過去記事を見るとその時の記憶がじんわり蘇る。それだけでもブログを書きためる意味がある。

RICOH GR スナップ

僕のブログ「記憶カメラ」も800話を越え、過去の一つ一つを正確に覚えていない域に入ってきた。そこで、じぶんの気づきのためにも過去記事を定期的にアップすることにして数日が経つ。過去記事がTwitterに再掲載される時はテキストのみだから、写真アカウントとして僕をフォローしてくれている人には少々味気ないツイートかもしれないけど、中にはそれでも見て、読んで感想など寄せてくれる人もいて、そういうのは単純にいいねをもらうよりリアルな励みになってうれしい。ほんと、ありがとうございます。

僕自身も再掲載された過去記事は見に行っている。そうすると、その当時の僕はこんなことを考え、それをこんな風に書き留めて表現していたのかという軽い驚きがいつもある。カメラを例にすると、ブログを書き始めた時はフルサイズ一眼レフNikon D750をメインで使っていたから、写真のトーンもおのずと違うし、カメラやレンズといったプロダクトへの凝りようもRICOH GRだけにした今とでは少し違う。その後、買い足したNikon P340やP900を実験のようにおもしろがって手に入れていた僕の衝動みたいなものもまた別人を端から見ているようで新鮮だ。

そして、この一年のいちばん大きな変化は一眼レフやレンズをすべて手放したことと、週末の過ごし方がロードバイクとの時間に大きくシフトしたことだけど、その当時、そういう選択をしたじぶんの心境なんかは今振り返ってもなかなか興味深いところがある。じぶんのこととはいえ、あ、人間ってこんな風に心持ちが変わっていったり、小さなでも強い決心みたいなものを日々繰り返しやってるんだなあと。

ブログは日本的に言えば日記なんだろうけど、僕はこのブログを始める時に何かじぶんのためだけに記憶を書き留めるんじゃなくて、少なからず誰かの気づきや少し役に立てるような記憶になればいいなと考えて始めたところがある。最初はカメラや写真好きの人のために何かをこしらえたいなと思ってたけど、それがだんだんとロードバイク乗りの人へのものと変化し、最近はカメラであろうがロードバイクであろうが手段はあまり問わずに、人間が何か新しいことへ踏み出したり発散したりすることへの興味から、新しいカテゴリーとして”気になるモノ語り”という項目も書き足し始めた。

ブログ「記憶カメラ」も一年を越えて、決して多くはないけどかといって少なくもない人たちとこの場で出会えた。僕自身の過去を振り返りつつも、そうやって現在進行形で何かが蓄積され続けていることもまた心地いい。次は900話、1,000話と目標がないわけじゃないけど、もはや数はあまり気にしていない。それよりも、一人でも二人でもこの場を借りて心の行き来みたいなものが発生すればうれしいかな。それが僕の中のブログの位置づけだ。

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