僕はシャッターをきる行為が好きなんだろうな。

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僕はもうほんとに誇れる写真なんて一枚もなくて、どれも極々平凡な風景写真ばかりだ。ひとを撮るといえば家族を撮ることくらいだから、おのずとそういう類の写真になる。街中のスナップを撮ることも少なくないけど、ひとの顔が分かるような撮れ方の写真は個人の観賞用にはできても、こうしてブログやSNSにあげるわけにはいかない。それでも上手い写真を撮るひとはいるわけだけど、僕にはそんな腕はない。でも、だからといって写真を撮ることが楽しくないかといえば、すごく楽しいのである。それはカメラというプロダクトが好きなこともあるけど、いちばんは”シャッターをきる行為”が好きなんだと思う。一眼レフのいかにも撮ったと感じさせてくれる派手めなシャッター音も好きだし、控えめにコトッと静かにきれるレンジファインダーのシャッター音も好きだ。とにかくあの一秒もない瞬間の手ごたえがたまらなく好きなんだな。マニュアルライクなカメラで露出をとりながら撮るのが好きになったのも、こうしたシャッターをきる前の儀式みたいなところが惹かれるんだろうと思うし、たとえ遠くの絶景ポイントに出かけなくてもシャッターさえきることができれば、僕の心は満たされていくところがある。なんというか、鼓動とでもいえばいいのかな。カメラのあのシャッター音とシャッターをきるショックというのは、心を震わせる何かがあると思う。そうやって考えるとやっぱりスマートフォンのカメラじゃ駄目なんだよな。グッとこない。写真は撮れるけど、鼓動を感じない。写真は視覚で感じるものじゃなくて、聴覚や触覚まで五感を駆使して楽しむ存在なんじゃないかな。そんなことを考えながら、手持ちのカメラたちのシャッターをきる感触を思い起こしたりしている。それだけでも心踊るのである。

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