僕にとって写真とは、アウトプットじゃなくてインプットかもしれない。

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僕らの仕事では言葉や絵、そうした企画を生み出したり吐き出したりすることをアウトプットという。特にクリエイティブなアイデアとか思考を形にして表に出す時なんかに頻繁に使う言葉かな。そういう意味ではじぶんで撮った写真なんかもアウトプットといえるわけだけど、僕はもしかして写真ないしカメラで撮ることはインプットという要素のほうが強いんじゃないかと最近感じている。それはたぶん僕が撮る写真が特に誰か第三者に見せるために撮っているというわけではなく、じぶんが心地よく感じるために撮っているということが大きいように思う。たしかにこうしてブログにしたり、そのブログのサムネイルをTwitterに連携したり、日々のスナップをInstagramにストックしたりはしている。でも、それ自身も誰かに僕の写真を大々的に見てもらうことが目的というよりは、ひそかに見てもらってる、もしくは僕の写真と道ですれ違ってもらっている、そんな感覚だ。そして何より、写真を撮ることで得られる気づきや発見は実に多い。自然の営みや光と影の明暗、色の混ざり合う様子、そして街や人々が構成するダイナミズムのようなもの、ほんといつも新鮮な世界がファインダーの向こう側にあり、写真を撮るたびに心地よい感覚をつぎつぎと浴びている気がする。そう考えるとカメラで撮る写真とはアウトプットとインプットの両方を一度に体験できるような素晴らしさを持ち合わせてるなと。いい写真とか上手い写真とかそういうことももちろん大事だけど、職業で撮るプロではない僕らには、カメラを、写真をより好きになる心地よさが何より大切だし、撮る人と撮られる人の関係の気持ちよさこそが「写真がもたらす共感力」の最たるものなんじゃないかなと。というわけで、あと数時間で週末の入り口がやってくる。アウトプットとインプットが交錯するなんとも素敵な時間だ。

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