フィルムもデジタルも両方楽しめる幸福な時代を、僕らは生きている。

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Leica IIIa, Leica M-P

「フィルムか、デジタルか。」-事あるごとに繰り広げられることの多い議論ではあるけど、両者は別物ということを前提にしつつ、僕の中では今、この両者の間に壁はない。つまり、フィルムもデジタルも写真を撮ることを楽しむという観点でいえばシームレスということ。そして、重要なのは「どちらか?」ということより、「どちらも楽しめるのは今だけ」ということ。

ここ数年フィルムブームとは言われるけど、現実には少しずつフィルムは陳列棚から消えている。FUJIFILMの高感度ネガフィルム、Natura1600もどうやらこの3月で出荷停止らしい。FUJIFILMはX-TRA400の販売終了の見込み。国内唯一のフィルム会社FUJIFILMのフィルム愛は強く感じるものの、採算のあわない商品を売り続けることはFUJIFILMでもさすがにむずかしい。

つまり、いつフィルムがこの世から無くなってもおかしくない。少なくなったとはいえ、フィルムで撮ろうと思えばまだ撮れる環境にあることは実はけっこう奇跡的なことだとも言える。そしてもう一方で、デジタルカメラの性能も年々進化し、昨今はフィルカメラ用だったオールドレンズをデジタル機に装着して楽しむ人たちもけっこういる。重要なのは、フィルムか?デジタルか?という議論より、いま奇跡的に楽しめるフィルムとデジタルを両方楽しんじゃったほうが、いまの時代を生きる人たちの特権としてとても有益なんじゃないかと思うんだ。

僕でいえば、フィルムニコンのレンズたちはデジタルのNikon Dfでも楽しめるし、フィルムライカのレンズたちも同様にNikon M-Pなんかで楽しめる。時にはフィルムで、時にはデジタルで、今しかないハイブリットな撮影時代を謳歌しまくればいいんじゃないかと思うのである。そんな僕も少し前まではフィルムにこだわり、デジタルはフィルムで撮れない時のサブカメラという程度の認識だった。でも今は違う。ある時はフィルム、ある時はデジタルという選択肢の広さを自然体で行き来して楽しめるようになった。コストのこと、手間のこと、フィルムで撮れないなら、軽やかにデジタルで撮ればいいんじゃないか、そう思ってる。

フィルムをやってる人がデジタルを楽しむということは、多少そのボディ選びにひとつの傾向が見えてくる。Sony α7シリーズや、その他ミラーレスカメラ、いずれにしてもフィルムカメラと同じような操作方法で撮れたほうが楽しいし、オールドニッコールを持っているならNikon Dfも持つ意味が出てくる。デジタルライカにしたって、バルナック時代やM3時代のレンズを装着して、またまだ実用的に楽しむことができる。実際、僕のカメラ選びはフィルムカメラとデジタルカメラの両方の良さを楽しめる機材であることがいちばんの選択要因だ。あと何年、フィルムが楽しめるかは分からないけど、少なくとも言えるのは、フィルムもうデジタルも両方楽しめる時代は今だけ、ということ。今の時代を生きる者の特権として、両方を使い倒して楽しもうじゃないか。

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