とにかくひたすらシャッター音が聴きたい。そんな時にデジタルは僕を満たしてくれることを再確認した。

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きょうで大人の夏休みも最終日。愛犬のしつけと世話でなにかと忙しい6日間だったけど、やっぱり最終日はカメラと過ごしたいと思い、午前中はLeica M3と、雨宿り後、午後はNikon D300と散歩カメラしまくった。

Leica M3の静かで厳かな撮影体験を楽しむと、その真逆の少々威勢のいいシャッター音が聴きたくなる。しかも、夏休み最終日ともなると、シャッターを切りまくりたい。そうなると、デジタル一眼レフは実に正義だ。デジタルだと撮りすぎるという傾向はたしかにあるけど、僕の場合のデジタル散歩カメラは、そもそも何かを撮りたいというより、ひたすらシャッター音を聴きたいというところに意味があると、きょう思った。

何枚撮ったかも分からないほど、シャッターを切った後の心地よさは、ちょっとしたスポーツのような爽快感がある。そのあたりの感覚は一枚一枚をゆっくりと撮る機械式のフィルムカメラとは趣が異なる。ここのところフィルムカメラにハマって、どこかフィルムに偏りすぎていたじぶんがいたのかもしれないけど、あらためてデジタル一眼レフもやっぱりいいもんだなと。特に僕なんかは写真も好きだけど、それ以上にシャッターを切るという行為が好きだ。そういう人間には、デジタルはぞんぶんに満足感を与えてくれる。

フィルムカメラのサブ機じゃなくて、フィルムとは異なる立ち位置で楽しみを見つけつつあるデジタル。再びデジタル一眼レフに戻ってきてよかったなと、いまあらためて感じている。フィルムにはフィルムの味わい、デジタルにはデジタルならではの爽快感。どちらもそれぞれ異なるよさがある。そして、それを素直にこうしてブログに書けるような意識になったことがうれしいな。カメラの世界がさらに大きく広がった感じ。思い立ったら、直感を信じてやってみる。そういう自然な好奇心の大事さみたいなものを再発見する夏になった。

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