むしろ、50mmという画角は癖になる。

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Nikon Df,50/1.4D,

何台かある僕のカメラたちには、ほぼすべて50mmのレンズがついている。つまり、この焦点距離が気に入ってるわけだ。50mmは標準レンズと呼ばれ、標準という呼称たからか、ビギナー向けの焦点距離のレンズと思われてるフシがある。でも、使ってみるとわかる、特に35mmなんかと使い比べてみるとわかるけど、意外とむずかしい焦点距離だと僕は思う。35mmがわりとぼーっとしていても風景としてサクサク撮れてしまうのに対して、50mmは意志がないと撮れないというか、画角として収まりの悪さみたいなのがある気がするんだ。50mmはよく人の自然な目線と言われるけど、35mmなんかと比べて収まりが悪いこの感じは、人間らしさなんじゃないかと思っている。人間の不確かさや、機械的ではない常に思案する感じが、この50mmという画角には求められてる気がする。かつての写真界の大御所たちが50mmをこよなく愛していたのも、そういう哲学的なところがあったのではないだろうか。歌でもそうだけど、簡単に歌えるメロディというのは飽きやすいのに対して、ちょっと不安定なメロディは、最初はぎこちなく聴こえるんだけど、そのうちなんとも言えず癖になる。僕にとって焦点距離50mmの画角はそのニュアンスに近い。もちろんいろんな画角を楽しんではいるけど、常にこの50mmを克服したいという小さな探究心がどこかある。さて、みんなはどうだろう。

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