カメラもロードバイクも好きだけど、このブログも趣味のひとつかもしれない。

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思えばこのブログ「記憶カメラ」を立ち上げてから2年になる。記事の数でいうと1,340話ほど。そういう意味ではカメラやロードバイクに負けないくらい、実は趣味のひとつになっていると言えるかもしれない。2年の間にジワジワとだけど訪れてくれるひとも増えてきて、単純に”継続って大事”なんだなと思ったりもして、それだけでもブログをやってみた価値があるなと感じている。

僕のブログはカメラというタイトルは付いているものの、カメラの専門性に特化したブログではない。まわりを見渡すとカメラの機能や歴史、作例まで濃密に記載されている素晴らしいブログがたくさんあって、僕のカメラ知識ではとてもじゃないけどそんな高尚な記事は書けない。だから、内容はずいぶんと気分寄りなものになる。カメラでもロードバイクでも、そのプロダクトと過ごしたり暮らしたりしている時の気分。それなら僕にも少しは書けるし、カメラやロードバイクのビギナーのひとの参考くらいにはなるんじゃないかと思い、懲りずにこうして日々更新している。いや、それは結果論というか、強いて言うなら、という後付けの理屈かな。単純に僕が書きたいことを、僕が心地いいように書いているというのが正直なところかもしれない。それが誰かのためになるなら、それは副産物としてはとても嬉しいこと、そんな感じかな。

それでも、毎日こうしてある程度の文章を書き続けるというのは、思考の筋トレみたいなものにもなっていて悪くない。そして、毎日何気なく撮っている写真の保管庫としての役割にもなっている。TwitterやInstagramもやってるけど、どこに立ち位置があるかというと僕の場合は間違いなくこのブログで、ここがいちばん居心地がいいし、いちばん素直に発言できる。そういう隠れ家というか、じぶんの部屋のようなものを持っていると心落ち着くところもあるんだよね。そういう意味では、見られたいけど見られなくない、そんな絶妙な僕の居場所なのかもしれない。

いつの頃からかTwitter連携よりも検索から訪れてくれるひとが増えてきて、だったら検索のひとにも分かりやすいタイトルのほうがいいかなと、あまり詩的なタイトルで書くのはやめてみたり、マイナーなことほど検索してるひとには助かるのかなと意識して書くようになったり、じぶん色から少し読み手のひとの色も考えるようになった。これだけ記事も増えてくると、1日に一回だけしか読まれていない記事もたくさんあるんだけど、それでも一人には読まれてると思うと、なんかジンとくるというか、少しでも読んでくれたひとに気づきとか新鮮な気持ちを届けることができればなと考えたりするようになる。僕が何かを提供しているようで、実は読んでくれたひとから提供してもらっていることのほうが多いんだろうね。ブログのそういうところが好きかな、いちばん。

そういえば、さっき田中長徳さんのブログを見に行ったのだけど、丹念に毎日更新されていて素晴らしいなと思った。毎回異なる切り口で適度な量で言いたいことをズバッと語られている。生きている経験の量、勉強している量が圧倒的に僕とは違うなと少し凹んだりもしたけど、日々更新し続けているということだけは親近感を感じさせてもらい、どこかじぶんの励みにもしている。ひとつひとつの記事は些細なことかもしれないけど、継続してある程度の数の集まりになれば、世の中のどこかの誰かのためになる記事がひとつくらいはできるかもしれない。そんなことを考えながら今日も記憶をブログに積み重ねている。趣味というよりは呼吸というか、もっとからだの一部のような存在かな。写真を撮ってブログを書く。可能なかぎり続けていきたいな。

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