日記のようなもの

らしさみたいなのは結果積み上がる。

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ここのところP900を持ち出していたから、その反動ってわけじゃないんだけど、今朝は70-300mmをつけて出かけてみた。このレンズもまた素直で綺麗なレンズで、50mm/f1.8の次くらい僕はよく使っている。なにも常に300mmマックス目で使っているわけじゃなく、70mmから300mmまでその幅広い守備範囲を楽しみながらけっこう万能レンズ的に使っている。

撮る時はあまり意識してあないんだけど、写真が撮りたまってくると、なんかじぶんの撮る写真の世界観がどれもなんとなく似ているなと気づくことがある。特にInstagramとかで写真たちを並べると、あ、なんとなくじぶんの写真はどれも似ているし、画角も色も明るさもどこか共通しているように思える。よかったらInstagramで @KiokuCamera でのぞいてみてください。

まずはなんというか僕の写真はやはり男っぽいよなと。撮ってるものは自然が多いんでじぶんではかなり柔らかい写真を撮ってるつもりなんだけど、一枚一枚はともかく、撮った写真をずらりと並べると、あ、やっぱり女性が撮るものとは違って、色もダークっぽいし、景色の切り取り方もラフだし、あまり明るいトーンの写真も少ない。そういうことにふと気づくんだよね。

僕は写真は撮ったままのものを使うほうで、現像はしないから、そういう意味でもピュアな写真がアルバムやフィードに増えてゆく。加工していないものだから、ずらりと写真を並べた時にはなにかそこに撮り方の特長や傾向みたいなものが出るんだろうな。画角でいえば59mm単焦点をつけようが、24-120mmの標準ズームをつけようが、なんとなく無意識にこの上の写真のようなフレームサイズで撮っていることが多い気がする。

僕はこれ「密度のある世界」またいにじぶんで呼んでるんだけど、このくらいの画角で景色を切り取り、撮りたいものをじぶんの中の世界に収めているところがある。じぶんの分析では「自然を擬人化したやうな世界」を無意識に撮ろうとしているんじゃないかか、と思っている。最初からこんな風に撮りたいという世界が特にあるわけじゃないんだけど、結果僕はファインダーの中になにかいのちの存在みたいなものを描き、記憶させようと思ってるんじゃないかな。何かを明確に狙ってるわけじゃないんだけどね。でも表現物というのは、その人のわりとすべてをさらけ出すよね。そんな話の続きはまた今度。

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