その人の目線が見られるって、なかなか凄くないか、写真。

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Nikon Df, 50/1.8G

どこかの映画じゃないけど、体が入れ替わりでもしなければ、他人の目線なんて本来感じたり確かめたりはできない。それをやってのけるのが写真を見ることだとするなら、それは実は相当凄いことだよね。会ったことある人ならまだしも、会ったこともない、性格も分からない、声も聞いたことがない人の写真、すなわち視線であり目線を垣間見ることができるんだ。写真を見ればその人のすべてが分かる、みたいにも言われるけど、それはあながち間違いじゃない。僕はそう思う。

カメラがあってシャッターを押せば写真は誰にでも撮れる。そこだけ考えたら誰が撮ろうと似たような写真があってもよさそうだけど、写真に関して言えば一枚たりとも同じものは生まれない。誰が撮るどの写真も、世界に一枚だけのオリジナルだ。つまり、その人自身だ。写真を見ればその人の精神状態みたいなものまで少し連想できることを考えると、こんなに手軽に出来て、こんなに違いが出るものも珍しい。撮るのも楽しいけど、写真を見るのも楽しいのは、そういう人間が本来持つ、人を観察する生き物の本能が欲する何かなんだろうね。

写真は数多く撮れば少し上達する気もするけど、どうしたって変わらない何かがある。それがその人の生きてきた何かだし、オリジナルということなんだと思う。じぶんではなかなか分からないんだよね、その変わらないオリジナルみたいなのは。それは他人から見たほうが分かるもの。ちょっと人生と似ていて、じぶんのことがいちばん分からない、ということの証なのかもしれない。

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