まるで何十年も使い続けているかのように手に馴染む不思議なカメラ、ライカ。

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夜も更けようとするこの時間、またひとつのカメラをケースから出して、その手触りを確かめている。1955年製のライカM3。これまで合計して8台のカメラを所有してきたけど、こうして夜にカメラに触れることだけを楽しむほどのカメラはライカだけだ。このライカが我が家に来たのはつい最近のことだ。まだ使いこなせてもいない新参者のカメラだけど、その手触り、フィルムを巻き上げる音と感触、躾けられたようなシャッター音は、まるで何十年も前から僕が使い続けてきたような感覚に陥る。そんな不思議な魔力のようなものがこのカメラにはある。やれ、オーバークオリティな工芸品のような精密機械とか、そこから生み出される写真は素晴らしいとかカメラの頂点のようにとかく言われるけど、僕が所有してみて思うのは、この所有した瞬間から何十年もの間使い続けていたかのような恐ろしいほど手に馴染む感覚なんじゃないかと思う。何なんだろうな、上手い言葉が見つからないけど、それこそが多くの人を魅了するこのカメラの何かなんだろう。今のところ僕がこのカメラを外に持ち出せるのは週末だけだ。でも、撮る道具としてだけでは我慢できず、こうして週末以外の日も部屋で一緒に時を過ごす。たぶん、このカメラは死ぬまで一緒にいるんだろうと思い、手放すことは考えず傷が入っても構わないと、皮のケースなんかも付けるのは止めにした。そうしてすでにでき始めた細かな傷さえもライトの下では愛おしく感じる。週末まであと一日、今か今かと指折り数えながら土曜日の朝を待っている。今夜も数回、空シャッターを切りながら。

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