カメラがなくても生きてはゆける。でも、あれば日々は少し豊かになる。

Pocket

今週末はカメラと息子とポタ用チャリとの二日間だったな。Runもロードバイクもスイムもなし、これは近頃にしてはちょっとめずらしい。まあやはり先週手に入れたフィルムカメラの存在が少し時間の流れ方を変えたのかな。なんというか、カメラがあるとそれは生活の中のいろんなシーンを横串でつないでいかというか、いろんな意味で好影響をもたらす気がする。いや、スマホカメラがあれば物理的には同じようなことは可能なわけだけど、なんというかそれは記録ではあるけど「記憶」ではない、僕には。記憶はもう少し血の通ったようなザラザラとした生きざまのようなもの。生きざまなんてオーバーなという人もいるかもしれないけど、こればかりはカメラを所有したことのある人にしかなかなか伝えづらい感情であり現象かもしれない。しかも、カメラが複数台あると心なしかそのザラザラ感も少し変化をともなって揺らぐ。僕の手元には二台のカメラがある。ひとつは1978年製の、この時代にあっては少々不便で手間を要するフィルムカメラ、そしてもう一台はとにかく手軽に撮れるコンデジだ。この二つのカメラの振り幅は真逆というくらい異なる。でも、この振り幅の大きさがいい。同じシチュエーションであっても、この二台のカメラを持つことによってシーンとしては大きく揺らぐ。昭和から21世紀まで時空をひらひらと揺らぎ、ちょっと時間感覚があやふやになる感覚。それがすごくいい。なんでも固定しない、それが今の僕の心情というか気分だ。そして、それはとてもいい方向に進んでいる気がしている。カメラなんてなくても生きてはいける。でもね、あるとこれほど日々に豊かさをもたらしてくれるモノもそうないと思う。それは決して大きなものではないけど、小さくもない。けっこう今日や明日を豊かにするのである。やっぱりいいよね、カメラと写真のある日常。というわけで、来週も楽しめそうだ、Nikon FEとRICOH GRと。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA