カメラが生き残る道は、フィルムが鍵を握っていると本気で思っている。

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Nikon F2, Konica C35, 撮影はLeica M3

というのも、まずはTwitterで「#film」と検索してほしい。すると、フィルムと出会ってカメラを意識し始めてる人がたくさんいること、そしてフィルムで撮ってる人が実にキラキラしていることが分かると思う。もちろん、デジカメで撮ってる人たちのほうが圧倒的に多いんだけど、どうだろう、スマホカメラが物心ついた時から存在していた若い人たちにとって、デジタルのカメラをあえて買う必要があるだろうか。最近のスマホカメラはほんとよくできてる。サクッと空を撮る時なんかはスマホのほうが綺麗に撮れたりするくらい。だとしたら、どうかしたらスマホで撮れそうな写真のためにデジカメを別途所有するというほうがハードルがかなり高い気がするのは僕だけだろうか。その点、フィルムとフィルムカメラは実に独特だ。フィルムカメラ風アプリこそあるけど、一度でもフィルムカメラで撮ることを体験すると、ほとんどの人がその独特のワクワク感に魅せられる。この独特の写りと現像待ちの楽しさなら、スマホとは別にあえてカメラを所有する理由が明確にできると思うんだ。

フィルムカメラはたしかに過去のモノかもしれない。でも過去のモノだから、撮れるものが古くさいというのはちょっと違う。フィルムの延長線上にデジタルがあるんじゃなくて、そこには別物というくらいの違いがある。デジカメに近いのはむしろスマホで、フィルムはこれらとは異なる場所にいる。だとすると、カメラ産業を確固たる存在にするのは、超デジタルなフラッグシップ機か趣向を凝らした趣味機、またはフィルムカメラたちだと思う。最先端の超デジカメがあまりにも高価だとするなら、カメラビギナーには俄然フィルムカメラの手軽さが際立ってくる。

そういう、なんかとても特別な何かを手にした歓びが、その「#film」というタグを検索すると如実に分かる。昨今、フィルムの行く末が危機的なものであると耳にもするけど、僕が個人的に思うのは「この時代にあえてカメラを所有する理由としては、フィルムがその鍵を握っているんじゃないか」とさえ感じるし、それは日増しに強く思い始めている。フィルムとは懐古主義ではなくて、現代の中の唯一無二の独特のジャンルなのだということ。フィルム、この世から無くならないんじゃないかな。無くなると、むしろデジカメ産業すらも危うくなる。実際、僕はフィルムの楽しさを知ったからこそ、デジタルのNikon Dfを購入したからね。このフィルム時代がいつまで続くのかという話は尽きないんだけど、無くならないと思うよ、フィルム。ここにしか得られない世界があるから。

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