正直、じぶんがここまでハマるとは想像していなかった、フィルムカメラ。

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もうすぐ8月になるけど、僕がフィルムカメラを初めて手にしたのはほんの5ヶ月前の3月。その間にフィルムカメラは5台になり、フィルム撮影枚数は2,000枚になった。唯一のデジカメであるGRでもたまに撮るけど、今では日常ほとんどの撮影はフィルムカメラだ。おかげで、このブログも、写真倉庫にしているInstagramも写真はフィルムのものになり、ブログの話題もフィルムカメラのファインダーを通した視点のものが多くなった。以前は、ブログに立ち寄ってくれる人もGR興味の人が多かったけど、近ごろではフィルムカメラに興味のある人がのぞいて感想などくれるようになり、そんな人たちの役に立てばいいななどと想像しながらブログ記事をこしらえることも多い。人は、もしくはじぶんの身の回りの世界は、半年もあればガラリと変わるんだなとちょっと驚いてもいる。

そもそも僕はフィルムを敬遠していた側の人間だったと思う。フィルムユーザーたちが撮るフィルム写真の質感に憧れのようなものはあったけど、わざわざフィルムを買って、現像に出して、撮れたかどうかその場で確認もできなければリアルタイムにシェアできない写真というのは、面倒くさがりのじぶんにはちょっと無理な世界だと感じていた。それが今では、現像あがりまでの時間が楽しみだし、現像ついでにフィルムを買ったり中古カメラコーナーをのぞいたりするサイクルが生活の中にすっかり根づいて、それが僕の日常のアクセントにもなっている。

カメラへの興味も、なんというか新製品への興味は特に無くなって、純粋に欲しいカメラ、じぶんの嗜好にあったカメラを、山ほどある中古カメラの中から探し求めるようになった。これはデジタルの時にはまったく見えていなかった世界で、こんなにもカメラの世界は広く深かったのかと本当に今ワクワクしている。カメラ産業はスマホカメラに駆逐されてシュリンクしていると言われるけど、そこに何か復活の突破口があるとするなら、僕は間違いなくフィルムが鍵を握っていると考えるようになった。写真という軸で考えるとデジタルもフィルムも同じように括られるけど、スマホカメラと競合するのはデジタルカメラであって、フィルムで得られる満足感はそれらとはまったく別物だと。つまり、スマホカメラのある時代にあっても、フィルムならカメラを敢えて別に所有する意味が十分すぎるほどある。僕はスマホカメラから始めてデジイチに移行し、フィルムカメラに辿り着いた人間として、そう思う。

それだけに、フィルムカメラがもっと普通になってほしいというか、変にマニアなものになってほしくないなという思いがある。フィルムカメラや写真への興味がやがてこだわりになりマニアックなものになっていくのはいいのだけだ、フィルム派がなんだか玄人の世界みたいに語られると、それは結果的にフィルムカメラによるカメラ産業復活の芽を摘んでしまう。写真が好き、カメラが好きというのと、それらに詳しいかどうかはまったく関係ない。フィルムカメラに興味を持ち始めた若者たちがこれから「写真を楽しむ=(フィルム)カメラを持つ」ことがもっともっと自然になればいいなと思う。

最近そこにいい風が吹いてるなと思うのは、フィルムカメラの敷居をどんどん下げてくれている中古カメラ店がいくつもあって、本当にライトな語り口でその普及につとめている姿を見れること。フィルムカメラをマニアックなものにするのではく、空気のように自然なものにする。それが進めば、もしかしたらこの星の文化までも変えるんじゃないかと僕はひそかに考えている。案外、スマホより未来を変える可能性を秘めていると思うよ、フィルムとフィルムカメラは。

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