カメラがなかったら出会っていない光景がいくつもあるだろう、きっと。

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いくつもとかそんなレベルじゃないか、無限大くらいか。毎日生きていたら日々恐ろしい数の光景と僕らは接しているわけだけど、ショッピングスポットや飲食店でもないかぎり僕らが街中で足を止めて光景をマジマジと眺めることはそうない。でも実は何度も足を止めるに値する光景が数多くある。ただ僕らの頭の中がそういうアンテナを張っていないなら、すべてはただの道になる。いや、道ということを意識する概念すらない。ところがカメラを持ち始めるとその概念は変わる。無意識に頭の中が行く先々で写真に収めたいシーンを探し始める。少し大袈裟にいえば、いつものありふれた光景がまったく違って見え始めるとでも言おうか。そしてそこに偶然性が重なる。ひとだったりモノだったり光だったり影だったりが混じり合って、もう二度と撮れないような光景が現れる。心の中で軽くガッツポーズするくらいの光景なわけだけど、見えるのはおそらくカメラを持っているひとだけで、そういう意味ではカメラを持っているひとはそうでないひととは異なる世界が見えているんだよね。モノクロで切り取ると、より見えないものが見えてくる感覚が強い。モノ・ゴトの見方や角度を変えてみると思うなら、何も非日常の場所まで遠く旅立つ必要はない。カメラを持てばいい。それだけ。そうすると辺り一面僕らは奇跡の中に生きていることを悟る。カメラとはそれまで使っていない意識を目覚めさせるスイッチだ。

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