辺りを一瞬、空白にする。

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僕がなぜカメラや写真に惹かれるのか、それも撮ることもだし見ることにも何故こんな風に惹かれるのか。もちろん、カメラというプロダクトに魅せられるとか、一枚絵というデザイン性が好きとか、僕が生れながら本来持っている気質というか性質みたいなせいもあるのだろうけど、もう少し本質のところまでじぶんなりに辿ってみると、こういうことなんじゃないかな、というところに至った。

「辺りを一瞬、空白にする」

ということ。例え賑やかな都市の中で撮ろうとも、シャッターを切るその瞬間は僕の思考は一瞬静止する。音も一瞬聞こえない。なんというか色も一瞬真っ白になる、そんな感じといえばいいだろうか。もちろん写真を撮っている僕は実際は動いていて、物理的には静止しているのとはちょっと違う。でも、コンマ何秒なのかは分からないけど、その場で僕も空間も一瞬真っ白になる。

他人が撮った写真を見るときもそうだ。というか、そもそも写真に惹かれて眺めるのが好きなのも、そこに一瞬の空白を感じるからのように思う。ここでも、例え辺りが騒々しい場所で写真を眺めたいたとしても、やっぱり僕の頭の中で一瞬、言いようのない空白の時間ができる。ほんとに一瞬なんだけどね。それが、僕には心地いい。最近になってフィルムカメラを始めたからこそ、多少はマニュアルライクな撮影知識みたいなものを意識するようになってきたけど、デジタルカメラのおかげでカメラに撮らせてもらったという時期が二年ほどあったために、僕の撮影知識はまだまだのアマちゃんだ。そういう意味では撮影技術の日々の向上を楽しんできたのではなくて、こうして辺りを一瞬、空白にする、そのカメラと写真がもたらす空白に僕は魅せられているんだろうと思う。上手く言えないけど、現時点で僕が考える理由とはそういうことだ。この話には答えはない。答えというより、僕の現時点での思考のメモであり、やがて読み返す時の記憶だ。どんなに高速で騒々しい時代や空間であっても、僕には辺りを一瞬、空白にするカメラと写真があるかぎり、どうにか平静を保って生きていけるような気がする。決してオーバーな表現ではなく、そういうことなのである。

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