みんな、予想を裏切られたくて、生きてるんだ。

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Konica C35, 38/2.8

仕事でもスポーツでも経験を積むといろんなことに予測がついていいと言われる。それは年月を重ねることでもあり、たから年を取るとざまざまなことの成り行きがある程度予想できるようになるとも言える。

でも、それが諸手を挙げていいことかといえばノーだ。にんげん、みんな、予測がつかないことに惹かれるから、新しいことに挑戦しようと思うし、そこに努力とか苦労をともなってもいいと少し頑張ったりする。

例えばスポーツの大番狂わせにみんな酔いしれるし、意外な苦労人のシンデレラストーリーにワクワクする。カメラもそうかな。こんな風に撮れるかなとおぼろげながら予想してシャッターを押すんだけど、時々じぶんの予想を大きく超えて意外性のある写真が撮れたりする。すべて、じぶんの思うまま、つまりこれまでのじぶんの経験値でしか予想できない写真だけ撮れてもおもしろくはない。だから、人は新しいカメラを欲するし、新しいレンズを欲する。まだ見たことのない世界が撮れる、見られるんじゃないかと思ってね。

僕は最近、光に向かってカメラを構えることが多い。それはやっぱり撮れる写真の予測がつかないのと、そのカメラ、そのレンズの意外を求めてだ。失敗も当然多い。フィルムだと失敗写真はコストに直結する感じがしてなかなか躊躇してしまうところもあるけど、でも意外性を求めて時にシャッターをきる。他人からみたらどうでもいい葛藤というか行動だけど、じぶんの中ではこの小さな葛藤は大事なんだよね。もう一歩前に進むためにね。僕はまだまだじぶんのカメラやレンズたちの意外性を引き出し切れていない。来年は手持ちのカメラやレンズたちと、もっと見たことのない写真を探りたいし、何度も何度も裏切られたいなと考えている。

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