逆らって、辺りとは違う目線から景色を俯瞰や鳥瞰で見る感じはにんげんの内側から何か心地いい感覚がするなあと。これは答えじゃなくて、じぶんに対する問いでもあるわけだけど。

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